東海道全線電化50周年(Y.Kさん作)

(架線柱建植年月による確認と高校修学旅行の回想)

この一連のページは「鉄道で行く旅」の管理人がY.K氏に自作の発表場所を提供するものであり、テキスト及び画像に関する著作権は作者であるY.K氏に帰属します。
Y.K氏が参考にされた資料:(1)東海道線130年の歩み 吉川文夫著 グランプリ出版・2002年6月刊、(2)鉄道ピクトリアル2004年9月号「東海道本線今昔」


経緯:2006年11月の東海道線全線電化50周年を前にし、1957年3月の高校修学旅行の出発前に「電気機関車は蒸気機関車と違い、発車後すぐ速くなるから、ホームでのんびりしないように」という先生の忠告を思い出すとともに、その旅行で初めて見た浜名湖、駿河湾、 富士山や蒲原の日本軽金属の鉄管路等の記憶をたどり、それに加えて、その頃に習ったと思う「太平記」の東下りの一節「興津・蒲原うち過ぎて、富士の高嶺を見たまへば・・・」の五七調の名文を思い出しながら、大阪から東京まで東海道本線の在来線による途中下車の旅を計画した。
勿論主目的は何箇所かで残っているはずの電化開業区間毎の電化当時の架線柱を捜し求めることである。更には少し欲張り、旧東海道の宿場、文学、富士山に関連する場所も訪ねて、2006年8月に5日間(大津〜大阪間は別途)青春18切符を利用した探訪の旅を実施した。
(1日目:大阪→笠寺→大阪、2日目:大阪→金谷→大阪、3日目:大阪→富士→富士宮(泊)、4日目:富士宮→芝川→富士→大森(泊)、5日目:大森→東京→国府津→御殿場→沼津→大阪)

注:架線柱の建植場所は行程の都合もあり、原則としてホーム上で撮影できるところとし、かつ上りホームを優先的に捜した。

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