さ迷い歩き 「量子の森」 (3)-2 = ファインマン物理学X 量子力学 = |
内 容 | 内 容 | |||||
00 | ファインマンと「ファインマン物理学」 (1st Page) | |||||
01 | 粒子と波動(干渉実験) | 12.04.27 | ||||
02 | 波動的観点と粒子的観点 | 12.05.09 | 12 | 水素原子の超微細構造(3rd P) | 12.08.18 | |
03 | 確率振幅 | 12.05.30 | 13 | 結晶格子内における伝播 | 12.09.13 | |
04 | 同種の粒子 | 12.06.08 | 14 | 半導体 | 12.09.17 | |
05 | スピン1 (Curr. Page) | 12.06.20 | 15 | 独立粒子近似 | 12.09.27 | |
06 | スピン1/2 | 12.07.04 | 16 | 振幅の位置依存性 | 12.10.04 | |
07 | 振幅の時間依存性 | 12.07.07 | 17 | 対称性と保存性 (4th Page) | 12.10.24 | |
08 | ハミルトニアン行列 | 12.07.12 | 18 | 角運動量 | 12.10.31 | |
09 | アンモニア・メーザー | 12.07.20 | 19 | 水素原子と周期律表 | 12.11.02 | |
10 | 他の2状態系 | 12.08.05 | 20 | 演算子 | 12.11.26 | |
11 | さらに2状態系について | 12.08.16 | 21 | 古典的状況のもとでの シュレーディンガーの方程式 |
12.11.29 | |
05.スピン1 2012年06月20日
前章の「同種の粒子」というタイトルも変ですが、本章のタイトル「スピン1」(そして次章のタイトル「スピン1/2」も)よく分かりませんね。こんなタイトルはどんな量子力学の本にもないのではないかと思います。ところが、このタイトルこそ、ファインマンの「量子力学」の真髄?を表わしていると思います。冒頭にファインマンが最初から量子力学的現象の話に入ることを言明しているので、それを記します。「この章から−量子力学的現象を完全に量子力学的手法によって記述しようとしている意味で−量子力学そのものを始めることにする。古典力学との関連をつけようとして、何かいいわけをしたり、そのような試みをしたりすることは一切しない。つまり、何か新しいことを新しい言葉を用いて話そうというのである。これから述べようとしている問題は、スピンが1の粒子の場合のいわゆる角運動量の量子化の性質に関する問題である。しかし、”角運動量”とかその他の古典力学的な概念を、これから後いつまでも利用しようと思っているわけではない。この特殊な例をここで選んだのは、それがもっとも簡単な例というわけではないにしても、ともかく比較的簡単な例だからである。それは適度に複雑であって、どのような量子力学的現象を記述する場合にも一般化できるような典型的な例としてあげることのできるものである。したがって、特殊な例題を扱っているのではあるが、ここで述べるすべての法則はただちに一般化することができ、その一般化をおこなうことによって、量子力学的記述の一般的性格の理解が可能になるのである。
ヒエー!何ということでしょう。スピン1の粒子の意味もよくわからず、そしてすぐに”シュテルン-ゲルラッハの実験”、”確率振幅”、”基本状態”、さらにはディラックの”ブラ・ケット”記号”等々と続き、とても”比較的簡単な例”で、”量子力学的記述の一般的性格の理解が可能になる”などとはいえません。何度か読んでイメージは少しはつかめるようになったのですが、最後は???となって、頓挫してしまいます。と、ぶつぶつ言っていてもしょうがないので、とりあえずファインマンの”量子の森”に匍匐前進してみようとは思います。
まず、ファインマンは”シュテルン-ゲルラッハの実験装置”にスピン1の原子を通すと、3個のビーム(+1、0、-1)に分裂する現象をとりあげます。実験の内容は図でも書かないと理解できないので、詳細の説明は省略しますが、ポイント?を以下に記述してみます(”シュテルン-ゲルラッハの実験”は、他の量子力学の本では、量子力学の歴史的発展の一こまとして少し触れられるだけで、その実験を利用して量子力学そのものを説明している本はないのではないかと思います)。ファインマンは、ファインマンが発明した?”省略記号”を導入して、実験の内容を図式的に表現しています。すなわち、シュテルン-ゲルラッハの実験装置を次のような記号で表わします(ここでの表式は少し苦しい表現です)。
¦+¦ ・・プラス状態のビーム
¦ 0 ¦ ・・ゼロ状態のビーム
¦−¦ ・・マイナス状態のビーム
S ・・装置略号
また、その装置の内部で、あるビームを遮蔽したときは、次のように縦棒”|”で表わします。
¦+ ¦ ・・通過するプラス状態のビーム
¦ 0 |¦ ・・遮蔽されたゼロ状態のビーム
¦−|¦ ・・遮蔽されたマイナス状態のビーム
S ・・装置略号
装置Sを通り抜けた粒子がプラス状態のとき(+S)状態、ゼロ状態のとき(0S)状態、マイナス状態のとき(-S)状態にあるとします。そして、ある状態1が装置を通る(ろ過される)ことによって別の状態2に移るとき、それを”転位”といい、その転位する確率振幅を次のように記します(始めの状態1を縦棒”|”の右側に、後の状態2を縦棒”|”の左側に書く)。
<状態2|状態1> (例: <0S|+S>)
2個の装置を並べて置いたときは、次のように表わします。
¦+ ¦ ¦+ ¦ ・・プラス状態のビームは通過する
¦ 0 |¦ ¦ 0 |¦ ・・ゼロ状態のビームは遮蔽される
¦−|¦ ¦−|¦ ・・マイナス状態のビームは遮蔽される
S1 S2 ・・装置略号
この後、ろ過された原子を用いた実験で発生する大きな問題が取り上げられます。すなわち、2つのシュテルン-ゲルラッハの装置(SとTとする)を直列に並べ、後ろのシュテルン-ゲルラッハの装置(T)を長軸のまわりにある角度αだけ傾けた場合を考えます。上の例(2つの装置は平行である)ではゼロ状態とマイナス状態のビームは遮蔽されて観測されませんが、2つの装置が角α傾いていると、プラスの状態のビームもゼロの状態、マイナスの状態のビームも観測されるのだそうです。すなわち、以下のように表わされます。
¦+ ¦ ¦+|¦ ・・プラス状態のビームが観測される
¦ 0 |¦ ¦ 0 ¦ ・・ゼロ状態のビームも観測される
¦−|¦ ¦−|¦ ・・マイナス状態のビームも観測される
S T ・・装置は長軸に沿って角度α傾いている
これを別の言い方をすると、粒子が装置Tを通るとき、自分自身の方向の向きを変えなければならず、それがどの方向に向きを変えるかは”偶然”によって決まるのだそうです。このとき、その粒子が通り抜ける確率(あるいは確率振幅)はいくらかという質問しかできないということです。あははは・・難しいですね!! それでも続けます。この確率は、複素数で表わされる確率振幅の2乗を求めることによって計算でき、したがって、これらの確率振幅を求めるための何らかの数学的方法、あるいは量子力学的記述法が必用という筋書きになるようです。
それで、1個の粒子がある特定の装置を通り抜ける確率振幅を量子力学が決定できなければならず、これは任意の与えられた傾きの角度α(実際にはいかなる方向の場合でもよいが)に対して、次のような9個の確率振幅を計算しなければならないということです。
<+T|+S>, <+T|0S>, <+T|-S>
<0T|+S>, <0T|0S>, <0T|-S>
<-T|+S>, <-T|0S>, <-T|-S>
確率振幅の絶対値の2乗が確率を意味しますが、例えば(+S)状態にある粒子が(+T)状態にはいる確率は次のように表示されます。
|<+T|+S>|2乗
また、これは次の式と同等でもあります(’*’の印は確率振幅<+T|+S>の複素共役の意味です)
<+T|+S><+T|+S>*
おわかりになるでしょうか?私自身は何度も読んで、ようやくイメージがつかめるようになったつもりですが、それがどうしたの??といった感じです。これからもファインマンは、ファインマンの発明した装置と状態を表わす省略記号を用いて、量子力学固有の、常識ではすぐには理解できないような不可思議な現象を取り上げて、読者に量子力学とは何かということを説明してくれます。しかも、難しい数学(例えば微積分や行列など)は一切使われていませんので、読むことは可能です。しかし、冒頭にも述べましたが、ファインマンの説明を要領よくまとめて記述することは不可能です。また、説明をすると長くなりますので、以下はポイントだけをつまんで記述することにします。
量子力学の基本原理のうちの一つとして上げられる”基本状態”が次のように述べられています。「一つのろ過の過程を通すことによって、任意の原子系を”基本状態”と名づけられるある一組の状態に分離することができる。そして、任意の単一の与えられた基本状態にある原子の未来における行動は、その基本状態の性質にのみ依存し−それは、以前の歴史には依存しない。」これだけではさっぱり分かりませんね。誰か説明してくださーい!
