第38回京の郷土芸能まつり


  
念仏六斎

 六斎念仏には、古い形式を残す念仏六斎と、歌舞音曲を取り入れた芸能六斎の2種類がある。
イベントの冒頭は、その前者である念仏六斎の2団体が演目を披露した。プログラム2番目の西方寺六斎念仏保存会の「つるみ(そうれん太鼓)」は、私が何となく抱いていた念仏六斎のイメージに近いものだった。
 もう一方の、プログラム1番目の上鳥羽橋上鉦講中の焼香太鼓は和讃(声明<しょうみょう>の一種)を唱えながら太鼓を打つもので、言葉を変えると導師(リーダー)を中心としたユニゾン・コーラスである。西洋音楽とは違って伴奏楽器(鉦や太鼓)はリズムの補助とか、合いの手(リフ)のような感じで演奏される。
音楽家みつとみ俊郎氏の著書に「指揮者(自らは演奏しないで指揮に専念する人)を持たずに全員が曖昧な拍の感覚の中で見事に調和して同じフレーズを歌うことこそが日本の音楽の本質なのである」と書かれていたことを思い出した。


芸能六斎・四ツ太鼓の競演(中堂寺六斎会・千本六斎会<写真>・久世六斎念仏保存会・吉祥院六斎念仏保存会)

 プログラムの3番目以降は全て芸能六斎の団体の演目で、今回公演した10団体のうち8団体が芸能六斎の団体だった。芸能六斎は私のような初心者でも十二分に楽しめる内容であった。この公演を見るまでは抹香の香りがする演目を想像していたのだけれど、実際には宗教色の薄い演目がほとんどだった。おそらく、各団体はその調整に苦心されたのではないかと思うが、演目全体のバリエーションの豊富さにも圧倒された。

 四ツ太鼓の競演披露の後、小山郷六斎念仏保存会、久世六斎念仏保存会、千本六斎会、中堂寺六斎会、梅津六斎保存会、吉祥院六斎念仏保存会、嵯峨野六斎念仏保存会、壬生六斎念仏講中の順に演目が披露された。歌舞伎、能、長唄、獅子舞の曲芸などを六斎化した演目などが、全プログラム2時間40分休憩なしの、ぶっ通し(予定では2時間30分)で演じられたが、内容が面白いため長時間に感じなかった。


千本六斎会「引抜手踊りさらし」

 写真は千本六斎会の「引抜手踊りさらし」だが、これは、たいへん華やかな演目だった。演者二人の衣装の上下の色合いも美しい。この「さらし」は長唄の越後獅子(邦楽舞踊)を六斎化したものと思われる。


千本六斎会「祇園囃子(雀踊り)」

 千本六斎会の祇園囃子の途中で「雀踊り」の4人が入ってくる。千本六斎会によると「江戸時代に歌舞伎の舞台で踊られていた風流踊りが取り込まれたのではないかといわれており、京の六斎念仏の中でも珍しい演目とされている」とのこと。ユーモラスな踊りのように感じた。


参考情報:引接寺(いんじょうじ)<千本閻魔堂(せんぼん えんまどう)>と千本六斎会

 千本六斎会は、昭和58年1月に国の重要無形民俗文化財に指定された伝統芸能「京都の六斎念仏」のうち西陣西北部の千本ゑんま前界隈で伝えられる芸能系六斎念仏の継承保存団体です。
 千本六斎会や六斎念仏に関する詳しい情報は重要無形民俗文化財「京都の六斎念仏」千本六斎会紹介サイトをご覧ください。

 「千本閻魔堂」の名で親しまれている高野山真言宗引接寺の所在地は閻魔前町です。
京都式?では「京都市上京区千本通蘆山寺上ル閻魔前町あるいは京都市上京区千本鞍馬口下ル閻魔前町」などです。普段は使われない正式住所は京都市上京区閻魔前町34です。


琵琶湖疏水(第二疏水)関西電力夷川発電所付近

 公演が終わり、京都会館から琵琶湖疏水沿いを京阪丸太町駅(2008年に神宮丸太町駅に改称)まで歩いた。途中、京都の近代化に大きく寄与した琵琶湖疏水の近代遺産を久しぶりに眺めた。明治時代の建築だが、赤いレンガがいい感じで街並みに溶け込んでいる。その夷川発電所の奥に大文字山が見えた。「大文字・五山送り火」は六斎念仏とともに盂蘭盆会の伝統行事として保存継承されている。(注:六斎念仏は元々は毎月 8、14、15、23、29、30の六斎日の行事だったが、今は一般への公開は盂蘭盆会<うらぼんえ>前後の8月が中心になっている)

♪左手(ゆんで)の書(ふみ)にうなずきつ 夕(ゆうべ)の風に吟ずれば
砕けて飛べる白雲の 空には高し如意ケ嶽

(注:実際には如意ケ嶽<如意ヶ岳>は大文字山の奥に連なる山なので市街地からは見えない。)

大集合!京都の六斎念仏 おわり