●食堂のテリトリー

日本にはいろいろな飲食店が氾濫しており、
他国の料理店を見かけても、さほど珍しいと思わなくなりました。
「中華料理」「インド料理」「フランス料理」「イタリア料理」といった
国籍別の店はもちろんのこと、「オムレツ」「カレー」「パスタ」などの専門店も
見かけたこと、ありますよね。
けれど肝心の日本料理はどこにいったんでしょうか?
「懐石料理」?「小料理」? 専門店なら「そば屋」や「ウナギ屋」がありますが、
普段口にする日本の食事の基本形を取っている飲食店は
「食堂」なんじゃないでしょうか。


食堂のメニューというと、なにを想像しますか?
肉じゃが、ひじき、切干大根といった煮物、
そしてアジやサンマ、鮭などの焼き魚や煮つけといった
お袋の味って食堂のイメージですよね。
でもハンバーグや豚の生姜焼き、とんかつにエビフライといった
洋食の定食を多く見かけませんか。
さらに、ラーメン、餃子、チャーハンの日本人大好き中華メニューも
見かけることも、多いことと思います。

食堂の定義は「どんぶりのご飯と味噌汁と、たくさんのおかず!」
これだと思います。
ご飯を食べる店であること、
そして、値段があまり高くないことだと考えています。
ごはんをおいしく食べるためのおかずならば、
洋食だろうが中華だろうが、インド料理だろうがアフリカ料理だろうが
なんでもかまいません。
かまわないですが、あまりコストをかけずに、
ごはんに合うようにするためのアレンジは繰り返されてきたようです。
カレーライスやラーメン、カツ丼などは食堂や洋食屋と言われる店の中で
時間をかけて日本流に作られました。
食堂のテリトリーはどんどん広がってゆきます。

大きな会社の社員食堂やデパート内の食堂など
広いスペースと大量の客が見込める店には、
ジャンルを問わずに、本当にたくさんの種類の品がおいてあります。
けれど、小さな町の食堂で豊富なバリエーションをそろえるというのは
なかなか困難です。
長く営業している食堂ほど、
メニューの中に地域性や店主の考えがにじみ出てくると思います。

もともとの「食堂」は和食が中心でした。
「めし屋でもやろう」というところから始めた店なら
店主が手に入れられるもの、調理できるものが出されるので、
山菜ばかりの山の店、魚がよく出る海の店、
はたまたおでんや焼き鳥が出る店など、
味やメニューに店主と土地の個性が光っていました。
もちろん今でもそういった店は残ってはいますが、
特に都市部の飲食店はどんどん様変わりしてゆきます。
ライバルが多いのです。

煮物や魚じゃ平凡すぎる。
家では食べられないようなメニューを入れなければ、ということで
洋食や中華がどんどん取り入れられてゆきます。
メニューの豊富さは店の売り文句として
客の目をひく要素の1つとなりえました。
けれど大量のメニューは多種の素材と道具を必要とします。
なにを作ってもみんな売れてしまうような店なら問題はありませんが、
食べ物はどんどん増えてゆく一方です。

飲食店は少しずつ専門店が増え始めます。
ラーメンはラーメン屋で、洋食は洋食屋で食べられるようになりました。
さらに、冷凍・冷蔵技術もどんどん発達してゆきます。
お湯をかけたり、鍋で暖めたり、レンジでチンするだけの
インスタント食品が星の数ほど出回ってゆきます。
今ではコンビニでおにぎりでも弁当でも
サンドイッチでも買って食べることができます。
こうなってくると、食堂が「なんでも屋」であることは
かえって重荷となることが多いです。
徹底的にコストダウンを図り、店舗を増やして
在庫のないように素材をまわしてゆく企業的な経営術もありますが、
家族が中心となって営業している多くの個人経営を続けるとき、
もし売上が下がってきたら
まず考えることは、効率の悪いメニューを削ってゆくことです。

ではなにを削るのか? なにを残すのか?
客層にもよりますが、洋食を中心に置くことが
売上の安定につながることが多かったようです。


食堂にとって「いい客」とは、よく来て食べてくれる客です。
単価がそれほど高くないので、お金持ちのご年配がたまに訪れるよりも
ハラペコ小僧が1000円札を握って
しょっちゅうめしを食いに来てくれた方が、助かります。
そういった連中が満腹感を感じるのは、
ピラフやドライカレーといった炒めたご飯や、
とんかつやハンバーグや焼肉などの肉や油を多く使ったものです。
洋食をまずおいて、余力があれば和食や中華にも
手を出すという形が無難になってゆきました。

10、20年、30年前の日本と違い、
今では煮物や焼き魚が、食卓にほとんど上がらない家も増えています。
こうなると原点の和食に戻るのが最善のような気もしますが、
和食で安定した売上を保つのは難しいです。魚がネックになるのです。
魚は時期や天気によって価格が変動しやすい素材です。
定価をつけると損をしやすいのです。
また、魚はあまり長い保存が利きません。
こうなると、「いい素材を選ぶ」という料理人の腕だけではなく、
「どのくらいの客数が見込めて、いくらで売ればどの程度もうかるか」
というシビアな経営能力がより必要になってきます。
しかも、魚類は調理する手間も肉よりかかってしまいます。
洋食の主力はフライパンで肉や野菜を焼くものが多いですが、
焼き魚は網でじっくり火を通さなければなりません。
時間がかかるんです。

中華の場合は、ラーメンが問題です。
これを作るためには巨大なスープの鍋と、麺を湯がく鍋が最低限必要です。
よほど量が出ない限り、そういったスペースを確保するのがもったいないんです。
もし山ほどラーメンの注文がくるようなら、ラーメン屋にした方が良いんです。

今までお話しているのはあくまで一般論です。
けれど、こういったことを踏まえて皆さんの近所の食堂を
覗いてみてください。
長く営業している店ほど、いろいろ試行錯誤した痕跡が、
メニューに残っていませんか?
もし繁盛している店で焼き魚がある場合は
保存のきく干し魚が混じっていませんか?
また、1匹丸ごと焼いた姿ではなく、
一度に数人分焼けるように棒切りしたサンマだったり、
鮭やぶりなどの切り身だったりしていませんか。
中華も洋食もやっている店では調理場が広い代わりに、
店内のいすが小さめで、実は客席数が多かったり
複数の料理人が分担して作業していませんか?
ご飯どきに安定供給できるように
それぞれが工夫を凝らしていると思います。
        (2000.9.1.)

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