悩んではいられません。量子の森にさらにもっと深く入ります(道に迷って死んでしまうかもしれませんが)。3個のフィルター(シュテルン-ゲルラッハの装置)による実験と確率振幅の話があります。ファインマンの表示式だけ記しておきます。
実験1: ¦+ ¦ (N) ¦+|¦ (αN) ¦+ ¦ (βαN)
¦ 0|¦ ------> ¦ 0 ¦ -----> ¦ 0 |¦ ------> ・・βαN個の粒子が
¦−|¦ ¦−|¦ ¦−|¦ 通過する
S T S’
実験2: ¦+ ¦ (N) ¦+|¦ (αN) ¦+|¦ (γαN)
¦ 0 |¦ -----> ¦ 0 ¦ -----> ¦ 0 ¦
------> ・・γαN個の粒子が
¦−|¦ ¦−|¦ ¦−|¦ 通過する
S T S’
ところが2番目の装置からマスクを取り去ると、次のように変わってしまうのだそうです。
実験1’: ¦+ ¦ (N) ¦+¦ (N)
¦+ ¦ (N)
¦ 0 |¦ -----> ¦ 0¦ -----> ¦ 0 |¦ ------> ・・すべての粒子が
¦−|¦ ¦−¦ ¦−|¦ 通過する
S T S’
実験2’: ¦+ ¦ (N) ¦+¦ (N)
¦+|¦ (0)
¦ 0 |¦ ------> ¦ 0¦ -----> ¦ 0 ¦
------> ・・ひとつも粒子が
¦−|¦ ¦−¦ ¦−|¦ 通過しない
S T S’
これは、実験1’の場合はすべての粒子がS’を通り抜けるのですが、実験2’の場合は粒子はS’を1個も通り抜けることができないという意味です。ファインマンは以下のように述べています。「これは量子力学における一大法則である。自然がこういうやり方をするということは、決して自明のことではなく、ここに与えた結果は、無数の実験によって観察された量子力学的性質の、理想化されたいまの状況に対応する性質なのである。」 この現象は、前の章で述べた確率振幅の干渉によるものらしいです。それぞれの実験について、次のような確率振幅の式を書くことができます。
実験1’: <+S|+T><+T|+S> + <+S|0T><0T|+S>
+ <+S|-T><-T|+S> = 1
あるいは 蚤ll i <+S|i><i|+S> = 1
実験2’: <0S|+T><+T|+S> + <0S|0T><0T|+S>
+ <0S|-T><-T|+S> = 0
あるいは 蚤ll i <0S|i><i|+S> = 0
また、次のように、状態の表現が示されます。すなわち、第1の装置をS、第3の任意の装置をRとし、中の装置Tをとり除きます。
蚤ll i <+R|i><i|+S> = <+R|+S>
そして、第1の装置Sによって用意された状態をφとし、最後の装置Rによって検出された状態をχ(カイ)と書いて、次の形で表わします。
<χ|φ> = 蚤ll i <χ|i><i|φ>
そして、ファインマンは確率振幅に関する三つの重要な一般的法則をまとめています。
<まとめ> T <j|i> = δji U <χ|φ> = 蚤ll i <χ|i><i|φ> V <φ|χ> = <χ|φ>* |
Tは正規直交関係を、Uはある状態の基本状態への展開、Vはエルミート共役のことを意味していると思いますが、もちろん他の量子力学の本でこのような表現をしているものはないと思います。朝永量子力学においては、中ほどになってはじめて出てきます。
この後、「量子力学のからくり」や「基本状態への変換」といった話が続きますが、難しいし、説明も大変なのでやめます。もうどこへ向かっているのかよくわからなくなってきていますので、少し休憩して、体制を立て直したいと思います。
2012年6月20日
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06.スピン1/2 2012年07月04日
前章の「スピン1」に続いて、本章は「スピン1/2」です。前章の最後では、何がなんだか分からなくなりかけたので、再度精読して体制を立て直してきました(少し理解を深めたつもりです?)。まず、前章で説明された量子力学の一般原理の概要をおさらいのためにまとめておきます。
<まとめ> 任意の状態ψは、それの基本状態系のそれぞれへの振幅を与えることにより、 基本状態の一組を用いて記述することができる。 T 任意の状態ψから他の状態χに転位する振幅は、一般に次のように書か れる <χ|ψ> = 蚤ll i <χ|i><i|ψ> U 基本状態は直交する <j|i> = δji V ある一つの状態から他の状態に直接移る振幅は、その逆過程の振幅の複 素共役に等しい <ψ|χ> = <χ|ψ>* W 一つの基本状態系Sから他の基本状態系Tに変換することができる <jT|ψ> = 蚤ll i <jT|iS><iS|ψ> *<jT|iS>: S表示からT表示への変換行列(Rji) |
本章でも、前章で使用した”改良された”シュテルン・ゲルラッハの装置を用いて議論します。スピン1の粒子のときは、シュテルン-ゲルラッハの装置で3つのビーム(+1、0、-1)に分かれましたが、スピン1/2の粒子は+1/2と-1/2の2つのビームに分かれます。これは、このほうが幾分やさしい?からのようです。
本章では、スピン1/2の粒子について、シュテルン-ゲルラッハの装置を回転した場合、換言すれば座標系を回転した場合、表示系がどのように変換されるかを調べ、変換係数の導き方を学ぶことになります。しかし、章のはじめで、ファインマンは次のように述べています。「本章はある意味では脱線である。しかもそれは、かなり長くかつ抽象的である。ここでやることは、後の章で別の道をたどって導くことのできるものばかりである。したがって、この章をとばして、興味があればまたあとでもどってもよい。」 実際、この章の内容をこの場で説明することはたいへん困難です(理解不足も当然ありますが)。それで、この場では、例によってファインマンの議論の進め方についての考えを記し(かなり長くなりますが)、最後に座標系の回転の結果をまとめておくということにします。
ファインマンは次のように述べています。「われわれの問題というのは、シュテルン-ゲルラッハの装置のなかで2本のビームに分裂する粒子−1個の原子系−に対する変換係数Rjiを決定することである。ここでは、一つの表示から他の表示への変換に対するすべての係数を、純粋な推論−と少数の仮定−にもとづいて導き出そうというのである。”純粋な”推論を利用するには、いつでも何らかの仮定を必要とする。その議論は抽象的であり、またいくつか複雑なところがあるけれども、得られる結論は比較的簡潔な形で表現することができ、かつまた容易に理解しうるものである−しかも、その結果はもっとも重要なものなのである。それは一種の教養としての旅であると考えてもよい。事実、ここで導かれる結果の本質的なものは、あとでそれが必要になったときにはまた別の方法で導くことにしてある。したがって、諸君がたとえこの章を完全にはぶいてしまっても、あるいはいつかあとで勉強することにしても、この量子力学の話の流れの筋道の糸を見失ってしまうのではないかと心配をする必要はない。」 本当に心配する必要がなければよいのですが、そんなことは想像もつきません。
「量子力学の原理というものは単に興味深いものであるだけではなく、また非常に深遠なものなので、空間の構造についてほんの少しの仮定を追加するだけで、物理的体系のもつ非常に多くの性質を導出することができる。そういうことを示そうとしているという意味で、この遠足は”教養的”なものであるといっているのである。」
「また量子力学における多くの結果がどこからくるものであるかを知っておくことは大切なことである。なぜなら、われわれの物理法則が不完全なものである限り−事実そうだということを、われわれは知っているので−われわれの理論が実験と一致しない場所が、その論理のもっとも優れているところなのか、それともその論理の一番具合の悪いところなのかを見分けることは非常に興味深いことだからである。これまでに分かっていることは、われわれの論理のもっとも抽象的なところでは、いつでも正しい結果−実験に一致する結果−がえられるということである。基本的な素粒子や、それらの間の相互作用の内部機構に関する特定のモデルを構成しようとするときにだけ、実験との一致を与える論理を発見できないでいるのである。したがって、これから述べようとしている理論は、それをどんな場合に−電子や陽子その他の場合だけではなく、”奇妙な粒子(strange
