§.歩兵



 フランス陸軍では大きく分けて戦列歩兵と軽歩兵があった。しかし、ナポレオン時代のフランス陸軍では名称が継承されていたにすぎず、両者の機能には基本的に違いがなかった。単に名称と編成、そして軍服のデザインが異なっていたのである。機能的な違いという目でフランス陸軍の戦列歩兵と軽歩兵を見ると、エリート兵、一般兵、選抜歩兵(Voltigeur)、そして工兵(Sappeur)に分けられる。

戦列歩兵 (Infantrie de Ligne)

 1897年1月に実施された半旅団(Demi-brigade)制度は1808年まで用いられていた。1個半旅団は熟練兵1個大隊、義勇兵または徴兵2個大隊から成る。戦場において熟練兵は横列展開と斉射を行い、残りの非熟練兵大隊は縦陣で進撃し、機を見て突撃を敢行した。
 戦列歩兵の大隊は1個擲弾兵中隊と8個小銃兵中隊、更に1個連隊砲中隊から成った。連隊砲中隊は4ポンド野砲6門(後、3門)を装備して、歩兵の援護射撃にあたった。1個小銃兵中隊は大尉1名、中尉1名、少尉1名、曹長1名、軍曹5名、補給係伍長1名、伍長8名、鼓手2名、小銃兵104名から成り、擲弾兵中隊もこれに準じたが、軍曹が4名、擲弾兵は64名に減じられていた。
 早くて1800年の段階で大隊麾下の1個小銃兵中隊を選抜歩兵中隊とする連隊が見られる。1803年に「半旅団」は「連隊」と改称され、1804年には正式に選抜歩兵が導入される。
 1806年に歩兵システムは大きく改革される。
 1個連隊は連隊司令部、4個戦闘大隊と1個後備大隊から成った。連隊司令部は大佐1名、中佐4名、少佐1名、副官5名、副官助手5名、曹長10名、連隊旗手1名、連隊旗衛兵2名、鼓手長1名、鼓手伍長1名、楽士長1名、楽士7名、職人4名、主計長1名、主計官1名、軍医長1名、軍医長助手4名とされた。
 戦列歩兵の1個大隊は中佐の指揮下に1個擲弾兵中隊、1個選抜歩兵中隊、4個小銃兵中隊から成った。後備大隊は少佐が指揮し、4個中隊で構成された。どの兵種も1個中隊は大尉1名、中尉1名、少尉1名、曹長1名、軍曹4名、補給係伍長1名、伍長8名、鼓手2名、兵卒121名で構成されたが、擲弾兵中隊には工兵4名が加わっていた。

擲弾兵(てきだんへい、Grenadier:グレナディエ)

体格と成績の良い兵士を集めた、戦列歩兵のエリートである。擲弾とは原始的な手榴弾で、導火線に火をつけてから、投げるものである。これは17世紀には盛んに用いられ、18世紀末には全く使われなくなっていた。特に体格が良くて腕力の強い者を集めた擲弾兵部隊は歩兵のエリートであっため、ナポレオンの時代には歩兵のエリート部隊の名称としてもちいられていた。なお、擲弾はシンボル化されて、他兵科のエリート部隊の軍服や小物にもあしらわれている。
小銃兵(Fusilier:ヒュジリエ)
 一般的な兵で構成された、戦列歩兵の主力である。
選抜歩兵(Voltigeur:ボルティジュール)
 擲弾兵とは反対に歩兵大隊の中でも小柄で狙撃の巧い者を集めて編成され、小銃兵が組んだ戦列の前に散兵として展開する。装備は他の部隊と同じものを用いていた。これは英国陸軍のLight Infantryにあたる存在であるが、軽歩兵戦術の導入はフランス陸軍が先である。
工兵(Sappeur)
 体力のある者を集めた一種のエリートで、擲弾兵中隊に所属した歩兵特有の兵。行軍時には縦隊の先頭に立って行軍路の整備、戦場に到着するとバリケードの設営などを行い、戦闘時には横陣後方の中央に連隊旗警護隊を形成する。このため、他の歩兵とは違う装備である手斧、騎兵銃と拳銃を持ち、両肩には交差させた手斧または擲弾のマークがつけられている。大きな前掛けをしているのも特徴で、多くは豊かなあごひげを蓄えていた。


軽歩兵(Infantrie Legere)

 フランス陸軍では1743年頃に軽歩兵が取り入れられた。1784年に6個の猟歩兵(Chasseur a pied)大隊が編成され、6個の猟騎兵(Chasseurs a cheval)連隊に1個大隊ずつ配属された。1788年(フランス革命の前年)には猟歩兵は猟騎兵連隊から分離され、12個大隊に倍増される。
 このころ、既に戦列歩兵連隊でも軽歩兵戦術をとることができるようになっており、フランス陸軍での戦列歩兵と軽歩兵の違いは名称と服装の違いだけになっていた。そして1804年には戦列歩兵・軽歩兵ともに選抜歩兵(Voltigeurs)が導入され、彼らが軽歩兵戦術の担い手となった。
 軽歩兵戦術はナポレオンの戦術の粋とも言える。本来、歩兵は横陣や縦陣、方陣を組むだけであったが、歩兵を散開させて散兵線を構成し、敵主力に対してマスケット銃による銃撃を加え、その戦力を漸減させるのが軽歩兵戦術である。散開させることによって、砲撃や騎兵の襲撃による被害が限定される利点があった。また、散開したまま敵士官などの目標に火力を集中させることも可能であった。これにより、フランス陸軍の歩兵戦術は散兵、横陣、縦陣の組み合わせによるものとなり、最終的に歩兵師団の5分の1が散兵として展開されたのである。

騎銃兵(Carabinier)

 戦列歩兵の擲弾兵にあたる存在で、体格と成績の良いエリートである。騎銃兵は各中隊に数名ずつ配属され、戦場では各中隊から引き抜かれて臨時の中隊を形成し、縦陣の先頭に立った。
猟歩兵(Chasseur)
 軽歩兵の一般兵士。その他、戦列歩兵と同じく選抜歩兵と工兵が所属していた。

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