ほのぼの?とした話
  
 今回は患者さんから伺った二つのお話しをご紹介しましょう。

 第一話

 「先生、私はね、年をとるってことは、悪いことばかりだとずっと思っていたのですよ」と、診察がひととおり終了したところで、齢80歳を越える好好爺のEさんが、満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 「いやね、今日ここへ来る途中で信号待ちをしていたら、道路の反対の方で若い女がこちらに向かって急にしゃがみ込みました。そして私に向かってジェスチャーで膝と膝の間を指して、スカートの中を見ることを促すような仕草をしたのです」

 ここまで話すとEさんはちょっと沈黙し、続きを話すのが楽しくてしかたがないというような表情をする。

 「ほう、それで、どうなったのですか?」

 私が尋ねるのも待ちきれないとばかり、Eさんは一気にしゃべり始める。

 「何だろうといぶかりながらミニスカートに視線を向けたところ、なんと膝の隙間から見えるあそこはノーパン!だったのです。女の周りには数人の人たちが一緒に信号待ちをしていたのですが、女は一番手前にいたので、その人たちからは当然後ろ姿しか見えていないわけで、事の成り行きにはまったく気づいていません。一方、こちら側には私しかいなかったので、目撃できたのは要するに自分ひとりのわけです。まるで白日夢を見ているようで、何が起こったのかよく分からず、ただただ呆然としていました」

 あっけにとられている私を楽しそうに眺めながら、Eさんはさらに語り続ける。

 「やがて信号が青になり、女は立ち上がって、こちらへ渡ってきました。そして私とすれ違いざまに、『どう、おじいちゃん、寿命が延びた?』という一言を残して、風のように立ち去って行ったのです」

 「はぁー・・・」と私は咄嗟に言ったきり、予想外の話の展開に言葉を失う。この場合、何か適切な返答があるのなら、ぜひ教えてほしい。

 「私が思うに、女がそんな大胆な行動をとったのも、自分が年寄りだからではないでしょうか。若い兄ちゃんにそんなことをしたら、大騒ぎになってしまうが、お爺ちゃんなら大丈夫と考えたのでしょう。女にとっては、ちょっぴりスリルを味わうための小さな冒険だったのかもしれません。まあ、そのおかげで私も一瞬のスリルを共有できたわけです」とEさんは、とっても幸せそうに私に微笑む。

 「いやー、そんなわけで、今日はつくづく年を取っていてよかったと思えたのですよ♪」

 ・・・なるほど、本当に寿命が延びるといいですね。
 

 第二話

 町内会の役員をしているKさんは、選挙の時も投票所の立会人を務めているという。 

 「先生ね、投票立会人というのは、投票所で不正投票がないかどうかチェックするというものなのですが、これは結構大変な仕事ですよ。投票時間中、つまり午前7時から午後8時までの間、ずっと投票所にいなければならないのです。先日の選挙も缶詰状態だったのです」

 「それはお疲れ様でした」と私が言うと、

 「でもね、おもしろいこともありました」と、Kさんはにこにこして話を続けた。

 「投票の朝一番に、ゼロ票確認という公職選挙法で定められた仕事があります。これは投票開始前の施錠されていない投票箱の中を、投票管理者の他に選挙人にも見せてダブルチェックを行い、何も入っていないことを確かめるもので、まあ儀式のようなものと言ってもいいでしょう。確認を済ませた後、投票箱に鍵をかけるわけですが、確認に立ち会った選挙人は、その証明に投票録という書類にサインをすることになっています」

 そしてここが問題なのですがとばかり、Kさんはとても楽しそうに一呼吸おいた。

 「この手続きに立ち会える選挙人には、その投票所で一番初めに投票する人が選ばれることになっているのです。それゆえ、これを体験したいために、わざわざ朝早く起きて投票所の一番乗りを目指す人が、私の管轄にふたりいるのです。ひとりはお爺さん、もうひとりはお婆さんなのですが、このふたりは宿命のライバル同士で、選挙のたびごとに一番乗りを競い合い、勝った負けたを繰り返しています。困ったことに最近ではエスカレートしてきて、まだ夜も明けぬうちから誰もいない投票所に並び始める始末・・・」

 「うーむ、ずいぶんと変わった趣味ですね」と私が驚いていると、

 「でも夜中から並んでいて、何か事件にでも巻き込まれたらまずいじゃないですか。そういったことで、今回の選挙からゼロ票確認は、特別にふたりで投票箱を覗いてもらい、ふたりでサインをする、ということにしたのですよ。これでようやく、長年続いていたゼロ票確認バトルも治まったわけです。どうです、みごとな大岡裁きでしょう。これにて一件落着!めでたし、めでたし」

 ・・・世の中にはいろいろなことに執念を燃やす人がいるものですね。

 以上でお話はおしまい。皆さん、ほのぼのとされましたか?(^_^;)


エッセイ集に