チムジルバン

 ソウルへ旅行した際に、韓国式サウナのチムジルバンを経験した。日本のサウナのように裸になって汗を流すのではなく、室内着を着て高温の部屋に入り、新陳代謝や血液循環を促進させるというものだ。訪れたのはチムジルバンを始めとして、種々の風呂、プール、レストラン、インターネット、ゲームコーナー、フィットネスクラブ、エステ、仮眠室などが備えられている「ドラゴンヒル・スパ」という地上6階建ての健康ランドのような施設。

  受付で入場料1万ウォン(日本円で750円相当)を払うと、室内着であるTシャツ、短パンを渡された。一緒に来た妻は先に2階の風呂に入るとのことで別れ、私は着替えを済ませてさっそくチムジルバンのある1階へ行ってみた。そこは体育館のような板張りの広いスペースになっていて、様々な種類のチムジルバンが周りを囲んでいた。この広場は床暖房でほのかに温かく、客がごろごろと枕を置いて寝転んでいる。本を読んでいる人もいれば、家族や友達同士などで楽しそうにおしゃべりしている人もいる。そうかと思うとひたすら眠りこけている人もいて、個々自由にくつろいでいる感じだ。床の上に直に寝るというのは何となく抵抗感があるが、郷に入っては郷に従えということで、韓国人にならって横になってみたものの、やはり床が硬くてどうも寝心地が悪い。早々に当初の目的のチムジルバンにチャレンジすることにする。

 まずひときわ目を引いたのが、エジプトでもないのにピラミッドの形をしたもの。「黄土ピラミッド瞑想修練室」と、なにやら堅い名前の看板が掲げられている。ここは壁に塗られた黄土から遠赤外線が出て、体の奥まで熱が浸透する仕組みになっているとのこと。ピラミッド内は思ったよりも広くて閉塞感がなく、そのうえ低温サウナ仕様だったので、熱さが苦手の私でも居心地がよかった。物珍しさから奥の方までずんずん入っていったら、寝転んでいちゃついていたカップルが、私の気配でさっと離れるのを目撃。部屋の中は薄暗いうえに他に誰もいなかったので、二人きりを楽しんでいたらしい。男女共用であるチムジルバンは、韓国人のデートスポットにもなっているようで、とんだお邪魔虫になった格好だ。韓国人カップルの恋路を妨げては国際的にも申し訳ないので、いそいそと退出する。まったくもう、何を修練しているのだか。

  気を取り直して、次は600年の伝統を誇る韓国式サウナである「汗蒸幕」(ハンジュンマク)に挑戦することにする。ここは石造りのドーム型のサウナで、松の薪で火を焚いて部屋を熱くしたところで、水をかけて水蒸気を発生させて加湿も行うというものだ。高温による大量の発汗作用によるデトックス効果と、爽やかな松の香によるリラックス効果の両方がもたらされるという。それではといさんでドームの入口を開けたとたん、内部から超高温の熱気と湿気が一気に吹き出し、かけていた眼鏡があっという間に曇ってしまった。あまりにも強烈な熱さに一歩も足を踏み入れることができず、情けないことに入口でギブアップとなった。隣には「アイスルーム」という冷たい部屋があり、両方を行き来して肌を引き締めるのが定番らしいが、とても無理というものだ。でも後で妻に聞いたら、せっかく来たのだからと、この汗蒸幕に根性で入ったのだそうだ。いつもながらすごい。

  もう少しお手軽なものはないかと、次は「ヒノキ森林浴部屋」に寄ってみた。樹齢700年以上のヒノキで作られた部屋で、ヒノキから発散されるフィトンチッドは、健康だけでなく癒しや安らぎを与える効果があるという。すでに数人の客が気持ちよさそうに寝転んでいた。それではと私も真似をしてみたが、今度はあまりに健全すぎて刺激に乏しく、すぐに飽きてしまった(まったく我ながら勝手なものだ)。

  そこで新たな刺激を求めて「在来式クヌギ炭窯」に挑戦する。これは窯の中でクヌギの炭をおこして温度を高めるというもので、広いソウル市でもここだけの施設との触れ込みだ。超高温、高温、中温、低温と4部屋に分かれていて、好きな窯を選べるので比較的くみし易そうだ。さっそく入ろうとしたら、入口にいた職人さんが何やら韓国語で私にまくし立ててきた。内容は不明だが雰囲気から、「今はクヌギを焼いている最中なので入れない」と言っているらしい。訪れたのが午前中だったために、まだ準備中ということなのだろう、残念。

 仕方がないので今回のチムジルバン巡りで最後に残されていた「クリスタル光塩部屋」に入ってみた。これは煉瓦で作られた壁と、塩の結晶で敷き詰められた床から成る部屋で、塩の働きによって体の自然治癒力が高まると謳っている。とりあえず入ってみたものの、床が熱々のために足の裏がやけどしそうで、とてもじゃないが歩けない。またしてもギブアップかと思ったところ、入口にいた係の人が、靴下を履くようにと書かれた日本語の看板を指差してみせた。販売されていた靴下を購入して再度挑戦すると、確かに効力は抜群で熱くない。部屋の中は塩の結晶の上に敷物が敷かれていて、横になって遠赤外線を浴びる仕組みになっていた。試しにごろりと寝転んでみると、塩の効果かなんだか快適で素晴らしい。適度な温度といい、明るい雰囲気といい、うまくバランスがとれている。やっと自分好みのチムジルバンに出会えたのだ。しばらく中で頑張っていたら、気持ちよい汗が流せた。長い婚活の末、ようやく希望どおりのパートナーが現れた時って、こんな感じなのだろうか? こうして理想のチムジルバンを求めてさすらう旅路はハッピーエンドとなった。

 さてドラゴンヒル・スパでは、この後に風呂で韓国式垢すりも体験して、大変刺激的な思いをすることになるのだが、それはそれで別のお話。またの機会にいたしましょう。
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