歯車はどれだけ造ればよいのか
機械技術協会ニュースNo22、(1997.1)

矢田恒二
(オムロン株式会社 技術本部 顧問)
  筆者の歯車とのつきあいは40年近くにもなるが、成熟技術としてみられるためか華々しさがない。そのため機械技術研究所にいた頃からこの方面の研究は地味であった。そして最近の組織では歯車を担当する研究室は姿を消してしまっている。それでは世の中では歯車はもういらなくなっているのかというとどうもそうではない。そこで最近、機械学会の委員会の仕事として日本で歯車は一体どの程度の需要があるのか調べることにした。ここでいう歯車とは鋼製の物をさすが、このときに遭遇した問題点を記してみたい。
 まず最初に歯車の生産実態を把握できる資料が何処にもないのである。誰でも気がつくことだがこの様な統計を当たるには、通産省の出している工業統計、機械統計が最も権威があるしデータが豊富なことから適当であると考える。しかしこの両統計を跋渉しても正確な値は出てこない。たしかに機械統計の中には「歯車」の項があり、その生産量、生産重量、金額が記載されている。たとえば1995年のその数字は生産数量9759万個、生産金額608億円である。
 一方、その年の軸受の生産量は29億個となっている。軸受は歯車だけの用途ではないため、歯車より生産数量が多いのは当然としても、30倍の違いが本当にあるのだろうか。言うまでもなく歯車は軸受がないと機能を発揮できない。歯車一個に対して軸受は最低2個は必要であるとしても、余りにもその差は大きすぎる。疑問はそこから始まった。
 実は機械統計の「歯車」の項には自己消費と粉末冶金歯車は除くという除外事項がある。ここで自己消費とは、いわゆる内製品のことであり、「工場での生産品を自工場で他の製品に組み込む場合を指す」としている。つまり歯車を造ったのと同じ工場で歯車減速機を製造してそれを商品として売り出した場合、減速機に使われた歯車は機械統計の「歯車」生産高にはカウントされない仕組みになっている。統計の中には「変速機」の項があるので、そこに使われた歯車はこの「変速機」の数字から推定するしか方法がない。
 同様に歯車の固まりのような自動車用変速機に関しても「自動変速機」の数字が記載されている。それは1995年には808万台製造された。自動変速機の中には最低限10個の歯車が組み込まれているから、これだけでも「歯車」の項に記載された数字に匹敵する歯車が自己消費分として生産されたことになる。
 一方、歯車も商品である以上貿易の対象になる。これを調べるには関税協会が出している貿易月表によるのが確実であるが、1995年の歯車輸出額は524億円であった。これは「歯車」の生産額の86%に達する。生産した歯車のほとんど大部分を輸出に回すほど歯車の国内需要は少ないのであろうか。第2の疑問である。
 ところで今出回っている小型の機械の中には多くのプラスティック歯車が使われている。プラスティック業界の調査によると、年間24億個のプラスティック歯車の需要があるという。ここでまたまた「歯車」の数字と合わなくなってくる。「歯車」は高々1億個の生産量しかないことを示している。プラスティック歯車が内製品として造られているにしても余りにも数字が違いすぎる。これが第3の疑問。
  ここでプラスティック製品統計なるものが出現する。これも機械統計と同じく通産省の調査資料であるので、その数字には信頼が置ける。この中に機械器具部品の項があり、ここにプラスティック歯車が入る箱が用意されている。しかしながらこの箱に入る品物は「プラスティク素材から打ち抜き、切削加工による歯車、軸受、ボタンは除く」となっている。つまりプラスティック歯車といっても、成型品のみがここに入り、切削されたプラスティック歯車はここから除かれている。更にやっかいなことにこの統計は必ずしも歯車だけを対象としていない。一次加工製品(素材から直接作られた製品)としてのカムやプーリなどが入っていることと、重量でカウントされるために歯車だけを個数ベースで算出できない。
 一方、機械統計の「歯車」にカウントされたものは動力伝達装置製造業として登録された企業を主体にした集計であるが、ここでは最近は必ずしも鋼製の物ばかりを造ってはいないらしい。OEM製品かもしれないが、現に歯車製造メーカからカタログ製品として成形品も切削加工のプラスティック歯車も売られている。したがってここで造られたプラスティック歯車は成形であっても切削であってもカウントされる可能性を捨てきれない。
 現に、工業統計では歯車をプラスティック歯車を含んだ形で集計されている。これがまた金額ベースの集計である。これによると「歯車」と同じぐらいのプラスティック歯車の出荷額があるようである。
 
 このように見てくると歯車の生産統計は大変錯綜していて、結局のところ何がなんだかわからなくなって来るというのが真相である。この原因の一つは軸受ではその業界が限られていて集計しやすい構造になっているのに対して、歯車は小さな規模の工場でも造られているために生産量が把握しきれないと言うことがある。もう一つは歯車は軸受のように専業メーカでなくても造れることによる。その結果、工作機械さえ導入すればそれなりの製品は内製品として造ることができる。さらにもう一つの理由を挙げるならばプラスティック歯車の急激な増加がある。そのために従来の歯車メーカでないところで、プラスティック歯車が造られるらしく、歯車の需要量を把握するのが難しいといえる。
 結局のところいろいろの資料をつきあわせて、推計するしか方法がないことがわかった。そのために原動機の生産高を基準にして歯車需要量を推計することにした。途中のプロセスを省略して結果だけを記すと、鋼製の歯車の年間生産高は大体13億個程度というのがその答である。生産額は1兆円を超える。 
 それにしても機械要素部品である歯車の需要量はおろか、生産量までもがさっぱりつかめないと言うのも困ったことである。軸受に関しては前述のように確実に捕捉されたデータがある。更にねじのような細かいものでも機械統計ではちゃんと集計されていて、1995年では出荷額3696億円、出荷量893キロトンの記載がある。このデータは少しの漏れはあるかもしれないがほぼ妥当な数字のように思える。これに反して歯車の集計は余りにもお粗末というしかない。単品の歯車が商品としてある以上その集計が必要なのはわかるが、一工夫ほしいものである。

 

 矢田技術士事務所