『ヨーロッパ帝国主義の謎』クロスビー〔酔葉会:344回のテーマ本〕〇

 帝国主義などと聞くと,今どき何とおどろおどろしい言い種かと思ってしまう。このことばは,「資本主義の野心むきだしの国家が,国際市場を独占しようと,軍事的・経済的に他国(ことに後進国)を侵略・征服しようとする野望」といったニューアンスを強く帯びる。実際にこの地球上は,ついこの間まで,いわゆる帝国主義国家群により,後進の地域は植民地化され,さらに「帝国主義的」国家間での苛烈な闘争の現場としてあった,その記憶が生々しいのだから。しかし,著者がこのことばで言おうとしたニュアンスは少しちがって,「ある民族(単数であれ複数であれ)が他の民族が住む土地を奪って自分たちが住み着いて,自国の領土に組み入れていった」という事実を指している。それは15世紀末のアメリカ大陸の発見後,つぎつぎに発見されていく土地を自分たちのものとしていった,ヨーロッパ人たちの「歴史」と大きく重なっている。
 「歴史」といえば,普通には「人間が他の人間どもとの接触の過程で生み出す過程や結果」というほどのことである。「いや,本当はそうではないんだ」人間が主体的に世界を突き動かし,形成させてきたのは事実だとしても「それは歴史の一側面にすぎないんだよ」と開示して見せたのが,たとえばマクニールの『疫病と世界史』だった。本書はそのマクニールらの成果の上に築かれた,より包括的な「歴史の書」とでも称すべきものだろう。実際,通常に学校で学校で学ぶ歴史といえば,いわゆる人間の活動に限定された政治史であり経済史でありといった「人間のみによって形成され動かされてきた」歴史に他ならなかった。

 そこでまずこの書では,南北アメリカ大陸の温帯地域,あるいはニュージーランドといった地域の景観の印象がヨーロッパ地域(文明が早く行き渡った地域であるヨーロッパ)のそれとたいへんよく似ていることに,読者の注意を向けさせる。
 著者がネオ・ヨーロッパと呼ぶこれら地域では,そこに住む「住民大多数の文化的人種的伝統と一致していない」。(というのは,それら住民の祖先が住んだ土地から大量に移り住んできて,従来そこにあった土着の伝統・風習を根底から作り変えてしまった;自分たちの祖先の習俗をそっくり持ち込んでしまったのだから。)その上,現在60億を超えようとするほどに肥大してしまった世界の人口,その大半が飢餓に苦しんでいるというのに,「大量の食料を数十年にわたって恒常的に輸出している国は地球上にきわめて数が少ないが,ネオ・ヨーロッパに属する諸国がその大半を占める」というほどに,きわめて恵まれた土地柄なのだ。
 そしてネオ・ヨーロッパという土地柄の特色として,地理的に,(1)ヨーロッパときわめてよく似た気候帯(温帯)にあることのほかに,(2)ヨーロッパから非常に遠いところに位置する。 
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 古くから狭い地域にひしめくように暮らし,住む土地と食料と富を求めては,隣の地域同士と争いごとを繰り返してきた(生存の必要から,繰り返さずにはいられなかった)ヨーロッパの人々にとって,ヨーロッパという狭い枠の中から飛び出したい欲求は,ほとんど本能というほどのものであったろう。
 新天地を求める冒険心は,まず北大西洋の弧島・火山島アイスランドへの移住には,成功したが,そこよりグリーンランドへの移住は,ものの見事に失敗した。その地は,ヨーロッパの故国よりはさらに大西洋を西へと離れた地域であり,何よりも予想をはるかに超えて寒冷の土地であった。冒険心に鼓舞されてさらにその先に人々は,住むにはよりましな土地,ヴィンランド(おそらくアメリカ大陸北西岸)へと達しはしたが,今度は「故国よりあまりにも遠すぎる」欠点があった。その地から故国へと往き帰るための航海術が,まだかなりに未発達だった。
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 十字軍の東征というのは,あまりにも身の程知らずなヨーロッパ人の愚行として,歴史上に大書される出来事ではあった。〔キリスト教徒の聖地エルサレムを異教徒イスラムのやからから奪回しようとして,11世紀末から13世紀後半までの7回にも及ぶ壮大な試みではあったのだが‥‥,十字軍に加わった人たちはその地で「何千年の長きにわたって住み続けている,高度の文明をそなえた無数の人々の中へ入り込むことになった。これらの異民族は量において侵略者に勝り,質においても――外交術,文学,織物,疫病に対処する方法など――多くの点で侵略者をはるかに凌駕していた。何千人もの十字軍士が自分たちの劣等性ゆえに死んでいった」‥‥という次第だった。〕とはいえ,得たものはあって,大洋を航海するためには欠かせない「船尾に装着する舵と羅針盤」などや,航海に適する「船の形体や航海術」を東方からヨーロッパにもたらしたのは,十字軍だった。
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 ヨーロッパの冒険好きな船乗りたちは,まず,中部大西洋の東部のアゾレス諸島,ついで,アフリカ西端からほど近いマディラ諸島に上陸し,そこを占拠してしまう(15世紀前半のころ)。なにしろそこは無人島だったのだから,はなはだ具合がよかった。アゾレスには人が住み,羊や牛・山羊の放牧に,そして小麦の栽培にも適していた。マディラではヨーロッパ人に需要が高い砂糖が栽培されて,大当りだった。〔小さな島の水利をよくするために岩山が穿たれて,縦横に水路が形成され,その際多数の奴隷──それらは恐らくカナリア諸島の先住民たち──が役務に酷使されたという記録が残る。〕
 ついでカナリア諸島。そこにはすでに先住民(グアンチェ人,石器時代の生き残りの人たちだった)がいたのだが,結局かれらは,すでに金属の武器で身を固めた侵入者の敵ではなかった。侵入者は植物や動物もいっしょに連れていき,やがて島の動物相・植物相が一変していく。グアンチェ人の多くは囚われて奴隷となり,島の内外で酷使される運命を歩むことになる。「クレタ島,シシリー島,マジョルカ島など,地中海の島々で成功していた生物は,すべてカナリア諸島でも繁栄した。一番目立つ例は馬だった」という。
 ただここで強調しておきたいことがある。なるほどグアンチェ人は侵入者の銃器の前に刃向かうことはできなかったのだが‥‥それ以上に彼等を殺戮して止まなかったのは,侵入者たちの体に乗り移ってやってきた疫病であったらしい。疫病への耐性のない島人たちは見えない敵であるモドラ(発疹チフスらしい)に片はしから死滅させられていった。島の植物相などが醸し出す景観は,ゆっくりとやがて急速に侵入者の故郷の地のそれに移り変わっていく。
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 大方の船乗りども,航海者たちの故郷である「イベリアからカナリア諸島へ行くことは」もはや「何の問題もなかった」。船の帆をいっぱいに広げて北東貿易風に押されて航海すればよかったからだが,「戻ってくるのが問題だった」。強い向かい風に逆らって船を前進させるには如何にするか。数限りない苦闘と試みの末に海の冒険野郎どもは,逆風を利用して「北西に舵をとり,陸地を背にして大洋のただ中へとひたすら進み,めざす故郷には1インチも近づくことなく何日間も一定方向の航行を続け,ついに熱帯から抜け出て,温帯の偏西風の優勢な地点に達する。そこから一転して故郷へと向かう」──という航海法を編み出したのだった。「船乗りたちは,貿易風に乗れば遥かな遠方へ達することができ,偏西風に乗って戻って来られることを」知ったのだった。

