魅惑のボウリング

 「それは君、もうボウリングしかないよ!」
 思えば私がボウリングを始めるきっかけになったのは、まさにこの一言からでした。 
開業して3ヶ月、ようやく仕事にも慣れてきて、開業医にもできる何か新しい趣味を始めたかったのですが、なかなか見つけられずにもんもんと日々を過ごしていました。
そんな折、医師会の納涼会でたまたま隣に座ったO先生に「開業医向きで、手軽にできて、なおかつ充実感が得られるような趣味はないものでしょうか?」と質問した答えがこれだったのです。

 しかし私はボウリング最盛期の時はまだ中学生で、学校からは不良のたまり場だから行ってはいけない?などとボウリング場の出入りを禁止されたために、第一次ボウリングブームに乗り遅れた世代なのです。
やがて大学生になったころにはすでにブームは終焉しており、たまにデートの時や勤務していた病院内の親睦会などで投げる他には、ほとんどやる機会はありませんでした。
そのためボウリングには偏見をもっていて、「ボウリングって、スポーツというよりは中高生のやっているアーケードゲームに近いのではないですか?」と思わず言ってしまいました。
その直後、O先生のお話は堰を切ったかのように始まりました。

 「ボウリングは立派なスポーツだよ。
仕事が終わってからボウリング場に行って、5〜6ゲーム投げてごらん。
もう汗びっしょりになって、とてもいい運動になるよ。
何よりもいいのは一人でもできるということだよ。
我々の仕事は他人と時間を約束していても、突然の急患でつぶれてしまうことが多いだろう。
ボウリングならちょっとあいた時間に出かけて、自分のペースで練習できるんだよ。
これぞ開業医にピッタリの趣味だとは思わないかね。

 さあ想像してみたまえ・・・。
自分のリリースしたボールが思い通りのスパットにのってレーンの上を滑っていく、よーし、うまくいったぞ。
ボール回転も破壊力を秘めたエネルギーに満ち溢れている、高鳴る胸。
そして狙っていた@ーB番ピンのストライクポケットへ、鮮やかなフックラインを描いて吸い込まれていく・・・思った通りに。
その直後、乾いたクラッシュ音と共に一瞬にしてはじけ飛んでいくピンアクション、もはや興奮の極みだ。
会心のストライク、これ以上の達成感はあるだろうか。
レーン上のすべてのピンは吹き飛び、ただプレイヤーの満ち足りた心以外は何も残されていない。
その後はゆっくりとボックスへ戻りながら、今投げたボールの軌跡を頭の中で反芻し、勝利の余韻を楽しむ。
まるで花道を進んでいるような誇らしい至福のひとときだ、究極の陶酔状態だ。
仕事のストレスも、従業員との軋轢も、家庭での悩みも、開業の借金の返済も、今この瞬間は雲散霧消し、爽やかで心地よい高揚感が全身を包み込んでいる・・・。
ああ、まさにボウリングは心技体が一つになった最高のイン・ドア・スポーツと言えるのだ。
こんなすばらしい物をなぜ君はやっていないんだ。
今すぐ始めよう。
そうだ、来月の3週目の火曜日、夜8時からパークレーンで医師会の月例ボウリング大会がある。
ぜひ参加したまえ。会長には僕から連絡しておくから。
よーし、決まりだ。
さあ、大いにボウリングを楽しむがいい〜!」

 こうして私はなかば強引なかたちではありましたが、いつの間にか医師会ボウリングクラブに入会していたのでした。
それは確かに初めは、開業したての心のエアポケット状態に入り込んできた新興宗教のようなものだったのかもしれません。
もやもやとした気持ちを、たとえ一時的にせよ振り払ってくれるものなら何でもよかったのかもしれません。
しかし始めてみるとO先生のお話どおり、ボウリングに魅せられてしまい、今では気合いを入れて毎週ボウリング場へと通っています。
どうです、皆さんも始めてみませんか。


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