浄霊体験記

 2001年10月15日、サイキック現象掲示板にこんな書き込みがあった。
「毎日霊と、一緒に居ます。お払いをはじめて2ヶ月になります。霊媒師の先生にも、頼みました。無理です。そばから離れてほしいです。
ついて来るなんて・・・・・自縛霊、家に入って来れない霊、家の中に居る霊、最初は、服を引っ張るだけだったのに。ベットがガタガタ揺れて、毎日霊がきづいてほしくって、供養してほしくって、出てくるようになりました。毎日大変です。写真も、撮れるようになりました。前は怖くって撮れなかったのに。」(この書き込みはプライバシー保護のため、現在削除してあります)
 私は早速、メールで直接やり取りをしたい旨を書き込み、その後、電話でさらに詳しい事情を聞いたところ、この女性Sがこうむっている霊障の全貌が明らかになってきた。

 1997年10月、Sは引越し先を探していた。ひとつ、かなりよい感じのマンションを見つけたが、家賃が9万円で、それに共役費を入れると、ほとんど10万円になってしまう。毎月10万円の家賃は、ちょっと無理がある。かと言って、なかなか他の物件が見つからない。実は、彼女は犬を飼っているため、住める物件がどうしても限られてしまうのだ。彼女と一緒に部屋を探していた不動産屋は、これ以上探すよりは、家賃9万のマンションの大家にもっと安くならないか交渉してみましょう、と言ってくれた。その交渉の結果、なんと、6万9千円という家賃が提示されたのだ。「やっぱり、あの家賃じゃ借り手がいないんだ。ラッキー!」と思い、彼女はすぐそのマンションに住むことに決めた。

 契約を済ませ、鍵をもらい、自分の新しい部屋へと向かったSはふと違和感を覚えた。「あれっ、この前見せられたのはこの部屋じゃない。」 しかし、貸す予定の部屋にはまだ人が住んでいるので、代わりにマンションの他の部屋を見せるのはよくあることだ。きっとそうなのだろう、と自分を納得させながら、鍵を回しドアを開けた彼女は一瞬自分の目を疑った。なんと、部屋中のいたるところが虫の死骸だらけなのだ。普通の女性ならこの時点で不動産屋に文句を言いに行き、最終的に大家から「でも、6万9千円で貸せるのはその部屋だけなんですよ」という落ちになったかもしれない。だが、彼女は違った。「なんでこんなに虫だらけなんだろう。でもいいか。こんな値段で借りられるところは他に無いし。とりあえず掃除しよう」と考えながら、彼女は風呂場にもトイレにも、あらゆるところにある虫の死骸を片付け、11月の一日から無事、3LDKのその部屋に住み始めたのだった。

 入居してから数日は平穏に過ぎた。気になることといえば、上の階がやたらとうるさいことだ。一週間後、天井近くの壁から、突然勢いよく水が噴出してきた。Sはすぐに大家を呼んだが、原因は全く予想がつかない。配水管が通っているわけでもなし、それまで何日か晴天が続いていたし。「いったいどうしてでしょう」と言う大家に、彼女はさらに訴えた。
「上の階もすっごくうるさいんですよ。どんどん叩く音や、いすを引きずるような音が夜中までずっとしてて。」
一瞬、大家の顔がこおばった。「上には誰も・・・。ちょっと待ってください。」と言って、彼は上の階を見に行った。そして戻ってきた彼はこう言ったのだ。
「誰か住みついてしまっているのかと思って見に行ったんですけど、誰もいませんでした。上の部屋には誰も住んでいませんよ。」
「だったらなぜ? それにこの水は?」そんな彼女の疑問に対して答えることなく、大家は「ほっておけば水は止まりますよ」と一言言って帰ってしまった。