 ここまで来れば,大航海時代の到来は,目前である。
 スペイン女王イサベルの援助を得たイタリア人コロンブスは,1492年,広大な大西洋を西へ横切って,西インド諸島に到着(数年後,アメリカ新大陸に到達),ポルトガル人バスコ・ダ・ガマは喜望峰を回航して(イスラム船船長の案内で)1498年,インド西岸のカリカットに到着,ポルトガル生まれのマゼランは1519年,世界一周を試み,南米マゼラン海峡を発見して通過,太平洋を西航してフィリピン諸島に到着(原住民に殺されたが,残った部下が22年世界周航を完成)。
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 ヨーロッパ人たちはまずアメリカ大陸,中南米,南アメリカへと進出(侵入)して,インディアンなどの先住民に闘いをいどんで,土地を奪い,先住民たちを大量に殺害し,残った彼等を不毛な辺境へと追い詰めていく。オーストラリア(まず東部海岸地方)では,先住民のアボリジニーが殺害されて土地を奪われて追い立てられ,ニュージーランドでは一番遅く,18世紀後半から19世紀にかけて,先住民マオリ族は激しい抵抗の末に,壊滅させられてしまう。
 それらの土地(ヨーロッパ人たちにとっての新しいめぐみの大地)にヨーロッパ人たちによってもたらされたものは,羊・豚・牛・馬・蜜蜂などといった家畜や(さらには勝手に入り込んだ)ネズミなどであり,小麦や野菜といった植物であり,意識的にもたらされた牧草のほかに,いわゆる雑草の類であった。そしてそれらは,その土地に前からあった植物相や動物相を駆逐して,やがてその土地の景観を一変させてしまう。景観のヨーロッパ化への移行(景観のネオ・ヨーロッパ化)である。

 この論考のはじめに,ネオ・ヨーロッパ化のいちじるしい特徴として,そこが温暖の地であることのほかに,移住し侵略してきたヨーロッパ人たちの故郷より遠隔のところにあることが絶対の条件であることを見てきた。そこに問題の核心がある。 
 実に「遠い距離ということは,侵略者が不可避的に持ち込むことになる病気に対して,原住民が無防備であるということを確実にする」のである。

 大局的に見れば,なるほど武器先進国であるヨーロッパの侵入者たちの前では,ほとんど石器時代の生活様式の中に安住してきた先住民たちは,赤子同然のもろさで駆逐される運命にはあったのだが‥‥,先住民殺戮の本当の主人公ともいうべきは,侵入ヨーロッパ人というより,彼等に担われてやってきた病原菌(見えない敵)であったという。「病原生物の大部分は旧世界から渡来したことが明らかで」インディアンに襲いかかり,アボリジニーやマオリの人びとに襲いかかって,あきることがなかった。先住民・原住民たちがそれまでに未経験だったという病原菌とは,「天然痘・はしか・ジフテリア・トラコーマ・百日咳・水ぼうそう・腺ペスト・マラリア・腸チフス・コレラ・黄熱病・デング熱・猩紅熱・アミーバ赤痢・インフルエンザ,それに腸内寄生虫の数多く,である」。土地の先住民たちも祖先伝来の病気(感染症)を身に帯びてはいたが,新来の病気の先住民・原住民に対する威力は,けた外れのものだった。
 土地の原住民が,彼等にとってまったく初体験の病魔に次々に犯されて,死に絶えてしまいかけるころに,その土地の景観はヨーロッパ風のそれにかわり,土地の新しい主人は侵入者・ヨーロッパ人だった。
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 終わりに一言を添えると‥‥この著者が強調したがる──2億年前に地球表面での一個の巨大大陸「パンゲア大陸」,そして巨大大陸を分裂させて大陸移動の原動力となった地球内部のマグマの巨大噴出の裂け目,大洋の底に今も活発に活動を続けている海嶺(プレートの生成の場所)──「パンゲア大陸の海底の裂け目を越え」ということばは,字義通りにとるよりは「それほどに遠隔の地」というほどの修飾のあやと受け取れば十分である。

ともかく,重厚ながらも「平易に読み進められる」本書は,良書の一つの条件をよく備えているといってよいだろう。

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『まぼろしの郊外』宮台真司〔酔葉会:343回のテーマ本〕□

 軽やかな筆さばきで描き出されていく現代の性風俗の一端の風景が,読み進む者の心の中に,ねばねばとまといつく粘液質の暗い膜,不透明なフィルムシートを張りめぐらしてくる。
 場面は地方都市,青森における中高生少女たちにかかわる買売春の実態から始まる。売るのは未成年の少女たち,買春するのは厚顔の,成人の男どもである。

 事態はここまでに達していたのか,という驚きの思いがこみあげてくる。そして,やがて,ま,そんなものか(わが日本は,世界に冠たる買春天国だからな)という冷めた気持ちが入り混じってくる。暗い,暗い。〔男どもに金銭ずくでもて遊ばれるのは,心が未成熟な少女たち(中学・高校生たち)の性なのだ。しかも,その男どもといえは,お忍びで隣町まで出かけて買春にはげむ,自分の町の環境浄化を叫ぶPTAの役員だったり生徒に道徳をたれる学校の教頭氏だったりする,という。実際,新聞報道などによれば,いわゆる“淫行条例”が制定されている各地方自治体などで,“少女たちへのわいせつ行為”の理由で罪に問われる“有識者”(町の役職者や教師など)の例が,陳腐なほどに跡を絶たない,という事実がある。〕
 「青森の高校生は初体験年齢が低く,高校生の性体験者の割合は東京近辺に比べてもはるかに高い。」そして,性の初体験は「やっぱりネブタ祭りのときがチャンスだと言う。」さらに「青森の高校生にとって,男女を問わず,性が『地に足がついた日常』だということなのだ。」女子高生たちはといえば(青森に特有なこととというより,地方都市でならどこでも共通のこととして)「そういう場所ではカッコつけてもすぐに底が割れるから,誰もが『そのまんまの顔』で現れる。」

