土岐善麿(1885-1980)
明治18年6月8日ー昭和55年4月15日 94歳 
東京西浅草・等光寺


むすめよ。
この黄昏の落葉を父は焚くべし。 
 燐寸をもてこよ。           
(黄昏)     
磯浜に岩ひとつなきさびしさよ。 
 五月の風の
 いさごをふける。                          

あたたかく飯をくひしに、
 そのひまに、
悲しみがいつか逃げてゆきたり。
(不平なく)
かくてあればわが今日をしもあらしめし亡き友の前にひそかにわく涙   (雑音の中)
遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし       (六月)

 貧困と病に倒された石川啄木の葬儀を生家の等光寺で行い、遺骨も一時埋葬、遺族の擁護、全集発刊につとめるなど友情を尽くした土岐善麿は、その68年後の昭和55年4月15日、下目黒の自宅で心不全により死去。95歳。啄木26歳に比して、なんと長寿であったことか。

 「一念」とのみ刻された1mばかりの黒御影の細い石柱が建つ。香立てに「土岐」の文字があるばかり。浅草本願寺近くにある善麿の生家、等光寺裏墓地の門扉のすぐ先にあるその墓碑の清楚さに達観した人柄が偲ばれて心が洗われる。本堂前に啄木の歌碑がある。「浅草の夜のにぎわひに/まぎれ入り/まぎれ出て来しさびしき心 啄木」