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99.08.12

「君が代」寸感

 先日(1999.08.09)、国旗・国歌法が成立しました。「国旗」のほうはよく分からないのですが、「国歌」となると、ことばに関わってくるためもあってか、いろいろと想念の断片のようなものが浮かんできます。人様にお聞かせするようなことではありませんが、自分の備忘を兼ねて、その断片を書きつけておきたいと思います。

 ことさら政治的な内容ではないつもりだし、むしろ、恥ずかしいほど無思想な文章ですが、ご不快を招いたらすみません。憫笑や顰蹙を覚悟の上で書いているのは、いつもと同じことです。

政府見解では、「君が代」の「君」は「日本国及び日本国民統合の象徴である天皇と解釈するのが適当である」ということになったらしい(99.06.11閣議)。しかし、歌の解釈に関わることは、日本語研究者や日本文学研究者の説に耳を傾けるのが筋だろう。
 たとえば、佐伯梅友氏は「「君」は広く用いる語で、天皇をさすとは限らない。」(岩波文庫『古今和歌集』)と述べる。金田一春彦氏は「「君が代」の「君」は江戸時代までは、相手を尊敬して使われたもので「君」はその意味だと解して差支えない。」(講談社文庫『日本の唱歌 上』p.25)と記す。また、山田孝雄は「この「君が代は」の歌は一般の人々の年寿を賀する歌であり、而してそれは天皇皇族に限らぬものであつたことは明かで、ここに至つてはどう考へても異論もあるべく思はれぬ。」と断定する(宝文館『君が代の歴史』 p.48)。こういった説に対して、政府が学問的に論駁したという話をついにきかない。

「君が代」賛成派も反対派も、この歌の歴史を論ずることが少ないのは残念だ。前出の山田孝雄『君が代の歴史』は、議論の際の基本文献だと思うが、取り上げられない。同書は「君が代」の沿革を考察した労作(奇書ともいえる)である。この歌が古今集以前から歌われ、近世には謡曲・小歌・長唄・盆踊り歌などにも引用されて広く民衆に浸透した経緯を考証している。

「国旗・国歌」に関する野中広務官房長官の答弁はなかなかいいところを衝いている。「(日の丸・君が代が)生み出されてきた歴史と、また一時期、それがゆがめて伝えられてきた事実をきちんと教えること」が必要だと述べた(「毎日Interactive」99.08.09)。前代には民衆に浸透していた「君が代」が、戦前にはゆがめられた、と受け取ってよいということだ。それだと議論がしやすくなるのではないか。

「君が代」を「歌わない自由」が脅かされることになりそうだが、実は「歌う自由」も保証されていない。たとえば、日本テレビは92.05.01、ロック調の「君が代」を使用したCMを放送中止にした。広告主は「君が代に親しんでほしいと思って企画した」のだけれども。
 歌わなくても怒られるし、歌っても怒られる。厄介なことだ。ちなみに、カラオケにも「君が代」はない。

カラオケの「軍歌」には、「月月火水木金金」や「加藤隼戦闘隊」、「戦友」、「同期の桜」などいくつかあるが、天皇を歌ったものはないようだ。「大君の辺にこそ死なめかへりみはせじ」と歌詞にある「海行かば」もない。

「海行かば」は、「万葉集」にある大伴家持の歌だ。「万葉集」の歌は、戦前において、少なからず政治目的に利用された。いわば「一時期、ゆがめて」使われたのであった。今日、「万葉集」で卒業論文を書いたりしても右翼扱いされることはないが、それは当たり前のことだ。しかし、「君が代」を歌うと反動扱いされる。

戦争を経験した人が「君が代」を生理的に嫌悪するのはもっともで、その気持ちは尊重されなければならない。軍歌が嫌いな人の前で軍歌を歌わないというのと同じだ。

「君が代」を歌わせようとする政治家や教育関係者は、歌はうまいのだろうか。一人ひとりに歌わせてみたい。まともに歌えるかどうか、疑問だ。あやしい音程で、調子っぱずれに歌うのは、「国歌」に対して失礼だと思う。

母校である大学の校歌は素晴らしい歌で、深く愛している(母校そのものは、ともかくとして)。校歌のレコードも持っている。しかし、同窓会などでみんなで集まって歌うのはいやだ。胴間声を張り上げて歌う人々と一緒に歌いたくない。卒業式は欠席した。
 「君が代」に対して抱いている感情もこれと似ているかもしれない。

追記 忌野清志郎さんが発表予定だったアルバム「冬の十字架」に、パンク調の「君が代」が収録されていたため、発売元のポリドールが発売中止にしたことが明らかになりました(08.17報道)
 上で紹介したCM中止と軌を一にする出来事といえましょう。ぜひ自主制作によるアルバムの発表を望みます。
 「君が代」のアレンジということでいえば、矢野顕子さんのアルバム『長月神無月』(1976)には、フリージャズ調の「君が代」が収録されています。歌詞カードでは「日本国国家」(ママ)と紹介されています。こちらは幸いにしてまだ廃盤になっていません。(1999.08.26)

追記2 某サイトで、このページが「保守派」の言説のひとつとしてリンクされていました。「保守派」ねえ……。「保守派」の批判をおそれつつ公開した文章であるのですが。(2001.03.13)

追記3 「週刊新潮」2001.04.26 p.154の記事によれば、最近はカラオケでも「君が代」が歌えるそうです。たとえば「JOY SOUND」の配信元「エクシング」では、リクエストを受けて「99年秋にこの曲を加えました」とのことです。法律の成立を受けてのことでしょうか?(2001.08.10)

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