§.砲兵・工兵


 革命勃発による人材の流出が少なかった砲兵隊は革命戦争初期の段階では革命軍で最も質の高い部分であった。1791年の時点で砲兵司令部のもとには7個徒歩砲兵連隊(1個徒歩砲兵連隊には士官90名、兵1207名)、後備部隊、訓練学校、労務兵中隊、工兵が所属していた。後に工兵が分離・独立する一方で、乗馬砲兵が加わっている。
 ナポレオンが「大会戦は砲兵で勝利した」と書いているように、砲兵は非常に重視され、1799年の時点で砲兵は2万8千人であったが、1813年には8万人に増やされている。その他に沿岸砲兵隊など2万3千人があった。
 大砲に関しては1802年のアミアンの和約で「革命歴8年システム」が導入された。それまでのフランス陸軍の大砲は12ポンド砲、8ポンド砲、4ポンド砲、そして6インチ曲射砲で構成されていた。ナポレオンはこのうち4ポンド砲を6ポンド砲とし、12ポンド砲の比率を増やし、曲射砲を24ポンド砲に差し替える場合もあった。

徒歩砲兵(Artillerie a pied)

 徒歩砲兵(Artillerie a pied)は砲を馬匹で牽引し、砲員は徒歩の伝統的な砲兵である。1799年には8個徒歩砲兵連隊が存在し、1810年には更に2個の徒歩砲兵連隊がオランダ軍砲兵で編成されている(うち一個はすぐに解隊され、人員は在来連隊に吸収されている)。
 徒歩砲兵連隊は20個徒歩砲兵中隊で編成された。1813年には1個連隊の規模が28個中隊に増強されている。1個徒歩砲兵中隊は大尉1名、次席大尉1名、中尉1名、少尉1名、曹長1名、軍曹4名、補給係伍長1名、伍長4名、1等砲兵24名、2等砲兵43名、鼓手2名から成った。大砲はカノン砲6門、曲射砲2門を装備した。


砲兵輜重隊(Train d'Artillerie)

 砲兵輜重隊(Train d'Artillerie)は砲を牽引する馬匹の御者で構成される。本来は民間人を雇っていたものであるが、戦場の危険にさらされるにもかかわらず、軍規が及ばないために様々な弊害を産んでいたものである。そこで1800年に輜重隊は兵隊とされたのである。
 砲兵輜重隊は1801年に8個大隊が編成されている。1個大隊は6個中隊から成っていた。1個中隊は士官2名、下士官・馭兵(ぎょへい)76名とされた。士官が少ないのは彼らが徒歩/乗馬砲兵中隊に再属され、砲兵中隊の士官の命令を受けたためである。1804年から08年の間に13個大隊にまで増え、さらに1810年には倍増されている。


乗馬砲兵(Artillerie a cheval)

 乗馬砲兵(Artillerie a cheval)は馬や砲架などの車両に隊員全員が搭乗する砲兵部隊である。
 フランス陸軍には1770年代から実験的な乗馬砲兵部隊があり、1792年には北軍、中央軍、ライン軍で1個ずつの乗馬砲兵中隊が編成された。兵員は徒歩砲兵と擲弾兵から集められた。彼らは馬には親しんでいなかったものの、戦闘能力の高さで知られた。
 乗馬砲兵は1794年に9個連隊から成る「軽砲兵」として独立した兵科になった。このときの隊員は騎兵から集められている。しかし、翌年には砲兵に再吸収され、1799年には6個連隊に減じられた。
 乗馬砲兵連隊は6個中隊で編成された。1個乗馬砲兵中隊は士官4名、下士官11名、職工兵3名、一等砲兵30名、2等砲兵30名、ラッパ手2名から成っていた。大砲はカノン砲(主に6ポンド砲)4門と曲射砲2門を装備した。


工兵(Sapeurs)

 革命戦争が起きた時点で、フランス陸軍の工兵は、わずかな工兵士官と工兵6個中隊、地雷工兵6個中隊が砲兵隊に所属していただけであった。1793年には工兵隊として独立し、先に掲げた工兵士官、地雷工兵に加えて、工兵は12個大隊が編成された。
 1個大隊は8個中隊から成っていた。1799年には勢力を減じて地雷工兵6個中隊、工兵2個大隊とされた。
 このとき、1個中隊は士官4名、下士官9名、職工兵(maitre oubrier)4名、1等工兵12名、2等工兵36名、鼓手1名から成っていた。
 1806年に工兵輜重隊(Train des Equipages)が設立され、1811年には7個小隊から成る1個大隊が編成された。1808年には地雷工兵が5個中隊から成る2個大隊に再編され、後に1個大隊は6個中隊とされた。1812年には8個工兵大隊(うち1個はGardes du Genie=近衛工兵大隊)と2個地雷工兵大隊があった。
 1個工兵大隊はあらゆる防塞建設や攻囲戦に備えた器具を備えていた。1809年の時点では1個軍団に1個工兵大隊と1個地雷工兵中隊が随伴し、馬車35台、つるはし1700本、工兵つるはし170本、踏鋤(ふみすき)1700本、伐採斧680本などの装備があった。これらの装備は使いやすかったために、英国陸軍の兵士はフランス陸軍の工兵が放棄した装備を好んで用いた。

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