防衛経済学:序論 防衛政策は重大な転換期にさしかかっている。防衛部門と民間部門双方が競合す る目標間で、資源を効率的に配分しなければならない。そのためには厳密な経済 分析を適用する必要があるのである。防衛経済学は経済学の分析ツールを国防、 軍縮、軍民転換、平和の問題に応用する。防衛経済学それ自体は経済学の一分野 である。防衛部門に特有な制度的側面を考慮しながら、経済学的方法を特定の問 題に適用する。次のような問題がある。軍事同盟の負担配分、調達の契約方法の 効果、経済成長に対する防衛支出の効果、武器管理条約の経済的帰結などである。 近年、防衛経済学に対する興味は高まりつつある。最近十年間には数多くの本が 出版され、最近は一般的経済専門誌への投稿論文も増え、1990年には専門誌も公 刊された(Defence and Peace Economics、前 Defence Economics)。各国が資 源を求めて競争し、民族紛争を解決し、不法行為に対抗し、その安全保障を再考 しなければならない状況で、この興味はますます高まっていくであろう。  現在、国によって防衛支出は異なるが、国内総生産(GDP)の平均5パーセントが 国防に使われている(Hartley et al.,1993,p.17)。いくつかの中東諸国(たとえ ば、サウジアラビア、イラク)はGDPの20パーセントを国防に費やしている。他 の国々(たとえば、日本)は約1パーセントである(Hartley et al.,1993,p.49)。 特に研究開発を含めれば、国防部門は一国の資源配分に大きな影響を及ぼす。危 機になれば、軍隊の動員から現在そして将来の経済的問題が引き起こされるであ ろう。現状の防衛支出の水準でも、国防から生じる短期的・長期的代替案を選択 するために、経済分析はきわめて重要である。  冷戦の終了で、防衛経済学への興味は弱まったと思うかも知れないが、事実は、 超大国の弱体化は経済学的方法と評価を必要とする多くの動的問題を提起してい るのである。第一に、ソ連東欧の分裂は、中央権力の減退とともに、戦争にも繋 がる民族紛争を引き起こしかねない。ボスニア内戦は他国に波及しかねず、合衆 国とロシアをも引き込みかねない。旧ソ連共和国(たとえば、グルジヤ)も内戦 に直面している。第二に、弱小国間の地域紛争の可能性と、それが超大国の防衛 支出に及ぼす影響が重要性を増している。1991年の湾岸戦争は、資源宗教かつあ るいは領土的利害に関わる地域紛争の可能性を悟らせた。第三に、ソ連とその衛 星国の分裂で、外貨稼ぎのために安価な武器が市場にあふれでた。その一部が地 域紛争に使われているのである。第四に、最近の条約で戦略核には制限がおかれ ているが、超大国間の対立の安定性を保ちながら、攻撃の抑止と防御のための防 衛システムに従来型兵器を使う必要性が強調されている。第五に、最近の軍縮条 約は、武器の検証、転換、解体の問題を生じさせている。この問題は費用と便益 の問題であるが、経済学的考察が必要である。明らかに、対立だけでなく平和に も費用がかかる。双方とも安いものではないのである。  冷戦後、古い問題と新しい挑戦が生じている。テロ、ゲリラ戦、暴動などの低 レベル紛争の脅威は古い挑戦の代表である。1993年2月26日、ニューヨーク市の 世界貿易センターに、テロリストが爆弾を仕掛けた。この事件は、あらゆる制度 の脆弱性を証明した。この脆弱性は1993年春、合衆国上院議員の暗殺、国際連合 本部とニューヨーク市の爆破計画が明らかになったとき、再確認された。もう一 つの古い挑戦は、軍事同盟の負担配分と成員構成の問題である。この挑戦は欧州 経済共同体(EEC)のような経済同盟の強化や、ソ連とワルシャワ条約の解体とと もに再浮上してきた。新しい挑戦としては、超大国の対立がなくなって以後の将 来の武器の開発がある。米国軍隊の新しい使命は、もしあれば、何なのか?  1990年代の防衛予算の減少も、効率性の向上と貨幣の価値上昇という新しい挑 戦をもたらした。予算減少のため、軍事同盟は資源の確保という点での協力を深 めざるを得なくなった。先細りの予算ではあらゆる種類の事件に対処することは できないのである。新武器システムの調達も影響を受ける。なぜなら、武器の研 究開発は非常に費用がかかり、単位当たり費用を引き下げるためには大規模生産 が不可欠だからである。国内の少ない需要では、防衛産業は同盟国へ販売を広げ るか、そうでなければ、単位当たり費用を制限しなければならない。