タイヤの重さの力学

今回の内容は,2年ほど前に某 ML で発表したものと,ほぼ同じものです. 「ほぼ」というのは,せっかく書いたそのメールを消してしまったので,今回新たに書き起こす羽目になったということでして,内容そのものに違いはない…ハズなんですが…

くまくんの野望

むかしむかし,あるジムカーナ場で,2人のビート乗りが出会いました. 2人のビートはそれぞれ似たような仕様でしたし,ウデもまぁまぁ似たようなモノだったのですが,2人には決定的な違いが1つありました. 1人は体重70kgぐらいだったのに,もう1人は100kgぐらいの立派な体格だったのです.

この2人が勝負したのですが,100kgのくまくん(仮名)は,70kgのしかくん(仮名)に僅差で負けてしまいました. そこで,くまくんは考えました.

ボクもしかくんも結構重そうなホイールと,ずいぶん頑丈そうなタイヤを履いていたよなぁ… もし軽いホイールと華奢なタイヤにすれば,1本で2kg,4本だと8kgぐらい軽量化できそうだ. そうすると,バネ下重量はバネ上重量の3倍効くというから,8かける3で24kg分減ったのと同じになるはず. クルマ自体の重さは大して違わないみたいだから,ホイールを○○○に,タイヤを×××にすれば,重さ的には同じ条件になるハズだ. よーし,さっそく買いに行くぞー

さて,くまくんはしかくんに勝つことができるでしょうか.

高校レベル?の物理で考える

重さM(kg)のボディが速度v(m/s)で移動しているときに持っている運動エネルギーは,M*v^2/2で表されます. もしボディの重さがm(kg)だけ増えたとすると,運動エネルギーは(M+m)*v^2/2です.

タイヤは回転しているので,ボディとは少し話が違います. つまり,重さM(kg)のタイヤが速度v(m/s)で,回転しながら移動している時の運動エネルギーは,M*v^2/2+(回転のエネルギー)ということです. タイヤの軸に関する慣性モーメントをI,回転の角速度をωとすると,軸を中心とした回転のエネルギーはI*ω^2/2だから,あわせてM*v^2/2+I*ω^2/2となります. タイヤの重さがm(kg)だけ増えたとすると,運動エネルギーは(M+m)*v^2/2+(I+i)*ω^2/2です. ここで,小文字のiは慣性モーメントが増えた分です.

このままだとボディとタイヤで比較ができないので,ωとiをなんとかします. タイヤの半径をrとすると,v=rωなのでω=v/r, これを使うともとのエネルギーが(M+I/r^2)*v^2/2m(kg)増えたら(M+m+(I+i)/r^2)*v^2/2です.

さらにセコい細工(笑)をします. タイヤで増えた重さm(kg)は,すべてタイヤのトレッド部分に均一に分布しているものとすると,慣性モーメントの増えた分iはi=m*r^2となります. ふつうにタイヤやホイールを交換した場合,重さの変化はホイールそのものやタイヤのサイドウオール部分で発生するので,この仮定はあまり正しくありません. しかし,それらはすべてトレッドよりも軸側にあります. 慣性モーメントとは,物体の各部分の質量に軸からの距離の2乗掛けたものですから,軸からの距離が一番遠いトレッド面で重さが増えるのが一番効きます. つまり,最悪の状態を想定しているということです.

ともあれ,これを使ってiを消すと,タイヤの重さがm(kg)増えたときの運動エネルギーは
(M+I/r^2)*v^2/2+(2*m)*v^2/2
となり,もとの運動エネルギーと比較すると,増えた重さの2倍効くということになります.もちろんこの計算は,タイヤの重量変化によるロードホールディングの変化とか,ゴムやら車軸の抵抗とか,エンジンの特性とか,いろいろなものを無視しています.だから,もしかしたら3倍効くということはあるのかもしれません.ここで主張しているのは,「高校物理の範囲内では2倍までしか説明ができない」ということです.

もとのくまくんの話に戻ると,タイヤとホイールで1本あたり2kg軽量化したとして,トータルの軽量化効果は8掛ける2で,16kg分よりは少ないだろう,ということです. 30kgもよけいなウェイト(笑)が載っていて「僅差」の勝負ができるのは,もしかしたらウデの差があるんじゃないかという気もしますが,とにかく野望の達成のためにはもう少し別の方法を考えた方が良いようです.

なお,この物語の計算部分以外はすべてフィクションであり,実在の人物や車種,くまくんおよびしかくんとは全く関係がありません.計算部分は細心の注意を払って記述していますが,勘違いや大ボケにより間違っている場合があります.もし間違いを発見した場合には,公表前にぜひ筆者にこっそり教えてください ^^;;;

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