99/6/7 <教育>子供の起業家精神を伸ばす経済教育 大江建早大客員 毎日新聞ニュース速報

「教育と金もうけは相入れない」として、これまで未発達だった経済教育が、企業経営の研究者や経済人の手によって始まった。すでに米国では盛んに行われ、世界に冠たるベンチャー起業家を輩出する素地になっている。子供のころから経済や経営になじませようというもので、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の大江建客員教授も、教育活動に乗り出した一人だ。学生たちの起業を支援し、大学主催のベンチャー起業コンテストにかかわる一方、小中学生を対象にした子供起業塾を開いている大江教授に聞いた。 【生長恵理】

「失敗するのが人間」

――よく起業家精神と言われますが。

◆人間にとって、衣食住と同じくらいに、生々しい人間の本性です。チャレンジ精神ともいえる。起業を成功させるカギは、仮説を立て、それにしたがって行動し、直感と経験に基づいて検証し、行動を改めることができるかどうかです。日本の教育では、そうした能力が育てられていません。

――子供の起業家精神を伸ばすには、どうすればいいですか。

◆少子化によって、大学に希望者の全員が入学できる時代が5年先ごろから始まります。そうなると子供を個性的に育てる絶好の機会到来となるでしょうね。決まった回答を暗記したり、本やビデオに頼るのではなく、生活から学習させることが重要です。家の手伝いやお使いを積極的にやらせたり、幅広い種目のスポーツを経験させる。当然、失敗がつきものだが、「失敗するのが人間」との立場で子供に接することです。

――具体的には、子供たちにどんな起業家教育をしているのですか。

◆これまで2回、千葉県のマザー牧場で起業家キャンプを行いました。はじめにキーホルダー、きん着袋など、少し手を加えれば売ることができる商材を用意しておきます。それから子供たちにキャンプ場内で売られている商品とそれらの値段を調べさせ、自分たちが売れると思う商材を選び、今度は加工して模擬店で販売するのです。販売の練習ではないので、売る時間は2時間くらい。いかに加工したら売れるか、そのことを学ぶことで子供たちは本物のビジネスを経験します。

★米の子供より生活感がない

――これから計画していることは。

◆小中学生に教えることができるトレーナの養成を早稲田大学で行います。子供向けの起業家教育は米国では盛んに行われています。米国の子供は家の手伝いやお使いをよくしているが、日本の子供はしていない。そのため、生活感がないんです。物の値段とか、物の重さとか、実感としてわからない。そのため、そうした能力を教育する必要があります。

また今年中に、商店街のお店を借りて、子供たちに商売をさせてみようと考えています。たとえば「○○の日」に、それにちなんだ店を開かせるといった計画です。今の小学生たちは将来、高齢化社会を支えていかなければなりません。さらに2、3倍の力をつけてもらうように応援したいんです。

――ベンチャーに向いている人はどんなタイプ?

一言でいうと、「他人と違っているけれど、違いすぎない人」。これは、性格テストである程度把握することができます。しかし、向いていない人でもあきらめることはありません。ナンバー2として、ナンバー1を支える立場になればいいんです。ソニーの井深大氏には盛田昭夫氏、本田技研の本田宗一郎氏には藤沢武夫氏がいたように。今どきのベンチャーは、1人ですべてやるなんて無理でしょう。4人くらいでチームを組み、さまざまな専門分野と性格の違う人が集まればいいんです。

★カネもうけに走る民族

――最近、不況対策として、ベンチャー振興策が打ち出されていますが。

◆大企業に10年もいると、難しいでしょう。企業には固有の時間、固有の金額、固有のサイズがあります。それが染みついてしまいます。たとえば、鋼炉をつくって25年かけて事業をする鉄鋼業が、4年がサイクルの半導体事業に進出してもうまくいきません。

――リストラ対象となる中高年に起業させようという動きもあります。

50歳以上で人を雇うような事業は無理です。転職でもいけない。私の2人の友人は起業したストレスで、ガンになって死にました。そんな声にのせられるようは人はだめです。日本では店頭登録までに平均22年かかっています。50歳以上の人に、ベンチャーキャピタルは金を貸してくれませんよ。