particle)に対して−テストしても、いつでも実験と一致するのである。」
ふーっ! ファインマンが何を言おうとしているのか十分に理解できません。いつか、「あーそういうことだったのか」といえることがくる日を期待しましょう。
最後に、途中経過なしで本章の結論のみを記述します。
1)T装置をS装置のz軸のまわりに角φ回転した場合の基本状態系の変換
<+T|ψ> = exp(iφ/2) <+S|ψ> + 0 <-S|ψ>
<-T|ψ> = 0 <+S|ψ> + exp(iφ/2) <-S|ψ>
2)T装置をS装置のy軸のまわりに角φ回転した場合の基本状態系の変換
<+T|ψ> = cos(φ/2) <+S|ψ> + sin(φ/2) <-S|ψ>
<-T|ψ> = -sin(φ/2) <+S|ψ> + cos(φ/2) <-S|ψ>
3)T装置をS装置のx軸のまわりに角φ回転した場合の基本状態系の変換
<+T|ψ> = cos(φ/2) <+S|ψ> + i sin(φ/2) <-S|ψ>
<-T|ψ> = i sin(φ/2) <+S|ψ> + cos(φ/2) <-S|ψ>
4)T装置をS装置に対してオイラー角(α、β、γ)回転した場合の基本状態系の変換
<+T|ψ> = cos(α/2)exp(i (β+γ)/2) <+S|ψ>
+ i sin(α/2)exp(-i (β-γ)/2) <-S|ψ>
<-T|ψ> = i sin(φ/2)exp(i (β-γ)/2) <+S|ψ>
+ cos(φ/2)exp(-i (β+γ)/2) <-S|ψ>
最後は結論のみで大変申し訳ありません。これが何を意味するのか、あるいはどういう局面で使われるのかなどを簡潔に説明する能力が現在の私にはありません。
2012年7月4日
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07.振幅の時間依存性 2012年07月07日
5章、6章で、確率振幅と一組の基本状態系による表示、それに座標系の回転によるによる表示変換など、量子力学を理解するための基本的考え方が説明されたと思います。私自身、なんだか分かったような、分からなかったような(本当は理解していない!)、すっきりしない気分ですが、ファインマンの考えを理解するためにも、次に進みたいと思います。
まずは、ファインマンの本章の目的を説明している文章を掲げます。「この章では、確率振幅の時間的変動の様子について、ほんの少しばかり話しておくことにする。いま、”ほんの少しばかり”といったが、そういう理由は、現実の時間的変化の性質には、かならず同時に空間的変化の様子がからまってくるからである。したがって、時間依存性を正確に、かつ詳しくやろうとすると、どうしても一番複雑な問題に直ちにはいりこまざるをえなくなってしまうのである。われわれは、論理的に厳密に、しかし全く抽象的な方法で問題を扱うことにするか、それとも、完全に厳密というわけではないが、現実の状況に対するある考え方を与えるだけにするか−もっと注意深い扱いは後に延ばして−のどちらのやり方を選ぶのかという困った問題に、いつでもゆき当たるのである。時間依存性の問題に関しては、われわれは後者のコースをとろうとしているのである。」
「われわれは多くのことを主張する。厳密にやるということはせずに−ただ、これまでに発見されてことを述べて、時間の関数として確率振幅がどのようにふるまうかという問題に関するある種の感覚を与えようというのである。しかし、話が進むにつれて、記述の正確度は増大していくようにしてある。だから、空中から何かを取り出してくる手品のように思えることに対して、あまり神経質にならないようにしてほしい。当然のことだが、それらはみな、何もない空中−何もないところから何かを結論する実験と、何もないところから何かを導出する想像力−から出てきたものである。しかし、その歴史的発展の経過をたどると時間がかかりすぎるので、どこかで飛躍をしなくてはならない。諸君にとっては分かりにくい−抽象的世界に飛び込んで、何もかも演繹することも可能である。あるいはまた、それぞれの主張を正当化する多くの実験のことをみんな話すこともできる。しかし、ここではその中間のことを何かやることにする。」
ということで、分けが分からなくなっても、気にしないで前進したいと思います。しかし、当然のことですが、ファインマンの説明を一つひとつ取り上げることはしませんし、それはできません。まず、私が未だによく理解できない”エントロピー”の話が出てきます。「なぜ原子は光を放出するのか、その理由を説明しておこう。その答えは、エントロピーに関係している。エネルギーが電磁場に与えられると、そのエネルギーを分配する方法が余りにも多く存在するため−そのエネルギーのさまよい歩ける場所が多すぎるために−平衡状態を探そうとすると、その一番可能性の大きい状況というのが、場に光子が励起され、原子は励起状態から落ちてしまっている状態であるということになるからである。原子から放出された光子がもどってきて原子に衝突し、それをふたたび励起するにはものすごく時間がかかるのである。」ということだそうです。さらに、加速された電荷が電磁波を放出する理由も、エントロピーの増大法則と関係しているのだそうです。本当に、手品師の手品を見るような気がしますね。なお、ファインマンは、ここで原子は決して安定な状況にあることはなく、励起したり崩壊したりするが、これからの議論ではそれらのことは無視するということをいっているようです。
静止している原子は、それをある場所に発見する量子力学的確率振幅はどこでも同じ値をもちます。それは、その位置によらず、任意の場所に原子を発見する確率が同じであるということです。しかし、その確率振幅は時間に依存しており、ある決まったエネルギー状態E0にある原子の場合、その粒子を時刻
t に、位置(x,y,z)の場所に発見する確率振幅は次のように表わされます。
a・exp〔-i(E0/(h))t〕 あるいは a・exp〔-iωt〕 ここで(h)はh/2πを意味する
一般常識的には、全空間にわたって静止している粒子が発見される確率振幅がどこでも等しいなどということは考えられないのですが、不確定性原理凾睡凾
= (h)から要請されるものです。このことから、あるものが一定のエネルギーをもっているときには、その確率はいつも時間によらない、すなわちその確率振幅は時間とともに変化するが、その絶対値である確率は変化しないということがいえるということです。これが原子の定常状態を意味しています。そして、確率振幅が時間とともに変化するには、二つの違う振動数をもつ二つの確率振幅が干渉しなければならないということです。そして、このことは、そのエネルギー値を知ることが出来ないということを意味しているのだそうです。「その物体は、一つのエネルギーの状態にある確率振幅と、別のエネルギー状態にあるもう一つの確率振幅をもっている。そのことが、その”ふるまい”が時間に依存しているときの、そのあるものの量子力学的な記述になっているのである。」 ふーむ、よくわからないな。しかし、量子力学の根本的な考え方に関連していることらしいことは、少し感じられますね。
つぎに、ある慣性系に対して別の慣性系が一様な運動しているケースを考えます(ここで相対論が出てきますが、私にはよくわかりません)。最初の慣性系において静止している粒子が、一様な運動している慣性系からみたとき、その確率振幅は時間 t とともに変化している。このとき、確率振幅の大きさはすべての時刻 t で同じ値をもつが、その位相はt に依存するのだそうです。そして、非相対論的な問題に絞ると、運動量pをもつ粒子の確率振幅は、次のように表わされます。
exp〔-(i/(h))(Wpt - p・x)〕
ここで、Wp = Wint + (p)2乗/2M (Wint:原子の内部エネルギー)
これから次のことがいえます。すなわち、上の確率振幅の絶対値の2乗は1となるので、ある決まったエネルギーで運動している粒子の場合、それを発見する確率は、いかなる場所でも同じ値であり、またそれは時間的にも変化しないということになります。