 こうしたフィールドワークでの実態の把握にたって,著者(宮台)は「同時代のいわゆる『先進国』を見ても,『日本の伝統』それ自身を振り返って見ても,中学三年生や高校一年生でカップルになって性体験を積んでいくことは良いことだと思っている。実際,そういう『地に足のついた』性の中でしか,『女子高生』というきわめて人為的な“記号”の奇妙さや,それが五万円十万円でやりとりされる異常さを,見極める感覚を養うことはできないからだ。そういうふうにして,若い連中たちにとって,性が「地に足のついた日常になっていくのは,絶対に必要なことだと思う。」と感懐を述べ,「こういう地方都市で,売春をたんたんとした日常として生きている子たちに『それはあなたの人格を傷つけることなのだ』と言ってどうなるのだろう。」とも言う。〔このような宮台の姿勢に対して(宮台という言説生産者の及ぼす効果を大いに評価しつつも)「私は,あなたがどんなにフィールドワークしようが,いったい何の権利と資格があって,あなたに援助交際少女の代弁ができるのかというふうに思う。」(上野千鶴子;「論座」98年8月号)ということばに共感する人は少なくないだろう。〕
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 若い女性たちが“電話を媒体とする買売春”の現実を知る機会は,売らんかなのマスコミの盛大な情報提供によって(他人に知られない形で)ごくかんたんに手に入るようになって,「確かにマスコミで話題になったものだけでも,93年のブルセラブーム,94年のデートクラブブーム,95年以降の『路上売春』ブームと,女子中高生たちの『性の販売』行動はエスカレートするばかりである。」「95年に入ると女子高生たちは主に路上で『援助交際』の交渉をするようになり,あるいは友達2〜6人ぐらいで金払いのよい中年男を共有する『共有パパ』現象の広がる。」「女性『全体』の援助交際希望の絶対数は激増し,中学生・大学生・OL・主婦の援助交際希望が,以前とは比較にならないほど目立つようになってきている」という。
 マスコミが現実の一端を暴き出して(多くは,売らんかなの興味本位に)報道する。それが,それまで(電話を利用して,一時からだを男どもにあずけるだけで,手軽に金が手にはいるなどというように)そんなことがあろうとは知らなかった未経験の少女たちへの好奇心を刺激して「あんな子ができるなら自分も」と行為に駆り立てられる。こうしてマスコミの暴露と官憲による規制と少女たちの大量参加とのいたちごっこだ。〔「考えるまでもなく,普通なら十数時間働かないと得られないバイト料が『何もしないで』かせげる『合理性』をいったん知れば,ブルセラショップの規制ぐらいで彼女たちの動機づけを抑制できるはずがない。ここでも警察のメンツと引替えのアングラ化で,女の子たちはますます危険な状況に立たされることになる。」宮台『制服少女たちの選択』所収〕
 そして(ことに90年以降)テレクラが取り持つ縁での買売春の現場で,恐喝・暴行・強盗・殺人など,凶悪事件が続発し,「テレクラがらみの事件が殺伐とした様相を示し始め」てくる。そうなると(待ってました!)いわゆる“良識ある憂える”大人たち,地域環境の浄化や“淫行規制”を叫ぶ人たちの出番である。
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 「少女売春の増大にテレクラが果たした役割は,少女たちに社会の実情を教えたということに尽きる。日本は『昔から』世界に名だたる売春天国。企業では売春接待当り前で,役人も接待される。ソープランドでは警官・教員・自衛官らも売春し,ソープの立地が条例で禁じられている地方都市もピンサロでは『本番」やり放題。」そうした大人たちのタテマエの裏側にある買春天国の実態を,自分での売春という体験を通して知り,「彼女たちは『なんだ,話が違うじゃん。この社会は“ウソ社会”なんだ』と思うようになる。」
 「日本のムラ社会ではもともと『低年齢の性』が当り前。『売買春』をタブーにする性規範は皆無。」として,著者は言う「そんな中で,80年代後半から爆発するテレクラという世界初のn×nメディアが,市民的『信頼』のかげに隠れた共同体的「現実』を暴露したために,急激な変化が起こったのである。」「ありうる対処は,西欧諸国がそうしたように『信頼』を『現実』に組み替える以外にありえない。n×nメディアが発達した社会システムに要求されるのは,法や行政が『現実』を高度に学習する能力である。」〔「ちょうど,『戦争は悪である』という考えが,最大限さかのぼっても第一次大戦までは普遍的に成立していなかったと同じように,『売春─買春は悪である』という考えが市民権を獲得しはじめたのは,ごく最近のことである。」小浜逸郎「別冊宝島391:超コギャル読本」所収〕〔‥‥もっとも,このような言説に対して,読者は“現代は江戸時代,あるいは戦前の昭和の時代ではないし,もはや敗戦後50年を過ぎ,人生50年の時代ではない人生80年の今である”という現実(さらに世間の価値観が大幅に様変りしている現実)を踏まえておく必要はある。単純に先祖がえり(往時にあった価値基準)が肯定されるべきでないのは,言うまでもないことである。〕
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 “環境が変わっちまったんだよう”では,もちろんすまされない。一言で言えば,少女たち(少年たち)の居場所の環境が変わってしまった,ということだ。
 地域環境が目に見える形で変わり始めた状況を,図式的に言えば,まず大規模公営団地の出現であり,スーパーマーケットの出現と拡大であろう。〔ハード面の変化は“家電化”(当初の「三種の神器」は炊飯器・掃除機・洗濯機;3S─ついでカー・クーラー・カラーテレビ;3C),それがいわゆる“文化生活”を象徴した。〕そしてテレビが茶の間にどっかりと位置を占めるようになると,家の中での生活のかなりの部分がテレビを観ることに,奪われていき,世の中の情報(世間の実情報だけではなく,好いた離れたのテレビドラマのストーリーまで)はいながらにして,手にはいるようになる。(情報源の井戸端会議はもはやいらない!)スーパーマーケットはいつのまにか24時間営業の,真夜中にお惣菜まで買える“便利至極な”コンビニに進化していく。

 世間の小子化と共に,親の関心は(どうせ世の中は偏差値社会さ,子どもの将来を案じるのが親の勤めだからと)至極当然に「わが子をよい学校へ入学させる」ことに向かう。子どもたちは,学校で皆が競争相手。(偏差値は,絶対評価ではなく,相対評価のための物差しだから)いわば,クラスの皆が敵。いつも子どもの前に「クラスで何番,学校で何番」の“偏差値”がぶらさがり,逃げるように家に帰れば,顔はやさしいが“偏差値アップ”に追い立てること鬼のようなパパ・ママが待っている。家の近くには,ずーっと昔は地域の子どもたちにやさしかったという年長者や大人の姿はない。‥‥家の中も,まわりの地域も“まるで学校じゃないか”。
 そうなると,安らぎ(心の安定)を求める少年・少女たちは,家族のいる家の外へ,地域でも学校でもない場所へと“自分の居場所”を探しに行く。「個室にテレビが置かれ」るようになると,「家族それぞれが別々のチャンネルを通じて,別々の世界や別々の世間を生きる状況」ももたらされてくる。夫(父親)は相変わらず企業戦士で奮闘中。その時,少年・少女の「魂は,すでに家族から外へ,あるいは地域や学校から外へと──すなわち『第四空間』へと──流れ出していた」。そんな彼らに,たとえば地域のコンビニが「深夜の誘蛾灯」として彼らに居場所を与えてくれる。
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 日本には昔から「旅の恥はかき捨て」ということばがある。仲間うちでは「郷に入れば郷に従え」である反面,われらが郷を離れれば(仲間といる場所・地域以外の所,直接に自分に利害のない所は),そこは単なる「風景」にすぎない。少々恥さらしなことをしようと「皆で渡ればこわくない」という訳だ。同様に,今や,少年・少女たちにとって「仲間以外はみな風景」にすぎない,ということだ。風景の前で(中で)売春や暴力に走ろうと,どうってことはない。タテマエを振りかざす大人たちのホンネは,彼らに(大人どものウソとして)見抜かれてしまっているのだから,自分たちだけが窮屈に「清く正しく」身を保つなんてことは,金輪際いやなこった。‥‥ましてや(性的には十分発育していながら)世間体を気にするほどには,精神の成熟していない若者たちのことだ。「旅の恥はかき捨て」というとき,「昨今の若者たちは街で“旅”をしている」。大人たちが「世間体を気にする」という「世間」の範囲(自分からの距離)が,そうした若者には,はなはだしく狭くなって(狭い閉鎖空間となって)いる,ということなのだ。〔著者(宮台)のことばを借りれば──「要するに“島宇宙化”あるいはコミュニケーション・サークルの際限ない細分化である。」〕

 今,若者たちの“精神の未成熟”と言った。ここで,ようやく問題の核心が現れてきたのだ。それは若者たち(少年・少女たち)が行為を行うに際しての“自己決定力”(自分が行動を起こすに先だっての思慮の成熟度)ということだ。
 からだはすでに大人(性的可能年齢に達しているということだが)心はまだ子ども,精神的に(成人といわれるにはまだ)とても大人に達していない。
 ‥‥実際,中学生ともなると,からだの方は性的に受け入れ可能となり,心(関心)は異性の方へと(しばしば激しく)向かう。しかし,心(理性的判断力)が成熟するまでには,なお時間が必要である。そもそもからだのの中から突き動かしてくる異性への思慕と心(理性)との隔たり(乖離)のために切なくもがき苦しむのが,“青春”というものだ。少年・少女のからだの方は異性に向かって開かれているのに,心(状況を判断する理性)は,いわば閉ざされた状態にある。
 「自己決定力」というのは,なによりも理性的判断力の成熟さ(いわゆる,世間の大人の水準に達していること)に関わる。〔当然に心の成熟度には個人差はある。ここでは法で規定する成人年齢に達していることで,事足りる。〕少女たちは,売春という現場で,世間智にたけた男たちに相対するとき,絶望的なほどに,不利な状況に置かれる。病気をうつされる,過度に弄ばされる,暴行される,‥‥等々,金銭の代償が,少女らにとっては,あまりにも大きい。自分でやったことだから「からだでの体験は,悪いことばかりではないさ」‥‥では,そうした正常ではない秘事を経験することを通して,心に刻印される痛み(キズ,あるいは非正常でない形で性的感受性に刻印された記憶)は,どのようにして癒されるというのだろうか。からだの記憶は,長い期間に持続される。(あまりにも痛ましいではないか!)

