「さくらのいる日々」

2さくらのお父さんは垂れ耳?

お母さんのブラッキーは純粋な柴犬なので、耳はちゃんと小さくちょっと内側に立って収まっていたが、きっとお父さんに似たのだろう、さくらの耳は大変大きく、ピンと上に立つような雰囲気は全くなかった。

ところが獣医は、彼女の耳以外のところ、見事な毛並み、立派な尻尾を高く評価し、「これは耳さえ立てば、柴犬に見える。耳を立たせましょう」というプロジェクトを私に提案したのである。古い葉書を細長く切り、それを芯にして耳を上へ持ち上げバンソコウで固定するという何だか大変そうな計画に「いいえ、結構です」を断りきれなかった私の気持ちの中には、やはり「雑種より柴犬に見られたい」という見栄の気持ちがあったのだろう。

さて、それからしばらくの間、さくらの受難の日々が始まった。1日1回、あらかじめ切っておいた紙のバンソコウをもってさくらを捕まえる。動きの激しい小犬のこと、場合によってはバンソコウがすぐはがれてしまい、そのたびにまた追っかけなくてはならない。変な異物が耳にくっついているのもさぞ不快だったことだろう。その上にテープ交換の時に毛が一緒に剥がれて痛いのである。やがて、私がテープを持っただけで、さくらはさっと逃げ、物陰に隠れるようになってしまった。しかし耳がピンとたった柴犬のイメージにとらわれていた私は、いやがるさくらを強引に押さえつけ、バンソコウの試練を与え続けてしまったのである。

耳の半分ぐらいまではうまくいったが、その先がどうしてもピンとしない。いやがって逃げることはしても、いったん捕まったら抵抗することもなく、じっと我慢しているさくらがだんだん不憫になってきた。別に耳なんかどうでもいいや、さくらはこの垂れ耳が特徴で、それがまた可愛いじゃないか、と柴犬づくりの計画はそこで頓挫してしまったのである。

今もさくらの耳は途中まで立っていて、そこから不自然な形で折れている。それを見ては、「おまえが意志薄弱だから、不成功に終わったんだよ」などと笑うけれども、気に染まぬ結婚にも自分の意志表示をしたブラッキーの娘のこと、きっと私の見栄をいましめてくれたのかもしれない。

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 3につづく