若尾文子 出演作品集
「次郎長富士」 1959年 日
監督/森一生 評価/★★★ カテゴリー/ 時代劇
出演/長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎、中村玉緒、若尾文子、京マチ子、山本富士子、船越英二
受賞/
大映オールスター総出演による渡世人絵巻。
次郎長は長谷川、石松は勝新。
雷蔵は次郎長の弟分の吉良仁助を演じ、若尾文子はその妻役。彼女は仁助の敵方に回った親分の妹ゆえ、抗争を前に離縁されるのだが、仁助に船着き場まで送らせた上に別れないのなんのとだだをこね、相変わらず男を困らせていて、ここでもしっかり本領発揮。
彼女をはじめ、森監督の演出はそれぞれの俳優の持ち味を十分に発揮させていて、ファンには実に楽しめる作品となっている。かなりのアドリブも許されているようだ。
勝と玉緒のからみも微笑ましい。


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「秦・始皇帝」 1962年 日
監督/田中重雄 評価/★★★ カテゴリー/ 歴史
出演/勝新太郎、市川雷蔵、若尾文子、川口浩、宇津井健、長谷川一夫、東野英治郎、根上淳、中村鴈治郎、山本富士子、叶順子、中村玉緒、山田五十鈴、中条静夫、川崎敬三、高松英郎
受賞/
ほぼオール日本人キャストによる古代中国・秦の始皇帝の偉大にして苦悩に満ちた生涯を描く歴史絵巻。大映のオールスターキャスト総出演は圧巻だ。
諸侯の支配する小国が割拠しての戦乱の世に、そして民の苦難に終止符を打つべく、辺境の矮国・秦の若き王・政は決起し、勇猛で統制の取れた兵力によって瞬く間に諸国を平定・服従させ、世界最初の統一大帝国・秦を興し、自ら始皇帝と名乗った。その後も平和に安住せず、北の蛮族・匈奴の侵入を未来永劫防ぐべく、世界に類を見ない万里の長城の建設に着手。次いで南北の大河を結ぶ運河の建設にも着手する。百年後、千年後の民の幸福を願ってのこうした大事業も、結果的には民に10年を超える過酷な労働を強いることとなり、現世利益しか考えない民の心は次第に始皇帝から離れてゆく。
こうした過程がきめこまかく描かれていて、まるで日本の歴史を題材にした大河ドラマを観ているような錯覚に囚われる。中国の歴史を日本人が演じているという違和感は全く感じられない。見事な出来映えだ。
若尾姫は、焚書坑儒(皇帝による中央集権と、郡県制・官吏制度という始皇帝による新しい支配形態に異議を唱え、旧来の諸侯による親政への回帰を解く儒教学者たちの言論を封じ込めるために、儒教の書物をすべて焼却処分したという有名な政策)を逃れて屋敷に迷い込んだ儒学生と結婚し、逮捕され長城で人身御供となった夫を訪ね当て、嵐を呼んで長城を破損させた罪で死罪となるも皇帝に許され、しかしその免罪を拒否して自害を遂げるという、反骨の象徴的な役柄を演じる。

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「朱雀門」 1957年 日
監督/森一生 評価/★★★★★ カテゴリー/ 時代劇
出演/若尾文子、市川雷蔵、山本富士子、東野英治郎
受賞/
権威を取り戻したい徳川家と、政権奪還の機運高まる天皇家の思惑が一致し、相思相愛の有栖川熾仁(帥の宮)(雷蔵)親王との婚約が破棄され、病弱の14代将軍家茂に嫁いだ皇女和の宮(若尾)の悲劇をドラマティックに描いた秀作。
皇武合体の陰で糸を引いた陰陽師(東野)や、その娘で後に有栖川熾仁の側室となる和の宮の侍女夕秀(山本)など、風運急を告げる歴史の流れの中で翻弄された周辺に蠢く人物たちのドラマもサブストーリーとして絡められ、物語の厚みを増している。
皇家でなに不自由無く育ち、ただ愛する人との未来の幸せを夢見るだけの日々を送っていた和の宮。これを演じる若尾文子のかわいらしいこと・・・。まるでお人形さんのよう。それだけに、徳川家に嫁ぐことが噂され始めて以降の心労はあまりに不憫。そして彼女と姉妹のように一緒に育てられ、無二の親友として何をするのも一緒、という侍女夕秀を演じる山本富士子とのツーショットもなんと絵になることか。


