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99.11.13

天皇に対する敬語

 11月12日は、天皇在位10年記念式典が行われたそうです。NHKもその模様を国立劇場から生中継したとか。人気ミュージシャンや、各界の著名人が大勢参加するということだったので、僕はちょっと興味がありました。しかし、日中は家を空けていたし、夜は寝てしまったので、中継もテレビニュースも見ることができませんでした。いったい、どういう人が出ていたのか、知りたい気がします。しかし、この種のものは、むろん再放送などはしてくれないのでしょうね。
 ところで、「天皇在位×年」で連想するのは、高島俊男氏が、著書『お言葉ですが…「それはさておき」の巻』(文藝春秋)で触れていた、中曾根さんと昭和天皇のエピソードです。

 〔……〕東京の藤井美夫さんがお手紙をくださった。それによれば、昭和六十一年四月、天皇在位六十年の記念式典の際、当時の中曾根康弘総理大臣が、
 「陛下、本当にご苦労さまでした」とあいさつしていたとのこと。
 いやあよくおぼえている人があるものだ。感服しました。(p.204)

 以前にも触れましたが、「ご苦労さま」ということばは、「他人の苦労を高みから見物しているような語感」がある。本人は、ついうっかり使ったんでしょうね。しかし、世が世なら、中曾根首相は不敬な総理大臣として問題になったとしても不思議ではない。
 新聞社では、皇室に対して特別な敬語を使わないようになってきているところが多いようです。人権平等の原則に則ってのことだと思いますが、もしかすると実は、記者が敬語を使いこなせないため、クレームが付くのをあらかじめ防止する意図があるのかもしれませんぞ。
 実際、今でもときどき天皇に対して敬語の使い方が誤っている記事があって、読みながらにやにやしてしまいます。たとえば、

 実は、八九年の夏、越川君は、白い服装をした若い男女が、当時、有楽町にあった都庁舎に毎日のように訪れていたのを目撃している。
 この年は昭和天皇がご逝去した年である。越川君は、昭和天皇ご逝去の報道が一段落してから、本拠地の都庁クラブに戻ってきたが、〔後略〕(「毎日新聞」1995.06.26 p.26)

 この「ご逝去した」は、謙譲語のような形を取っていて変です。「ご〜する」という言い方は、「先生をご案内する」のように、自分が相手に何かをしてさし上げるときに使うものです。この場合は、「ご逝去になった」か、「逝去された」(敬意は薄くなるけれど)かのどちらかで言うべきでしょう。戦前ならさしずめ「崩御あらせられた」となるところ。
 また、もっと最近の例では、韓国の金大中大統領が来日したときの記事。

 晩さん会に先立ち、午後三時半からの会見では、金〔大中〕大統領は「訪日の目的は友好親善関係をよくするためで、そのために天皇、皇后両陛下に韓国をご訪問していただきたい」と招請した。(「朝日新聞」1998.10.08 p.1)

 「ご訪問していただく」はまずい。金大統領は日本語が堪能なので、もしかしたら記者会見で上の発言そのままに述べたのかもしれませんが、これも「ご逝去する」と同じで、謙譲語の言い方になってしまいます。「私、金が、陛下をご訪問する」というのは可能です。相手に言う場合は、「ご訪問くださるようお願いします」というのが無難でしょうが、上の文章に即して言えば、さしずめ「ご訪問になっていただきたい」か。
 もし、金大統領は朝鮮語(韓国語)で話し、記者が日本語に訳したのだとしたら、それは記者の敬語感覚がおかしいのです。
 戦前は、「天皇階下」などという誤植が紙面に出ただけで、責任者は免職になった、というような話を聞きました。しかし、現在は「ご逝去された」とあっても、だれも気付かないか、読み流すので、責任者の地位は安泰でしょう。平和で結構なことではないでしょうか、決して皮肉ではなくそう思います。

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