2001/6/22 <クローズアップ>竹中シナリオ 国民に覚悟迫る 現実厳し  毎日新聞ニュース速報

少なくとも2〜3年間は本格的な景気回復を望めない――竹中平蔵経済財政担当相が21日の経済財政運営の基本方針(骨太の方針)決定後に示したシナリオは、国民にも構造改革の痛みに立ち向かう覚悟を迫っている。

シナリオは2〜3年間の集中調整期間の実質成長率は平均して0〜1%にとどまり、2%以上とされる潜在成長力を大きく下回ることを認めている。97〜98年の大不況を脱出し民需主導の本格回復を目指した試みが失敗に終わり、日本経済がゼロからの出直しを余儀なくされていることを意味している。

ただ、竹中氏が示したシナリオはやや楽観的だ。1〜3月期が前期比0・2%減のマイナス成長になったほか、生産の減少など企業部門の失速が鮮明になっており、政府も景気後退局面に入ったことを事実上認めている。民間シンクタンクのほぼ半分は今年度のマイナス成長を予測しており、「不良債権処理のスピードを強めれば、プラス成長を維持できない可能性が格段に高まる」(政府筋)との見方は根強い。今年度のわずかなプラス成長さえ実現が危ういのが実態だ。

不良債権処理によって発生する失業者数の見通しも同様だ。シナリオは10万〜20万人程度との同相の私的研究会の試算を示した。過去の倒産企業の業種別比率や転職者数などを分析してはじき出したものだが、民間シンクタンクは建設、不動産、卸・小売りの3業種を中心に50万〜130万人の失業者が発生すると予測している。

今年度の成長見通しについては、マイナス成長も視野に入れた数値にするべきだとの意見が政府部内にあった。しかし、「与党が神経質になっており、マイナス成長は政治的にもたない」(同相周辺)うえ、明確にマイナス成長を見込めるデータがそろっていないことから見送った経緯がある。先行きはシナリオよりも厳しい可能性が高いものの、改革への「抵抗勢力」の反発を防ぐために、穏当な場所へ緊急避難したというわけだ。

今後、経済実体の悪化がさらにはっきりして、成長見通しがさらに下方修正されれば、その時に構造改革先送りを求める声が高まるのは間違いない。ただ、過去10年間続いてきた「一時しのぎ策」に逆戻りすれば、もうけの少ない部門を退場させ、生産性がより高い部門に人や資金といった資源をシフトさせるという抜本改革も遅れる。

改革断行か否かで小泉政権が正念場を迎える局面も予想される。(1)小泉政権が十分な説明責任を果たす(2)セーフティーネット構築に全力をあげている――という条件付きながら、その時、国民も「目先を取るか、将来を展望して踏ん張るか」の厳しい選択を迫られることになりそうだ。 【白戸秀和】

■七つの改革の骨子

(1)民営化・規制改革=特殊法人への補助金等の削減▽郵政事業の民営化を含めた検討▽医療・介護・福祉・教育などへの競争原理導入

(2)チャレンジャー支援=公正取引委員会の体制強化▽IT革命推進

(3)保険機能強化=社会保障個人会計構築の検討▽医療サービス効率化プログラム推進

(4)知的資産倍増=ライフサイエンス、IT、環境、ナノテクノロジー・材料分野の戦略的重点化

(5)生活維新=多機能高層都市プログラム推進による職住近接▽税や社会保障の個人単位化促進と雇用の性差別撤廃

(6)地方自立・活性化=国庫補助負担金の整理合理化▽地方交付税制度の簡素化▽地方税の充実

(7)財政改革=公共事業の特定財源見直し▽公共事業関係の長期計画見直し

経済財政諮問会議の主なメンバーの基本方針についての「自己採点」は――。

竹中平蔵・経済財政担当相 (基本方針は)民間メンバーの4人が執筆し、政・官・民のチェック・アンド・バランスが働き、緊張関係のもとに建設的、多元的な議論ができた。小泉政権の改革宣言としてメニューを明示したが、今後、各省庁や(与)党の理解を得て実現の努力をしていきたい。従来のような積み上げ型では、(七つの改革プログラムは)出てこない。リーダーシップを発揮するための仕掛けが諮問会議だが、それを動かすのは首相だ。諮問会議というアンブレラ(傘)の中に、各閣僚のイニシアチブが加わった。両者が一体となって改革を進めることが、あるべき姿だと思う。

牛尾治朗・ウシオ電機会長 国民へのメッセージも処方せんもあるし、よくまとまった。欲を言えばきりがないが、20年前の土光臨調よりも大きな変革がなされるだろう。日本の国は優れていて、口で反対していても、内心は時代の流れだと思っている。過半数がそう思い始めたら、2、3年後には必ずそうなる。時代が完全に流れ出している。

本間正明・大阪大教授 十分我々の訴えが残った形になった。80点を超えた。大学で言えば優がつく答案。(残り20点は)若干当初の理想よりも道路特定財源、医療制度の具体的な改革、国と地方の関係の踏み込み方があいまいだった。(今後の)第一歩はシーリングをどう具体化するか。これから1カ月半が勝負だ。

塩川正十郎財務相 (基本方針の全体の仕上がりは)小泉政権の改革イメージが、よく打ち出されている。よくできていると思う。(内容に)不満はない。

福田康夫官房長官 紆余曲折はあったが、基本的な考え方は完全に貫き通した。小泉首相がいささかでも妥協する姿勢を示したら、こういう形ではまとまらなかった。問題はこれからだ。政府・与党一体となってどう挑戦していくかを見ていただき、正当なる評価をしてほしい。

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このほか同会議のメンバーの奥田碩トヨタ自動車会長、平沼赳夫経済産業相にコメントを求めたが、積極的発言はなかった。また日銀は速水優総裁が会議の席上、「3月に断固たる決意をもって強力な金融緩和策に踏み切り、構造改革に向けた動きを率先してサポートしている。今後も政策委員会で議論を尽くし、適切な運営に努力する」と述べたことを発表した。

決定した基本方針は、20日に自民党などに提示した最終案に同党の要求などを入れる形で若干修正された。

第4章の「個性ある地方の競争」では、「均衡ある発展」という従来の基本理念を転換する必要性が打ち出されていたが、「『均衡ある発展』の本来の考え方を生かすためにも、個性ある地域の発展を重視」という表現で、地方への配慮が示された。さらに「全国画一的な行政サービスを確保する時代はもはや終わった」という強い調子だった部分も「確保する時代から、次の時代へと歩みを進めていくべきである」とトーンダウンした。

同章の「地方財政の健全化への取り組み」の項目と、第6章の「02年度経済財政運営の基本的考え方」の地方財政の項目に、いずれも「所要の財源を確保して」という表現が追加された。

一方、社会保障分野では、医療機関の株式会社化や医療の標準化など具体的な改革メニューを示した「医療サービス効率化プログラム(仮称)」の実施について修正した。「次のような医療サービス効率化プログラムを策定して推進する」との文章に「次のような事項を考慮して医療サービス……」と、「事項を考慮」という言葉を加えた。

「考慮」の結果、実現できないものもあるとの“解釈”の余地を残すことになった。日本医師会などの反発を背景にした自民党社労族の主張に配慮したとみられる。

社会資本整備では、「必要性の低い公共事業は日本全体の経済力を低下させ、すべての日本人にとってマイナスになる」という公共事業のマイナス面を強調した表現がそっくり削除された。 【会川晴之、川俣友宏】[2001-06-22-03:25]


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