悪性リンパ腫の脳病変には全身性リンパ腫によるものと原発性リンパ腫によるものがある。前者は全身性リンパ腫の約10%に見られ、転移のほか感染症、血管障害、末梢神経障害などが含まれる(1)。Hodgkin病の脳実質への転移は約0.5%と稀であるが、非Hodgkin病では15%と多い(1)。脳外科領域で問題となるのは、原発性のものがほとんどである(2)。これまで稀とされてきた脳原発性悪性リンパ腫は近年増加傾向にあり(2)、注目を浴びている。予後においては、化学療法等により長期生存も可能となっている全身性の悪性リンパ腫(3)に比較し、その治療方法が未だ定まった方法は無く、非常に予後の悪い疾患である。当科においてこれまでに経験した頭蓋内悪性リンパ腫6例について文献的考察を加え報告する。
2.症例
1982年から1992年までの10年間に我々の経験した頭蓋内悪性リンパ腫は男性1例、女性5例の計6例である。年齢は40歳台1例、50歳台2例、60歳台2例、70歳台1例であった。全例手術摘出標本によって確定診断された。全身性悪性リンパ腫の転移と診断された症例は無かったが、1例は眼瞼腫瘍からの脳内浸潤と考えられた。また1例については第1回目の摘出標本によって悪性神経膠芽腫の診断であったがその後再発時の摘出標本及び第1回目の標本の再検討により悪性リンパ腫の診断となった。
CTでの局在は全例大脳半球〜脳正中構造の付近に含まれていた。また単純CTでは境界はやや不明瞭で全例低〜等吸収域を示し、造影CTでは著明な造影効果を認めた。
組織所見は検索された4例でnon-Hodgkin,B-cell typeであった。図5に代表的な病理組織所見を示した。
図5
図1
図2
図3
図4
3.考案
これまで稀とされてきた脳原発性悪性リンパ腫は近年その発生率が増加傾向にあり、全頭蓋内腫瘍の1-2%、全身性の悪性リンパ腫の0.7-1.7%をしめる。Wiscott-Aldrich症候群等の先天性免疫不全の患者に発生することが多いが、増加の原因には臓器移植後の免疫抑制剤投与中の患者、AIDS等の後天性免疫不全患者の増加だけではなく、免疫能の正常な人々における発生頻度の増加が関与しているという(4)。我々の経験した症例では免疫不全状態の患者は認められなかった。リンパ組織の無い脳にどのようにして悪性リンパ腫が発生するかは不明であり、現在二つの推論がある(1)。脳への先行感染の後反応性にリンパ球が浸潤し腫瘍化するという説と、脳血管関門のために免疫学的監視機構が及び難く同時に免疫学的排除も起こりがたいため、中枢神経系以外で発癌した細胞が頭蓋内に入って増殖し、他臓器では排除されてしまったと言う説である。
組織学的には脳原発性悪性リンパ腫は全身性悪性リンパ腫の分類に応じて、日本国内ではLymphoma-leukemia Study Group of Japan(LSG)分類が一般的に使われており、国際的にはWorking Formulation for Clinical Usage (WF)分類が使用されている(5)。脳原発性悪性リンパ腫は組織学的にはほとんど全てがnon-Hodgkinリンパ腫で、LSG分類のdiffuse typeと考えられており、中でもlarge cell type が最も多く以下medium,mixedと続いている(5)。免疫組織学的には複数の抗原に対する抗体を用いて診断されているが、多くはB-cell typeであり、T-cell typeのものも稀に認められるが、これは髄膜浸潤例が多いとされ、progressiveで治療困難な例であると言われている(5)。
さて脳原発性悪性リンパ腫の治療については、腫瘍が多発性であったり、脳内深部に浸潤しCT等の画像診断上よりも病変の広がりが大きいため、その成績は非常に悪く、無治療での平均余命は約1-3カ月、手術療法のみで4-5.5カ月と言われている(2)。現在治療法について様々な試みがなされているが、外科的治療の場合、前述したように多発性であることが多くかつ浸潤性に広がるため摘出は困難であり、定位的脳手術による生検が重要である(10)。確定診断後放射線療法に化学療法、あるいはステロイド療法を組み合せることによって劇的に寛解し、ghost tumorともよばれるが、再発すると治療は困難となる。
