母校を訪ねて(朝の構内散歩)
 
 この坂を上るのもずいぶんと久しぶりだ。大和橋を渡って千葉大学医学部へと向かう亥鼻の坂下まで歩いてきて思った。

 平成20年2月のこと、昭和56年度卒業生の同窓会が、京成千葉中央駅にあるホテル・ミラマーレで催され、その夜は2次会、3次会と学生時代に戻ったみたいに遅くまで大いに盛り上がった。そして1泊して前日の熱気の余韻を残したまま、翌朝に高崎へ直帰するのも忍びないように思われたので、こうして徒歩で大学を訪れてみる気になったのだ。

 高崎で開業するために千葉を離れて13年。その間大学関係のレセプションや学術集会などで千葉市を訪れる機会は何度かあったが、市内のホテルなどが会場だったため、なかなかキャンパスのある亥鼻まで足を伸ばすことはなかった。
  まずは見回してみると、坂下では旭橋という橋が新たに作られ、そのまま真っ直ぐに都川を渡れるようになっていた。坂に沿った店もだいぶ様変わりしていたが、道幅は変わりなく、左に亥鼻郵便局、右に木栖飯店(肉野菜炒め美味しかったです
(^_^))と、昔懐かしい店も見受けられる。この急坂を学生時代は一気に自転車で登り切ったものだが、今ではとても叶わぬことだ。

 正門まで行きつく手前で、ひとまず坂の途中の出入り口から、懐かしい構内へと足を踏み入れてみた。日曜日の朝だけあって人影はなく、キャンパスはひっそりと静まりかえっている。

 まずは古い同窓会館があるのだが、ここは立て替えが予定されていることもあり、やはり月日の流れを感じさせられる。見上げると昔ここの2階で、昨夜の同窓会のように皆でコンパをして騒いだことが、懐かしく思い出される。

 さらに歩を進め、現在は看護学部となっている前医学部校舎を通り過ぎると、右手に正門、左手に記念講堂、そして正面には医学部本館(旧病院)が鎮座している。ちょうど朝日に向かって進んでいくために、建物をシルエットとして後光が差しているようにまばゆく輝いて見える。
 近くまで寄って太陽の光がようやく建物の陰に遮られると、年月を得て風合いを帯びた褐色のタイルの外壁が浮かび上がり、威風堂々とした雰囲気を放っている。この建物の中で研究していたときは、暖房設備や水回りの古さに辟易していたものだが、今こうして外からしみじみと眺めてみると、歴史ある建築物はそれだけで素晴らしいなどと思ってしまうのだから、我ながら勝手なものだ。

 医学部本館の北側にある新しい図書館の前を通り過ぎて付属病院へと向かうと、改めて樹木が多いのに新鮮な驚きを覚えた。あちこちから鳥のさえずりが聞こえ、森の中を逍遙しているみたいな贅沢な気分になる。

 空気は凛と冷たく澄み切ってはいるものの、群馬の肌を刺すような厳しい寒さではない。学生のときや研修医時代は意識したこともなかったが、大変に恵まれた環境で過ごしていたのだ。
  サークル棟、体育館、医薬系総合研究棟などを通り過ぎ、医学部本館と付属病院をつなぐ連絡道路に出ると、犬を連れてのんびりと散歩をする人や、テニスコートで練習をしている熱心な学生の姿も目に入ってくる。勤務交代に向かうのか、白衣を着て連絡道路を足早に歩いている医師もいて、昔の自分の姿が重なって見えた。

 行き着いた付属病院は、以前の病院の隣に新しい「ひがし棟」を擁し、正面から仰ぎ見ると二棟が並び立っているために重厚感が増していて、以前と違った表情をしているように思われた。サッカーで言えばワントップからツートップになったような感じか(たとえが分かりにくいでしょうか、すみません
(^_^;))。

 このときはまだ新病棟はオープンしていなかったが、平成20年5月から本格的に稼働しているとのこと。再生医療や遺伝子治療を行う予定の未来開発センターや、新型インフルエンザにも対応する感染症病室、さらには屋上ヘリポートや展望レストランまで備えているという新病院は、これからの千葉大学の発展に大いに寄与してくれることと期待される。
 それにしても思い出を辿るなんて、年をとった証拠だと思いながらも、構内を歩き回っていたら、知らず知らずのうちに心が癒されたのも事実だ。

 専門医に相談したい患者が現れたとき、同じ関東地方にあるとはいえ、群馬県から千葉大学に患者を紹介するのは距離的には厳しい。開業するときにこれは痛切に感じたことで、母校と繋がりの持てない自分が、何となく寂しいように思われたものだった。最近は地元の病医院との連携もできて、さすがに以前のような気持ちはなくなったが、逆に千葉大学との関係は現実面でも精神面でも希薄になりつつあった。

 でも昨夜同級生と語り合い、今朝こうして大学を再訪してみたら、自分の医師としての原点を思い出した。千葉大学で学んだという記憶は今も厳然として私の内に残っているのだ。自分のルーツはここにある。そう確認できたことで、開業時から引きずっていた妙な孤独感が吹っ切れて、癒されたような気持ちになったのだ。
 いつの間にか陽はだいぶ高く昇っていた。思いがけずいい時間を過ごすことができた。また10年くらいしたら訪れてみようかな。そんなことを何となく考えながら母校を後にした。

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