こんな裂け目も何もない壁から、いきなり水が噴き出してきたら驚くだろう。
 実際、水は二時間ほどして止まった。それ以後、相変わらず上の階はうるさかったが、実害もないので普通に暮らしていると、次は度重なるチャイムが彼女を襲った。玄関のチャイムがしょっちゅう鳴り、夜中でもドアをどんどんと叩く音がする。でも、見に行って見ると誰もいない。Sはこの出来事を、当初は不思議な事柄ではなく単なるストーカーの行為だと思い、警察にも相談した。だが、調べていくと、どう考えても誰もドアの前にいないときにこの現象が起きているのだ。チャイムについては電気的な故障と言えなくはないが、ドアを叩く音は? 度重なるチャイムに睡眠を妨げられた彼女は、音量を0にすることを思いついたが、それでもチャイムは鳴り止まない。とはいえ、この方法には一つの利点があった。音量を0にしていれば、チャイムが鳴っても誰か人間がドアの前にいるわけではないのだから、いちいち応対に出なくてもよいわけだ。

Sの部屋の前に光が発生し、下に降りてマンション全体を写真に撮ってみたところ、この光ははっきりと写った。 マンションの他の一部屋では、扉になぜかにんにくをぶら下げている。
 物を叩くような音はやがて部屋の中でも聞こえるようになり、ときどき体のあちこちをつつかれ、ベッドに寝ていると突然横に何かがドスッと落ちてくる。最初は飼い犬かと思い「こらっ、○○。降りなさい」と言ったが、愛犬は全く離れた場所にいた。だが、そんな生活をしていても、Sはこの部屋にそのまま住み続けた。なぜなら彼女の頭の中は「3LDK、ペット可、家賃6万9千円」という3種の呪文に支配されていたからだ。部屋に向かう途中で、ドアの前に男の人が立ち、こちらも向いてにやっと笑ったかと思うと消えてしまったこともある。しかしそういったことも、3種の呪文を前にするとすべて滅び去ってしまう。結局はみんな大したことではなかったのだ。

 Sが付き合っている彼氏Kと、その部屋で一緒に住み始めたのは1999年3月のことだった。Kは早速、あちこちで鳴る音について聞いてきた。「この音、何?」と。それに対してSは「うるさいマンションでしょ」とごまかす。Kは表向きは納得したように見せていても、内心はおかしく思っていたことだろう。そうしているうちにやがて、ごまかしきれない事態が発生してきた。
 
 2000年8月、Sは初めての長期休暇をとった。そして、少し遅くまで寝ていた8月9日の朝、それは起こった。上から透明な布のようなものが突然かぶさってきた。そしてベッドが激しく揺れ、いったい何が起きたのかわからずに最悪の寝覚めを迎えたSは、ベッドの上を子供や動物たちが跳ね回っているのを見たのだった。しかも布団が盛り上がり、Sの方に向かってくる。思わず「やだっ」と抑えつけたそれは、ちょうど人の頭くらいあった。いったいこの手の下には何が? 私は何を抑えこんでいるの? Sの胸は激しく動悸している。しかし、「出てこないで!」と念じたその瞬間、布団はつぶれ、それは行ってしまった。

 こうなってくると、さすがにSも気丈ではいられない。友人に相談を持ち掛けると、その友人はインターネットで霊媒師を検索して教えてくれた。早速連絡を取ったところ、自分の弟子がSと同じT市にいるからまずはそちらに電話をするように、と言われ、彼女はすぐに電話をかけた。だが、その弟子の指示で、書道の用紙、あら塩、線香、榊などを用意し、何をすればよいか教わったものの、現象は全く収まらない。毎朝、Kが出かけると、何かがSを起こしに来るのだ。あるときは、流しで水が流れているのに気付いて目を覚ました。Kが蛇口を締め忘れたのかと思い、流しの方を見たら、そこにピンクの服を着た見慣れない女性が立っていたのだ。思わずベッドの上に正座したSの目には、もうその女性は見えず、ただ水が流れ続けているのが見えるだけだった。Sがひとりでいると、いくつもの手が彼女をつついたり握ったりしてくる。霊はKにも見えるようになり、彼もまた背中を叩かれたり、「助けて」という声を聞いたりするようになってきた。

