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01.09.11

「みだりに」は古語か

 僕は、古風なことばをわざと使うことを好みますが、学生と話しているときは、できるだけ平易なことばを選ぶように気をつけています。「平易」といって悪ければ、「簡単」なことばを使うようにしています。それでも、話が通じているのかな、と不安になることがときどきあります。
 「とっぱらう」「舌足らず」ということばを分かってもらえなかったことについては以前に書きました。そのほかにも「聞きかじり」「小気味よい」を知らないと言った人もいます。
 「小気味よい」が使えないとすると、「職人がトントントンと(  )音を立ててそばを切っていた」というとき、どういう修飾語をかぶせればいいんでしょうか。僕の感じ方では、「小気味のよい」でなければぴったりしないのですが。
 ことばの意味が分からないときは、辞書をひけばよい。でも、こういうこともあります。
 「みだりに」ということばを自動車の教則本で見つけてきた学生がいました。

 車両通行帯をみだりに変えて通行すると、後続車の迷惑となり、ひいては、事故の原因ともなりますから、同一の車両通行帯を通行しなければなりません。(中部日本自動車学校『すぐわかる。よくわかる。学科教本』p.54)

 本人は「みだらに」ならば知っていても、「みだりに」は知らないようでした。みだらな本の読みすぎかもしれません。
 それはともかく、「みだりに」は「あまり一般に知られていないことばなのではないか?」と、この学生は考えました。なぜならば、この教則本では備考欄に「みだりに」の意味が説明してあって、「正当な理由がないのに」と書いてある。わざわざ説明するのは、だれにも分からないことばだからだと思ったらしいのです。
 ちょっと飛躍した意見ですね。「みだりに」は道路交通法を含め、法律の条文にも使われている表現です。そこで、厳密を期すために備考欄に説明してあるのでしょう。だからといって、一般の人が分からないことばだとは言えません。
 ところが、学生の意見を裏打ちするようなことが、国語辞典に書いてあったそうです。「みだり」は「古語」だというのです。

みだり[乱り・妄り・濫り・猥り][古語](形動ナリ)物事に秩序がないさま。しまりがなくてだらしのないさま。[用例]国の成敗――なるに依て国人こぞってこれを背そむきけるにや(太平記・三八)(『講談社 カラー版 日本語大辞典』)

 なんだあ、「みだりに」は大昔のことばだ、それでは自分が知らないのも無理はないな、と学生は安心してしまったようです。
 しかし、これは辞書の引き方が悪いので、「みだり」のちょっと先の方を見れば、「みだりに」という副詞が載っているはずです。そこには、「古語」とは書いてありません。れっきとした現代語です。
 「かれが性はみだりなる物にて」(「雨月物語」)というような「みだり」は今では滅びましたが、われわれは副詞として、「みだりに」という形を使っています。そういった常識的なことばを知らないのも困りものですが、せっかく国語辞典を引きながら、調べ方がよくないために、勘違いを正す機会をみすみす逃してしまうのも残念です。
 こう見てくると、学校の教師が話をするとき、あまり少ない語彙で済ましてはいけないようです。ふだんから「みだりに」「聞きかじり」「小気味よい」といった多様な表現(というほどでもないと思いますが)を使って、児童・生徒・学生の語彙を増やすようにする必要があります。
 そして、国語辞典の正しい引き方もきちんと指導すべきです。

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