第128話:なにもない豊かさ。 |
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さらに西へ向かった。タダでもらったダブリンの地図によれば、そこのへんに内戦のモニュメントがあるそうだ。 あるかもしれないし、ないかもしれない。どちらでもよかった。歩く方向を決める目的さえあれば。 何かを見なければいけない、何かをしなければいけない、という強迫観念から自由になりたかった。あらゆるスポットも店も閉まっている今日という日は、まるで天からの贈り物のような1日だった。
ここだろうか。とにかく入っていくと、そこはまあ、なんにもない公園なのであった。 老人がふたり。父と男の子。母と女の子。車椅子の老女とそれを押す女性。まばらな人影だけが、アクセントだった。 芝生。道。木。ベンチ。運河ではカモが泳ぎ、ひとりでカヌーのトレーニングをしている選手がいた。中央に古代ローマ風のあずまやがあって、詩が彫られたプレートがあるくらいで、他にはなにもないようだった。 いや、あったのかもしれない。なにしろ全然探さなかったのだから。しかし、そんなことはどうでもよかった。高緯度の地域では、冬の日ざしは午後2時前なのに低い角度で、まるで日本の冬の西日のようにまぶしく射して来る。凛と冷えた空気のなかで、人々はシルエットとなってゆっくりと歩いている。 私は落書きだらけのベンチに座って、ただぼーっとしていた。 2000年1月1日。自由という、扱いにくい贅沢を、私はもてあましていた。 (第128話:なにもない豊かさ。 了) text by Takashi Kaneyama 1999 |
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