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01.06.28

奸佞邪智

 四字熟語というのは難しいことばがほとんどですが、人気の「漢字検定」には必ず出題されるので、受験しようと思う人は勉強せざるをえないでしょう。
 何か参考書を、という要望が高かったのかどうか、日本漢字能力検定協会は『漢検 四字熟語辞典』というのを発売しています。なんでも全部で4000語が収録されているのだそうで、各項目には、いちいち「1級」とか「準1級」とか出題レベルを書き添えてあります。
 何やら、大学が自分のところを受験する人のために「対策本」を売っているようなもので、変な感じはします。

 さて、この辞典を見てゆくと、「顔常山舌(がんじょうざんのした)」(5級)とか、「管中窺豹(かんちゅうきひょう)」(準1級)とか、「管仲随馬(かんちゅうずいば)」(3級)とかいうのに混じって、「奸佞邪智(かんねいじゃち)」というのがあります。1級に出る熟語だそうです。
 奸佞邪智、意味は「性格がひねくれていてずるがしいこいこと」。1級といいつつ、「顔常山舌」「管中窺豹」などよりはよっぽど知られた熟語ではないかと思います。どうもこの等級づけは分かりません。
 これはどこから出たことばなのか知りたいと思いましたが、この辞典では出典を示していません。そこで、武田晃『四字熟語・成句辞典』(講談社)を見ましたが、「奸佞邪智」の出典はやはり書いてありません。
 漢和辞典には「奸佞」「邪智」というそれぞれの語は載っています。しかし、「奸佞邪智」では見つかりません。
 この熟語は、『日本国語大辞典』の初版には入っていませんでした。「奸佞」の項に「邪智奸佞」「奸佞邪曲」、「邪知・邪智」の項に「邪智謗法」という例が載っているだけ。それが、こんどの第2版になって見出しに立ちました。

*戦国史記(1957)〈中山義秀〉三「豊後(利隆)がとりもってよこした、庄五郎とか申すあの油売りは何じゃ。見るからに奸佞(カンネイ)邪智の曲者と思われる」

とあります。
 「奸佞」「邪智」は昔からあったが、「奸佞邪智」とくっついたのは1957年のことだったのか。すると、ずいぶん新しい熟語ということになりそうです。
 しかし、『日本国語大辞典』第2版も時には漏らすこともある。もっと古いこういう例があります。

 私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。王の奸佞邪智{かんねいじゃち}を打ち破る為に走るのだ。(太宰治「走れメロス」新潮文庫 p.146)

 「走れメロス」は1940年発表ということです。しかし、17年ぐらいさかのぼって安心していてはいけません。
 江戸時代、平賀源内が福内鬼外の名で書いた浄瑠璃「神霊矢口渡」にはこうあります。

ヤア愚か愚か。是しきのへろへろ矢。百筋千筋身に立つとも。何ほどの事有らん。類を以て友とする奸佞邪智{かんねいじやち}の愚人ばら。一々首をならべんと。無二無三に切つてかかる。(早稲田大学蔵の板本、59丁裏、文字遣い改める)

 この板本は明和8年(1771年)に刊行されています(初演は1770年)。というわけで、「奸佞邪智」は少なくとも18世紀後半まではさかのぼりました。

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