赤色葡萄酒艦隊 図書室
海洋冒険小説(ナポレオン戦争・英国)


D.A.レイナー『インド洋の死闘』創元推理文庫、1986年.

 時は1808年、東インド会社の船団を護衛する英国海軍のフリゲートと、これを拿捕しようと牙を研ぐフランス共和国海軍のフリゲートの一騎討ちである。英国艦は搭載砲数で12門少なく、乗組員数では、ほぼ3分の1。加えてフランス艦には人道的問題を取り沙汰される秘密兵器があった!(マスタード・ガスから核兵器まで知っている私たちだと、ちょーっと、笑っちゃいますけどね) 短編で、シリーズものではない上、冒頭の技術的説明は初めて帆走軍艦に触れる人には有難いものである。著者は映画『眼下の敵』の原作者で、元英国海軍士官らしい、重厚な筆致である。両艦遭遇までの自然との戦いや、原題The Long Fightにふさわしく3日間にわたる壮絶な死闘は息つく間もない迫力を持っている。

セシル・スコット・フォレスター「海の男/ホーンブロワー」シリーズ

 本編10巻と別冊が早川文庫から、原作者の絶筆『ナポレオンの密使』と翻訳者高橋泰邦による外伝『南冥に吠える』『南冥の砲煙』が光人社から出版されている。
 どうしようもなく真面目で、あまのじゃくで、音痴で、船酔いの主人公に惚れ込む人も多いはず。シリーズ第1巻の『士官候補生』からホーンブロワーの硝煙と白兵と嵐の生涯が描かれるが、初めて本シリーズに手を出そう、という方には第5巻『パナマの死闘』がお勧め。原作の第1作が本書なので、一番オイシイところである。ホーンブロワーは1776年7月4日生まれ(よりによって1776年7月4日。しかし、全編探しても彼の誕生日とアメリカ13州の独立宣言の日が一致するとの記述なし)、かに座、おそらくB型。
 外伝は私の趣味ではないのでお勧めできない。 それも全部読んでしまって、まだ足りないという方にはC.N.パーキンソン『ホレーショ・ホーンブロワーの生涯とその時代』(至誠堂、1974年)は如何だろうか。シャーロッキアン的アプローチのホーンブロワー・クロニクル。「ワトソン博士の、がたがたのブリキ製文書箱」ならぬ「封印されたホーンブロワー家の鉄製書類箱」の書簡を元にホーン ブロワーとレディ・バーバラが実在の人物であったかのように体裁を整えて、ウェルズリー家の政治面での動きなど、裏話満載の一冊である。
 ここに載せた表紙はペンギン版のペーパーバック。持ち歩いて読んだので、ボロボロです。

アレクサンダー・ケント「海の勇士/ボライソー」シリーズ

 サブ・キャラクターの死亡率no.1(!)のシリーズ。1998年1月現在、早川文庫から20冊まで出版されており、執筆はものすごい勢いで進行中。戦友に、未亡人との恋に、裏切りものの兄と、いささかオメデタイ趣向ながらフォレスターとは違う、ディテールを描写する文体は魅力である。ただし、最近は「失楽園症候群」に陥っているとの声もあって、いささか残念である。 

ロバート・チャロナー「海の暴れん坊/オークショット」シリーズ

 早川文庫から出版された全3冊のシリーズである。主人公はチャールズ・オークショット艦長。髪は烏の濡れ羽色、金銀妖瞳で長身の皮肉屋で伯爵家の次男坊。とにかく金運に見放されているところが魅力で、特技は無名時代の有名人に会うこと。第一巻ではホレイショ・ネルソン海佐艦長とナポレオン・ボナパルト砲兵大尉に出会っている。4巻以下続刊……というところで原作者の訃報が入る不運のシリーズ。

 中里融司『ナポレオン群星伝T〜V』(学習研究社・歴史群像新書)

 ついに日本人からこの時代を扱う本格的なシリーズが生まれた! 総員、万歳三唱! (多分)主役の癖に妙に押しの弱いナポレオン、(恐らく)脇役の分際で妙に存在感のある二人の男装の少女、リンジィ・ランデヴー英国海軍士官候補生とリュドミラ・カロン少将(山岳騎兵団長)のお話。流石に陸上のウェイトが高いものの、第2巻の圧巻はアブキール湾の海戦! なお、中里氏は高橋泰邦公認の海洋冒険小説サークル「BFC(ボライソー・ファン・クラブ)海兵隊」から本格海洋冒険小説の『孤島の城塞』シリーズも出している(1998年1月現在、第二巻+外伝まで)。コミケでは歴史スペースで常連のこのサークルは要チェック。また、中里氏は個人サークル「多摩ハイランダー」で出てることも多い。 

パトリック・オブライアン「ジャック・オーブリー」シリーズ

 徳間書店から現在4巻まで出版されている、細密画めいた重厚な筆致で戦闘を、航海を、反乱の気配を、そして債務者監獄への恐怖(笑)を描く超大作(になる予定…でしたが、日本語訳は4冊どまり)。

そのほかにも……(要するに、私の読書計画ですけど)

C.N.パーキンソン「海軍将校デランシー物語」シリーズ(至誠堂)
ダドリ・ポープ「ラミジ艦長物語」シリーズ(至誠堂。これは読んだ)
デューイ・ラムディン「アラン、海へゆく」シリーズ(徳間文庫)
ポーター・ヒル「艦長アダム・ホーン」シリーズ(早川文庫。これも読んだ)
リチャード・ウッドマン「海の荒鷲/ドリンクウォーター」シリーズ(二見書房)
アダム・ハーディ「海の風雲児FOX」シリーズ(三崎書房)

番 外


豊田穣『炎の提督』(集英社文庫、1982年)

 ネルソン伝。ただし、著者が艦上爆撃機を駆って太平洋戦争に参加していることもあって、言葉遣いが旧帝国海軍である。手荒く面白いから、読んでくれぃ。 

フィリップ・マカッチャン「荒海の英雄/ハーフハイド」シリーズ(早川文庫)

 19世紀末の英国海軍大尉ハーフハイドが主人公。帆走軍艦時代からの伝統と近代技術との葛藤が興味深い。ミステリー風の味付けも魅力の一つである。

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