もちろん、粒子が場所から場所へ移動してゆき、その確率が位置に依存し、また時間とともに変動する場合が当然ありますが、その場合は、決まったエネルギーをもつ状態に対する2個以またはそれ以上の数の確率振幅を重ね合わせて作った確率振幅を考えればよいとのことです。これは”波束”をつくるということかと思いますが、その群速度(v = dω/dk)が古典的な速度(p/M)に一致します。すなわち、「ほとんど同じエネルギーをもっている純粋なエネルギー状態に対する確率振幅をたくさん重ね合わせてつくられた確率振幅は、その各成分の確率振幅の干渉によって、確率の”かたまり”をつくり、そのかたまりは、そのエネルギーをもつ古典的粒子の速度と同じ速度で空間内を動く。」 ということです。
次に、粒子のエネルギーが変化するとき、たとえば一定のポテンシャルから導かれる力の場のなかで運動する粒子について考察しています。力の場による位置エネルギーをVとすると、その確率振幅は次のように表わされます。
exp〔-(i/(h))((E + V)t - p・x)〕
ここで、Eは運動量pの粒子の静止エネルギー+運動エネルギーです
これは、t の係数は体系の全エネルギーであるという一般原理を表わしているということです。さらに、詳細な議論は省略しますが、次のような結論が述べられています。すなわち、「古典的な意味でのエネルギーの保存則は、各種の条件が時間的に変化しないとき、粒子の振動数が場所によらずに同一の値をもつという量子力学的な表現と同等なのである。」
以上の議論にもとづいて、量子力学的な”トンネル効果”とウランのα崩壊の現象について具体的な説明があります。それにしても、トンネル効果やウラン原子核の崩壊の問題が、こんなところで出てくるのは、私にとって大変な驚きです。さらに、”古典的極限で量子力学はニュートン力学と一致する”という話で、1個の粒子がある方向に沿って運動していて、その運動の方向に直角の方向に変化しているポテンシャルの存在する領域を通過するケースが取り上げられています。しかし、このあたりの論理は私にはよく理解できませんでした(波数kがでてくると、どうしてもイメージが出てこなくなってしまいます)。
最後に、前章であったシュテルン・ゲルラッハの実験におけるスピン1/2の粒子の運動が述べられます。すなわち、エネルギーとしてU
= -μ・Bがあり、Bが空間的に変化しているときの確率振幅の時間的な変化について述べられています。ここでの議論も大変難しいです。例として、磁場の中におかれたμ中間子の崩壊(μ
-> e + ν + ν’)が取り上げられますが、スピン1/2の粒子の確率の時間依存性など、大変高度な議論になっています。なお、この議論において、前章でまとめられた座標系の回転が利用されており、ああこんなところに、こんなふうに利用されるのかということがわかりました。前章で学んだことの意義がわかるだけでも、とてもうれしいです。
2012年7月7日
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08.ハミルトニアン行列 2012年07月12日
いよいよハミルトニアンの話が始まります。というのも、一般の量子力学の本では、ハミルトニアンそのものはアプリオリに規定されたエネルギー方程式として出てきます。ハミルトニアンは本来解析力学の中で出てくるものらしいのですが、物理学専攻ではない私にとって、当初はハミルトニアンの言葉そのものも知らない状態でした。ファインマンは、本章でファインマン流にハミルトニアンの意味を説明してくれます。
最初にハミルトニアンとは何かをイメージするために、Wikipediaで調べたハミルトン力学の概略説明を記しておきます。「ハミルトン力学は、一般化座標と一般化運動量を基本変数として記述された古典力学である。イギリスの物理学者ハミルトンが創始した。ニュートン力学を再公式化した解析力学の一形式である。量子力学の演算子としてのハミルトニアンは対応するハミルトン力学のハミルトニアンを正準量子化して得られる。」 「ハミルトニアンは、物理学におけるエネルギーに対応する物理量であり、物理系に応じて関数または演算子もしくは行列の形式をとる。例えば、古典力学においてはハミルトニアンは正準変数を量子化した演算子(もしくは行列)の形をとる。各物理系のもつ多くの性質は、ハミルトニアンによって特徴づけられる。」 これでは、やっぱりわかりませんよね。
最初に、数学的な考え方として、状態とベクトルの関連性を述べています。5章スピン1で述べられた確率振幅に関する一般的法則が、通常のベクトルの演算式に対応しているというのです。すなわち、「状態χとφとはそれぞれ2個のベクトルBとAに対応し、基本状態iは特殊なベクトルeiに対応する。eiが特殊なベクトルであるというのは、他のすべてのベクトルがこのベクトルeiを用いて表わすことができるからである。」 いままで”状態”といってきたものは”状態ベクトル”と呼ばれることもあるということです。この対応関係を表にまとめてみました。
状態の公式 ベクトル演算式 <χ|φ> = 蚤ll i <χ|i><i|φ> <==> (蚤ll i (B・ei)(ei・A)) <j|i> = δj i <==> ej・ei = δj i <χ|φ>* = <φ|χ> <==> B・A = A・B ”*”は複素共役量を意味する |
そして、ディラックが導入したブラやケットの話が出てきます。一般の量子力学では、簡単にブラ・ケットの表記法を述べているものが多いのですが、ファインマン物理学では量子力学の概念を表示するのに適した表記法として、随所で使用されます。すなわち、先ほどの遷移に関する式の左の項は”<χ|”(ブラ)と”|φ>”(ケット)に分解されます。「いづれにせよ、これらは数値ではない。そして一般に、あらゆる計算の最終的な結果は数として出てくるようにしたいので、このような”未完成”の量は計算の途中の段階にだけ現れてくる量にすぎない。」ということです。ブラとケットに関してこれ以上説明できませんが(私自身キツネにつままれたような気持ちですが)、重要と思われる式だけピックアップして記述しておきます。
基本法則: | = 狽堰bi><i| (8.9) ケット: |φ> = 狽堰bi><i|φ> (8.10) あるいは、 |φ> = 狽堰bi>Ci (8.11) ここで、Ci = <i|φ> ブラ: <χ| = 狽 <χ|i><i| (8.12) あるいは、 <χ| = 狽 Di* <i| (8.13) ここで、Di = <i|χ> 確率振幅の遷移: <χ|φ> = 狽 Di* Ci (8.15) ただし、”*”は複素共役量を意味する |
5章スピン1でシュテルン-ゲルラッハ装置Aの話が出ているのですが(そのときは省略しました)、それに関連した式がいくつか出てきます。ここでは、重要な二つの式を掲げておきます。
確率振幅の遷移: <χ|A|φ> = 蚤ll ij <χ|i><i|A|j><j|φ> (8.17) 演算子: A = 蚤ll ij |i><i|A|j><j| (8.23) |
「この記号Aは、確率振幅でもなければ、ベクトルでもない。それは演算子とよばれる新しい種類のものである。それは、”ある状態”に作用して新しい状態をつくり出す何ものかである。」 「演算子Aは、任意の基本ベクトルの組で表わされた確率振幅の行列<i|A|j>−Aijとも書かれる−を与えることによって完全に記述されるのである。」
続いて、ファインマンは”現実の世界の基本状態はどんなものなのか”というタイトルで、自然に対する量子力学的記述の話をしてくれます。とても大切な話なのですが、大変長くなるので、省略します。
次に、”状態は時間とともにどのように変わるか”という問題を状態の式で説明してくれます。ここは量子力学的粒子の運動法則を導く核心的部分ですが、その論理を詳細に記述することはできません。やはりポイントとなる式を掲げるに留めます。
時間凾伯繧フ状態は次の式によって表わされます。
<i|ψ(t +凾)> = 狽 <i|U(t +凾煤Ct )|j)><j|ψ(t)>
これは、Uij = <i|U|j>と書くと、次のようになります。
Ci (t +凾)> = 狽 Uij (t +凾煤Ct )|j)>Cj (t)