海外販売は、 武器が敵の手に渡ったり世界の紛争地域の不安定性が増すとかの危険がある。他 の可能性として、国内防衛産業を支える費用の上昇から、装備の輸入を促がすこ とになるかも知れない。皮肉なことに、武器の主要輸出国(たとえば、ロシア、 合衆国、英国、フランス)は、自ら販売した武器が生み出す脅威から自分を守る ために強大な軍隊を維持しなければならないのである。軍隊縮小はまた、軍隊の 構造を再評価しなければならないことを意味する。軍隊リストラは次の問題に直 面する。常備軍と予備軍の人的構成、戦略兵器と通常兵器の構成。物的装備とマ ンパワーの代替機会、軍隊各部門間の配分である。規模縮小はまた、成長・失業 ・赤字・国際収支・利子率に対する財政効果を生じさせる。 1.1 防衛経済学の本質 防衛経済学の本質を理解するためには経済学の本質を知る必要がある。経済学は 代替的な用途あるいは目標の間で、希少な資源を効率的に配分することを研究す る。経済学はまた、配分システムの成長と安定性とともに、これらの目標の分配 にも興味をもっている。簡単にいえば、経済学は選択と希少性に関わる。希少性 がなければ効率的な選択をする理由はないだろう。機会費用の概念は選択の際の きわめて重要な概念である。それは、放棄された代替物の最大価値を意味する。 資源の価値は機会費用によって測られる。それ故、たとえばミサイル・システム の費用は、システムの資源を最良の代替的用途に振り向けたときに得られる価値 である。資源配分問題が生じたとき、経済学の方法は、制約条件がありそれが有 効なあるいは利用可能な選択を制限していると考えたとき、その制約条件の下で、 ある目標(たとえば、利潤、社会厚生)を最適化することを考える。たとえば、 企業は技術、金融的制約によって制限されている。消費者は予算に制約されてい る。経済は生産可能性領域により制約されている。費用最小化の場合は、資源に 払われる一ドル当たりの限界生産物(つまり、追加的投入に対する生産物の変化) が生産に使われる資源すべてについて等しいときに、資源は効率的に利用される のである。すべての企業が最小費用曲線上にあり、さらにすべての企業の限界費 用が等しいとき、産業の効率的生産が達成される。もし限界費用が企業により異 なるとき、限界費用の高い企業から低い企業へ資源を転換すれば、同一生産量を より低い費用で生産できるからである。経済学は制約つき最適化問題であるが故 に、限界の概念が重要になるのである。  経済学はしばしばミクロとマクロに分けられる。ミクロ経済学は経済を構成す る主体(すなわち、企業、消費者、産業)の経済的意思決定を分析する。対照的 に、マクロ経済学は集計的経済行動に関わり、経済全体の問題(たとえば、イン フレーション、失業、成長)に関連する。防衛経済学には両方の経済学が有効で ある。防衛産業の研究はミクロ経済学であり、防衛支出が成長と開発にどう影響 するかを調べることはマクロ経済学である。  古典派経済学は、教育、国防、立法司法、インフラの供給以外、政府の介入は ほとんど必要がないと、経済システムを見ていた。この古典派のモデルでは、各 主体は見えざる手に導かれてすべての人の厚生をたかめるのである。見えざる手 が働くのは、市場が完全で民間財が取り引きされているときである。しかし、公 共財が存在するときには問題が生ずる。政府の介入の必要となる市場の失敗が発 生するからである。公共財を定義するためには、公共性という物の基本的特徴を 明らかにしなければならない。それは、排除不可能性(nonexcludability)と、非 競合性(nonrivalry)である。財の便益が排除不可能なのは、財の供給と同時にす べての人に利用可能な場合である。排除費用が禁止的に高く、排除が現実的でな い場合、財の便益は排除不可能であり、その便益を望む人すべてに利用可能にな る。しかしながら、所有者や供給者が費用なしで財の便益を停止できれば、その 便益は排除可能である。食物は排除可能であり、国の軍隊が供給する抑止力は全 国民にとって排除不可能である。財が非競合的、あるいは分割不可能なのは次の 場合である。ある個人がその財の一単位を消費するとき、消費機会を低めること なく、他の人にもその同一の単位が利用可能な場合である。ある主体が消費する ことですべての利用可能な便益がなくなってしまえば、その便益は競合的である。 戦略的兵器庫によって提供される抑止効果は、超大国の国民すべてにとって非競 合的便益を提供する。  