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「スタジオはてんやわんや」  日
監督/ 評価/★★★ カテゴリー/ 
出演/市川雷蔵、長谷川一夫、勝新太郎、若尾文子、小野道子、山本富士子、菅原謙二、船越英二、高松英郎、川口浩、川崎敬三、京マチ子、中村玉緒
受賞/
絶頂期の大映映画に所属するオールスター総出演による東京・京都の撮影所紹介とファンサービス演芸大会。全編28分の短編。
撮影舞台裏紹介では、アフレコや音響効果、雷蔵の殺陣、小野道子の台詞練習風景など、全部ヤラセではあるけれど、それこそてんやわんや、活気に満ちた撮影所の雰囲気が伝わってくる。
一転して演芸大会では、山本富士子の歌、船越英二と高松英郎のコンビによる漫才、川口浩(鉄琴)や川崎敬三(ドラム)による荒城の月をアレンジしたジャズの演奏、雷蔵・一夫・新太郎共演による豪華な舞踊など、豪華絢爛。
折りしも放映中のNHKの朝ドラ「オードリー」の中に登場する「大京映画」のモデルはまさにこの大映。<黒田はん>(国村隼)のモデルは大映の名物社長永田ラッパである。「ドラマ」も「時代劇」も、大手映画会社の中でもとりわけ大衆色の強い興行を行っていた大映だけに、その擁した俳優陣も何れ演技者ぞろい。華やかさでもピカ一だ。それだけに、今更ながらにその倒産は残念でならない。雷蔵の早すぎる死、大衆路線であったが故のテレビドラマ台頭による打撃の大きさなど、不運や時流との乖離が重なっての致し方ない末路だったのだろうが。倒産ともに野に散った俳優たちは、テレビ俳優や司会者となり、あるいは服飾評論家となった市田ひろみのように堅気になった人も多い。大映という母体がなくなり彼らの俳優活動の地盤が失われたことにより、我々がその優れた演技力に触れる機会を大きく失った損失はあまりに大きい。
今も大映はいつの日か映画制作に再挑戦する時を夢見てテレビドラマ制作会社として存続している。

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「清作の妻」 1965年 日
監督/増村保造 評価/★★★★★ カテゴリー/ 人生
出演/若尾文子、田村高廣、殿山泰司、成田三樹夫
受賞/
東京国際映画祭協賛企画「増村保造レトロスペクティブ」によるリバイバル上映での鑑賞。
若尾文子さんのスペシャルトークショウが併せて催された。

旦那が死んで大金を持って郷里の山村へ帰郷した妾お兼とその母。彼女らは激しい差別を受けて村八分になり、村人と一切の交渉を絶って怠惰な暮らしを送る。そこへ、清作が模範兵という看板を背負って復員する。彼はその名声を傘に着て村に道徳風を吹かせるが、それにただ一人随わない美しいお兼に心引かれ、ついに彼女と夫婦になる。しかし、日露戦争の勃発で清作は再び召集される。母も既に無く、以上なまでの淋しさに心震えるお兼は、二度と愛する夫を放すまいと、負傷で一時帰郷した清作の両目を釘で突き刺す・・・

後年の「華岡青洲の妻」の対極に位置する、凄惨で究極の愛の物語。村人の白い目をものともせず、森で、畑で、体を重ね合う光景は衝撃的。盛りのついた獣か、それとも愛の理想形か。極貧の山村に不釣り合いな若尾の美貌が印象的。どんなに髪を振り乱しても、地を這いずり回っても、男の舌が肌を嘗め回そうとも、彼女の美には一点の曇りも生じない。

そしてこの作品の根底には、「差別」という問題が流れている。お兼は、清作の目をつぶし、結果的に兵役を逃れさせることによって、彼に「模範兵」という無意味な虚飾を捨てさせ、非国民・売国奴との非難・差別の標的へとおとしめ、自らの側へ引き寄せたのだ。社会から隔絶されて寄り添う二人の日常を映して終わるフィルムの先には、死が訪れるまで変わることのない膨大な時間が感じ取れる。
「この村を逃げ出たら負けだ。これからもずっと、ここに住み続けるんだ」という二人の暗い反骨の誓いが空恐ろしい。

若尾文子もデビュー10年を過ぎ、これほどまでの「女」の色香を体現できるまでに成長した、というべきなのだが、彼女の出演歴の中では初めてと言っていいほどの汚れ役であり、同志と呼べるほどの信頼関係で結ばれた監督だからこそ彼女も安心して身を委ねられたのだろう。監督と彼女との最終作「千羽鶴」でも彼女は、形は異なるが同様に、一人の男に恋い焦がれすがりつく女を演じている。