ところが米国では意外に、50歳代でベンチャーに成功する人が多い。しかし、これは平均2・8回の失敗を経ているから。日本で、初めて起業しようというのとは違う。

――そうすると、日本経済の再生の頼りは、子供しかいないのでしょうか。女性はいかがですか。

女性の起業家はまだまだ厳しいですね。事業を大きくするより、タレント化にはしる傾向があります。日本の女性は社会への貢献が不十分です。活躍を阻む壁がなくならないと、男性ばかりにプレッシャーがかかることになります。

――日本はベンチャーが育ちにくい素地と言われ、最近では、企業の開業率が廃業率を下回りました。

◆私は、日本人ほどモラルや宗教にしばられずに、金儲けに走る民族はいないと思っています。だから日本人は本当は起業家に向いているんです。フレキシブルでずる賢いからこそ、先に成功した企業は業界をつくり、規制を増やして、ベンチャーや外資系企業の参入を阻みました。

ですから、これからはもっとフェアプレーの原理を導入すべきです。米国では1980年代初めに起業が盛んになった。日本は15年遅れて同じ状況になったんですから、焦ることはありません。今の小学生を教育すれば、彼らが成人になったときに立派な起業家になります。

――日本の子供には知識を組み合わせ磨く場がない

日本経済人が「ジュニア・アチーブメント」(JA)という青少年向けの経済教育活動を行っているのをご存じだろうか。JAは米国で1919年に始まり、世界100カ国以上で取り組まれている。日本支部は95年、椎名武雄・日本IBM会長を理事長、小林陽太郎・富士ゼロックス会長を副理事長として設立された。

協賛企業が活動資金を寄付し、関係者はボランティアとして働くが、事務局の中許善弘氏はこう話す。

「社会が経済活動と公的サービスで成り立っていることを知り、有限な道具、資源、人間の能力を有効に活用する大切さを理解してもらうのが目的です」

活動は、独自のテキストを使った経済の仕組みについての理論やケーススタディ、コンピューターソフトを使った企業経営のシミュレーション、経済人による講演、シミュレーションの国際コンテストなどだ。

シュミレーションは参加者がチームを組み、競争環境の中で架空の商品の価格、生産量、販売費、設備投資、研究開発費などを仮説を立てて意思決定し、コンピューターソフトに打ち込むと、チームの業績指標が示され、勝敗が明らかになる。「意思決定が結果を生み、個人が結果責任をどう負うかということを考えさせます」と中許さん。

講演は椎名氏、小林氏など、一流の経営者が行っている。東京都千代田区の麹町中学校では4月、シティグループのジョン・リード会長が講演し、事前に銀行について学んだ生徒たちが鋭い質問を浴びせた。

一橋大学の中谷巌教授(国際貿易)は商学部1年生を対象にした授業で、JAのプログラムを取り入れている。「日本の学生は受験勉強で知識は積めこんでいるが、社会と自分の関係や自分が社会にどう貢献するかなどを考えずに大学に入る。社会の問題を発見し、解決方法を考え、行動を起こすきっかけづくりに有効だ」と話す。

JA日本本部はこれまでに、四国と沖縄を除く300校以上で出張授業を行った。日本語に翻訳した高校生用のテキストの配布を近く始める。中許さんは「全国を回って、日本の子供は考える力では劣っていないとわかった。しかし、知識を組み合わせて磨く場がない。このことが問題で、それが与えられれば、21世紀には世界でリーダーシップを発揮できる人材に育つでしょう」と話している。

おおえ・たける

1940年、東京都生まれ。実験物理学博士号と経営学修士号をもつ。98年から早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授。新規事業論、社内ベンチャー論、企業化教育論を研究し、新規事業立ち上げのコンサルティングと社外監査役・取締役なども務める。主な著書は「起業家の輩出」「なぜ新規事業は成功しないのか」。[1999-06-07-11:42]


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