純粋公共財は排除不可能で非競合的な便益をもたらし、純粋民間財は排除可能 で競合的な便益をもたらす。食物や衣服は純粋民間財であるが、一国の防衛力は しばしば純粋公共財と分類されている。公害除去とか科学的発見は純粋公共財の 例である。  公共財は市場の失敗と関連する。なぜなら、排除不可能性は利用者にその財の 供給を続ける誘因をなくし、非競合性は利用者を制限する理由がない(すなわち、 利用者の特権を拡張する限界費用がゼロである)ことを意味するからである。明 らかに純粋公共財は市場によっては供給販売されない。供給のためには強制的課 税による公共的供給が必要になるであろう。公共経済学は公共財の供給を研究し、 防衛経済学の重要な構成要素である。なぜなら、防衛経済学は国々の間の公共財 を取り扱うからである。双方とも外部性(externalities)の研究にも関係してい る。外部性は、ある主体の行動が他の人の厚生に影響し、それを相殺する手段が 存在しないときに発生する。ある国の武装は他の国に正のあるいは負の外部効果 を与える。同盟国であれば外部性は正あるいは利益を生むであろうが、敵対国で は外部性が負あるいは損害を生む。もし核兵器の製造や核実験が環境に汚染をば らまけば、防衛部門が経済の他の部門に負の外部効果を与えていることになる。 外部性もまた市場の失敗に関連しており、政府の介入が必要である。同盟(第2 章)、防衛需要(第3章)、軍拡競争(第4章)、調達(第5章)、産業政策と同 盟政策(第9章)、武器貿易(第10章)、武器管理(第11章)、非正規紛争(第1 3章)はすべて、一部は公共経済学からの分析を含んでいる。  研究の一領域として、防衛経済学は平和研究と紛争研究の側面と話題を含んで いる。しかし、平和研究は防衛経済学より広い。なぜならそれは経済問題や方法 以外の、平和と紛争のすべての側面を含んでいるからである。実際平和研究は政 治学、数学、社会学などのさまざまな分野が集まっている。平和研究はしばしば 防衛支出に批判的で、軍縮問題と平和の維持政策に焦点を集める傾向にある (Isard,1988)。防衛経済学にはイデオロギー的先入観がない。すなわち、防衛経 済学者は軍事支出や武力対立を望んでは「いない」のである。その反対に、武器 支出・紛争の動きと、関連する軍事部門の経済的側面を理解することに興味を持 っているのである。この動きを正しく理解することは必ず、武器拡散と紛争によ る不安定性を管理する手段を提供し、人類の福祉と文明の将来に貢献するであろ う。  防衛経済学に関するMichael Intriligator(1990,p.3)のそれと一致している。 彼はいう。 『防衛経済学は、全経済の一部、防衛に関係する問題を扱う。防衛支出の水準を 絶対量としてあるいは全経済に対する比率として扱う。防衛支出の国内生産物及 び雇用に対する効果と、他国に対する国際的影響を扱う。防衛部門の存在理由と 規模。防衛支出と技術革新の関係。防衛支出と防衛部門の国際社会の安定性不安 定性に対する影響を扱うのである。』  この議論において、イントリリゲイターは軍事支出の国際的関連を研究する場 合、戦略的関心を統合することが重要であると述べている。Intriligator(1990, pp.4-7)はそのような戦略的相互作用が直感とは異なる結果を生むことを示して いる。たとえば、軍縮が不安定性を生み、戦争の勃発に繋がる可能性があるとい う場合がその一例である。  このイントリリゲイターに対して、Judith Reppy(1991,p.269)は防衛経済学の 本質と範囲を次のように定義している。『防衛経済学は、イントリリゲイターの 例を一分野として含み、分析対象になるシステムの独自的な制度的特徴に注目す る。』さらに続けて、防衛経済学は非軍事的要素(たとえば、環境保護)を国家 安全保障の定義に含めることによってさらに拡張できるであろうと述べている。 私たちは、独自の制度的特徴は防衛経済学の理解に必要であることには合意する。 たとえば、買い手(たとえば国防総省)が将来の武器体系の性能を変える権利を 保持したいなら、費用プラス契約が意味をもつであろう。費用プラス契約は性能 基準を売り手から買い手にリスクを移転するのである(第5章参照)。しかし、 レピーの安全保障の定義拡張には賛成できない。というのは、極端な場合、研究 分野の充分な統合を失う可能性があるからである(Intriligator,1990 のコメン トも参照)。 