 8月30日、SはKと一緒に初めて霊媒師の先生に会い、そこで自分たちのやっていたことを知った。弟子の指示で行なっていたことは「供養」だったのだ。供養しているからには、当然浄化されたい霊が集まってくる。その先生は、霊をこわがらずに慣れろと言って来た。「こんな状況に慣れろと言うのか。怖いものは怖い。」とそのときは思ったが、結局は、何事も慣れてしまうものなのか。その頃に毎朝起きていた現象がある。寝ていると足元で何かが盛り上がり、それが胴体の方に来ると、無数の何かが飛び跳ねて遊びまわるのだ。いつも思わず飛び起きてしまい、睡眠不足の日々が続いたが、ある日、彼らは足元にできる盛り上がりを蹴り始めた。足の方で何かがムクムクと盛り上がったら、「出てくるな!」とそれを蹴ってしまうのだ。すると、その後にいつも続いていた現象は起きなくなる。彼らはまた、部屋の中の怪しいところを選んで写真も撮り始めた。

ある日Kの腕に模様が浮かび出た。Sは後ほど、この日が義理の父親の命日であったことを思い出す。 怪しい気配を感じ、明かりを暗くして写真を撮ってみたら、何かわけの分からないものが写った。
 こんな風にして、霊と生活することに慣れてきたものの、この状態がいつまで続くのか、二人とも不安だった。夜中にベッドの下からドスンと突き上げられる。二人ともいったい何が起きたのかと思いベッドの下を見たが、当然何もない。あるときはベッドの脇に何かが突然腰掛けてくる。見えない手がつついて眠りを妨げる。気がつくと、自分が裸でお風呂に入っているのに気付く。しかも、水風呂に。昼間、ふと気付くと、目の前を姿の見えない会話が通り過ぎる。男の人と女の子が楽しく会話している声が、白昼堂々と、目の前を横切っていくのだ。正に、霊の無法地帯だ。

 Sはこの時点で管理会社と連絡を取っている。「いったいここで何があったのか、ここは絶対におかしい」と。しかし、それに対する明確な答えは得られなかった。これについて法律に詳しい知人に聞いたところ、現在住んでいる人の直前の入居者の時点で何かがあった場合、管理側は現入居者にその内容を伝える義務があるそうだ。だが、いかに陰惨な事件が起ころうと、その後すでに一人が住んで出て行った後では、それ以降の入居者に対して何かを伝える義務は、とくにないのだという。

 一通り事情を聞いた私は、霊能者の友人Iと連絡を取った。ひとつ断っておくが、私は「霊能者です」と紹介を受けた相手をすぐに信用するタイプではない。というのも、本物の霊能者がいる一方で、完全な偽者や、能力が低いのにそれ以上のことができると思いこんでいる能力者が氾濫している状況を理解しているからだ。だが、Iとは出会ってもう三年以上になる。その間、本人、そして共通の知人から色々な話を聞き、だんだんと、この人は信頼できるという思いが生まれていた。先日、両親を立て続けに亡くした友人が、私の紹介でIに視てもらうことになった。その友人は後日、私にこう語った。

「自分と両親や親族しか知らないことを、矢継ぎ早にたくさん言われて。えー、何でわかるのっ、て感じ。俺はどっちかというと疑り深い男なんですよ。でも、こっちが何も言っていないのに、いきなりあんな風に言われると、信じちゃいましたね。やっぱ、本物ってあるんすね。」

 ちょっと話はずれるが、Iについてもう少し紹介しよう。Iはテレビ出演を求められたことが何度かある。そして、初めてその申し出を受けたとき、テレビ局は収録が終わりかけた頃、彼女を写真の束の前に連れて行き、この中のどれが本物の心霊写真だと思うか判断して欲しいと言ってきた。なれない収録でいいかげん疲れていたIは、写真の山を前にしてげっそりしていた。どうしよう。とりあえず何枚か取り出して判断してみたものの、こんなやり方では何時間もかかってしまう。Iは意を決して目をつむり、写真の山の上に手をかざすと、そこから何かを感じるほんの数枚を選び取った。それだけが本物の心霊写真だと告げられたディレクターは、思わずびっくりしてこう言ったという。「やっぱり本物の方っていうのはいるんですね。いや、実はあなたの前にも別の霊能者を呼んで同じことをやってもらったんですよ。その方が選び出した写真も全く同じ数枚でした。」しかし、この収録が放映されたとき、その内容は霊能者Iの立場を貶めるものに変わっていた。Iは怒ってディレクターと連絡を取ろうとしたが、その後は一切取り次いでもらえなかったのだ。それ以来、彼女はテレビに出ようとはしない。いや、正確に言うと、一度出ようと思ったことがある。

