1970年6月のある日の撮影記録



1970年に初めてカラーフィルムで撮影した日の一コマ。天王寺駅で撮影した南海の凸電である。
カラーフィルムが退色して、まるで明治時代の着色写真のようになっている。


大阪の千里丘陵で万国博覧会が開かれた1970年にカメラ用カラーフィルムの普及率は40%に
達していたが、プリント代はまだまだモノクロの6〜7倍の価格であった。

それでも、その頃は、テレビも写真もカラーの時代を迎えており(笑)、テレビのカラー放送には
カラー放送であることを示す、ブラウン管(!)上の「カラー」の文字が目立つようになっていた。
その頃のカラーテレビには愛称があり、ポンパ号や飛行船を使って派手な宣伝を展開したキドカラー(日立)、
「太田幸司です。パナカラーで見ませんか!」のパナカラー(松下電器<現在のパナソニック>)、ユニカラー(東芝)、
ネオカラー(三菱)、サンカラー(三洋)、ハイカラー(シャープ)、オートカラー(NEC)、
グレートカラー(ゼネラル)、ブブカラー(ダイエー)などがあったと記憶している。

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