99/12/24 <この人と>「『超』旅行法」を刊行した野口悠紀雄さん 毎日新聞ニュース速報

日本人の海外渡航者は年間1600万人に上る。2000年問題で、この年末年始は例年に比べかげりが見えるが、海外旅行熱は衰えない。そんな中、「超」シリーズの野口悠紀雄・東大教授が新著「『超』旅行法」(新潮社)を刊行した。従来のガイド本とは異なる自らの体験を基にした、海外旅行のノウハウが詰まっている。そして、海外旅行の効用は外から日本を見ることによって、日本の社会が世界標準のどの辺にあるかを実感すること、それには一人旅でなければならない、と提唱する。【南蓁誼】

*「『超』旅行法」を刊行、海外旅行は一人旅でと主張する

――お書きになった動機は。

▼大学の教師には”伝道癖”があります。自分の知っていることを他人に伝えたい、という強い習癖があります。こういう内容のものを書きたいと、昔から思っていました。1年間雑誌に連載したので、執筆期間は十分にあり、書くのは非常に楽しい作業でした。今回本にまとめるために、それをかなりの時間をかけて書き直しました。

写真をこれだけ多数本に載せたのは、初めてす。「ちょっと見てごらんよ」という「いわくつきの」写真がたくさんあります。例えば、「ベルリンの地雷原」。これは、もちろん撮影禁止地区で、走行中の高架電車の中から決死の覚悟で撮ったものです。警備兵の姿が小さく写っています。東ドイツが消滅したから、公開できる写真です。それから、「東から見たブランデンブルク門」。自由の世界は壁の彼方で、壁がなくなった後この門の下を歩いて、この写真が歴史的記念物となったことを実感しました。

――海外旅行はどれぐらい。

▼最初は30年前のアメリカ留学です。当時、エコノミーの航空運賃が私の月給の半年分、約25万円でした。海外旅行は高価な時代だった。高校生の時に阿部次郎の「ルツェルンの春」という随筆を読んで、異国の地名に胸をときめかしたのですが、自分が行けるとはとても思えなかった。

それ以降、これまでに70回くらいです。大部分は学会や研究会への出張で、その帰りの寄り道です。外国に2泊して帰国ということもありますが、会議が金曜に終わると帰国途中に観光地などに立ち寄ることが、「皆無とは言えない」。これを学者仲間の隠語で「会議のよりよい部分」といいます。最近はだんだん減っています。1980年代が多かった。日本に対する関心が薄れ、日本をテーマにした会議が少なくなったからでしょう。

――外国へは一人旅で、というわけは。

▼日本人にとって海外旅行は随分身近かなものになりましたが、依然としてパック旅行・団体旅行が主流です。言葉が不自由な外国では、ガイドが案内してくれれば楽だし、交通費やホテル代も団体の方が安くなる。一人旅だと、旅の進行と安全に関するすべての責任は、自分自身で負わなければならない。しかし、団体旅行と個人旅行は全く別のものです。最初の海外旅行がパック旅行になるのは止むをえないとしても、確実に言えるのは、団体旅行しかしなければ海外旅行のある一側面しか経験できないということです。

一人旅の問題点は、かなりの程度ノウハウで解決できます。今度の本では、私自身の海外旅行体験を基に開発・蓄積したノウハウをほとんど公開しました。私の渡航先は欧米が多いのですが、それ以外のところでも有効性があると自信をもっています。

――手書き数字の読み方は盲点ですね。

▼私にも失敗の経験があります。数字は要注意で、外国人と日本人の書き方がかなり違います=写真。数字というのは冗長度がない。言葉は単語を一つ間違っても通じますが、数字は一つ間違うと致命傷になります。之以外に、ホテルでの部屋変更の頼み方、町でのトイレの探し方、レストランでの無炭酸水の注文法、美術館巡りの事前調査、そして、最小限知っている必要があるサバイバル外国語など。こうした海外旅行に必須のノウハウが、今までの旅行の本には、あまり書かれていない。これは団体旅行を念頭に置いているからでしょう。

――外国一人旅の効用は。

▼一人旅の魅力は、目的地や旅程を自由に選べることですが、それだけではありません。異国を一人で旅することの本質は、孤独になることです。周りに知り合いもいない、言葉も自由に通じない、日本のニュースも分からない、そして、周りの人の生活に自分の存在が何の意味ももたない。文字通りのエトランジェになる。こうした環境に1週間もいると、それまでの自分の日常生活を、客観的に見られるようになる。そして、人生の根本問題を考える。私は、これが海外旅行の重要な意義だと思っています。

日本の外に出ると、日本がまともな国でないことが分かる。例えば円高。円高が国難だなどという意見がいかにおかしいか、外国旅行をすれば、実感として分かる。円高ほどありがたいものはないですよ。

――すると、若い時に行くよりは」」。

▼行くべきは、壮年男子です。若い時は我々の時のように、憧れているだけでいいでしょう。現実に日本の社会を動かしている20代後半から50代の男性が、外国に行って、日本の道路環境や町並みが、いかにおかしいかを実感すべきなのです。行き先はどこでもいいのですが、ヨーロッパが一番行きやすいでしょう。そんなに危険ではないし。若い時ではなく、勤めてから。勤めると忙しくて行けないといいますが、1年に1週間や2週間外国に行けないのは社会がおかしいのです。