1.2 先行する文献 防衛経済学は1960年代はじめから探求されている。先駆的業績はHitch and McKean(1960)によるものである。それは、防衛部門に経済的効率性の概念を適用 することで、研究者に防衛経済学研究への道を作ったのである。その関心は冷戦 下にRichardson(1960)の軍備競争モデルを拡張する、理論的文献によって離陸し た(たとえば、Brito,1972;Intriligator,1975;Intriligator and Brito,1976,1 978,1984;Isard and Anderton,1985)。この軍備競争モデルを超大国(McGuire,1 977)、中東諸国(Lebovic and Ishaq,1987;Linden,1991;Ward and Mintz,1987)、 アジア諸国(Deger,1986a,1986b;Deger and Sen,1990b)の敵対的武器増強に適用 する実証的論文が続いた。  1970年代初期以降には、軍事支出が経済成長と開発に与える影響を分析する文 献が加わった。Benoit(1973)の本がでてから、軍事支出は経済成長を促進するの か阻害するのかという論争が燃え広がった。彼の本は軍事支出が成長促進的であ ることの証拠を提供していたのである。その後の分析はBenoitの発見を支持する もの反対のもの双方の証拠が見出され、今日でも論争は続いている。  防衛経済学のもう一つの分野で研究者は、国防装備品調達における誘因誘発的 契約の研究に、依頼人-代理人(principal-agent)分析その他の現代的ツールを適 用した(たとえば、Cummins,1977;Tirole,1986;McAfee and McMillan,1986a,198 6b;Rogerson,1990,1991a)。ゲームの理論の再流行は調達過程の分析、その他、 軍備競争、条約形成、テロなどの問題に対する興味を刺激した。  冷戦の間、経済学者は防衛調達を供給する産業基盤を研究してきた。この研究 では、武器市場独特の特徴と、防衛産業の構造・行動・成果に関心がある。さら にこの文献は、防衛部門を作り出す、産業における利潤・補助金・競争の役割を 分析している。武器の研究開発、利潤率、生産形態が研究されている。軍縮と再 軍備の、地域的あるいは国家的影響が、大規模投入産出モデル、計算可能一般均 衡モデル、その他の予測手法を使って分析されている。個々の国や同盟に影響す る防衛政策に関する多くの研究もある。国内において防衛政策とは、武器獲得、 資源貯蔵、武器輸入、国内防衛産業の育成、研究開発(R&D)への補助金、防衛予 算の構成、そして武器貿易などである。  ベトナム戦争以来、防衛経済学は軍人募集制度の経済学、徴兵制か志願兵制か、 に関心を集めてきた(たとえば、Altman,1969;Ash,Udis,and McNown,1983; Fisher,1969;Greene and Newlon,1973;Hanson and Weisbrod,1967;Oi,1967 を参 照)。さらに最近は軍事的マンパワーの研究が隊員募集、隊員雇用維持、訓練、 その他の問題を分析している。 1.3 防衛経済学の重要性 最近の国連軍縮研究所(UNIDIR=United Nations Institute for Disarmament Research)報告で、Hartley et al.(1993)は1990年に世界は軍事支出にほぼ9500 億米ドルを支出したと報告している。東欧を含む先進工業国が8000億ドル、開発 途上国が1500億ドルである。軍事的マンパワーもかなりのものである。工業国は 1000万以上、途上国は1800万である。これらの数字には、防衛部門に直接間接雇 われている民間人、およそ2200万人と推定されている、は含まれていない。1990 年には、75万人から150万人の科学者と技術者が雇用され、軍事的研究開発に携 わっている。Hartley et al.(1993,p.18)は1989年における武器輸入は453億米ド ルにのぼり、そのうち346億ドルは途上国が輸入している。主な輸入国には、中 東(26.6%)、南アジア(17.4%)、北大西洋条約機構(NATO)諸国(14%)、東アジア(11. 8%)、アフリカ(8.8%)、ワルシャワ条約(7%)、南アメリカ(5.6%)、その他の諸国 (8.6%)が含まれる。明らかにこれらの数字は、防衛部門が世界経済の大きな部分 を占め、研究する価値があることを示している。