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ちょっと日本史のおさらいをしよう。 江戸時代、鎖国中の日本で独特の文化が育っていった中に、『和算』といわれるこれもまた西洋の影響をうけない日本独自の数学が生まれ、そしてその和算を確立したのが、関孝和という人物であった。このことは教科書にも載っている。 |
この関孝和、なんと上里町のほんの川向こう上州藤岡の出身で、この上里にはその関流和算の流れをくむ和算家とその門人たちがたくさんいたのである。これはさすがに社会の先生も御存じあるまい。へっへっへ。
そしてその和算家たちのなかでとくに埼玉県北部の算学の発展に功績があったのが
●今井兼庭(西金久保出身)
●吉沢恭周(勅使河原・原出身)
●安原千方(勅使河原・勝場出身)
の3人であったらしいのだ。
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問1 、、、ええとつまり、 『図のように辺の長さの違う三角形に内接しかつそれぞれに外接する3つの円がある。この各円の直径を求めよ』 ということらしい。 |
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問2 『図のように長方形に内接する円がある。それぞれ元円、亨円、利円、貞円、とする。さて、利円の直径は?』 ということらしい。 |
我々が授業で数学を習う時、公式だの定理だのは、それをすでにそうあるものとして使用し、手段として問題を解くが、そのおおもとの公式、定理を見つけた人がいるのである。(そりゃ当然だ。) 上記のような問題を出しあって考え、悩みぬいた末、ついに答えを得る。そして、その考えの糸口、答えの出し方などが<術>として師匠から門人にいいつたえられていったらしい。 ![]() 安原千方が師匠から受けた算学の免許3軸。これぞ免許皆伝。関流の文字が見える。 ちなみに、問1は1803年にイタリアの学者が解いたらしいのだが、記録によると今井兼庭はそれよりももっと早い時期にすでに解きあかしてしまっている。 ほおおおお! |