 著者は「(1)性は私たちの基本的な生活行動でるがゆえに私たちの自己決定能力に委ねられるべきであり,かつ(2)性に関わる問題は私たちの自己決定能力を上昇させることによって解決するのが基本だから,(3)自己決定能力の習得を促進する制度やメカニズムが追及されなければならず,同自に(4)自己決定能力の習得に向けた試行錯誤が,過剰な危険に晒されないような制度やメカニズムのあり方も追及されなければならないということ。」と言い,各自治体などが推進させようとしている(してきた)淫行処罰規定導入に対して「少女たちから性的な自己決定能力を直接に奪い」などと反対する。そして著者自身の対案といえば「行政側がビデオパック(ドキュメンタリーでもトレンディードラマでもいい)をつくって制度的なチャンネル(学校の性教育の時間など)を通じて流しまくることを提案している。(宮台『制服の少女たちの選択』収載;小浜逸郎をして「これは『オヤジ道徳』批判の筆鋒の鋭さに比べて,何だかいかにもいじましい提案という印象が否めなない」と言わしめている。「別冊宝島391」収載)
 少女たちの“援助交際”などで「まず性的体験をさせて」そして後に「少女たちに自省させる」(宮台はこれを「ワクチン戦略」と言う)というのではなく,そうした非正常な体験を「事前に」避けさせる手だてを尽くす(対案をシステム化する)ことこそが,まず考究されるべきことではないのか。
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 著者の軽快なノリでともいうべき筆致の向こうから見えてくる風景は,あまりにも重く暗い現代風俗の一端である。
 終わりに一つのことばを紹介することで,この読書案内の締めくくりとしたい‥‥「売春は,どうしても生身の人間が供給しなければならないものです。人間としての全存在抜きにはありえない。機械化や代用ができない。人格と結びついている。売るのは女で買うのは男という市場の構造の下では,必然的に女性に対する収奪になってくるのです。」「被害者は性と人格を切り離され,人格を否定される。‥‥」(弁護士・角田由紀子;朝日新聞,瀬地山角との対論:'98.7.4)

 

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『奪われし未来』コルボーン/ダマノスキ・/マイヤーズ;翔泳社刊〔酔葉会:342回のテーマ本〕◯◯

 いま,環境ホルモンばやり(流行)である。人工の化学合成物質による環境汚染が声高に叫ばれ始めている。
 「はやり」といえば,世の「識者」を自認する人たちの中には,そこに政治的プロパガンダのにおいをかぎつけて,顔をそむける向きもあるだろう。しかし,環境汚染警告という「はやり」は,大いに歓迎されてよい。

 「環境ホルモン」は,生物の生殖に悪影響がある「内分泌撹乱物質」のことである。当然に,この人工の合成物質は,ヒトの体に,ことに胎内の生命に対して甚大な悪影響を及ぼすおそれがあるという。そして,その物質の具体的な例としては,いまや多くの人の耳になじみになってしまったダイオキシンやPCB,あるいはDDTやビスフェノールAなどであり,およそ70種を超える物質が疑わしいものとして,特定されている。  [はやり」は「すたれる」のが世の常であるが,むしろ遅きに失した感のあるこの「はやり」は,これからますます強大な大勢力となって,永続してほしい,と評者は願う。                     *
 およそ30数年も前に刊行されたレイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962年刊)は,それまで奇蹟の薬剤などともてはやされた人工の合成物質DDTなどの殺虫剤や除草剤などが,人間社会の周辺にやってきては心なごませる鳥たちを殺慯し,川や海洋を遊泳しあるいは人間の食卓にのぼる魚たちを殺戮し,それどころか人体そのものへの強力な発ガン作用があるなどの,恐怖の化学物質であることを,証拠に基づいて警告した文字どおり「警世の書」であった。 
 この書『奪われし未来』は(『沈黙の春』の輝かしい成果の上に積み重ねられた)新しい「警世の書」である。  この書で著者たちは──新しく開発され,多量に作り出されて,現代生活に大いなる快適さをもたらしてくれると歓迎されてきた,多種多様な合成化学物質が,表面的にはヒトに害を与えるなどといったこととは全く関係なさそうに見えて(だから,長い間気付かれないままに放置されてきた),その実,母親の胎内で,やがて生まれてくるであろう胎児たちから,性的能力を摘みとり,あるいは奇形を生じさせるなどのように──「すぐには見えない」仕方ながら,人類の明日を奪ってしまう危険性があることを,鋭く警告する。これは,具体的で豊富な証拠を突きつけた上で鳴らされる「人間社会の明日」への警鐘なのである。                                   *
 この書ではまず,推理小説の手法さながらに,世界各地で動物たちの社会に引き起こされる「不可解な現象」の数々が報告されながら,物語が進行する。1950年代からのことである。  ・フロリダのハクトウワシの80%から,生殖能力が奪われている。 ・イギリスではカワウソが姿を消したために,伝統スポーツとして愛好されてきたカワウソ狩りができなくなった。 ・ミシガン湖でメスのミンクが子どもを生まなくなった。
・オンタリオ湖のセグロカモメのコロニーで,雛の80%が孵化する前に死んでいた。 ・フロリダのアポプカ湖では,アリゲーターの卵の大半が死滅していた。また,オスの大半のペニスが異常なほど萎縮していた。
・北極海の全域でアザラシの大量死が報じられた。
・地中海では,シマイルカの大量死があり,体内での高いPCB濃度が報告された。
・デンマークでは,ヒトの精子数の激減と精子の奇形が数多く発見された。等々。                       *
 こうしてようやく(そして,にわかに)PCBなどの化学物質の生体内での蓄積量に関心が高まっていくことになる。そして,そこで説得力をもって登場するのが,生物相互の間での「食物連鎖」に伴う,人工合成物質の生体内での残留蓄積量なのである。  摸式的にアメリカ五大湖(オンタリオ湖)を例にとり,食物連鎖におけるPCB量の生物体内(脂肪組織中)濃縮過程を見れば‥‥植物・動物プランクトン250倍〜500倍→アミ4万5000倍→キュウリウオ83万5000倍→マス280万倍→セグロカモメ2500万倍‥‥のように,合成化学物質の体内蓄積量は倍々ゲームの果てに,驚くべき濃度に達する。ヒトをこれらの連鎖の途中か末端に置いて見ると,事態は明明白白たるものとなる。ちなみにPCBは代表的な環境ホルモンの一種である。