 ある番組製作会社が「一緒に心霊スポット巡りをしてそれを番組にしませんか」と話を持ちかけてきた。ありとあらゆる心霊スポットを訪れ、それを浄化していくのはIにとってひとつの夢だった。しかし日頃の生活の中ではとてもそのような余裕がない。仕事をしながらそれを行なえるのなら、と考えたIはこう答えた。「それはやってみたいね。あちこち浄化して回るのは私にとって夢だったんですよ。」
ところが、製作会社の人は不信な顔をし、こう聞いてきた。
「浄化ってのは除霊してしまうわけですか?」
「除霊じゃないの。浄霊。違いわかる? 除霊は霊を無理やり取り除くことで、根本的な解決にはならないから、私はやらない。そうやって無理にやっても、またどこかに落ちついて悪さしたりするから。私は霊と対話して、ちゃんと納得した上で上がってもらうんですよ。それが浄霊なんです。」
「はい。でも、それをすると、番組を見た人がそのスポットに行っても何も起こらなくなるんじゃないですか。」
「そうです。」
「いや、それは番組的に困ります。心霊スポットということで放映するわけですから。」
「でも、そうしたスポットに行って何もしないで帰ってくるなんて、私にはできません。それに、助けを求めてくる霊を無視するのは辛いんですよ。」
結局、この番組製作の話は没になってしまった。

 話をSに戻そう。浄霊をすることが決定すると、Iはまず遠隔霊視にはいった。そこでわかったのは、そのマンションの一室は霊道に差しかかっているという事実だ。霊道、霊の通り道がなぜできるのかは、まだよくわかっていない(この一件に付いては後日、そのわけが推測できたが)。霊道と交叉している住居については、他にもいくつかの例があるが、今回の場合、そこで供養を始めているのが問題だった。Iによれば、ちゃんとした力を持たない人が生半可な供養をやるのはとても危険だという。しかも、霊道というのはほっておいてもどんどんと霊が通っていく道だ。何もしなければ通りすぎたであろう霊が、供養しているのに気付き、浄化されたくてそこに留まってしまう。つまり、SとKは、自らどんどんひどい状況に、霊が多くなっていく状況へと向かっていたのだ。このまま供養を続けていたら生命の危険に関わると判断したIは、二人に供養を止めるように指示した。

 11月17日、私は霊能者Iと一緒に彼らの住むT市へと向かうこととなった。道すがら彼女はこんなことを言っていた。
「問題はSさんの体質だね。彼女はなんで霊能者にならなかったのか、っていうくらいすごい霊感体質だよ。霊から自分をブロックする方法を覚えないと、今回、浄霊してもいずれまた問題が起きる。それにKさんの方が心配。彼もそれなりに霊感が強いけど、ちょっと弱そうだから。Sさんは芯の強い人だけど、彼は霊にやられちゃうタイプ。」
 彼らの部屋に着いて少し落ちつくと、IはKに「最近背中がおかしくなかった?」と尋ねた。Kは確かに背中から体の内部に到る痛みを感じ、病院にも行っていた。そこでは、自律神経失調症で十二指腸潰瘍の一歩手前と診断された。Iはそれを聞いて「まあ、そんなもんだよね。医者の見立ては。」とさりげなく言う。「それは結局霊にちょっかいを出されていたんですよ。結構危ない状態だった。」そんな会話から、浄霊の一夜は始まった。

Iは水の流れ続けている水槽を見て、水の流れは霊を呼びやすいから止めるように指示した。その水槽を写した写真に顔のようなものが写っている。 印を付けた部分の拡大。(ピクセルの乱れはデータコピーのときに起きたもの)
 マンションの部屋自体の浄霊は割とあっさりしたものだった。その理由は、元々彼らには何の因縁もない、通りすがりの霊が相手だったからというのもある。さらにIは、実はここに来る前にほとんど話をつけてあったのだと言った。「素直にもう上に上がってしまいなさいよ。私がそこに行くから。」と、何日も前から霊にあらかじめ語りかけていたのだ。ただ、このマンションの浄化はあくまで応急処置でしかない。もっと根本的な治療が必要なのだ。