田村高廣は、その狂おしい男の色気で、稀代の妖女・若尾文子と対等に渡り合える数少ない男優だ。

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「千羽鶴」 1969年 日
監督/増村保造 評価/★★★★ カテゴリー/ 恋愛
出演/若尾文子、平幹二朗、京マチ子、船越英二、北林谷栄、梓英子、南美川洋子
受賞/
東京国際映画祭協賛企画「増村保造レトロスペクティブ」によるリバイバル上映での鑑賞。
川端康成ノーベル文学賞受賞記念製作映画。
この作品は当初、市川雷蔵を主役に企画されたものであるが、雷蔵の急死によって急遽、幹二朗にスイッチ。しかし本作に限っては、雷蔵よりも幹二朗が「菊治」役にはピッタリだろう。
未亡人母娘が、亡夫の親友父子に世代を渡って恋い焦がれるという美しくも官能的な、日本情緒溢れる物語。

とにかく、雌雛の秘め事の如く、長く裾をなびかせて浜で、茶室で男女が寄り添う姿の美しいこと。本作の魅力はこの映像美に尽きる。

若尾は、夫に先立たれ菊治の父に、次いで菊治に体を預けるなまめかしい未亡人を熱演するが、全編嗚咽と喘ぎ声を出し続ける演技を強いられているところはちと合点が行かない。
一方、京マチ子の方は、若尾演じる未亡人に菊治の父を奪われ、その腹いせに未亡人母娘と菊治との間柄を徹底的に割こうと執念を燃やす悲しい女をこちらも熱演。我がもの顔に菊治の屋敷へ上がり込み、彼に母然と振る舞う姿は底知れぬ嫌悪感を呼び起こし、殺意さえ覚える。演技としてはこの上無い見事な憎まれ役。

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「爛(ただれ)」 1962年 日
監督/増村保造 評価/★★★★ カテゴリー/ 恋愛
出演/若尾文子、田宮二郎、水谷良重、市田ひろみ、浜村純、船越英二、殿山泰司、中条静夫
受賞/
東京国際映画祭協賛企画「増村保造レトロスペクティブ」によるリバイバル上映での鑑賞。

増子(若尾)は愛人の浅井(田宮)が半狂乱に陥った妻を離縁してくれたため、晴れて正妻の座に座る。しかし浅井は、彼女の留守中、縁談を嫌って田舎から出てきた増子の姪・栄子と関係する。増子は現場に踏み込むが・・・
因果応報。奪うは楽だが奪えばまた奪われるのが世の常か。
田舎を象徴する姪の見合い相手の堅物ぶりと、都会生活を象徴するかのような浅井の薄情さ。
姪を無理やり結婚させ、ひとまず騒動が収まったところで余韻たっぷりに終わるこの映画。その先には、第二、第三の栄子の出現が予見され、修羅の道は続いてゆく。
追えば逃げる、逃げれば追うは恋の、人情の常。夫婦という守りの世界は恋にとって墓場同然の住み処なのか。
一時前妻同様に半狂乱となりかけるも、すぐに冷淡な平静さを取り戻し、事態を処するあたり、さすが若尾文子。増村監督の中での若尾が持つ確固たる女性像がここでも息づいている。

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「忠臣蔵」 1958年 日
監督/渡辺邦男 評価/★★★★ カテゴリー/ 時代劇
出演/長谷川一夫、勝新太郎、若尾文子、鶴田浩二、市川雷蔵、京マチ子、山本富士子、木暮実千代、淡島千景、滝沢修、船越英二、中村鴈治郎、志村喬、中村玉緒、川崎敬三
受賞/
大映スター総出演による格調高く見応え十分の正統派・忠臣蔵。
大石の図抜けた才覚と人心を見極める鋭い心眼、そして、彼ら志士達の固く純粋な志が、幕府中枢や警備方、さらには浅野側の一派やその間者たちまでをも次々と味方につけ、仇討ちの不可能を可能へと導いて行く過程が、的確で無駄の無い見事な脚本と演出によって描き出されている。製作者の意図を倍化させるほどに完璧な演技でそれに応える一級の俳優たちの揃い踏みはまさに圧巻である。
これを観せられてしまうと、もはやリメイクの余地はない。近年の忠臣蔵ブームの節も、市川崑が「ナバロンの要塞」よろしく難攻不落の吉良邸攻略戦術に焦点を当て、また、深作欣二が鶴屋南北の戯曲にヒントを得た忠臣蔵と表裏を成す「四谷怪談」との融合に新味を求め(これは大成功)、共に本道を避けたのも、この名作あってのことではないだろうか。

我が文子姫は、鶴田浩二演じる志士と他生での夫婦を契り合い、彼に吉良邸の見取り図を手渡す吉良邸御用人の娘という重要な役どころを演じる。
ほかにも山本富士子は浅野正室、京マチ子は大石に惚れ込み寝返る吉良方の女間者を、小暮実千代は遊蕩に耽る大石の大なる人格に負け吉良との縁を断つ大石寵愛の花魁を演じる豪華なキャスティング。