 ところで周知のように,近年,いわば「遺伝子宿命論」とでもいうべき議論がかなり有力になってきている。人間の生後の行動,たとえば男女が出会って恋愛し,親がわが子を思って行う行為,あるいは近親婚をタブー視するようなすぐれて文化的なしきたりと思われることですらもが,実は遺伝子の命令によって(細かく言えば,遺伝子の延命に有利な方向に)動かされているにすぎない‥‥といった極めて説得的な論旨である。ヒトを含めて,あらゆる動植物の生涯は,連綿と子子孫孫へと連続的に世代が継続していくのに有利なように「先天的に」遺伝子によって条件付けられている。それこそが生物の生存理由なのだ‥‥とする。もともと超高分子化合物の集合体である「遺伝子」は,生物(動植物)の個体維持と種族維持のための「生存プログラム」なのだ。
                    *
 ところで,人は生まれるに先だって男女の性別が決定されるのではない。ヒトを含む哺乳類ではメスが基本の性である(なおトリでは,オスが基本の性である)。動物のオスの精子がメスの卵子に出会って受胎すると,まず,トリでは男性となり,ヒトでは女性となるべく運命づけられる。しかし生まれ出たあとで,それぞれの種で,男女比がほぼ同数になるという現実がある。そのからくりの秘密は,受精後の生命が胎内にあるとき,そこに微量ながら放出されるホルモンの働きで,胎児の半数が「別の性」に転換(分化)させられるのだ。胎内の微量のホルモン(女性ホルモン・エストロゲン,男性ホルモン・テストステロン)の働きかけが,出産時の男女の産み分けをコントロールする,という。〔女性の細胞にはX染色体が2つあるのに対し,男性の場合にはX染色体とY染色体が必ず1つずつある。そして性分化を決定するのはX染色体の数ではなく,Y染色体上の遺伝子である。〕「Y染色体の運命にとって決定的となる時期は,受精後7週間目あたりである。このころになると,染色体上の遺伝子が,卵巣にも精子にもなる生殖腺を,精巣へと分化させるのだ。」男性化への性分化のメッセージを送るのが,男性ホルモン・テストステロンである。こうして性分化は,身体内を含めた環境の条件に大きく左右される。そこで,性分化・性成熟の場である体内環境(胎内など)に「ホルモン様ではあるが,本来のホルモンではない」物質が侵入してくるとどうなるか。(遺伝子がすべてという先天的決定論は,性の分化という局面では,その正当性を失なう。)                      *
 かつて奇跡の薬と賞賛されて,流産の予防薬としてなど「快適な妊娠期を保障する」妊婦必携薬とされたDES(ジエチルスチルベストロール,合成エストロゲン)は,米国・中南米諸国で500万人もの妊婦に投与された。その後に,事実が判明したところでは,期待された何の薬理効果もなかったばかりか,「ほかならぬDESこそが,流産・早産・新生児の死亡の増加に拍車をかけていた」という。それは子宮内にある胎児がDESに暴露したことで起こった惨事だったのだ。なぜか?  困ったことに,ヒトの体が合成化学物質(DESなど)と真正のホルモンとを混同してしまうから起こったことだった。実際にDESの化学式の構造は天然のエストロゲンのそれとは全くちがうのに,ヒトの胎内で同じようにはたらいてしまうのだ。外見上は(化学構造式では)似ても似つかないDESとDDT(殺虫剤,DDTの開発者P.ミュラーはノーベル賞を受賞)とが,天然の女性ホルモン(エストロゲン)とよく似たふるまいをしてしまうのである。〔そこで,胎内で混同されてしまう,化学的なからくりの謎の,早急な解明が望まれるところではある。〕
                    *
 天然のエストロゲン類似物質は,体内で分解され,対外へと排泄される。「天然の植物エストロゲンは1日もあれば体外に排泄されてしまうが」一方の合成化学物質の大半は,なかなか分解されずに,ヒトや動物の体内に蓄積し,何年も残留し続ける。
 現在「人体の脂肪組織中には,少なくとも250種類の汚染化学物質が混入して」おり,そうした汚染物質は「母乳を介して,子どもに受け継がれている」という。
 その結果の現象として‥‥各種の調査によれば,全世界的規模で「ヒトの精子数が激減し続けて」おり,また同時に「精巣ガンや生殖器の奇形が激増」しているという事実が報告されている。「こうした異常がことごとく胎生期に生じた発達障害に起因する」とされる。まさに,人類の明日は危ういかな!というところである。
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 事態は急迫しており,打開策の実施は急を要するのに,世界各国の行政の腰は重い。いっぽう,有害汚染物質の原因と推定される,近代文明が生み出した物質,たとえば便利至極な各種のプラスティック類(プラスティック容器の成分が,熱湯で液体中に溶け出してしまう危険性が指摘される。そうした成分の多くは内分泌撹乱物質の一種である)など,その危険性は理解できても,急速には除去・廃絶できないという事情がある。化学物質などなかった時代にもどる(文明の未開だった時代に帰ろう)などということは,言うだけは簡単だが,現実には,不可能である。人は実際,享受してしまった文明の恩恵と離別することなど,そもそも不可能なのだ。いきなり廃絶するとなると,産業も各人の生活も,そうして社会全体の仕組みさえもが,もはや成立不能となってしまうのは,明白だからである。

 各種の対策が,国家的規模(そして世界的規模)で緊急に立案され,実行に移される必要がある。実効ある対策までには,しかし時間がかかる。すでに地球はかなりの程度に汚染されてしまっており,ヒトの体内での汚染物質の蓄積量は増加の一途をたどっている。  事態は急を告げている! 生活防衛上,個人でできることは限られている。しかし絶望するわけにはいかない。
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 この書に,読み手として欲張ったことを言えば‥‥,叙述は,文学的手法で読みやすくしようとした工夫が,かえって読む上でのさまたげになっているという趣きがある。しばしば,叙述は行きつもどりつし,推量の連続があり,しばしば冗慢ですらある。惜しいかな,と思う。

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『男の狂暴性はどこからきたか』ランガム/ピーターソン;三田出版会刊〔酔葉会:341回のテーマ本〕〇〇

 男たちが暴力をふるっている。家庭の中で女に,町や村で他の人に,宗教を異にする人たちに向かって,他民族の者たちに対して,あるいは隣の国に対して国境を侵しながら。世界中で,いまも男たちは,暴力をふるい続けている。
 いつでも暴力をふるいたがる男たち。この男どもの暴力をうながすものは,いったい何に由来するのだろうか。それについての有力な答えの一つが,本書の中にある。
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 やみくもに暴力に訴えるのは,人間の本性ともいうべきものだ,殺しは人間の戦争につきものであり,「人間以外の動物は殺し合いをしない」‥‥ごく最近まで,人びとはこのように信じていた。実際,近年までの動物行動学では,ダーウィンの自然選択説の流れの中で,「動物の行動は,進化の過程で種の利益になるように設計」されるので,動物の世界では「殺しをともなう暴力を排除する」ように自然選択される‥‥とした。「そもそもの起源がどうであれ,一般的に戦争は人類に固有な特徴の一つ」「つまり戦争は人間的な行為であり,自然の行為とは程遠いものだ」とされていた。

 アメリカの文化人類学者マーガレット・ミードの『サモアの思春期』(1928年刊)は,文化人類学の輝かしい古典であり,「社会科学の入門書として欠かせない教科書」とされてきた。23歳の若いミードが南太平洋に浮かぶ米領サモアのツツイラ島で過ごした9か月間。その間,現地人の少女たちから聞き取りしたおよそ3か月間の調査の成果が,この書にまとめられる。そこでミードは,人間の行動・性格などの「筋書きを書くのは,生まれよりも育ちだ」と主張する。たとえば少女たちの思春期の行動に関して,西洋の抑圧的なプロテスタント主義の影響に毒されていない(サモアのような)文化では,「罪の意識を感じる余地がない」ので,サモアの少女たちは,思春期を迎えて「性の相手を幅広く求めることに心の制約がない」し,「楽しく気ままな乱交が許されている」とした。サモアには「レイプはまったくみられない」。‥‥こうして,サモアのような「思春期のストレスがない文化」が存在することは「思春期のストレス」は「普遍的なもの」ではけっしてなくて,(西欧文化の中にあるがゆえの)「生まれつきのものではなく環境の産物であることの証し」となる。「思春期の若者を悩ませている心の動揺は,思春期そのものがもつ性質」などではなくて「文明社会」のせいなのだと導く。

