ボウリングとマーフィーの法則
         

 マーフィーの法則というのがある。

「パンを落とせば、バターを塗った方が下になる」、
「捜し物が見つかるのは、最後に捜す場所である」、
「行列では自分の並んでいるのとは別の列のほうが速く進む」、
「いびきをかく人が先に寝つく」、
「スポーツジムでは二人のほかに誰もいないのに、隣同士のロッカーを使用することになる」、
「どんなに時間をかけて熱心に見て回ったすえに買っても、
  買った後すぐに、もっと安く売っている店を見つける」などetc。 

 何となく日常的に経験しているような気がしませんか? 

 そもそもは、カリフォルニアのエドワード空軍基地でテスト飛行を失敗した際、
誰かが間違った設定をした重力測定装置が原因であることを見つけた
マーフィーというエンジニアが、
「いくつかの方法があって、ひとつが悲惨な結果に終わる方法であるとき、
人はそれを選んでしまう」と発言したことに由来するという。

  とにかくこの法則のコンセプトは、「失敗する可能性のあるものは必ず失敗する」
といった、現実世界の否定的側面を徹底的に追求していることにある。
         
 それでもまだ、あなたにとってマーフィーの法則が信じられないものならば、
とりあえずボウリングを始めてみてはいかがだろう。

 ピンに向かってボールをただ転がすだけの、一見単純そうに見えるこのスポーツは、
突き詰めていくと実はきわめてナイーブで形而上的な要素が多く、
法則の奥深さを充分思い知らせてくれるからだ。

 そこでは、潜在意識における負の循環を断ち切るべく、
奮闘努力すればするほど事態は悪化していく────

「ストライクが出る日はスペアが取れず、スペアが取れる日はストライクが出ない」、
「ボールの回転の良いときは、ポケットストライクコースには入らない」、
「スプリットが出るので投げ方を変えてみると、なおスプリットが多くなる」、
「投球前にガーターしそうだと思うと、ガーターする」、
「調子のピークは、いつも大会の1週間前か、または1週間後に来る」、
「珍しく高得点を出せた試合では、必ず自分より少し得点が上の人が一人いる」など、
マーフィー氏は縦横無尽の活躍をみせてくれるに違いない。
どんなに抗ってみても、宇宙を支配するこの大法則を前にすると、かよわい人類は無力なのだ。

 しかしよく考えてみると、こういった不幸の歯車を回しているのは、あろうことか自分自身。
 スコアを伸ばそうとして焦れば焦るほど、返って力が入って、
投球フォームを崩してしまい、マーフィー氏の術中に嵌っているのだ。

 でも頭では分かっちゃいるけれど、心の奥ではどうにもならないのが、
自己責任を求められるこの競技の、ちょっぴり辛いところでもある。
          
 それでも最近は、やや悟って(開き直って?)きた。
そんな法則がなんだ、スコアメイクに失敗してもそれほど嘆くこともないだろう、
別に命をとられるわけでもないし、どうせ遊びなんだし、という発想が生まれ、
ボウリングに対する考え方にパラダイムシフトが起こりつつある。

 そうだ、人生にはボウリングで良いスコアを出すよりも、もっと大事なことがあるのだ!

・・・でもまあ、それほど多くはないかもしれないけれど。(ああ、またマーフィー氏登場)
 
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