BON VOYAGE!

「哀愁のヨーロッパ」
SPECIAL 1999-2000

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第135話:信用できる場合、できない場合。

今回は、ちょっとややこしい鉄道の話である。

私は、ロンドンのユーストン駅で、ロンドンからダブリンの往復切符を買った。いや、往復を買うつもりはなかったのだ。しかしその時に、帰りにはマンチェスターに寄るんだけど、と言ったら、それはそれでCreweからManchesterの往復を買え、そうしないと運賃が2倍だ、ということで往復になったのである。

このときは話がややこしくなるので言わなかったが、実はすでにオクスフォードに行くつもりでもあったのだ。言葉で書くとややこしいが図にすると、こうである。

railway map

つまり、私は行きはLondon→Nuneaton→Crewe→Holyheadと普通に行った。帰りは、Holyhead→Chester→Manchesterと乗り換えた。さらにManchester→Crewe→(Birmingham)→Oxfordと行こうとしている。そして、私の持っている切符は、London-Holyhead-Dublinの往復切符なのである。

[たとえばこういうことである]要するに、東京・(福岡)・釜山という往復切符があったと思ってください。帰りに大阪で乗り換えて奈良に寄った場合、大阪→奈良の切符は別に買いますよね(いや、近鉄に乗る、ということはこの際考えないでね、たとえなんだから)。で、奈良から東京方面に行くとする。すると奈良→名古屋の切符も別に必要ですよね?(だから、JRの場合だってば!)さらに、東海道線ではない別の路線で途中下車する場合、果たしてこの往復切符で乗れるのか? という疑問が今回のテーマなのであります。

というわけで、1月3日、マンチェスター・ピカデリー駅で調査を開始。Travel Centreなるものがあり、そこで時刻表を収集するが、Manchester-Oxford間のものはさすがにない。というわけで、窓口に並ぶ。聞くことは

1. この切符だとManchester-Creweの切符を別に買う必要があることの確認。
2. この切符でOxfordまで行けるのか? あるいはBirminghamまでは有効なのか?
3. 1月4日にManchesterからOxfordまで行くのに適当な便は何時か?
(クリスマス・新年のため、運行スケジュールが大幅に変わっている可能性があった)

の3つである。経路のメモも用意してある。

そして、これでオクスフォードまで行くんだけど、と言って切符を出し、Crewまでの・・・と、まだ最後まで言い終わらないうちに窓口の若い女は、

「これダブリンからロンドンまでよ。無効」

と冷たく言い放ったのである(顔は「これでオクスフォードに行けるわけないじゃない」と言わんばかり)。

「いいや。少なくともCreweからBirminghamまでは有効なはずだ。問題は・・・
(切符の中身はわかっとるわい。聞きたいのはだな・・・)」

この女は、またしても最後まで言わせず、無言で私の切符を持ち去って隣の係員となにやら話している。最初からイヤな予感があったのだが、ここで疑惑はさらに濃くなった。

(こいつは信用できん)

鉄道ファン、とくに時刻表を読むことに喜びを見い出すようなソフト派には、かたきのような存在が、本来はプロしかいてはいけないところに時折生息していることがある。まあ、時刻表に書いてあるようなことは、わざわざ聞きにいかないわけで、ややこしくて微妙だから聞いているのである。それが路線図もろくに頭に入っていない人間に、切符が読めないようなことを言われた日には、怒っちゃうぞー、なのである。

女は帰って来て、"You are right. Valid".としか言わない。しかし、真実はそうではない。

「ManchesterからCreweまでも有効? そんなはずはないんだけど」

「有効」

「いや、私が思うに、Manchester-Crewe間の切符を買わないといけないのではないのですか?」

「有効」

よほど悔しかったらしく、こちらの目を見ず、視線を遠くにすえて"Valid".と繰り返すだけ。完全に固まって石化している。ここで疑惑は確信となった。

(こいつ、プライドばっかり高いアホや)

隣の係員は、ダブリン・ロンドン間にどの経路が含まれるか、正確に把握しているはずである。それを、このアホ女は、こっちの質問を理解しないうちに聞きに行き、さらにはその答えもろくに意味がわからずに客に対応しているのである。ミスや間違いなら許容するが、これはプロにあるまじき態度である。

まあ、これであきらめてもよかったのだが、ついでに明日のオクスフォードまでの便を聞いた。無言でキーを叩いて、"Eleven four".と発声したようだった。

「え? 10時台はないの? それはCrewe乗り換え? Birmingham乗り換え?」

言いたいことは早口でさっさと言わないと、また早とちりされる危険がある。しかし、事態は想像以上に悪化しており、女はこの悪夢から早く逃れたい一心のようであった。ほとんどパニック状態である。

(なんでなんで、このあたしが、チンケな東洋人に間違いを指摘されるなんて・・・)

結局、私はカウンターから身を乗り出してモニターの画面から書き写した(ふつうは、プリントアウトをくれるとか、ここで予約するかと聞くとかするものだが)。

しょうがないので、さらに別のインフォメーションに行った。退職目前のような太ったオヤジが、こちらが「オクスフォード・・・」と言いかけた途端に、

「10時17分発。Birmingham乗り換え。わかったか? なに、接続の時間? ちょっと待ってな。えーと、着が1200。発は1306。違う、1206じゃない、1306だ。しょうがないなあ、いまプリントアウトしてやるから」

何も見なくともマンチェスター発のすべての列車はアタマのなかに入っている、というタイプである。いかにも現場で鍛えたその風貌こそ、プロのしるしだ。信用は、できる。

しかし、たぶんこの情報も最高の便ではない。オクスフォードに行くのに、Birmingham乗り換えをすぐ考えるのは妥当だが(私もそう想定して組み立てた)、Birmingham New St.駅での乗り換え所要時間は15分と長い。それがネックで、待ち時間が1時間以上もある。そういうダイヤを日中のいい時間に幹線で組むとは信じがたい。

だから、Crewe乗り換えというのはなかなか鋭い解決策なのである。あのアホ女が操作しても、コンピューターがいい答えを出すことは、あり得る。

だめ押しに、切符売り場で予約をとろうとしたら、

「明日の分? 予約はとなりのTravel Centreだよ」

と、元に戻ってしまった。

もちろん、私はお互いにとっての悪夢を避けるべく、予約なしで乗ることにして、もっと大事なことのために西へと向かったのであった。

(第135話:信用できる場合、できない場合。 了)

後日注:翌日、Creweまでの片道切符を買って11時04分発の列車に乗り、Creweで乗り換えて無事にOxfordに到着。ロンドン・ダブリン往復切符は私の予想通り、CreweからOxfordまで間違いなく有効であった。

お詫び:文中に人を罵倒する表現が頻出しています。
これでも穏当なつもりですが、気分を害されたのならごめんなさい。

text and railwaymap by Takashi Kaneyama 1999

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