そして、Uijは次のように書けるのだそうです(”-i/(h)”がついているのは、歴史的な理由等からだそうです)。
Uij (t +凾煤Ct ) = δij - (i/(h))Hij (t)凾煤@ ここで、(h) = h/2π
そうすると、この式をCi (t +凾)>に適用すると、次のようになります。
Ci (t +凾)> = 狽 〔δij - (i/(h))Hij (t)凾煤l
Cj (t)
これから、次の量子力学的粒子の運動法則(微分方程式)が導かれます。
量子力学的粒子の運動法則: (i/(h))〔dCi (t)/dt〕 = 狽 Hij (t) Cj (t) (8.39) |
ファインマンは次のように述べています。「憶えていると思うが、Ci (t)は(時刻t
に)状態ψを基本状態i のなかの一つに発見する確率振幅<i|ψ>である。したがって、上の式は、確率振幅<i|ψ>のそれぞれが時間とともにどのように変化するかということを述べているのである。しかしそれは、状態ψが時間t
とともにどう変化するかを表わしているといっても同じことである。」
ファインマンはさらに次のように述べています。「そうすると、次のような考えをとるということになる。すなわち、量子力学的世界を記述するには、まず基本状態
i の一組を選び出し、次に係数Hij の行列を与えることによって物理法則を書き表すことが必用だというわけである。そうすれば、もうすべてがそろっているのである−われわれは、何がおきるかということに関するあらゆる質問に答えられるのである。したがって、任意の物理的状況−外からかける磁場とか電場、その他に対応するもの−に伴うHをみつけ出すための法則がどんなものかについて学ぶ必用があるわけである。そして、これこそが一番難しい点なのである。」 そして、「係数Hij
はハミルトニアン行列とよばれている。あるいは省略してハミルトニアンともいわれる。それは、エネルギー行列とよんだほうがよいだろう。その理由は、それを使って計算しているうちにあきらかになってくる。」 どうですか?私自身は完全に理解したわけではないのですが、ハミルトニアンHij
がどのように導かれるのかのイメージが湧いてきて、思わず心の中で万歳してしまいました。本当に感激!感激!です。
基本状態が1個しかないときのハミルトニアン方程式は次のようになります。
(i/(h))〔dC1 (t)/dt〕 = H11C1 (t) (8.41)
この解は、C1(t) = (定数)exp〔-(i/(h))H11t〕 となります。
基本状態が2個の場合は次のような連立方程式となります。
(i/(h))〔dC1(t)/dt〕 = H11C1(t) + H12C2(t) (8.43)
(i/(h))〔dC2(t)/dt〕 = H21C1(t) + H22C2(t)
最後に、ファインマンは2状態系にあるアンモニア分子(NH3)を取り上げます。まだ量子力学の緒についたばかりなのに、アンモニア分子の2つの状態を表わす確率振幅を与え、そのハミルトニアン方程式を設定し、その解を求め、2つのエネルギー準位について説明してくれます。そして、このアンモニア分子のエネルギー準位の分裂は決して古典論からは得られず、純粋に量子力学的効果であると結論しています。すごいですね。驚きですね。ここではちょっと長くなってしまうので内容は省略しますが、少し量子力学のやり方が見えたような気分になってしまいました。あくまでも”気分”のレベルですよ。
2012年7月12日
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09.アンモニア・メーザー 2012年07月20日
この章では、前章のアンモニア分子のエネルギー準位の分裂の話に続いて、その量子力学の実用装置への応用として、アンモニア・メーザーが取り上げられます。量子力学の基礎もまだ終わらないうちに、突然量子力学の応用技術の話が入ってくるので、ビックリ仰天といったところですが、ファインマンはその狙いを次のように述べています。「諸君は、どういうわけで量子力学の定式化を展開するのを途中でやめて、このような特殊な問題に入るのだろうと怪しむかもしれない。ところがこの特殊な問題のもつ多くの特性には、量子力学の一般理論に共通するものがあって、したがって、この一つの問題を詳しく考察することによって非常に多くのことを学ぶことができるのである。」
アンモニア・メーザーとは電磁波をつくり出す装置で、その機能は前章で省略してしまったアンモニア分子(NH3)の性質(エネルギー準位の分裂)にもとづくものだそうです。それで、最初に前章のまとめがあるので、ポイントだけを記しておきます。まず、アンモニア分子には多くの状態が存在するが、ここでは回転や並進に関する特定の状態は固定されているものとして、次のような”2状態系”を考え、基本状態の組として採用します。
状態1: |1> ・・ 窒素原子(N)が3つの水素原子(H)のつくる平面の上側にある
状態2: |2> ・・ 窒素原子(N)が3つの水素原子(H)のつくる平面の下側にある
基本状態を二つもっている体系においては、その系の任意の状態|ψ>は、いつでもこれらの2個の基本状態の線形結合として次のように表わすことができます。
|ψ> = |1>C1 + |2>C2
ただし、確率振幅C1 = <1|ψ>、確率振幅C2 = <2|ψ> です
これらの二つの確率振幅は、時間とともに以下のハミルトニアン方程式にしたがって変化します。
(i/(h))〔dC1(t)/dt〕 = H11C1(t) + H12C2(t) (8.43) (i/(h))〔dC2(t)/dt〕 = H21C1(t) + H22C2(t) |
アンモニア分子における二つの状態の対称性を利用すると、H11 = H22 = E0、H12
= H21 = A とおくことができ、その解C1、C2が得られます(その解はやや長い複素数の指数関数のため、残念?ですがここでは書き表すことができません)。
そして、このアンモニア分子の2状態系では、次のような二つのエネルギーの定常状態(エネルギー準位)が求められます。
状態T: |ψT> ・・ エネルギーET = E0 + A をもつ状態
状態U: |ψU> ・・ エネルギーEU = E0 - A をもつ状態
アンモニア分子の平均エネルギーはE0ですが、二つの準位は+-Aだけ離れて分裂しており、二つの状態のもつエネルギーの間は2Aの間隔があるということです。実際には、Aは電子の励起に必要なエネルギーにくらべて非常に小さく、マイクロ波の領域の電磁波エネルギーに相当するそうです。
ファインマンはこの後の計算を進めやすくするために、二つの状態の表現を変えています。私にはよくわかりませんが、できるだけ書き下ろしてみます。まず、確率振幅CTとCUを次のように定義します。
確率振幅CT: <T|Φ> = (1/√2)〔C1 - C2〕
= (1/√2)〔<1|Φ> - <2|Φ>〕 (9.6)
確率振幅CU: <U|Φ> = (1/√2)〔C1 + C2〕
= (1/√2)〔<1|Φ> + <2|Φ>〕
確率振幅CTは、状態|1>と状態|2>とに存在する確率振幅が反対符号になっている新しい状態|T>に状態|Φ>を発見する確率振幅であり、確率振幅CUは、状態|1>と状態|2>とに存在する確率振幅が等しくなっている新しい状態|U>に状態|Φ>を発見する確率振幅だそうです。うーん、うーん、訳が分からなくなってきたぞ゙。
とにかく、状態|T>と状態|U>を新しい基本ベクトルの組として採用するのだそうです。すると、任意の状態Φが新しい基本状態|T>と|U>に存在する確率振幅CT
= <T|Φ>およびCU = <U|Φ>は、次のハミルトニアン方程式をみたさなければならないことになるそうです。
(i/(h))〔dCT(t)/dt〕 = (E0 + A)CT(t) = ETCT(t) (9.8) (i/(h))〔dCU(t)/dt〕 = (E0 - A)CU(t) = EUCU(t) (9.9) |
これで、前のハミルトニアン方程式が簡単な形(H12 = H21 = 0)をとることになったわけです。
この結果、二つの定常状態|ψT>および|ψU>は、次のように書き表されることになります?
