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99.01.25

リストラされる

 なぜか『平成不況10年史』(吉田和男、PHP新書)という本を読んでいます。読みながら、経済のこと以外に、ことばのことをいろいろ考えていました。
 ここ10年以上の経済状況は、いろいろなことばを生み出しました。いわゆる「バブル景気」のころには「財テク」「節税」「地上げ屋」など。景気が後退して「十年不況」が始まると、「土地神話(の崩壊)」「(就職の)超氷河期」、そして「リストラ」。どれも、そのときどきの経済状況を象徴的に言い表したことばです。
 ところで、この「リストラ」ですが、興味深いことに、景気の移り変わりと連動するかのように語形や意味が変わってきているんですね。
 もともとは、アメリカでの企業改革を指すことばとして紹介されたようです。「朝日新聞」のデータベースを検索すると、1985年に初めて「リストラクチュアリング」という語形で紹介されています。

 米国でリストラクチュアリング(企業改革)という言葉が定着して久しい。企業買収が盛んに行われ、それを機に不採算事業の売却、分離が活発だ。(朝日新聞夕刊 1985.11.27 p.9)

 この記事は「企業改革のすすめ」というタイトルでした。日本の企業もこの「リストラクチュアリング」を推進して効率的な経営を目指してはどうか、というわけ。実際に、プラザ合意後の「円高デフレ」からバブル景気の時期にかけて、企業はリストラクチュアリングを進めて設備投資などを行い、収益を上げました。
 この「リストラクチュアリング」は、「現代用語の基礎知識」では1987年版から載っています(版によって「リストラクチャリング」も並記)。ですから、一般に言われだしたのは1986年ごろでしょう。
 「リストラクチュア(チャ)リング」が「リストラ」と略されたのは、「朝日新聞」では1988年の次の記事あたりが初めのようです。

 「リストラ」という言葉が産業界ではやっている。リストラクチャリングの略で、経営の再構築といった意味だ。(朝日新聞 1988.05.31 p.5)

 「産業界ではやっている」ということは、まだ一般的な略語ではなかったようですね。「現代用語の基礎知識」では「リストラ」が出てくるのは1990年版以降で、小見出しの扱いで「リストラともいう」とあります。翌1991年版からは索引にも「リストラ」があります。
 ところが、この略語のほうの「リストラ」は、やがて「企業の再構築」というのとはちょっと違ったニュアンスで使われ始めます。というのも、「リストラされる」という言い方が出てくるからです。

 ユニオンには、退職勧告や解雇通告を受けた人など、さまざまな社の四十人余りが加盟している。一カ月半で二百本近い相談の電話を受けた。今月末には二度目の交流集会を開く。リストラされる側の巻き返しが始まろうとしている。(1994.02.08 p.16)

 この記事は、「バブルがはじけた」あとに書かれたものです。「リストラされる」を「企業の再構築をされる」と解釈すると、意味が通らない。ここでは「解雇される」ということですね。
 「リストラされる」は1994年以降、「リストラする」は1993年以降、毎年出現しています。時代が好景気から不景気に移るとともに、「リストラ」は「解雇」のえん曲表現となったのでした。同時に、「リストラクチュアリング」は、新聞紙上ではあまり使われなくなりました。「リストラ」が日本的な用法で定着したのです。
 昔は人員整理のことを「合理化」と呼んだ時期もありましたが、これも一種のえん曲表現でした。「リストラ」はさしずめ、「合理化」に代わる新しい言い換え語なのでしょう。
 辛気くさい話題でした。ともかく、今年こそは景気が回復してほしいものです。

追記 NHK「お元気ですか日本列島」の中の「気になることば」の時間帯で、2003.10.27に「カタカナ語でリストラされる!?」が取り上げられました。
 要旨は、「『リストラクチャリング』は『再構築』だが、『リストラ』は『人員整理、解雇』の意味になった」「『首切り』は強烈だが『リストラ』は人ごとのよう」ということでした。運動団体の連合の意見として「『リストラ=解雇』はゆゆしい。労組は経営をリストラクチャリングするため幅広く協議しているが、労組の取り組みが正確な理解得られず、不本意だ」、また、経団連の意見として「正式文書では『リストラ』使わず、使うならば『再構築』の意味で使う」という談話が紹介されていました。(2003.10.31)

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