防衛部門は、産業政策、成長と 開発、雇用、国際貿易、資源配分的効率性、財政政策、そして金融政策を理解す るための重要な要因を含んでいる。  防衛負担はしばしば、防衛支出に費やされるGDPの比率、軍事支出の対GDP比率 で測られている。表1.1には、1987年と1995年について、合衆国とその主な同盟 諸国のこれら負担が描かれている。表には1992年と1995年の、計画予算に基づい て予想される負担も載せられている。多くの特徴が見出される。第一に、これら 軍事負担はスペインとトルコ以外での同盟国で減少すると見込まれている。その ような減少は、その資源が民間部門に向けられれば、平和の配当を生じる可能性 がある。第二に、防衛部門は依然GDPの2パーセント以上を占め続けると予想され る。ボスニア中東その他の危機がその傾向を逆転させることはないだろうと、こ の数字から予想される。第三に、NATO諸国の負担軽減は、危機に対処しなければ ならないという使命が残る限り、各国間の協力と強調が密接になることを必要と する。第四に、それら同盟国より合衆国の負担低減のスピードが速いので、合衆 国の相対的負担は減少するであろう。  表1.2は1990年、1992年(推定)、1995年(推定)における、同盟国の実質防 衛支出を表している。右側の列から、五ヶ国(カナダ・オーストラリア・日本・ スペイン・トルコ)1990年と1995年の間実質防衛支出は増大すると見込まれる。 このうち三ヶ国の負担率が低下するのは、GDPの成長が防衛支出より速く増大す るからである。1990年には、合衆国は四大国合計の二倍の支出を行っていた。19 95年までには、この合衆国の相対的負担は四大国と比較して低下すると予想され る。  いくつかの国では防衛部門がさらに大きな負担になっている。1988-1990年に ついていうと、GDP比で最も大きな負担はニカラグア(28.3%)、イラク(23%)、ア ンゴラ(21.5%)、サウジアラビア(19.8%)、イェーメン(18.5%)、オーマン(15.8%)、 エチオピア(13.6%)、モンゴリア(11.7%)、キューバ(11.3%)、ヨルダン(11%)、バ ーレイン(10.7%)、イスラエル(9.2%)、そしてシリア(9.2%)で記録されている (Hartley et al.,1993,表11)。これらの国では防衛部門が経済全体に対して大き な影響力を持っていることは確かである。防衛予算が大きいと、予算の赤字、民 間投資の押し退け、高金利に陥る可能性が高い。 1.4 防衛経済学の方法 防衛経済学は理論的経験的経済学分析の基本的ツールを利用する。防衛経済学の ほとんどは政策科学である。その意味は、望ましい結果を生むためには何が政府 の最善の政策なのかを決められるような理論に興味を持っているからである。そ れ故、理論はデータによって、理論の結果が正しいか、テストされなければなら ない。経験的テストに失敗した理論は、より正確な予測をした理論に取って代わ られる。防衛経済学の政策志向は強調しすぎることはない。この研究志向は理論 の評価にはデータが必要であるということである。  防衛経済学は経済学のさまざまな分野からなっている。武器貿易では国際経済 学、防衛産業の研究では産業組織論、防衛政策の研究では公共選択、同盟・軍備 競争・防衛予算制度の研究では公共経済学、国防と成長に関する研究ではマクロ 経済学、軍事的マンパワーの研究では労働経済学などである。各主体相互の戦略 行動の研究ではゲームの理論と不確実性に関するミクロ経済学を使用する。理論 のテストには回帰分析と時系列分析を使うが、同時方程式モデルやベクター自己 回帰(VAR)モデルなどのより進んだ技術も使われる。 1.5 この本の目的 この本は過去の文献の概観以上になろうと意図している。学生、研究者、あるい はこの分野の最新知識を得ようとしている人に、重要な概念は詳しく説明してい る。私たちは最も重要な(と私たちが考える)理論とパラダイムに重点をおいて 説明している。それらパラダイムはより複雑な業績を理解するための器材なので ある。重要な分析に焦点を限定することで、モデルの理解を促進するように詳し い説明が可能になった。読者はさらに自分自身で研究を進めるために必要な知識 を得るであろう。  この本は、経済学の学部上級生と大学院生のためにかかれた。この本はまた、 防衛経済学の研究者にも、他の分野の研究者にも有益であろう。