|ψT> = |T>exp〔-(i/h)(E0 + A)t〕 ( t = 0では、|ψT>
= |T>)
|ψU> = |U>exp〔-(i/h)(E0 - A)t〕 ( t = 0では、|ψU>
= |U>)
したがって、新しい基本状態|T>と|U>は、それぞれエネルギーE0 +
AとE0-Aの定常状態(時間依存性がない状態)を意味しています。そして、いかなる状態でもみな、|1>および|2>の線形結合によって表わすこともでき、また|T>および|U>の線形結合によっても表わすことができるという結論が導かれるそうです。すなわち、
|Φ> = |1>C1 + |2>C2 あるいは
|Φ> = |T>C1 + |U>C2
以上が、アンモニア・メーザーの説明をするにあたっての導入部です。導入部がよく理解できていないので、次に進むのは億劫なのですが、とにかく前進!をモットーに滅茶苦茶に進んでみたいと思います。
いよいよ、静電場内にあるアンモニア分子の2状態間の遷移の話に移ります。ファインマンは述べます。「アンモニア分子が、エネルギーが一定の二つの状態のどちらかにあって、(h)ω
= ET- EU = 2Aの関係をみたす振動数ωで分子を撹乱すると、体系は一つの状態から他の状態に転位する。あるいは、分子が上のエネルギー状態にあるときには、撹乱によってそれは低いエネルギーの状態に移って、1個の光子を放出する。しかし、このような転位をおこさせるには、それらの状態間に何らかの物理的相互作用−つまり、それの体系を撹乱する何らかの方法−が与えられなければならない。」 ということで、外部電場のなかにおかれたアンモニア分子の示す性質を議論します。
アンモニア分子(NH3)は、電子分布の偏りによって電気双極子モーメントμをもち、その方向は窒素原子から水素原子のつくる平面に向かって垂直であるとします。したがって、電場εのなかでの分子のもつエネルギーは2つの状態間で2μBのエネルギーの間隔があることになります。二つの状態|1>と|2>の持つエネルギーはそれぞれE0+με、E0-μεとなります。その結果、解くべきハミルトニアン方程式は次のようになります(前に掲げた方程式と同じです)。
(i/(h))〔dC1(t)/dt〕 = H11C1(t) + H12C2(t) (9.16) (i/(h))〔dC2(t)/dt〕 = H21C1(t) + H22C2(t) (9.17) ここで、H11 = E0 + με、 H22 = E0 - με、 H12 = H21 = -A |
この後の導出は省略しますが、2つのエネルギー準位として、次の結果が得られます。
ET = E0 + √〔A2乗 + (με)2乗〕 (9.30) EU = E0 + √〔A2乗 - (με)2乗〕 |
これから、電場が作用すると、電場が強くなるにつれて、二つのエネルギー準位の分離が大きくなっていくことが分かります。
ファインマンは次のように述べています。「ようやくここで、アンモニア・メーザーの作用を理解するための用意がととのったのである。その考え方は次の通りである。まず、状態|T>にある分子と状態|U>にある分子とを分離する方法を考える。そうして分離された高いエネルギー状態|T>にある分子を、24,000メガサイクルの共鳴振動数をもつ空洞内に導入する。すると、その分子はそのエネルギーを−後で述べる方法で−空洞に伝達する。そして、空洞内の分子は|U>の状態に変わる。このように転移をした各分子は、E
= ET - EUのエネルギーを空洞に与えるわけである。こうして分子から与えられたエネルギーは、空洞内における電気的エネルギーとして現れてくることになる。」
次に空洞の内部に時間とともに変化する電場が存在する場合に、アンモニア分子(NH3)がどのように変化するかを議論しています。電場は、次のように正弦的に変化するものと仮定します。
ε = 2ε0・cosωt = ε0〔exp(iωt) + exp(-iωt)〕)
途中経過は省略して、解くべき近似方程式は次のようになります。
(i/(h))〔dγT(t)/dt〕 = με0〔exp(-i(ω-ω0)t)〕γU(t) (9.45) (i/(h))〔dγU(t)/dt〕 = με0〔exp(+i(ω-ω0)t)〕γT(t) |
この方程式では、弱い電場のうちは、共鳴振動数ω0に近い振動数をもつものだけが有効になるのだそうです。それで、振動数が共鳴点ω0における転移と共鳴点ω0から少し外れているときの転移の二つのケースについて、アンモニア分子の2状態遷移が議論され、メーザーの仕組みが述べられています。しかし、ここでは長くなるので省略せざるを得ません。
最後に、以上述べてきたことが、電場が空洞内に閉じ込められているか否かにかかわらず、一般に電場の影響下にある分子が示す性質にも適用されるそうです。具体的には、マイクロ波の程度の共鳴振動数をもつ分子に光のビームを照射したときに、光が放出あるいは吸収される確率を議論するときに適用されるということです。そして、その結果は、アインシュタインの輻射理論における吸収係数Bmnの量子力学的定義となるそうです(アインシュタインの輻射理論は、「第U巻 光・熱・波動」で取り上げられています)。
ファインマンはこう言います。「これまでの簡単な2状態系の研究は、光の吸収および放出という一般的な問題の理解にまで、われわれを導いたのである。」うーん、またまたうめいてしまいます。確かに、議論の進め方は何となく分かってきたとは思いますが、あちこちに深い溝があり、そこを乗り越えることができず、理解できたとはとてもいえない状態です。それでも、アンモニア分子の2状態系の議論が、このように光の遷移と関係しているのだということは、はっきりと理解できたようです。シュレーディガーの波動方程式もまだというのに、一般的な問題の理解ができるのでしょうか??今回は、とりあえずここで終了です。
2012年7月20日
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10.他の2状態系 2012年08月05日
前章では、アンモニア分子の2状態系(窒素原子が2状態の間を遷移する)について議論しましたが、この章では、ある近似のもとに2状態系と考えられるような水素分子イオンの例が取り上げられます。
ハミルトニアンは、2状態系を取り扱っているので、前章のハミルトニアンと同じです。前章の重要な方程式を要約しておきます。
|ψ> = |1>C1 + |2>C2 (10.1) ただし、確率振幅C1 = <1|ψ>、確率振幅C2 = <2|ψ> (i/(h))〔dC1(t)/dt〕 = H11C1(t) + H12C2(t) (10.2) (i/(h))〔dC2(t)/dt〕 = H21C1(t) + H22C2(t) |
ハミルトニアンHij のどの項もt に依存しないときには、ある決まったエネルギーをもつ二つの状態(安定状態)が存在し、それらを次のように書きます。
|ψT> = |T>exp〔-(i/h)(E0 + A)t〕 ( t = 0では、|ψT>
= |T>)
|ψU> = |U>exp〔-(i/h)(E0 - A)t〕 ( t = 0では、|ψU>
= |U>)
状態ベクトル|T>と|U>とは定常状態ですが、これらの状態は元々の基本状態|1>および|2>と、次の関係でつながっています。
してみます。
|T> = (1/√2)〔|1> - |2>〕 (10.7) |U> = (1/√2)〔|1> + |2>〕 |
ファインマンは、これらの結果を利用して、水素分子イオン(2陽子 + 1電子)について説明します。アンモニア分子に続いて、こんなに早く具体的な量子力学的状態の説明をしてくれるとは、本当に驚きです。説明は、まず2個の陽子がたがいに非常に遠くに離れており、電子はどちらかの陽子のそばに付いているところから始めます。そして、電子がどちらの陽子のそばにいるかによって、それぞれを基本状態(|1>、|2>)として採用します。それから、遠く離れた陽子が近づいてきた場合について定性的に議論し、状態|U>がエネルギーの極小点をもつことを導きます。「状態|U>は極小点をもつことが分かる。これがH2+イオンの平衡の位置−もっともエネルギーの低い状態−である。この点のエネルギーは、陽子と水素原子とが離れているときのエネルギーよりも低くなっている。したがって、体系は束縛状態になっている。つまり、1個の電子が2個の陽子を一緒にまとめるように行動するのである。化学者は、これを”1電子結合”という。 この種の化学結合はまた、(前に述べた二つの結合された振り子との類推にもとづいて)”量子力学的共鳴”と呼ばれることもある。」
そして、ある一定のエネルギーをもつ粒子が、一つの場所から、距離Rにある場所に移動する確率振幅は、2陽子間の距離Rが大きいときは、次のように変化することが得られます。
A 比例 〔exp〔-{√(2mWH)/(h)}/R〕〕/R