団体旅行は日本人の特性のようにいわれていますが、アメリカ人もドイツ人も団体旅行をします。違いは、壮年男子がいることです。日本人にはいない、そこが問題なのです。

――バーチャル・ツアを勧めていますが。

▼これは行かない旅行なんです。海外の未知の街を対象として、地図や写真を手掛かりに、街の構造を頭の中に組み立てる。想像の世界の繁華街や裏通りを歩き、建物を様々な方角から眺める。すると、最初はぼんやりしていた街の姿が、はっきりした形になり、息づいてくる。実際の旅より、この方がむしろ密度の高い旅行が出来る、という意見です。これにのめり込むと本当に面白い。私は究極の海外旅行だと思っています。

――この本の特徴の一つは、インターネットと連動していることですね。

▼私の読者にはインターネットの利用者が多い。私は個人ホーム・ページを2年前に開設しました。本に載せられなかった写真や最新のデータで、バーチャル・ツアができるようにしてあります。問題はデータの信頼性のレイティング(格付け)です。私が国内旅行で一番困るのは、「ミシュラン」のガイドブックに相当するものが日本にないことです。これはオープンな評価を嫌う風土があるからで、社会の全体の問題です。ビールを飲むのに味や好みではなく、会社の系列で選ぶ。ですから、日本で本当の市場経済が成り立っているのか、大いに疑問です。情報技術革命にしても、世界標準の中で日本の社会はどういう位置にあるのかを知るためにも、壮年男子よ、日本社会にどっぷり漬かっていないで、外国一人旅を、と言いたいのです。[1999-12-24-12:43]

99/12/24 12:48 毎: <この人と>「『超』旅行法」を刊行した野口悠紀雄さん 毎日新聞ニュース速報

かつて『「超」整理法』を愛読した。明窓浄机を願望しながら、なお、その対極にいる。だから、著者の研究室には大いに興味があった。年輪を刻んだ研究室は、天井が高く明るい窓があった。が、どことなく雑然としている。目を凝らすとスチール製書棚の3段は、整然とA4の紙袋が並んでいた。そして、壁の掛け時計は1時間進んでいた。まちがいなく、超整理法の世界だった。

 

「日本のタテ社会をヨコに歩いてきた」自由人は、天文少年だったロマンを胸に、なお蓄積を怠らない。続編はと聞くと「大体書きましたが、時差の克服法、外国からのEメールの使い方など残したものが」とのことだった。

[携帯品リスト]

<重要品>パスポート、航空券。外貨、邦貨、クレジットカード、現地通貨(チップと到着直後の電話用にコインも必要)、財布(通貨の種類の数だけ必要)。免許証(国際免許証と国内免許証)。<身の回り品>かさ、くつべら、くつ磨きセット、ナップザック。ちり紙、洗濯用品(ひも)、洗剤、洗濯物袋、裁縫セット。時計、目覚し時計、時差時計。スリッパ、睡眠用目隠し、携帯用吸入器、サングラス。ナイフセット(食事用)、湯沸かしセット、水の消毒剤(水が飲めない地域の場合)。<文房具など>携帯用パソコン(必要な情報を内蔵HDにコピー)、バッテリー、モジュラーケーブル。鉛筆、消しゴム、ボールペン。紙、ファイル、パンチ、のり、クリップ、袋(封筒)、カッターナイフ。辞書、地図(コピーでも可)、ガイドブック。荷造り用品、ひも、止めひも、ゴムバンド、キーホルダー。テープレコーダ、テープ、CDプレヤー、CD、電池、イヤーホン、小ねじまわし、カメラ、フィルム、ビデオカメラ、オペラグラス、双眼鏡。小型懐中電灯、電源プラグと変圧器、。現地連絡先と電話番号、持参資料、質問表、討議用ペーパー。名刺(英文も)書類入れカバン(会議の時)。 このほか洗面用具、薬、衣類など。

インターネットのホームページ「野口悠紀雄Onlin」

(http://www.noguchi.co.jp/ )の「超」旅行法のコーナーは、本のカバー裏にあるアクセス・ナンバーを入力すると閲覧できる。

野口悠紀雄氏の経歴

1940年東京生まれ。東京大学工学部卒業後、大蔵省に入省。72年エール大学の経済学博士号を取得。一橋大学教授を経て現在、東京大学教授・同大先端経済工学センター長。専攻は公共経済学。

79年、共著の「予算編成における公共的意思決定過程の研究」で毎日新聞エコノミスト賞、80年「財政危機の構造」でサントリー学芸賞、92年「バブルの経済学」で吉野作造賞を受賞。93年の「『超』整理法」はベストセラーとなった。その後も「『超』勉強法」「パソコン『超』仕事法」「インターネット『超』活用法」「『超』整理日誌」などの「超」シリーズは多くの読者を獲得している。

[1999-12-24-12:48]


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