一番手こずりそうだった霊も、要求通りにりんごとおにぎり、うめぼし、ミルクを捧げたら、すぐに成仏してしまった。
 Iが遠隔霊視で視たところによれば、この付近に大きな池があるはずだという。その池からまがまがしい気が周囲に発散され、今回の件はその影響を強く受けていると言うのだ。実際、マンションの南西の方角にM池という大きな池があった。Sが聞いたところによれば、保養地としても有名なM池の側では、飛び降り自殺がよくあるのだそうだ。さらにSは、マンションの北東にある立入禁止区域について述べた。地元の人の話によると、その立入禁止区域には、元々ある武家の人が住んでいたそうだ。身寄りのない最後の家主が自殺した後、持ち主の居なくなったこの家はT市のものになる。T市は早速その屋敷の取り壊しを計画し、ある業者にそれを委託したのだが、作業現場のものに不幸が重なり、最初の業者は手を引いてしまった。それを引き継いだ業者にもたくさんの不幸が起こり、結局T市はその屋敷を取り壊すのをあきらめてしまった。ところが、ある大物お笑いコンビがこのうわさを知り、「俺たちが壊してやる」と宣言したのだ。霊能者を引き連れた彼らは、無事にその屋敷を取り壊すのだが、その後もこの跡地に入ったものに異変がつきまとう。そのため、建設予定もない、単なる草ぼうぼうの空き地が、なぜか立入禁止になっているのだ。今回の一件で霊能者Iはマンションの南西から北東へと通じる霊道の存在を感じていた。この霊道と、南西に位置するM池、北東にある立入禁止区域は無関係ではあり得ない。Iはこの二ヶ所の浄霊を次の日にすることに決めた。
立ち入り禁止区画。今回浄霊をしたので、もう危険はないと思われる。 中は草が伸び、荒れ放題となっている。

 それにしても、まだ疑問が残る。この霊道は一朝一夕にできあがったものではない。Sは入居してから3年弱、この部屋にそれほどの不都合を感じずに住んでいた。確かに変な部屋ではあったが、彼女にとってはとりたてて騒ぐほどではない。しかし、それがなぜ急に活性化して、霊が氾濫し出したのだろう。その原因は、もともとかなりの霊感体質だったSの能力が、今一気に花開き始めていることにあった。

 Sが他人よりも強い霊感を持つという事実は、浄霊の様子を見ていて明らかだった。例えば、部屋の中を一通り浄霊して回ったIは、衣装部屋と化している部屋にあった鏡についてこう言った。
「あの鏡はすごかったね。びっしり霊が貼りついていて。きっとまともに見れなかったでしょ。」
 それを聞いたSはびっくりして「私、鏡のことについて何も言いませんでしたよね」と私に確認した。Sによれば、引っ越してくる前は普通に使っていた鏡が、ここに置いてから怖くなり、最近はその部屋に入ることさえ怖くていやだったという。ここでKが、その言葉を裏付けるようにこう言った。
「それであなた、いつも僕をあの部屋に行かせていたんだ。服くらい自分で取ってくればいいのに、よほど疲れているのかな、とか思ってたんだ。なんで言ってくれなかったの。」
「だって、言ったら怖がると思ったもん。」Sはそう答えた。
問題の鏡には布がかけられていた。浄霊の後でSは久しぶりにその覆いを取り外し、鏡を覗き込んでこう言った。「もう怖くなくなりましたね。」
 
 Sの初めての霊体験は、妹と一緒に寝ているときの金縛りだった。二人とも同時に金縛りにかかりながら、頭の中でお互いに「助けて」と叫んでいた。妹の声無き声はSにはっきり聞こえたという。一方、Sの声(思い)は妹に届かなかったようだ。始まったときと同様に、二人そろって金縛りがとけると妹はすぐにこう言ってきた。「お姉ちゃん、なんで助けてくれなかったの。」 これが小学生の頃だ。

 その後しばらくは、霊的な体験はあまりなく、具体的にたくさん霊を視だしたのは、20歳を過ぎてからのことだ。一般的に、修行によるものではない、先天的な霊能力は、幼児・子供期に一番強く、その後はだんだんと弱まっていくことが多い。それを考えるとSの件は非常に珍しいと言える。

