誰か故郷を想はざる/寺山修司


●寺山修司
1936年(昭和11年)青森県生まれ。早稲田大学中退。昭和42年(1967年)演劇実験室「天井桟敷」を設立。演劇・映画・詩・評論など意欲的に活動。1983年(昭和58年)敗血症により47歳で死去。

●誰か故郷を想はざる
西条八十作詞、古賀政男作曲による歌謡曲。この歌謡曲が寺山の愛唱歌であったことから自叙伝の表題になった。



★「誰か故郷を想はざる/寺山修司」から
私と母とは青森市の浦町の駅の裏の下宿屋の二階で暮していた。私は「誰か故郷を想はざる」という歌が好きで、よくそれを歌った。

「花摘む野辺に日は落ちて
みんなで肩を組みながら
歌をうたった帰りみち」

という歌だ。(中略)

霧島昇の声がまのびしてくると、蓄音器のハンドルをまわす。ハンドルがキュッキュッという音を立てて、またもとの速度へもどる。

「幼なじみの あの友 この友 ああ 誰か故郷を想はざる」



↓短命に終わった特急「むつ」。<注:このページの画像は1985年〜1992年頃に撮影したものです>

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