 世間は,刊行後に爆発的な人気を呼んだこの書の序文にあることば「人間本来の性質とみなされているものの多くは,文明社会の規制に対する反応にすぎないのではないかという,人類学者の長年の疑問に確証を与えるものだ」を真実だと受け取ったのだ。 
 しかし,後になって「サモアの生活に関するミードの主張の多くはとんでもない誤りだったことがが判明」した。ミードはごく限られた調査データを,あまりにも一般化しすぎたのだ。レイプはサモアではごくふつうにおこっていたし,「サモアの思春期の非行の割合は,ほかの国となんら変わりがない」「強姦罪がサモア諸島の第三位の犯罪だった」。しかもサモアの文化は「伝統的に処女性をかなり重視する」という。「ミードが一般化したサモア社会の平和──戦いの神も戦争もなく,深刻な争いや憎悪や暴力もほとんどない,など──」はまったくの誤りだったし,「キリスト教が入ってくる以前にサモアで信仰されていた70あまりの神々のうち,半数が戦いの神だった。また島民の誰に聞いても,キリスト教以前には戦争が日常的におこっており,死傷者がでていた」。
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 「ヒトの暴力性が文化のみに由来する」という説が一般通念となっている事実の痛ましい例は,つぎの事例にも見い出すことができる。
 これは“暴力に関するセビリア宣言”として知られている,1987年にだされた著名な科学者20名による,ユネスコを代表してなされた宣言で「戦争は“ほかの動物にはみられない人間に特有の現象”で,“文化の産物”であると科学的に証明された奇妙な破壊的行動であり,“生物学的には,おもに言語面でわずかな関連があるにすぎない”という」ものであった。残念ながら「考え方が好ましいから正しい──といえない」好個の例である。
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 本当に(同じ種同士の間で)「戦争するのは人間だけではない」と断定できるのか? 然り! チンパンジーは同種間で(すなわちチンパンジーとチンパンジーの間で)殺し合いをする。むしろこう言ったほうがよい──「チンパンジーと人間にみられる同種間の殺しは,動物(4000種の哺乳類,あるいは1000万種以上もある動物)の原則からみて驚くべき例外である」。
 チンパンジーの社会では──メスは青年期になると(近親交配のリスクを減らすために)近隣の別の集団に移籍し,そこのオスと配偶関係を結ぶ。オスは遊動域を防衛し,相手を(隣接集団に侵入襲撃をしかけ,攻撃しやすい敵をみつけて)暴力で殺す。そこにあるのは「父系,つまりオスの結びつきに基づいた集団を形成」する「オスが結束した社会」「オス主導の激しいなわばり争いのシステム」がある社会である。人間の社会もまたこうしたチンパンジーの社会と同様な,オス主導の,父系のそれである。
 実際に「血縁の男たちがコミュニティを防衛するという制度は,人間の世界に共通する制度であり,時と場所にかかわらず確固たるパターンを確立している。」(ただし,チンパンジーと人間の環境の違いに応じて「メスの社会的関係という」点では「チンパンジーと人間とでは非常に異なる」。)ともかく,チンパンジーのオスと人間の男は,驚くべく似たパターンを示す。

 1984年,イェール大の二人の生物学者のDNA分析によって「人間は大型類人猿のグループのなかに位置づけられる」ことを示した。遺伝学の新しい知見によれば──「人間と類人猿が分岐したのは,これまで考えられていたよりもはるかに最近のことだ」。サルなどの仲間(霊長類)と類人猿(大型霊長類のうち尾のないグループであり,これに属するのは東南アジアの小型類人猿・テナガザルと4種の大型類人猿)やヒトの祖先とは「およそ2500万年前に分岐している」こともわかってきた。しかも遺伝子的に見ると,チンパンジーとゴリラの間よりチンパンジーとヒトの間の距離が近い(チンパンジーに近いのはゴリラではなく人間だ)ということまでわかってきた。およそ1300万年前にオランウータンがアフリカ類人猿より分岐し,その後にゴリラが分岐し,さらにその後,およそ490万年前(約500万年前)にチンパンジーと人類の祖先が分岐した。
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 動物の世界で「子殺し」は日常的におこなわれているという。たとえばゴリラの子殺しは,顕著な事実である。グループの外からやってきて,もとからいたグループのオスを排除してグループを乗っ取ったオスのゴリラは,そこにいた子どものゴリラを殺してしまう。それはライバルの遺伝子を排除するための行為であって,実際に,自分の子どもを殺されたメスはよそ者である子殺したオスにひきつけられて,交尾をし,新しく子を生み育てる。この「子殺し」をする種は,鳥類にも魚類にも昆虫類にもみられる。「哺乳類についていえば,囓歯類や霊長類にランダムにみられる。」さらにはるかにさかのぼること2億2000万年も前から,恐竜の子殺しの証拠が見つかるという。しかし,チンパンジーのメスは「できる限り多くのオスと交尾する。その結果,生まれた子どもたちは,すべてのオスにとって自分の子である可能性があるので,子どもに危害を加えることに強い抑制が生じる」。「ライオンの場合はメスが子を隠す。」このように,このように子殺しの実情やそれへの対抗策は,種ごとに異なりはする。しかし,ヒトやチンパンジー以外に「殺す相手を探すために意図的に隣のなわばりに侵入したという例はいまのところまったくない」。
                    *
 ところで,古来,人間の歴史は,戦争の歴史である,といえる。しかし,人間の遥かな過去にさかのぼっても,人間は好戦的な種だったのだろうか。そのことを傍証するためにとられる方法(文化人類学的手法)の一つが,いわゆる現代での「未開の民族」と称される人びとの社会を探索することであろう。
 そのための絶好の題材とみなれるのが,ヤノマモ族の社会である。ヤノマモ族は,「ベネズエラ南部からブラジル北部にかけてのアマゾン低地の森に暮らす,総勢2万人ほどの集団で」あり,「近代的な政治の影響から遮断されている」。ヤノマモ族の「村はそれぞれ森の中で孤立し,どことも隷属関係がなく,恒久的な同盟関係もなく」「外部からの束縛もない」。そして「ヤノマモ族は激烈な戦争をすることで有名である」。平均の人口が90人ほどの村の「全員が男性の家系をとおして血縁関係にある。」「男たちは生まれた村で一生をすごし,女たちは結婚前か結婚のときによその村に移住する。」時の経過をともに村の人口は増えて「人口が300人程度に達すると」血縁関係は薄れて「血縁としての結束が保てなくなる。」村全体はやがて「ほぼ男の縁戚関係に沿って分裂」するが,初めのうちは友好的である。ところが,何かのきっかけで村と村の間でトラブルが発生する。「きっかけは女をめぐる争いが一番多い」とはいうが,まず当事者どうしの決闘,それがエスカレートして(和解が成立しなければ)「それぞれの村の男たちが一団となって闘いをはじめる。」村と村との戦争の戦法の一つは「だまし討ち」であり,もう一つは「侵入襲撃」である。
 敵を殺した男や殺しを手伝った男は「ウノカイモウ」という清めの儀式を経て「ウノカイ」の称号を得る。そして称号の所持者は成人男子の40%にも達する。殺した者がいれば殺された者がいる道理で「マノマモ族の全男性の約30%が暴力で命を落としている。」「ウノカイは,世界中の戦争の英雄と同じように,社会で讃えられ見返りを受ける。」一夫多妻が認められているこの社会では「ウノカイはウノカイ以外の男にくらべて,妻の数が平均で2.5倍以上,子どもの数は3倍以上である。」

 ゴンベのチンパンジーの例では(集団の規模は,ヤノマモ族の村が4〜50人から300人くらいまで,チンパンジーの単位集団が20頭から110頭まで,という違いはあるが),「ヤノマモ族の戦争と同じように,チンパンジーの侵入襲撃でも,オスのサブグループが隣接集団のなわばりに意図的に侵入する。」そして「おとなのオスの約30%が攻撃にあって死んでいる。」(これはヤノマモ族の数値とほぼ同じである!)