 一人暮しをしていたSの部屋で、ある日突然、隣に女性が座ってきた。その女性はその後もたびたび現れる。状況に慣れてきたSは、思いきってその霊に話しかけてみることにした。だが、向こうはSをにらんでいるだけで話に乗ってこようとはしない。Sが職場の仲のよい、後日付き合うことになる同僚にこの話をしたとき、霊の正体が判明した。Sが説明する容姿、服装などを聞いて彼は「それは自分が昔付き合っていた彼女だろう」と言い出したのだ。その元彼女はまだ生きていて、彼がSと仲良くしているのを恨んでいた。つまり、Sの部屋に何度も出てくる女性は、嫉妬の念が生んだ生霊だったのだ。この生霊につきまとわれている頃から、Sはあちこちで霊を見るようになった。

 それ以来たくさんの霊を視ながらも、Sはそれを頑なに無視し続けた。彼女は、霊の存在を認めることは現実逃避につながると考えていたのだ。さらに、霊などと関わって人生を浪費する暇はないとまで考えていた。だが、そんな彼女を真っ向から霊と向き合わせるきっかけとなった今回の事件には、彼女が抱えてきた大きな十字架が関わっていた。
今回の一件が起きていたときに撮られたSの写真。白いもやのようなものがたくさん写っている。黒丸はSが、その場所に顔が見えると言ってつけたもの。

 IはSを霊視したときに、彼女はかなりの「業」を背負っていて、その原因はSの生家がある土地のせいだという事実をつかんでいた。実際、Sが生まれた町の近くには、ある野心的で有名な戦国武将の墓があり、その墓にはなぜか首しか入っていないという。胴体は近くのどこかに埋まっているのだ。この墓の影響だけではなく、古戦場に残るたくさんの念に影響を受けたその土地は、Iにしてみれば人間が住めるような土地ではなかった。そこで生まれたSは、ある出来事について語り始めた。

 Sには二人の父親がいる。実の父親は、愛人との間に子供ができたとき、家を出ていった。その後、母親は新しい相手と再婚したが、Sは家に居るのが嫌になり、親戚が経営する寮に身を寄せていた。Sが家を出た理由は、新しい父親が気に入らないというだけではない。霊感の強いSにとって、その家に住み続けるのは息苦しいのだ。さらに、小学生の頃、実の父親が刃物を振り回していた嫌な記憶もある。新しい父親、いとこが自分に「いたずら」してきたりもした。とにかく、嫌なことばかりだった。そのSが「たまには顔を見せて」と言う母親に会いに、久しぶりに実家に戻った17歳のとき、その事件は起こった。義理の父親が一家心中を計ろうとしたのだ。Sの母親を大きなハンマーで殴った彼は、Sと弟を襲ってきた。しかし、母親が頭を殴られながらも彼にしがみつき、二人を逃がしてくれたのだ。Sはすぐに警察に電話をし、この事件は新聞にも載ることになった。ただし、犯人は家族以外の人間となっていたが。その義理の父親は、その後すぐに自殺し、それから2年間、毎晩Sの夢に出てくるようになる。

 Iがその義理の父親の名前を尋ねたとき、Sはそれを思い出せなかった。それほど、Sは彼のことを嫌いで恨んでいたのだ。だが、その一方では、彼の自殺が自分のせいで、そのために2年間も無言で、ずっと夢の中に出てきたのだという考えも頭の中にあった。Sに何かひどいことをした相手は、Sが何もしなくても悲惨なことになるのだという。Sに屈辱的なことをした男は、突然みすぼらしいぼろぼろの格好をしてSの職場に現れ、彼女に「もう何もしませんから」とつぶやいた。Sは同僚たちから「いったい何をしたの」と聞かれたが、もちろん何もしていない。そんな出来事が起こったのは二回や三回ではなかった。

 Iはその話を聞いていて、自分もよくそんな経験をしたと言い出した。若かった頃につきあっていた男性は、妻子があるのに独身だと偽っていた。しかも、母親に電話すると説明しながら、奥さんに電話して「今日のご飯はいらない」などと言っていたのだ。その事実に気付いたIは当然、すぐに交際を止めた。そしてすぐ、特に何をしたわけでもないのに、その男性の会社は倒産した。IはSに「私らみたいな念の強い人間は、思っただけでその影響が出ちゃうんですよ」と語った。

