2001/6/18 <争点論点>歴史教科書問題 近現代史の「汚れ」純化狙う  毎日新聞ニュース速報

瀬戸 扶桑社版の歴史教科書をどうみるか。

姜 基本的に政治運動と理解している。教育的配慮とか歴史的事実、歴史観のレベルの問題ではない。いわば現代版の国体明徴運動。戦後の歴史にかかわる土台の「汚れた部分」を純化するという、質の悪い運動と捕らえている。

瀬戸 歴史教科書問題を取り上げた「朝まで生テレビ」(テレビ朝日系で5月26日未明放映)を見て驚いたのは、「つくる会」の西尾幹二会長が、95年の村山談話(「植民地支配と侵略によってアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのおわびを表明する」などとした当時の村山富市首相談話)について、「左翼容共政権の政治政策がゆえに偶然に出来たものだから破棄すべきだ」と主張したことだ。今の小泉純一郎首相はじめ、政府は、談話の認識に変わりはないと言い続けている。自民党主流や、一般の保守の枠組みからも外れた、特異な考え方のように思う。

姜 村山談話は、自民党、社会党などの連立政権のもと戦後50年かけて国民の合意として出来上がったものだ。だがこの5年でゆり戻しがきている。戦後保守政治は、リベラルから戦前回帰まで、混在していた。現実にリードしたのは、利益誘導型でイデオロギー的にはプラグマチック。あいまいさが持ち味だった。それが機能しなくなって、イデオロギー的部分が相対的に浮上してきたのだと思う。

今の政治の現実は、構造的課題を解決するのに右も左もない。欧州的社民主義か、もう少し自由主義的な政策を採るかの程度の違い。そういうときに逆に今まで封印されてきた、利益誘導型からすればマイナーなものが出てきた。

瀬戸 政治も経済も社会も八方ふさがりになると、古今東西、民族のアイデンティティーを求める声、ナショナリズム的な動きが出てくる。

姜 オフィシャル(公)には語れないから、民間からの運動という形になった。今回の教科書問題の最大のポイントは、検定制度によって民間の運動にオフィシャルを持ち込んだことだ。民間の分野であれば、何をやろうと自由なわけで、対外的には正統性をもち得ない。だが検定合格は政府のお墨付きを得ることになる。オフィシャルになったことで決定的意味を持つ。

扶桑社の白表紙(検定申請本)には、戦前と同じような内容の記述がある。検定で書き換えさせられたが、彼らの生命線である主張を引っ込めてまでそれに応じたのは、ともかくもオフィシャルに認知してもらい、オフィシャルなものを出すことにエネルギーを傾注したのだと思う。

瀬戸 検定制度を廃止し、自由発行自由採択にすれば、オフィシャルではなくなる。選択は、国民の判断にゆだねていいのではないか。

姜 判断つきかねている。扶桑社は、採択前の段階で市販した。不文律に違反しているが、話題作りがうまい。さらに採択から、現場の教師を外し、教育委員に採択させるようにと、地方レベルから綿密に運動を積み上げてきている。自由競争にすれば、資本力、組織力、運動力のあるところがシェアを拡大する。将来的にはともかく、検定に近い何らかの制度は残し、プロセスをガラス張りにすることを考えた方がいい。採択は、保護者や教師、学識者らによる第三者機関を作ってはどうか。公聴会を開くなどして、上位3社くらいに絞って答申をする。採択の経緯、結果も公表されるべきだ。

瀬戸 過渡的にはいいかもしれない。これからの日本の進路だが、元官房長官の後藤田正晴さんや演出家の浅利慶太さんら保守層からも、極端なナショナリズム、右傾化を心配する言葉が聞かれる。

姜 後藤田さんのように戦前をよく知っている政治家は現実的なスタンス、外交感覚を持っている。30代後半から40代の2世議員に危うさを感じる。日本は、米国との関係をバイタルとしつつも、2国間ではなく、多国間関係を作っていかなければならない。かつての福田(赳夫元首相)全方位外交のように。

瀬戸 その基盤となるのが村山談話の精神だ。

姜 そう思う。日韓関係でいえば、今回の行為は、やっと築き上げてきたパートナーシップを大国の方から損なった。国益を害した。国際感覚欠如としかいいようがない。しかし、織り込んでおかなければならないのは、こうした運動に共感する人たちが少なからずいるということだ。運動によって「公」がさん奪されないようにするには免疫力が必要。排除したり、いなくなればいいというのではなく、メディアや地方政治、教育などのレベルで、対話、討論を重ねながら、問題点を指摘していく姿勢が重要だ。運動には将来展望も問題解決能力もないが、それに対応する知恵を出さなければならない。正念場だと思う。[2001-06-18-00:50]


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