 さて再びヒトについて──農耕以前の社会,すなわち狩猟採集民族について,世界各地の31の社会を対象とした「民族誌学的な調査によると,2年に1度戦争をしていたものが64%,それ以下が26%」で「ほとんどの狩猟採集民が定期的に,絶えまなくといえるほどの頻度で戦争をしていた」。ニューギニア高地の「フリ族では,成人男子の死因の19.5%が暴力である」し,「マエ・エンガ族とドゥグム・ダニ族では,戦死が成人男子の死因のそれぞれ25%,28.5%を占める。オーストリア・アボリジニのムルンギン族では28%である。」ヤノマモ族の居住地の南西部に住む先住民・ワオラニ族では「集落そうしの襲撃はだいたいが報復であり,復讐が復讐を呼んで流血の争いが際限なくつづいた」結果「ワオラニ族の暴力による死亡率は実に60%だった」という。(なおこれらの未開部族の社会の様式は近代化し世界からの圧力・影響で,古来の生活様式は急速に失われてきている。)
                   *
 かつて中南米に侵入したスペイン人たちは(わずかな兵力ながら)「メキシコのアステカ文明,ユカタン半島のマヤ文明,ペルーのインカ文明を略奪のうえ滅ぼした」(彼らが持ち込んだ細菌・疫病が猛威をふるったことは,よく知られている)。なお「彼らが滅ぼした文明自体も植民地主義的な帝国であり,スペインと似たような強欲で残酷な父権社会だった。」(スペインを含む西洋社会,いやもっと広く,日本をも含めた世界中のほとんどの近代社会は,「男性に都合のいい性差別があらゆるレベルで制度化されている」。さらに「イスラム教はキリスト教にお劣らず父権制的で,好戦的で,侵略的である。」)このように男たちが支配するヒトの社会での好戦的な父権制的な例は,それこそ際限がないようであるのだが──「メソポタミアの最古の記録をみると,父権制あるいは“深く根づいた父権制的なジェンダーの限定化”がはじまったのは有史以前のことらしい。」
                    *
 このようにみてくると「父権制はひとえに文化の産物であると信じる人たち」は多いし,またそのように信じたい気持ちは理解できないでもないのだが,「これに矛盾する証拠があまりにも多い。父権制は世界中のどこにでも,そして歴史上のどの時代にもみられるし,チンパンジーの社会生活にもその起源がみられる。それはこの制度を維持している男性(オス)の繁殖目的にかなっているからだ。」
 チンパンジーの社会では,オスのメスに対する攻撃(すなわち暴行)は,その生活の一部として,つねにくりかえし起こる。 
 そして「チンパンジーの暴行と人間の暴力には3つの類似点が」あり,(1)圧倒的にオスのメスに対する暴力であり,(2)縁故関係の暴力である。(オスのチンパンジーが暴力を加える相手は同じ集団に」所属するメスで,ふつうは長年の知りあいである。(3)メスのチンパンジーに対する暴行も,人間の暴行と同じように,「きっかけは表面的なことでる場合が多いが,その根底には支配やコントロールの問題がある。」

 人はいつでも自分が属する「集団のメンバーを好み,外部の人間に対して攻撃的になる。われわれはみな,こうした偏向を嫌っている。人種主義,性差別主義,自民族中心主義など,あらゆる主義(イズム)につながるからだ。だがわれわれはみな,ぞっとするほど簡単に偏向のえじきになる。」敵は倒せ!であり,味方は“死して後已む”ほどに守るべきものとされる。それが“正義”の正体である。「ホロコースト(ユダヤ人大虐殺),ボーア人のブッシュマン狩り,ボスニアの民族浄化。」(第2次世界大戦の際,わが日本の政府や軍部は“鬼畜米英”に対して“天に代わりて不義を討つ”と叫び,大半の国民もそれを信じた!)実際「集団への忠誠心を基盤にした倫理が進化の歴史のなかで成功をおさめたのは,集団をより攻撃的にする効果があったからなのだ。」
                    *
 以上に述べたことは,認めたくないが,暗い事実なのだ。このような話題のなかに,一条の光のようにさしこんでくるのが,いわば小型のチンパンジー,ピグミー・チンパンジー(ボノボ)の社会の発見(シュワルツ,1928年)である。
 ボノボは中央アフリカの内部,流域面積で世界第2の大河ザイール川が北側に巨大に湾曲するその南部の,赤道直下の森に住む。およそ490万年前にヒトと共通の祖先から分岐したチンパンジー(とボノボの祖先),そして,ボノボはチンパンジーとの共通の祖先から,150万年から300万年前に分岐したという。
 「ボノボには,力ずくの交尾も,おとなのメスに対する暴行も,子殺しもまったくみられない。ボノボの集団はオスの血縁で形成され,他のオスに対してなわばりを防衛する。しかし,チンパンジーの社会で,それぞれのオスがメスを支配するのとは違って,ボノボの社会では,メスとオスは対等である。(1位のメスと1位のオスは同等であり,最劣位のメスと最劣位のオスとは同等である。)ボノボの息子たちは母親と密着しており,生涯をとおして同じパーティーにいる。「ボノボのメスどうしには,オスどうしにはみられないような協力関係がある。オスとメスの関係でもっとも緊密なものは母・息子関係であり,母親が助けを求めればほかのメスたちがこれに応える。」そして「メスたちをたがいに信頼できる支援者として結びつけているものは」「血縁関係ではなく経験である。」
 「チンパンジーのオスはトップの座を得るために激しく闘い,危険をおかすが,ボノボではそうではない」。「チンパンジーのオスは同盟を結ぶ」が「ボノボのオスは同盟を結ばない」。ボノボの「オスどうしの攻撃はおだやかで,順位争いが少なく,同盟を結んで政治的に有利な立場を得ようとすることもない」。「オスにとってメスの排卵期は決定的な交尾の時期であり,当然のことながらほかのオスの交尾えお妨害しなければならない時期だ。チンパンジーは」「この時期には激しく交尾を争う。」しかしボノボのオス「どのオスがメスと交尾するかということに,ほとんど関心がない。」その理由は「チンパンジーの場合,排卵期が近づくと特有のにおいがするのでオスにはそれとわかるのだが,ボノボのメス」にはこのにおいがない」ので「メスが排卵期かどうか,オスにはわからない」ことにあるらしい。
 ボノボの性行為の目的は「赤ん坊をつくる」ことのほかに「性を友人をつくる手段として使う」し,「誰かが緊張しているとき,それをなだめるためにも使う。」(メスおどうしの性器こすり・ホカホカなどで),また「攻撃行動のあとの仲直りのためにも使う。」性行為は,種族維持のためだけではなく,お互いの融和のため,コミュニケーションの媒体としても使われるのだ。