さらにこの本は 平和研究、政治学、社会学、軍事科学の研究者にも興味のある分析が含まれてい る。  防衛経済学や関連分野の本が少ないが毎年のように出版されている。私たちの 本はその分析範囲の広さの点で新しい貢献だといえる。今までの本は一つあるい は二つの話題のみに限定され、他の話題を排除しているからである。たとえば、 Denoon(1986)はNATOとその同盟国の軍事支出を研究している。Isard(1988)は軍 備競争モデルと、武器管理に焦点を合わせている。Hartley(1991b)は防衛政策と 防衛産業部門の研究である。Hartley and Sandler(1990)は国別研究である。多 分、Gavin Kennedy(1983)の『防衛経済学(Defense Economics)』が最も近い競争 相手であろう。ただしこの本は今や10年以上前の本である。さらにケネディは軍 備競争モデル、軍事的マンパワー、非正規的紛争、現代調達理論には触れていな い。Kennedy(1983)の本の大部分はNATO同盟の分析に費やされている。他の競争 者には、Schmidt(1987)とSchmidt and Blackaby(1987) のような、論文集がある。 さらに最近では、Hartley and Hooper(1990)が1000近い刊行物を要約して文献を 整理している。これらの仕事は興味深い業績を含んでいるが、各分野のサーベイ はなく、教育的配慮に欠けている。さらに、編集された各章の議論を編者が統合 することもないのである。  近年における防衛経済学の再認識に鑑み、今やさまざまな手法を単一の著作に まとめるときがきたといえよう。新技法と方法は相互にあるいは従来の方法と比 較される。最初に私たちは世界の新しい状況展開(たとえば冷戦終了)によって 提起された新しい問題を指摘した。この本はそれらの問題とその他の問題を視野 におさめ統合している。 1.6 この本の計画 この本は四つの部分に分かれている。第I部は軍事同盟、防衛需要、軍備競争を 扱い、三つの章からなっている。これらの章は、軍事支出の水準を最適化計算の 結果として決定する問題を扱っている。全体を通じて、公共財、外部性、ゲーム の理論が強調される。第2章は、Olson and Zeckhauser(1966) の発展的研究によ り開始された、同盟の経済理論についての考察である。負担配分、配分の効率性、 同盟成員の問題を検討することで、防衛の集団行動の側面が強調される。同盟の 研究では純粋公共財モデルと結合生産モデルの双方が示され、比較される。結合 生産モデルによれば、同盟の防衛行動は公共性の程度により異なるが複数の産出 物を生み出す。その理論的拡張も示されている。後章では、防衛の需要方程式を 導くために理論的分析が使われている。さまざまな同盟(たとえば、NATO、ワル シャワ条約、三国同盟、三国協商、日米同盟、アンザス(ANZUS))の経験的テス トが概観されている。  第3章では、同盟の選択理論的モデルを使って、一国の軍事支出需要を推定す る誘導型方程式を導き出している。この章は、さまざまな理論的モデルに基づく 方程式を比較検討することに焦点がある。章の後半は経験的モデルの問題を論じ ている。その後、各国の経験的研究を概観している。  第4章では軍備競争のモデルが紹介されている。まず軍備競争を簡単なゲーム 理論で表現することから始める。囚人のディレンマやチキンゲームのような古典 的ゲームの形式が説明され、軍備競争の研究に応用される。次に、リチャードソ ンの基本的モデルを概観し、安定条件を求める。別のリチャードソン型モデルの 可能性も探る。Brito and Intriligatorによる発展的研究に基づき、軍備競争に 戦略的要素を取り入れる。軍備競争の動態的モデルにも触れるとともに、リチャ ードソンモデルに関連させている。次に経済厚生が分析される。この章は経験的 研究を選択的に展望して終わっている。  第II部は四つの章からなる。防衛のための投入物、防衛産業基盤、成長の研究 が含まれる。第5章と6章は軍事部門への二つの主要な投入物、物的装備とマンパ ワーの話題である。第5章では、武器調達の理論と政策が論じられる。この章は まず、国防契約の伝統的な研究を紹介し、契約の様々な形態、固定価格契約、費 用プラス契約、インセンティブ契約、を示している。契約形態の比較において、 プリンシパル-エイジェント分析の重要性を指摘したい。