特に化学療法では以前よりACNU, vincristineなどが使用されてきたが全身の悪性リンパ腫でおこなわれる様な多剤併用療法はおこなわれていなかった。しかし最近では全身性悪性リンパ腫と同様の治療法を試みる報告が多くなってきた(7)。VENP, VEMP、VEPA、CHOP等が代表的であり(3)、特に我が国ではCHOPを有効とする報告もあるものの(4,6)特定の治療法はまだ確定されていない(7)。methotrexate,Ara Cの有効性について述べるものもいる。脳血管関門を通りにくいという問題もあり、動注、髄注なども試みられている。予後の悪さを考えれば全身性の場合と同様に強力な化学療法を行う必要があると思われる。単剤使用としては従来よりステロイド投与があり、投与例の20-40%の例で寛解が得られるといわれ、80%の例で反応を示し、投与後数時間でCT上の変化が見られるという報告があり(8) 、その腫瘍陰影縮小効果については腫瘍細胞自体の殺傷、一次的抑制、造影剤に対する反応性の変化などが考えられているが明らかではない。また症状の改善については腫瘍細胞に対する直接作用に加えて、浮腫の軽減などの脳の二次的変化の改善が考えられている。しかしながら寛解期間は短くステロイド投与終了後数週から数か月後にCT上再発を見ることが多く、再発するとステロイドには抵抗性となる。
我々はこれまでは悪性脳腫瘍に対して行われてきたRAFP療法(9)を行ってきたが一応の効果があり、少数例ではあるが、かなりよい治療効果を得てきたが、その治療には限界があり、最近ではCHOP療法など全身の悪性リンパ腫の治療に準じた治療を積極的にとりいれていこうと考えている。再発例においても我々の例では積極的に治療することにより一応の寛解が得られた症例があり、可能なあらゆる治療を行うことが重要と考える。末期においては、CT上の再発の所見を認める前に徐々に進む意識障害があり、再発と放射線壊死の鑑別が困難であった。大量の放射線をかけていることもあり、放射線壊死の要素も加わっている可能性も考えられる。我々の症例では結果的に最大限以上の照射をおこなっており、原疾患の悪性度を考えればやむを得ないが、ある程度まで照射量をおさえて化学療法の方を強力に行う必要があると思われる。寛解期における維持療法については、死亡した5例については、おこなっていないが、今後は試みる必要もあると考えられる。
4.文献
1)松本禎之 ,今井輝国 : リンパ腫の神経合併症, 神経内科 34 : 134-143, 1991
2)早川 徹 : 脳原発悪性リンパ腫, Annual Review 神経1992 : 160-167, 1992
3)溝口秀昭 ,斎藤博 : Non-Hodgkinリンパ腫の化学療法, 内科 68 : 274-278, 1991
4)Hochberg FH ,Miller DC : Primary central nervous system lymphoma, J Neurosurg 68 : 835-853, 1988
5)有田憲生, 平賀章壽 ,早川徹 : 脳腫瘍の組織診断アトラス、(16)Malignant lymphoma, 脳神経外科 19 : 401-406, 1991
6)Murray K, Kun L ,Cox J : Primary malignant lymphoma of the central nervous system, J Neurosurg 65 : 600-607, 1986
7) 東北脳腫瘍懇話会(編): 第22回東北脳腫瘍懇話会誌、特集 頭蓋内悪性リンパ腫, 1989
8)Hochberg FH, Loeffler JS ,Prados M : The therapy of primary brain lymphoma, J Neurooncol 10 : 191-201, 1991
9)鈴木二郎 : グリオーマのすべて, ニューロン社, 東京 1988
10)Kanavaros P, Mikol J, Nemeth J, et al.: Stereotactic biopsy diagnosis of primary non-Hodgkin's lymphoma of the central nervous system. Path Res Pract 186:459-466, 1990
図6
図7
図8
図9
図10