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「妻は告白する」 1961年 日
監督/増村保造 評価/★★★★ カテゴリー/ 恋愛
出演/若尾文子、川口浩、馬渕晴子、小沢栄太郎
受賞/
東京国際映画祭協賛企画「増村保造レトロスペクティブ」によるリバイバル上映での鑑賞。原作は丸山雅也「遭難」。

「脱アイドル」の転機となった作品として、増村研究家はもちろん、若尾文子本人の自己評価も非常に高い作品。
しかし、私としては、豪腕ホステスを演じた「女経 第一話」を彼女の転機としたい。これ以降、それまでの明るく勝ち気な娘の役とは打って変わって、暗い表情と鋭い視線を併せ持った、情念の炎のような役をひたすらこなして行くことになる。本作はその流れの中にあって、若尾は増村×若尾最終作の「千羽鶴」における狂乱と「清作の妻」に置ける強い<眼>を併せ魅せてくれる。

化学科の女学生(若尾)は貧しさの中、生活の為に助教授(小沢)のプロポーズを受け入れ結婚する。しかし、夫は予想以上に粗野な男で、趣味の登山に明け暮れ、愛情のかけらも見せない。彼女は研究室に出入りする薬品会社営業マン(川口)の優しさに触れ、強く彼に依存してゆく。それに気付いた夫は、ある悪意を持って彼女らを誘って三人で岩壁登攀に出掛けるが、逆に自ら転落してしまい、中段にいた妻とともに宙吊りになるが、妻(若尾)は<苦しさの余り>夫のザイルを切り、営業マンと二人は夫を犠牲にして助かる。そして妻は、夫殺害の罪で逮捕され、そこに故意と動機があったか否かが、公判を通じて明かにされて行く。

公判中の尋問時、検事に執拗に殺意を追求され、取り乱して泣き崩れたあと控え席に下がった瞬間に、まるで「あれは嘘泣きでござい」と言わんばかり、傍聴人席にいる愛人(川口)を一瞬振り返り鋭い視線を交わすシーンが忘れられない。「刺青」でも用いられたあの、うつむき加減のまま下から斜めに見上げるように首をひねって振り向き(分かるかな?)、相手を見据えるという仕草は、筆者思うに増村監督が編み出した最高の演出の一つである。



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「妻二人」 1967年 日
監督/増村保造 評価/★★★★★ カテゴリー/ 人生
出演/若尾文子、岡田茉莉子、高橋幸治、江波杏子
受賞/
東京国際映画祭協賛企画「増村保造レトロスペクティブ」によるリバイバル上映での鑑賞。

愛されながら妻になれない女(岡田)と、尊敬されても愛を得られない貞淑な妻(若尾)。そしてこの二人に愛された男(高橋)。男はある日落ちぶれた女と再会する。彼女は昔の彼と同じような、売れない作家に貢いでいる。そしてこの作家も、男の妻の妹(江波)と知り合うや、これまた昔の彼と同じように女を捨て、妹の許へ走る。しかし、この作家に嫌悪感を抱いた男の妻が彼を妹と引き離そうとしたことから、作家は反発。妻とその父が経営する出版社の内情をカタに強請をし、男の妻を強姦しようとしたが、逆に射殺されてしまう。警察は銃の持ち主である女を逮捕するが、事件時刻、女は男の家にいた。男は女を見殺しにするのか?女を救うには妻の信頼を裏切り、しかも真犯人を探さねばならない。そしてそれが妻であることをつきとめた時、彼は・・・

パトリック・クェンティン原作のミステリーをもとにした見応えある秀作。有能で事務的で家と会社を守ることしか頭に無い可愛味のない女を若尾が、また、惚れれば惚れるほど男をダメにしてしまう女を岡田が、それぞれ好演。
ラスト、男の証言と妻の告白で釈放された女に向かって男が言う、「長い恋は終わったね」という一言が重く心に響く。妻を告発してまで救った女。それでも彼は彼女を選ばない。すべて失った妻と生きるという。でも女は、彼の変わらぬ愛情を確認できたことに満足している。男の選択は実に平等である。二人の女に種類は異なるが同じ重さの愛を示した大岡裁きのようである。

この作品を観ても、若尾は監督の演出意図をいとも簡単に実現してくれる特異な存在であったろうことが容易に見て取れる。冷淡に、冷静に振るまいながら、心の奥で愛を求めて止まない女性像はこの二人による共同産物で、ほかのどの女優も遂に到達し得なかった人物像である。


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