これは、2個の陽子の間には−少なくともRが大きいとき−上式をRについて微分したものに比例する引力が作用するということになるということです
何かよくわからなくなってきましたが、まとめると次のようになります。「水素原子と陽子とからなる体系は、電子の交換による相互作用のエネルギーをもっていて、それは陽子間の距離Rが大きいときには、exp(-αR)/R
の形で変化する。ここで、α=√(2mWH)/(h)である。このように、電子が負のエネルギーをもって空間を跳びこえるとき、普通は”仮想的な電子”の交換があるという。もっと詳しくいうと、”仮想的”な交換とは、交換された状態と非交換の状態との間に量子力学的な干渉がおきるような現象を意味している。」
ふーっ!ふーっ!これからも次々と2状態系の例が説明されます。まず、中間子と核力の話です。すなわち、湯川は、2個の核子間の力(核力)もまた水素イオンと同じような交換効果によるものであると考え、その核力は”中間子”と名付けた新しい粒子の交換によるということを提案しました。私は今まで湯川が中間子の提案によってノーベル賞を受賞したことは知っていましたが、中間子とは何かまったく理解していませんでした。素粒子の一般向け本を読んでも、中間子の物理的意味合いがよく理解できませんでした。ところが、こんなところで、中間子が水素イオンの電子による状態の交換と類似した考えによるということを聞いて、なるほどと実感することができた次第です。
詳細は省略しますが、次のような例が説明されています。
1)陽子と中性子との間の力: p+ -> n0 + π+ (p:陽子、n:中性子、π:中間子)
2)2個の陽子間の相互作用: p+ -> p+ + π0 (p:陽子、π:中間子)
*個のケースでは、交換が終わったあとも2個の陽子が残っている
3)電子の光子の放出: e -> e + 光子 (e:電子)
そして、ファインマンは古典電磁気学の理論について、極めて重要な解説をしてくれます。「古典電磁気学の理論では、クーロンの静電的相互作用と、加速された電荷による光の放射とは密接に関連しており−そのどちらも、マクスウェルの方程式から出てくるものである。量子論では、光は、一つの箱のなかの古典的電磁場の調和振動における量子的な励起として表現しうることをみてきた。一方、その光をボース統計にしたがう粒子−光子−の集合体として記述するような定式化も可能である。4-5で強調したように、この違った二つの立場は、いつでも同一の結果を与えるのである。それでは、この第2の立場から、あらゆる電気的効果をみんな完全に説明することができるだろうか。とくに電磁場を純粋にボース粒子の集まり−すなわち、光子の集合体−として記述しようとしたときには、クーロンの力はどこから出てくるのであろうか。」 「”粒子”的な立場からは、2個の電子間のクーロン力は仮想的な光子の交換から生じるのである。1個の電子が−(10.16)の反応におけるように−1個の光子を放出し、それが第2の電子のところまでいって、そこで上の逆の反応がおきて吸収される。この相互作用のエネルギーも、(10.14)のような式で与えられる。しかしいまの場合には、mπは光子の静止質量−これは0である−によっておき換えられる。つまり、2個の電子間における光子の仮想的な交換が、Rに逆比例するという簡単な変化の仕方をする相互作用のエネルギーを与えるのである−これは通常のクーロンのポテンシャル・エネルギーにほかならない。電磁気学の”粒子”理論においては、仮想的光子の交換過程が静電気に関する減少のすべてを引きおこすことになるというわけである。」 うーん!少し頭に閃きがありましたぞ!でも常識ではほとんど理解できないですね。
次の2状態系として、中性の水素分子(H2)を取り上げ、分子結合について議論します。水素分子には2個の電子があり、それをそれぞれ”電子a”、”電子b”とします。そして、”電子a”が第1の陽子のまわりにあり、”電子b”が第2の陽子のまわりりにある状態を|1>、そして”電子a”と”電子b”を交換した状態を|2>とします。すると、任意の状態をΦとすると、状態ベクトル|Φ>は、状態|1>にある振幅<1|Φ>と状態2にある振幅<2|Φ>との線形結合として、次のように表わされるそうです。
|Φ> = 煤bi><i|Φ>
さらに、フェルミ粒子である電子のスピンにかんする考察が続き、以下のような結論が導かれます。「2個のフェルミ粒子が同じ状態にあるときには、それらは反対向きのスピンをもっていなければならない。したがって、束縛された水素分子は、スピン上向きの電子を1個と、スピン下向きの電子を1個もっていることになるわけである。」 「電子が平行スピンをもっている水素分子というものは存在しえないということが結論されることになる。」 パウリの”排他律”が、このような水素分子の2状態系の議論から導かれたのは、私にとっては大変な驚きでした。というのも、今までの量子力学の本では、パウリの排他律はいつもアプリオリに与えられてきたからです。いやー、すごいです!!
続いて、ファインマンは化学結合について次のように述べています。「2個の異なるイオンの1個の電子による結合は極めて弱いものである。しかし、このことは、2個の電子によって結合する場合には正しくない。 中略 2電子結合というものはありふれたものであって、それは原子価結合としてもっともふつうのものである。つまり、化学結合というものは、通常は、2個の電子がいったりきたりするゲームに関係している。2個の原子はただ1個の電子によって結合することもできるが、そういうことは比較的稀なのである−なぜなら、それがおきるには適当な条件がみたされていることが要求されるからである。」 この後、イオン結合についても言及されていますが、省略します。
水素分子イオン、核力(中間子)、水素分子の2状態系の議論に続いて、ベンゼン分子や染料などの有機化合物について議論が展開されますが、長くなるので省略します。それにしても、量子力学で亀の甲羅のベンゼン環をもった有機化合物の議論が出てくるとは、唖然としてしまいます。それでも、量子力学の状態間遷移がこういうところにまで関連していることが分かり、たいへん有意義であると思いました。
最後に、磁場内におけるスピン1/2の粒子のハミルトニアンと磁場のなかで自転する電子について取り上げます。スピンがプラス(+(h)/2)の状態を|1>、マイナス(-(h)/2)の状態を|2>とし、電子の確率振幅を次のようにします。
電子が状態|1>に存在する確率振幅: C1(= <1|ψ>)
電子が状態|2>に存在する確率振幅: C2(= <2|ψ>)
この1個の電子が任意の磁場(B)の中にあり、2状態系をとるときのハミルトニアンを求めます。
(i/(h))〔dC1/dt〕 = H11C1 + H12C2
(i/(h))〔dC2/dt〕 = H21C1 + H22C2
途中経過は省略して、結論は、次のようになります。
(i/(h))〔dC1/dt〕 = -μ〔BzC1 + (Bx - iBy)C2〕 (10.23) (i/(h))〔dC2/dt〕 = -μ〔(Bx + iBy)C1 - BzC2〕 |
「こうして、磁場のなかにおける電子の”スピン状態に対する運動方程式”をみつけだすことができた。われわれは、これらの方程式をある種の物理的議論にもとづいて推論したのであるが、どんなハミルトニアンでも、それが本物であるか否かのテストは、それが実験と一致する予測を与えるか否かで与えられる。これまでになされてきたあらゆるテストによると、これらの方程式は正しいのである。実際には、うえの議論は、時間的に一定の磁場の場合にだけなされてきたけれども、上に書いたハミルトニアンは、時間的に変化する磁場の場合にも正しい。したがって、上式は、あらゆる種類の興味のある問題の研究に利用することができるのである。」
さらに、磁場のなかでの自転する電子の話がありますが、長くなるのと、私の能力不足から省略し、今回はこれでおしまいとします。お付き合いありがとうございました。
2012年8月5日
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11.さらに2状態系について 2012年08月16日
本章では、前章に続いて、磁気モーメントμをもつスピン1/2の粒子が、磁場B = (Bx,By,Bz)のなかにあるときの話から始まります。ここでは、パウリのスピン行列が駆使され、数学的な話が中心となってきます。したがって、いつものことながら、詳細な話はできず、ポイントだけを記すことにします。
この1個の粒子の確率振幅C+(= C1)とC-(= C2)は、次の微分方程式で結合しています。
(i/(h))〔dC+/dt〕 = -μ〔BzC+ + (Bx - iBy)C-〕 (11.1) (i/(h))〔dC-/dt〕 = -μ〔(Bx + iBy)C+ - BzC-〕 |
