夕焼けファンタジー

 Once upon a time in Takasaki・・・

 切った張ったの外科医になるずっと前の少年時代のこと。
仲良しだったH君が郊外に引っ越すため転校することになった。
お別れ会を兼ねて新居に招かれたので、数人の同級生たちと自転車で出かけた。
30分ほどペダルをこいで訪れた家は、新興住宅地に建てられたばかりで、周りにはまだ他の家は少なく空き地や畑が広がっていた。
そこでこの広い土地を利用して「かくれんぼ」をすることになった。
まず私が鬼になり目をつぶっている間に、友人たちは一斉に散らばっていった。
さてどこに隠れたかと探し始めてみたが、あまりにも土地が広いので誰ひとりとして見つけることができない。
あちこち探してみたものの、何かの魔法でみんなどこかへ消えてしまったのではないかと思われるくらい影も形もない。
いいかげん飽きたし疲れも出てきたしで、そろそろかくれんぼを切り上げたいのだが、それを言い出そうにも肝心の友人が見つからないのでは話にならない。

 だんだんと心細い気持ちになり、ひとり取り残されたのではないかといぶかっていたとき、1匹の犬が目の前に現れた。
茶色の中型犬で耳が少し垂れていて優しい顔をしていた。
柴犬に似ているが少し体が大きいので、雑種犬なのだろう。
当時は犬の放し飼いは珍しくはなかったので、近くの家で飼っているのかと思って気にはしなかった。
すると犬はまるでこちらへおいでと言わんばかりに先を歩き始めた。
なんとなく着かず離れずの間隔で後をついていったところ、空き地のはるか端にあった掘っ立て小屋に着いた。
小屋の後ろへ回ってみたところ友人たちを発見した。
ずいぶんと遠く離れたところまで来て隠れていたものだと驚く一方、友人たちを見つけられたことで少しほっとした気持ちにもなった。
 「みんな、こんなところでじっとしていたの?」と、思わず口にした。「よく飽きなかったね」
H君はそれには答えずに、「ご覧よ、すごい夕焼けだよ」と、おもむろに空を指さした。

 隠れていたところはちょうど西に面しており、あたかも夕日が沈むところだった。
辺りには遮るような高い建物がなかったことで、はるか彼方に妙義山〜浅間山〜榛名山が臨まれた。
山際の空はまばゆく輝き、スカイラインを逆光で黒々と際立たせている。
目を上方に移していくと、黄金色からオレンジ色へのグラデーションが大空を鮮やかに染め、さらに中空にはまだ青空が残っていて、幾筋か白雲も漂っていた。
やがて太陽が姿を消してからは空全体に茜色が広がり、白雲も紅く彩られていった。
みんなの顔も畑も点在する家々も、すべてが茜色に照り映えている。
そこかしこからまるで茜色のしずくが、したたり落ちてくるのではないかと思われるほど。
この神々しい光の中では、日頃は食べることと遊ぶことしか考えていなかったガキ大将たちも、今は時を忘れて空を眺め入るばかりだった。

 ふと気が付くと道案内してくれた犬はいつの間にか姿を消していた。
友人たちに尋ねてみたが、誰一人として犬がいたことに気付かなかったと言う。
H君の家の犬でもないとのこと。
みんなのいる所を教えてくれて、今まで見たことのないような美しい夕焼けに、いざなってくれたあの犬は果たして幻だったのだろうか・・・
 ラディカルな外科の世界観とは対照的な、じんわりとした幻想的な体験───
今でも時々きれいな夕焼けに出会うと、思い出しては不思議な気持ちになる。

 Happily ever after!

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