 Sの家系は、二人の父親以外にもたくさんの因縁(とてもここには書ききれない)を持っていた。Iによれば、Sはもともとそれらの因縁を清算するために生まれてきたのだという。ひとつの家系の中に、400年に一回くらい、一族のカルマを清算するために、SやIのような能力の強い人が現れるのだそうだ。しかも、義理の父親の23回忌にあたる今は、Sの恨みその他の念でさらに歪み、ついに噴出することとなった一族の因縁を一気に浄化する絶好の機会だった。Iは「父親のことを許せないか」とSに尋ねた。だが、20年以上も憎み続けてきた相手を簡単に許せるはずはない。Iはさらに、その父親も被害者なのだと諭した。彼に限らず、その土地に住むものはみんな気が狂ってもしょうがない。Sの生家はそれだけ呪われた土地なのだ。父親を許さないと、これからも霊障に苦しむことになる。と、そう言われても、だめなものはだめだ。Sは泣きながら「許せない」とつぶやいた。

 しばらく押し問答をした後で、Iは方針を変えた。
「じゃあ、あなたの魂をきれいにするために写経をしてみようよ。それならできるでしょ。凝り固まった憎しみの念は、歪んだエネルギーとして魂に刻まれて、いずれその反動が、死んだ後に直接あなたに、あるいは子孫に跳ね返ってくるんですよ。それにこれからKさんと結婚するわけでしょ。彼との将来のためにも、この機会に身をきれいにしておこうよ。どうしても許せないものはしかたない。『許さなければ』とか考えながら写経しても、それは苦しみの車輪を回しているようなものだから。そんなのは意味がないのね。私も自分を殺そうとした相手をなかなか許せなかったことがある。
 2年間、狭心症みたいな症状が何度も起きて。医者に行くとなんにも見つからないんだけど、とにかくしょっちゅう息苦しくなってね。もう普通の生活はできなかった。で、しばらくしてわかってきたのは、それは知っている霊能者の仕業だったってこと。私の能力をねたんだのか、その人は密教の修行をして私に呪いをかけたの。でも、最終的にはその力は跳ね返されて、何倍にもなってその人に返っていった。結局、その人は亡くなっちゃって。でも私、お通夜に行かなかったの。絶対許せなかったからね。回りの人は私のことを、身近な人が死んだのにお通夜にも行かない、ひどい人だと思ってたよ。だけどね、あるとき、突然許せたの。『嫉妬を克服できないかわいそうな人だったんだな』って思ったら、涙がぼろぼろ出てきてね。あなたにもいつか必ず、そんな、許せるときが来るよ。とりあえず今は、あなた自身とKさんのために写経してみよう。」

 翌日、我々は周辺の土地の浄霊に出かけた。問題の立入禁止に行ったとき、Iはこう言い出した。
 「あっ、この松の木、昨日浄霊しているときに視たものだわ。そう、この土地で鎧を着た武士が刀を振りかざしていた。」
 ちなみに、この場所に武家屋敷があったことは、この時点ではわかっていない。ここの浄霊は問題なかったのだが、Iは二日連続の浄霊でパワー不足を感じていた。そして、この次に行った、かなりの広さを持つM池では、周囲のあまり危なくない一ヶ所を浄霊できただけで、一番危険なところには近寄ることもできなかったのだ。Iは「いったいこの池は何なのかしら。こんなに悪い気が満ちているなんて。今日の私じゃ、近寄れないくらい危険な場所で、家族連れが遊んでいるなんて、不思議ね」と、しみじみ語った。

 将来、再びこの池に来て浄霊をしたいと思いながらも、その池を離れて昼食をとることに決めたそのとき、Sに最初の異変が起きた。彼女はどこかにいなくなっていたのだ。一瞬最悪の事態も予想したが、幸いKがすぐに彼女を見つけ出した。そして、Sにどうして一人でいなくなったのか聞いたところ「なんとなくあっちの方が気になって」と彼女は答えた。それを聞いたIの顔がこわばる。なぜなら、その「あっちの方」というのは、浄霊続きで疲れてしまったIには近寄ることすらできない、非常に危険なその場所だったのだ。その後もSは、車の中で頭痛を訴え、昼食を取ったうどん屋では、突然頭を殴られる感覚を覚えた。後日わかったことだが、そのうどん屋で、主人が頭を殴られて亡くなる事件が昔起こっていた。つまり、身を護る方法を知らないままに霊能力が開花されてしまったSは、霊に対して非常に無防備な体になってしまっていたのだ。