 なぜこのようなことが可能になったのか。ボノボが食べる食物は(チンパンジーが食べる)果実と(ゴリラが食べる)繊維性の食物が含まれる。そのうち,ボノボの食事にはゴリラが食べる繊維性の食物がかなりの量を占めている。それらの食物とは「林床に生える草本の若い葉や茎だ」し,「こうした草はどこにでもあるので,集団のほかのメンバーがいても食べる分が減ってしまうことはほとんどない。」
 そして,決定的なことは(ザイール川の北側の広い地域に分布する)チンパンジーの近くにはゴリラがいるが)ボノボの住む地域にはゴリラいない! 大昔にこの地域に住んでいたゴリラ(の祖先)は,「およそ250万年前の寒冷な乾燥期にアフリカの森林が大きく後退したとき,湿った森の草に重度に依存しているゴリラも森と一緒に後退せざるをえなかったのではないか」。(ザイール川の右岸では,東と西の山岳地帯に後退できたのに,左岸は低地のザイール盆地で,後退すべき山がない。)「ザイール川の南側では,ゴリラが食べる食物は“一時的に”ゴリラは“永久に”姿を消した。」そしてチンパンジーの祖先たちは,サバンナのなかに残った川辺の林の果実を食べるなどして,250万年前のきびしい1万年の旱魃期をザイール川の南側で生きのびてきた。長い旱魃期は終わり,南の森はよみがえった。そこに出現したのは,「植物相はほとんど以前のままで,ゴリラのいない森だった」!「南側のチンパンジーは,かつてはゴリラが食物源としていた豊富な草を利用できるようになったのだ。」「南のチンパンジーたちはニッチを広げ,果実が不足する季節をうまく乗り切り,より安定したパーティで移動することができるようになった。安定したパーティが可能」になって,かれらはボノボになったのだった。「そして安定したパーティがメスの力を生みだした。」
 「気候の変化は進化を加速し,進化を余儀なくする」。「深刻な旱魃がアフリカの類人猿に大きな圧力をかけて,2つの新種を,つまりサバンナではヒトを,森林ではボノボを生みだした──これはかなりの可能性がある。」
                    *
 男の暴力の渕源についての長い探索の後に「祖国を愛し防衛することで,一般に非常な美徳であるとされている」パトリオティズム(愛国心)について,それは「人間が得意とし,チンパンジーやボノボも享受している“オスによる集団の防衛”にほかならない」と断定する。そして「オスの集団としての暴力性は根源的なもの」だし,「結局のところ,ボノボのメスがオスとの平等性を獲得することに成功していること自体,オスの連合関係や血縁関係からでてきた問題に対処するための方策であるからだ」と導く。 
 「多くの霊長類(たとえばアカゲザルやキイロヒヒなど)は,メスが自分の生まれた群れ(トゥループ)にとどまり,その群れで子を生み,その群れで死ぬ。こうした種においては,母系集団のなわばりを防衛すること(母系の愛国心・マトリオティズム)が根本原理となっている。これらのサルが隣接の群れと闘う際にはメスが主導権をもち」「群れの運命に身を捧げる気質を生まれながらにもっているのはメスだけ」であり,「オスはあくまでも臨時の戦闘要員で,多大な危険をおかしたがらない傭兵」にすぎない。
 「ボノボの場合はメスが連合することで,オスが支配するチンパンジーのシステムからオスとメスが権力を共有するシステムに移行した。」そして「かつては喜ばしくない父権制だった社会が,オスとメスが対等でかなりの寛容さをもつ魅力的な世界に変わった」のだった。
 これに対して,ヒトの場合,メスはメスどうしの信頼関係を結べずに,効果的な同盟を形成できず,自分を保護してくれそおおおうなオスに弱くなる。「きっかけをつかんだオスは,ほかのオスと連合してメスを所有し,防衛する。そして父権制社会への道を歩みはじめるる。」ヒトの社会では,オスの「パトリオティズムが攻撃性を生みだすのだ。」
                    *
 「旧来の人間社会では,政治権力が個人化されていた。」この「個人化にかわるものは制度化である。」(それは法と制度によって支配される社会のことだ。)そして「数ある政治制度の様式のなかで,もっとも脱個人化している制度とはもっとも民主化している制度である。」さらに「真の民主主義制度においては,政治権力の究極の源は投票箱である。そして投票箱こそ,現実の世界にいる女性がもっとも効果的に集結して(ボノボのメスのやり方にならって!)男の利益でつくられたわなから逃れることのできる道である。」(‥‥と,このように結論はまことに奇をてらわない,平凡な形とはなったが,これが「良識」といわれるものであろう!)
                    *
 こうして,内容豊富で示唆に富む大著の紹介を終える。心地よく読み進み得たのは,原著の見事さも当然ながら,“訳者(山下篤子)の力量によるところが大きかった”というのが実感である。(多謝!!)

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『遊女の文化史』佐伯順子;中央公論社刊〔酔葉会:340回のテーマ本〕△

 本書は日本「文学にあらわれた遊女像の歴史」についての通史的デッサン(素描)とでも称すべき研究書である。そして,著者の執筆の意図は,序章(序文)に,さらに明快に巻末のAbstract(英文での要約)によく現れている(ここで英語で表現される「遊女」はcourtesans,すなわち貴人・金持や王侯貴族相手の高級売春婦である)。
 古代の日本では,遊女はいわば「共有される性」の主体でありつつ,文化の担い手であり,しばしば神の聖なる属性を身にまとっていた(たとえば「巫女」の存在)。(あこがれの存在としての)遊女像は,多くの歴史書・資料や伝承の中にさまざまな形を伴って現れてきた。古代から中世・近世さらには現代へと時代の変遷につれて,当然に表現の形は多様に変わってはきたが,心と身体の両面での,男と女の交わり合いこそが物語(文学)の中心テーマであり続けた事実とあいまって,「遊女」の像はその本来的に帯びる悲劇性が純化されて,取り上げられてきた(本書で言及される史料は,記紀・万葉集,草子類,古歴史伝承史料類,古近や新古今などの和歌集,近松の心中物,能・謡曲,等々,広範囲に及ぶ)。
 たとえば「和泉式部や小野小町にまつわる伝説では,遊女としての聖なる性格が描かれ」「公認された界隈の史的な変遷に伴って,遊女たちはさまざまな名称で呼ばれるのだが,最上位のクラスである大夫は,江戸時代から,しばしば理想的な女性像として描かれてきた」。そして,従来の男性中心からの見方――「文化」の担い手(教養の体現者)としての男と「子を生む」自然(野性)に属する(無教養者としての)女――といった見方は断じて誤りである,と主張するかのようである。
 「遊女」は非劇的生を営みつつも,まことに美しくも尊ぶべき存在であった,と著者は主張したいのだ。しかし読者としては,そうした著者の遊女への,というより「遊女像」への賛歌を,額面通りに受け取るわけにはいかない。
 遊女の聖性とか文化的存在とか言ってみても,その共有される性は,あくまでも「男」の側からのそれであり,「男どもに共有される」がゆえの根無し草的な非劇的生を生き抜いてきたという,古来から現代に至るまで変わらない事実がある。美的あるいは聖的側面を強調する反面で,遊女の(ことに惣嫁では)非劇的な(端的には,多くの場合に悲惨な)現実の側面に目を塞いでよいということにはならない。美的・聖的側面は,あくまでも現実での表層的部面に過ぎないのである。荷風や川端や吉行の小説などで,遊廓や温泉宿に(わが心の癒しを求めるなどで)通う男のオンリーになりたい(いわゆる,世間・娑婆で身を固めたい)と遊女が思い詰め始めるその時に,気配にたじろいだ男たちが足を洗って(身を引いて)去っていく‥‥といったおきまりのパターン。そうした情景のなかに人間の真実があることは確かだとはしても,その男たちの身勝手さを肯定してよいことにはならない。そうした男女間の心の綾を美化することは,もちろんありえても,遊女の側の願いに冷淡であることが許されてよいわけがない。(この著書ではそういった配慮がほとんど見られない。)そうした男女間の関係に「いき」を認め,「現地で添い遂げぬまま他界へ飛翔してほしい,そして永遠の憧れの女性となってほしい」との男の無意識の願望は「文学的」表現の格好の題材たりえても,それが倫理的に肯定されてよいことにはならない。
 遊廓における太夫以下の多層化された階級は,いわば男性優位の現実社会の階級と対応するものであって,(どんな社会の形態の中にもそれなりの文化が見い出せるように)そうした遊里に花咲く文化は,やはり特殊化された文化といわねばならない。
 日本文化史のある側面について,大いに勉強させられたが,もっと対象へのやさしさ(生き様への同情)がほしかった,というのが,心残りする読後感である。
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 テーマに関連しての感想を一つ――日本の古い時代には(そして土地柄によってはかなり近年まで)男女間の性の交わりは,現代のそれとはちがって,ごく大らかだったのではないか,より古い時代での混交・群居の習性の名残をとどめて。

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