その理論によれば、プ リンシパル(買い手)がエイジェント(生産者)の行動を監視できないので、そ の代わりにエイジェントが努力するように動機づけるインセンティブ制度を作ら なければならない。この章ではまた、調達過程における利潤、競争圧力、逓減費 用、費用推定手続きをも考察している。さらに、研究開発、技術移転、業績指標、 学習といった話題にも触れられている。  第6章は、軍事的マンパワーの文献サーベイを行ない、軍事的生産関数の分析 とともに軍隊の内部組織や効率性に及んでいる。マンパワーの章はまた、隊員募 集、隊員雇用維持、職業選択の研究も含んでいる。労働供給のミクロ経済学的選 択理論では、背後にそのような意思決定を前提にしているからである。徴兵制対 志願兵制の分析も論じられている。  第7章は防衛支出の分析であり、その経済との関係、さらに軍事的産業基盤と の関係を分析している。この章のテーマは、予算の側面、軍産複合体の成長、防 衛産業の構造と行動、(規制下の)企業行動モデル、利益団体のロビー活動、公 共選択的側面、軍事支出の機会費用などである。  第8章は、軍事支出の成長と発展に対する影響を考察している。軍事支出が経 済成長に与えるであろう便益と費用の議論から始めている。次に、Benoit(1973, 1978)の、途上国において防衛支出は成長促進的であるという刺激的発見を検討 する。以後に行われた研究のモデルと結果を議論し統合する。その過程で、 Deger(1986a,1986b),Deger and Sen(1990b)その他による、マクロ経済学的接近 に注目した。次いで、国防の成長に対する効果を分析するために、Feder(1983) とRam(1986)が始めた、供給側の生産関数分析を検討する。経験的実証研究を展 望してこの章を終わっている。  第III部は、四つの章を含み、防衛政策、武器貿易、軍縮、軍民転換を扱う。 第9章は一国のあるいは軍事同盟内の防衛政策で、競争促進策、武器貯蔵、国内 購入対海外輸入、戦略的貿易政策、そして共同事業などを含んでいる。軍事同盟 の本質と組織を、特定の同盟に加盟することで得られる純取引利益に注目しなが ら検討している。同盟政策には、軍隊間の標準化と相互運用の可能性という問題 がある。二ヶ国以上の共同合意の便益と費用を論じながら、この章はまた、新武 器システムを開発する国際プロジェクトの成果を研究する。いくつか、最近の共 同作業を評価している。  第10章では、武器貿易が検討される。まず、武器貿易のパタンと供給者を見る。 過去の傾向も概観する。次に、先進国における武器貿易の経済効果を検討する。 第三に、発展途上国に対する効果を示す。国内武器産業の経済発展に対する効果 に注目している。  第11章は武器管理と軍縮についてである。軍縮は長期的利益のために短期的な 費用を払う投資と見ることができる。それ故、最近の防衛支出の低減による平和 の配当は短期的には小さいと予想される。失業、そして資源再配分に伴う調整費 用があるからである。最初に軍縮が定義され、武器管理の便益と費用を考察する。 武器管理に関しては、多くの問題が提起されている。代替効果、安定性、検証、 だまし、不確実性、ロビー団体の利益などである。超大国間の主要な条約につい ても議論している。  第III部の最後に、第12章で軍民転換にまつわる過程を考察している。転換の 経済効果とは何かを論じ、その過程を分析する多数の方法(たとえば、投入産出 の大規模予測モデル)を検討している。この問題では、雇用と乗数効果が重要で ある。  第IV部は二つの章を含み、新しい展開と将来の方向を考察している。第13章は テロリズム、ゲリラ戦、そして暴動などの非正規紛争を考察する。この章の一部 はテロリズムの研究に、国家的レベルと国際レベルの双方で、合理的行動モデル を適用することに注目している。多くの問題に答えるために、ゲームの理論とそ の他の技術を適用している。政府はテロと交渉しないと前もって宣言すべきか?  抑止政策が独立に行われるとき、他のテロ目標国との情報交換は政府のために なるのだろうか? テロ対策として最も有効な政策は何なのか? 国際的合意を 形成し、実効あらしめることがかくも難しいのはなぜか? テロリズムの経済へ の影響にはどんなものがあるか? 第13章の他の部分では、経済学者や政治学者 によって展開された暴動、革命、ゲリラ戦の理論を検討する。この章は重要な業 績とその方法論に力点を置いている。  第14章は結論を引き出し、将来の研究の方向を示している。