ハミルトニアン行列Hijは、次のように与えられます。
H11 = -Bμz , H12 = -μ(Bx - iBy) (11.2) H21 = -μ(Bx + iBy) , H22 = +Bμz |
この式は、次のようにも書けます。
運動の量子力学的法則: (i/(h))〔dCi/dt〕 = 破 Hij C (11.3) |
ここで、数学的テクニックをもちいて、パウリのスピン行列が導入され、ハミルトニアンを次のように表わします。
H = E0 -μ〔σxBx + σyBy + σzBz〕 (11.4) |
パウリのスピン行列σx、σy、σzは、ここでは表現できませんが、それぞれ2行2列の行列からなり、このスピン行列を、2状態系の量子力学における”算術”として利用することが大変便利で、専門家にとっては大変重要なものなのだそうです。このスピン行列をベクトルσとみなし、体系のハミルトニアンを次のように書くようにします。
H = -μσ・B (11.13)
続いて、ファインマンは、古典論と量子力学の”類似性”について、次のように語っています。 「諸君は、Hが量子力学におけるエネルギーに関連していることを憶えているものと思う。実際それは、状態が1個しかないような簡単な場合には、エネルギーに等しくなっている。電子スピンの2状態系の場合にもまた、ハミルトニアンを(11.13)のような形式で書いておくと、それは磁場Bのなかにおかれた磁気モーメントμをもつ小磁石のエネルギーの古典的な表式と非常によく似た形をしている。古典論では、
U = -μ・B (11.14) の形である。」
ここでμは、その物体のもっている性質を示すものであり、Bは外部から作用する場である。したがって、古典的なμを行列μσでおきかえれば、(11.14)を(11.13)に転換することができるわけである。すると、この純粋に形式的な置換によって、その結果を行列としての式と解釈することができることになる。よくいわれるように、古典物理学における物理量には、それぞれ量子力学の行列が対応しているのである。本当は、ハミルトニアン行列はエネルギーに対応しており、エネルギーを通して定義される量はどれもみな、それに対応する行列をもっているといったほうがより正確である。」
「諸君が希望するなら、どうして古典的なベクトルが行列μσに等しいのかを理解しようと試みてみるのもよいかもしれない。−しかし、あまり考えすぎないほうがよい。それはよい考えではない。−それらは等しくはないのである。量子力学は、この世界を表現する古典論とは別個の理論なのである。量子論と古典論との間に対応関係があるのは偶然にすぎないのであって、その対応はほとんど記憶をたすける−ものを憶えるための-工夫以上の何ものでもない。すなわち、諸君は古典物理学を学んで(11.14)を記憶する。すると、もしμ->μσの対応を憶えていれば、(11.13)を憶える手がかりがえられるわけである。もちろん、自然自身は量子力学を知っている。そして古典力学はその一つの近似にすぎないのである。したがって−本当は下にかくれている−量子力学の法則の影を、ある程度古典力学のうえに落としていることに不思議はない。その影から元々のものを再構成することは、直接には不可能なことである。影はそのものがどんなものかを覚える助けにはなる。しかし、その(11.13)は真理であり、(11.14)はその影に過ぎない。」
「われわれは最初に古典力学を学ぶために、何とかしてそれから量子力学の公式をえようとする。しかし、それのできる確実な方法というものは存在しない。われわれはつねに、現実の世界にもどって正しい量子力学的な式を発見しなければならない。そのとき、古典物理学での何かに似たものが出てきたら、それはまあ幸運だと思ったほうがよい。」
「もし上に述べた注意がくどくて、古典物理学と量子物理学との関係について当たり前のことにえらく力を入れているように思えるなら、大学院にはいるまでパウリのスピン行列について聞いたことのない学生に、いつも量子力学を教えている1教授の条件反射をどうかお許し願いたい。彼ら大学院生というものは、いつも何とかして、何年前かに徹底的に勉強した古典力学の論理的結果として、量子力学が出てくることを望んでいるように思えるのである。(恐らく彼らは、何か新しいことを学ぶのを避けたがっているのだろう。)ところが諸君は、古典的な公式(11.14)を、たった数ヶ月前に学んだばかりである−それで、上のような注意は不適当であって−したがって多分、諸君は基本的心理として、量子力学的公式(11.13)を採用することに、それほど不本意な感じをもっていないのだと思う。」
ちょっとファインマンの物思いを長く記してしまいました。続いて、もう一つの数学的記法の話がでてきます。それは、演算子としてのスピン行列です。これも数学的な話なので、ここで記述するのは難しいです。要点だけを記しておきます。体系が時間とともに変化する状態|ψ(t)>にあるとすると、確率振幅Ci(t)
= <i|ψ(t)>は次の微分方程式によって相互に関係付けられます。
(i/(h))〔dCi/dt〕|ψ> = 狽 Hij Cj (11.18)
そして、これから次のような方程式が導かれます。
(i/(h))〔d/dt〕|ψ> = H|ψ> (11.19)
このようなH|ψ>におけるHを演算子とよびます。そして、演算子には小さな帽子”^”をつけて、H^|ψ>と書いて、次のように表わした式を演算子方程式であると考えます。
(i/(h))〔d/dt〕 = H^ |
ファインマンは次のように述べています。「この方程式は、H^演算子がd/dtと恒等的に等しい演算であるといっているのではないことを記憶にとどめておいてもらいたい。この方程式は、量子力学的体系に対する自然法則−運動の方程式−なのである。」
さらに、2状態系に話をもどして、σ演算子σ^が導入されます。いやー、大変になってきましたね。ハミルトニアン演算子ばかりでなく、スピン(σ)行列やσ演算子等のような数学的テクニックの要素がどんどん導入されてくると、何がなんだか分からなくなってきます。後でも出てくるので、よく分かりませんが、σ演算子というものを導入します。すなわち、スピン(σ)行列の要素σxijを次のように書くことにします。
σ行列要素σxij ≡ 確率振幅<i|σx|j> => 演算子σ^x |
この章以降このσ^演算子が随所に出てきますが、なかなか理解に苦しみます。そしてσ^演算子を用いて、磁場のなかでの状態|ψ>に対する運動方程式を次のように書くということです。
(i/(h))〔d/dt〕|ψ> = -μ狽堰kBxσ^x + Byσ^y + Bzσ^z〕|i><i|ψ> (11.24) |
σ^演算子が基本状態|+>、|->に作用したときの状態は、導き方は省略しますが、次の表のようになります。これも分かりづらいですね。とほほほ・・
σ^z|+> = +|+> 、 σ^z|-> = -|-> σ^x|+> = +|-> 、 σ^x|-> = +|+> σ^y|+> = + i|-> 、 σ^y|-> = -i|+> |
この後は、任意の2状態系(アンモニア分子の例)に対する方程式が、状態|T>と|U>を用いて、次のように表わされます。
(i/(h))〔dCT/dt〕 = +ACT + μECU
(i/(h))〔dCU/dt〕 = -ACU + μECT
そして、系のハミルトニアンは、シグマ行列を用いて、次のように書けることになるのだそうです??
H = +Aσz + μEσx
もう、わかんない!!だめだー!!
本章では、2状態方程式の解の例として、光子の偏りの状態、中性K中間子(素粒子間の強い相互作用)などの話がどんどんと続いていきます。(ファインマンは、中性K中間子の話は、長すぎるし、また難しすぎるので、ここで述べるのは不適当である。したがって、この節は飛ばしてもよいといっています。)しかし、もうこれ以上のことを述べることができません。
最後に、2状態系からN状態系への一般化の話が出てきます。 「2状態系について話したいと思っていたことは、これでもう全部終わった。これからの章では、もっと多くの状態をもつ系を調べることにする。2状態系に対してやってきた考え方をN状態系に拡張するのは、ほとんど一筋道である。」 これがなかなか一筋道ではありません。ここでは、もちろん詳細に立ち入ることはできませんが、”特性値”、”固有値”、”固有状態”、”共役”などの重要な数学的あるいは物理的概念の話があります。量子力学の本を読むと、これらの話が難しい数式とともに何度も出てくるのですが、私にとっては、まあ少しはイメージはつかめるようになったのですが、数学的に追っかけることをいつも中断するはめになってしまいます。本当に、数学的、物理的能力の欠如にがっかりさせられる局面です。
2012年8月16日
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