 そんなSに対して、Iは最低限の注意を与え、写経をするように約束させて帰路についた。この後、Sはますます霊に悩まされるようになる。Sはでかける先々で、さまざまな霊を拾ってくるようになってしまっていた。M池の影響をまだ受け続けているマンションでは、また新しい霊がやってきて騒ぎ出す。朝、目を覚ますと誰かが乗っていて脚を思いきり踏まれた。医者に行くと、そこははっきりと痣になっていて、関節も炎症を起こしている。あまりにひどい症状に「いったいどうしたんですか」と聞く医者に対して、彼女は本当のことを言えなかった。しかし、それでもひとつ明らかに変わったことがある。Sは自分の立場を理解し、霊と正面きって向き合う気になったのだ。再びインターホンが鳴り始め、ざわざわし始めた部屋で、Sはこう語りかけた。
「私には力がない。どうすることも出来ない。でも、分かるために今から(写経を)するの。もうちょっと待って。この子(Kのこと)になんにもしないで。お願い。待って。」
すると「わかった」という声がして、音は消えた。

 Sはまた、簡単な浄霊もできるように変化を遂げていた。Kの様子がいつもと違い、霊が憑いていると思った際に、彼女は彼の背中に手を当てて、出て行ってと頼んだ。すると、しばらくして、Kの頭から白い煙が出て、彼の行動は正常に戻ったのだ。一方で、彼女が憑かれたときには、手を貸してくれる霊の存在が明らかになった。男の子の霊が憑いていたとき、Sは鏡の前に立ち何かを言った。それはS自身の言葉ではなかったのでよく覚えていないとのことだが、内容は、鏡を見ればこれは自分の体ではないことがわかるでしょう、わかったら出ていって欲しい、という感じだったらしい。

 11月29日、Sにひとつの転機が訪れた。その日の朝、目覚めたらSは泣いていた。その後もしばらく涙が止まらなかったが、自分でもなぜ泣いているのかが全くわからない。夕方7時過ぎ頃、声が聞こえた。
「もういいでしょ。苦しんだんだから。貴方以上に苦しんだから。」と。
その瞬間、Sはすべてを許せる心を持った。浄霊から約2週間の間、彼女は数々の霊に憑かれ、霊の感じている痛さ、寒さ、悲しさを、自分自身の感覚として味わってきた。そして今、自分の嫌いだった義理の父親も、ずっと泣いていたのだとわかったのだ。Sは近いうちにお墓参りに行くと、私に伝えてきた。

 この後もしばらく、Sの受難は続く。ただ、写経をしている間はどうしてもいろいろなことが起きるのを避けられない。なぜなら、写経の行為それ自体は、むしろ霊を集めるためのものだからだ。書き写された般若心経と一緒に浄化されようと、霊がたくさん集まってくる。それを最後に、しかるべき能力者が燃やすことによって、初めてひとつの「浄化の輪」が完成するのだ。この時期、相変わらず霊に憑かれやすくなっているSに対して、Kはよいサポート役となっていた。彼もまた、簡単な浄霊をできるようになったのだ。お互いに相手の様子が変だと気付いたら、背中を叩いて霊を払ってあげる。そんな奇妙な関係がしばらく続いた。

 2002年2月、Sはもうすぐ写経が書き終わる、今は心がとても澄みきっていると私に告げてきた。その後、Sの希望でIは再びT市に行った。Sにとって、自分と同じものを感じることのできるIと再会できたのは嬉しい。ひとしきり話がはずんだ後、書き上げられた50枚の写経はSの目の前で、Iの手によってお焚き上げされた。今ここに、ひとつの輪が完結し、歪んだエネルギーが開放された。この世とあの世のはざまで、行き場を失い歪んでしまった「思い」が、やっと開放されたのだ。


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