不思議な主のわざに
(瀬棚フォルケの機関紙に書いたもの)

武 義和

 人生はいつも不思議で満ちていますが、私たち家族のノルウエーでの生活も、まさに不思議な不思議な神様の導きだったとしか言いようがありません。97年夏から一年間、ノルウエー最大の湖ミョーサのほとりにある、ヴィーケン・フォルケホイスコーレという音楽のフォルケホイスコーレで生活をしてきました。たくさんの人に支えられて、それは今考えると夢のような1年でした。

Viken
パンづくり(ヴィーケンにて)

 職員の住宅を与えられ、特別に、学費、食費などは奨学金で、すべて無料にしていただきました。1年間妻は国営のノルウエー語学校へ、2人の子供は公立の小学校、下の娘はヴィーケンが持っている幼稚園に通いましたが、各々にとても楽しい1年だったようです。

 フォルケの中の私の立場は、生徒と教師が半々というところでしょうか。週5時間だけ授業も持ちました。言葉では最後まで苦労しましたが、それでも若い北欧の仲間たちと年齢や民族の違いを忘れて、私も家族もフォルケの生活を十分楽しみました。

 80以上あるノルウエーのフォルケホイスコーレの中でも、キリスト教で、しかも音楽のコースしか持たないフォルケはここヴィーケンだけです。生徒数は96人、海外からは私を入れて7人。年齢は19歳20歳がほとんどで、さすがに私のように40歳を超えているおじさん生徒は珍しいようです。面白いことに教師を全部含めても、私は高齢のほうから2人目でした。校長は1歳年下のオドバル・ハンセン。クラシックの声楽が専門ですが、ユーモアたっぷりで心の広い人です。生徒は、何か楽器ができることが入学の条件です。音楽の種類はクラシックだけではなく、ロック、ジャズ、そしてノルウエーの民族音楽に至るまで幅広く、それぞれが共存しているのが印象的で、その演奏レベルの高さには驚かされました。

 ヴィーケンの他にも10校以上色々なフォルケを回りましたが、各々に多様なコースを持ち、特徴があって面白かったです。私の感じたフォルケホイスコーレとは、(なかなか一口には言えないのですが、あえて言えば)出会いと学びと休息と、そして遊びの場所という4つの顔を持っているように思いました。

 今、山形の雪深い村に戻り、是永さんご夫妻というふさわしいスタッフを与えられ、小国フォルケホイスコーレという名で、小さな小さな、若ものたちの場所を作り始めようとしています。私たちのめざすものは、静かな大自然の中での音楽、農業、そしてゆったりとした生活。若者たちが自分探しをしたり、ゆっくりと人生を考えるような場所。また、学校や社会、家庭で疲れてしまった子供たちの、元気を取り戻す場所になっていったら、とも考えています。

 形の上では、北欧のフォルケとはずいぶんかけ離れたものになるでしょうが、中心にある信仰と精神、そして、出会いと学びと休息と遊びの場、という点においては、あい通じるものがあると信じたいです。

 まだ幻と夢ばかりで目に見えるものは何一つありません。私たちには瀬棚フォルケのように広い土地もありませんし、経済的にもほとんどを募金に頼らざるを得ません。まだ何もないわが家からの風景を見ていると、時折、本当に私たちにできるのだろうかと、行く手の遠さと不安で胸にいっぱいになります。しかし、そういった不安や心配もすべて主にお委ねして、歩み始めたいと思います。どうかこの私たちの小さな歩みも覚えて、お祈りください。

 2000年春のスタートを予定しています。もしこの幻がみ心ならば、瀬棚フォルケと同じように、不思議な神のわざがここにも現われると信じています。