99/6/27 ◇個人資産1200兆円の幻−空洞だらけの金融資産◇朝日新聞ニュース速報

つぶれるはずのなかった大銀行や生命保険が、あっけなく姿を消す。バブル時代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の賛辞を聞いたことなど、うそのようだ。

みんなが自信をなくすなかで、最後のよりどころとされているのが、千二百兆円にのぼる個人金融資産である。

この後ろ盾があると思えば心強い。その意識は、政府にも国会にも、そして金融の世界にも根強くある。

▼不安を抑えるよりどころ

小渕恵三首相は就任早々の所信表明演説で、高い貯蓄率に支えられた個人金融資産の厚みを挙げて、「日本の経済的な基礎条件は極めて強固です」と胸を張った。

五月にマカオで開かれた会議で、「千二百兆円にのぼる個人金融資産」を理由に、邦銀は競争力を取り戻すと見えを切ったのは、日本銀行の藤原作弥副総裁だ。

しかし、そんなに頼りにしていいものだろうか。金融資産のほとんどは、銀行預金や郵便貯金、保険、年金であり、すぐに使える現金はわずかしかない。

残高だけは大きな預金通帳を抱えているようなものだ。預けた先がおかしくなれば、安心してはいられない。

国が保証してくれるから大丈夫、と思う人もいるだろう。だが、その場合は税金を回すだけのことだ。

国民の右のポケットから出した金が戻ってこなくなったのを、左のポケットの金で埋めるに等しい。

そのことは、実際の使われ方を見れば、ますますよくわかる。

本州と四国を結ぶ橋で最後に残った西瀬戸自動車道が開通した。広島県の尾道と愛媛県の今治を九つの島を縫って結ぶ。その開通式を翌日に控えた四月三十日、総務庁は、祝賀ムードに冷や水をかけるような調査結果報告書を出した。

本州四国連絡橋公団の借金は、道路などの財産価値を七千億円も上回る今後の収入が大きく伸びない限り元本を減らすことは極めて難しい、と結論づけた。

本四公団が抱える三兆円の負債の半分は、郵便貯金や簡易保険などが回った財政投融資で賄われている。千二百兆円の一部は、財投のパイプを通じて、これらの橋に形を変えている。その返済に重大な懸念があるとの指摘だ。

大規模事業が行き詰まった苫小牧東部開発。財投資金はここでも、北海道東北開発公庫からの融資などの形で投じられた。残高は、いまなお九百六十億円にのぼる。

同じような半官半民の第三セクターの破たんは、全国で相次いでいる。

財投などからの借金が二十八兆円に達した国鉄清算事業団は、国が債務を引き継ぐことになった。貸した金はひとまず戻るにしても、最後の財源は税金しかない。

民間の銀行預金も似た構図だ。大手十五行だけでも二十兆円の問題債権がある。地方の金融機関の多くも大同小異だ。

金融再生法などで六十兆円が用意され、不良債権や破たん銀行の処理に使われ始めた。この回収が行き詰まれば、ここでも最後の負担は国民に回る。

日産生命、東邦生命と、破たんが続く生命保険。積み立て不足が指摘される企業年金……。千二百兆円は傷だらけだ。

日本経済研究センターの香西泰会長は、敗戦直後と似た状況だと指摘する。

国は戦時中、戦費をひねり出すために大量の国債を発行し続けた。軍需産業の借り入れも、返すあてなどなかった。

そこで、一九四六年二月に政府は日銀券を強制的に預け入れさせた。預金封鎖である。さらに財産税を課し、金融資産を強権で切り捨てた。その後のインフレ政策で、国の負担は瞬く間に軽くなった。

戦後の混乱期だからこそ許された荒療治だという見方もあるだろう。

だが、借金の穴埋めに税金を使い、破たん銀行の預金は「ペイオフ」が発動されれば元本一千万円までしか保証されない。調整インフレをもくろむ声もある。いつの日か、激震が見舞わぬとはかぎらない。

国民にツケを回す前に、政府が手をつけるべきことはいくらでもある。

千二百兆円を食いつぶしている実態を、包み隠さず明らかにすることだ。官庁や特殊法人の負債と資産を洗い出し、バランスシートをつくることが第一歩である。

▼計画責任を問う仕組みを

国民の資産がどこに使われ、返済のめどは立つのか。政府保証がどれだけあるのかも、はっきりさせなければならない。

民間に任せられるものからは手を引く原則を確認し、役割を終えた役所や特殊法人を減らすことも大事だ。

「計画責任」を問う仕組みを整えたい。本州と四国の連絡橋にしても、苫東開発にしても、最初に決まった方針を見直す姿勢はないに等しかった。

「計画を立てたのはわれわれではない」という口実の下で事業はいつまでも続く。計画段階での責任者はだれで、どんな予測を立てたのか。税金でしりぬぐいをする前に、こうした事実を明らかにすべきだ。

「千二百兆円」という見た目は立派な巨木も、なかは空洞だらけである。その穴を埋めるために、せっせと税金をつぎ込む構図を断ち切らなければ、巨木はやがて、われわれの頭上に倒れかかってくる。[1999-06-27-00:09]


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