海風と陽光とフクアリ



 
 大学時代を含め約20年間を千葉中心に暮らした。
平成7年に生まれ故郷の高崎で開業してからも、千葉への郷愁は尽きることのない水脈のように湧き続けている。
テレビや新聞などで千葉の話題が出てくると、自然と注意が向いてしまう。

 そんな千葉との関係を大学関係以外にも何かで保ちたいと考えていたところ、数年前にサッカーのJリーグチーム、「ジェフ千葉(当時はジェフ市原)」の熱狂的サポーターの友人H氏から、スタジアムで一緒に応援をしないかとのお誘いを受けた。
もともとサッカーには興味があり、日本代表チームが出る国際試合などはテレビでよく見ていたが、ひいきと呼べる特定のJリーグチームはなかったので、二つ返事で引き受けた。

スタジアムデビューは日本サッカーの聖地、東京国立競技場でジェフ対FC東京の試合だった。
実際に生で見るサッカーの試合は、選手とサポーターが一体となった熱気に包まれていて、テレビでは得られない迫力にぐいぐいと引き込まれた。

 その後H氏と共に、市原臨海競技場、浦和駒場競技場、埼玉スタジアム、調布味の素スタジアム、横浜日産スタジアムなどにも出かけた。
いろいろ訪れてみて分かったのは、各スタジアムには個性があり、その影響でサッカーを観る雰囲気も、かなり変わってくるということだった。
そこがまたテレビとは違った面白さなのだ。

 さて、そのスタジアム遍歴において、2006年春、我々は浦和レッズとの試合を観戦するため、ジェフの新しいホームスタジアム、「フクダ電子アリーナ:略称フクアリ」へ行く機会を得た。
              


 フクアリ(なんとなく縁起が良さそうなネーミングですね)は、総工費80億円をかけて完成したばかりの球技専用スタジアムで、約2万人を収容することができる。

蘇我の再開発計画の一環として旧川崎製鉄の跡地に建設され、京葉線のJR蘇我駅から歩いてわずか10分というアクセスの良さを誇っている。
日頃の仕事にも関係のある医療メーカーのフクダ電子が、命名権を取得しているのも何かの縁か。
ちなみに自社製の自動体外式除細動機(AED)が、スタジアムのあちこちに設置されているのはさすが。

 周辺には陸上競技場やテニスコートなどの併設も予定され、完成すれば一大スポーツ公園となるとのこと。
また近くに、イトーヨーカドーやホームズなどの巨大ショッピングセンター(とにかく広い!)、シネコン、スパなども建設されていて、工業地帯という昔の蘇我のイメージとはまったく違った新しい街になっている。
高崎市と比較すると千葉市の発展の速さには、ただただ驚くばかりだ。

 スタジアムの中へ入ると、まず鮮やかな緑の芝生が目に飛び込んできた。
暖かな太陽の光を反射して、まばゆいばかりに輝いて見える。
フィールドには海からの風が舞い、シートの上を覆う屋根に掛けられた旗を揺らし、かすかな潮の匂いを時おり運んでくる。

 上空を見上げれば五月晴れの空は吸い込まれそうに青く澄んで、ところどころに白雲が綿球みたいにふんわりと浮かぶ。
チームカラーである黄色のシャツを着たジェフサポーターと、赤いシャツのレッズサポーターが、スタンドを埋め尽くして見事なコントラストを見せている。
フィールドの芝の緑とスタジアムのシルバーグレーがさらに彩りを添える。

 すべての色彩に光が溢れていて、自分が印象派の画家ならば傑作が描けるのではと思わずにはいられないほどだ。
そのとき不意にある記憶が蘇った─────
               


 話はだいぶ遡るが、昭和49年春、私は大学受験のため総武線で千葉に向かっていた。
千葉を訪れるのは初めてだったので、物珍しさから外の景色をずっと眺めていた。
船橋までは建物が多く都会の様相を呈していたが、津田沼あたりから田園風景が広がってきた。

 好天も手伝ってか、平坦で肥沃な大地に陽光がたっぷりと降り注いでいた。
それはまるで穏やかな春の調べに載せて、光と大地が戯れて踊っているかのようだった。
山で囲まれた寒々とした群馬に比べ、ここは神から祝福された約束の土地なのではと思われた。

 その後幸いにして大学に合格し、千葉での生活が始まったわけだが、長い間住んでいるとだんだん慣れるのか、最初に感じた暖かな光をしだいに意識しなくなっていた。
今回、陽光に溢れるフクアリを訪れたのがきっかけとなって、千葉の第一印象を偶然思い出したわけで、旧友に再会したみたいに懐かしい気持ちになった。
           


 さて、話を元に戻そう。
サポーターの声援がこだまする中で始まった試合は、息詰まる攻防戦の末に巻選手や中島選手のシュートが決まって、無事ジェフの勝利で終わった。
黄色いタオルを一生懸命振り回し、声を上げて応援した甲斐があったというものだ。
さて、これからH氏と勝利の美酒で祝杯でも挙げるとしよう。

 フクアリを出て広場から振り返ると、夕暮れの空には相変わらず海風が渡り、はたはたとスタジアムのフラッグをなびかせていた。
あたかも再び千葉を訪れることを促すかのように。



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