☆☆N−1★★(第2回)       マッスルike


・川の家

 耳元の側から水の流れる音が聞こえる。次第に強まる夏の日差しが冷え切った体を温めていた。
村山は目を覚ました。仰向けで寝そべっていた広い河原は水蒸気で白く靄っている。
村山は昨夜1時間程川に揉まれ、ここに流れついた。そして疲れのため眠ってしまったのだ。体は冷え切っていたが、逃げおおせた安堵感で気持ちが弛んでいた。そんな隙だらけの村山にいきなり声がかかた。村山は驚いて声のした方へ顔を向けた。  そこには老人が一人で立っていた。長いあいだ屋外で体を使って生活している者特有の深みのある皺が顔に刻まれていた。かなり年輩だが、体には脂肪はなくがっちりしてそうだ。
「なにやってんだ、あんた」老人は口を開いた。
「あんたも仕掛けを上げにきたのかい?」・・・老人はなんのことを言っているんだろうか?・・・訝しく思いつつ村山は立ち上がった。そんな村山など目に入らないように老人は、村山の脇をすり抜けて川に向かった。 川岸で腰を屈めて何かを引き上げていた。・・・置き針だろうか?・・・村山は老人のいる川岸にむかった。見ると老人の仕掛けにには大きな鯉が2匹かかっていた。
「あんた、最近はなぁ、上のダムがふる稼働して、腐った冷たい水しか流れてこないんだ。 だから魚もほとんどが全滅だ・・」と言うと老人は手を休めて村山を見た。
「そんなに電気が必要か?あんたそう思わないか?」
老人の自然に対する思考は正しいと思えた。老人に対して村山は親近感を覚えた。さらに何処かで会ったような気もする
そんな気持ちが働いたのか。何の躊躇いもなく村山は老人の話に答えていた。 「電気は今までが、使い過ぎなんだ。人間は楽な環境にはすぐに馴染み、そして逆戻りは出来ない。でも医療とか、人間が生きる為の最低限の電気は必要だ。ただ、マンションとかインテリジェントビルとかのクズみたいな建築家が設計したバカな建物を運営するための電気は無駄だよ」
村山は常に頭にある考えが自然に口から出てきた。
それを聞くと老人は笑った。
「ははっ、あんたの言うとおりさぁ、あんた飯食っていかんか?」
村山は自分がかなり腹ぺこなことに気づいた。
「爺さん、ありがとう。ごちそうになるよ。所でここは何処なんだ?」
爺さん少し驚いて、村山を見た。
「ははっ、あんた面白い人だな。まあ飯でも食いがらゆっくり話そうか」
爺さんは、獲物を右手に持ち歩き始めた。

 爺さんの家は、川を見渡せるちょっとした高台の上にあった。庭には池があった。そこ爺さんはに獲物を離した。川魚は綺麗な水に2,3日入れて泥を吐かせたほうが美味いのだ。
「あんた名前は?」爺さんが聞いた。
「村山ケンジです。」
「俺は岡信治だ。この家に一人暮らしだよ」
村山は家を眺めた。家自体は何ってことない木造平屋の家だが、窓が広く取っており、屋根にはホースで水を散水している。おそらく家全体の冷却を狙ったのだろう。散水された水は集めらて、庭の池に注いでいる。
「岡さん、仕事は?」
「うん、隠居だぁ」爺さんは笑った。その笑い顔を見て、村山はこの爺さんの事をやっと思い出した。
・・・そうか、あの岡さんか・・・。・・俺はラッキーだ・・・。


・失敗

 昇平とカズは一晩かけて山を降り、村山の家に到着した。しかし、そこには大勢の大人・・黒い服を着たいかに危険そうな人間達が家を出入りし、色んな物を運び出していた。
「お兄ちゃん、オジサンどうしたんだろう?」カズが不安げに昇平に聞いた。
「知らないよ、でもオジサンがいないことは確かだな」
「ねえ、どうしよう」
「わかんないよ、でもここからは離れよう」
カズは泣きそうになった。そんなカズの手を握り昇平は、来た道を戻り始めた。
「失敗しても、またやればいんだ。とうさんが言ってたろう。なぁカズ」昇平はカズに語りかけるようにして自分自身にも言い聞かせていた。
「カズ、とにかく家に戻ろう」
昇平は家に戻って、再度十分に作戦を練り直すつもりだった。

 町から離れ、再び山道に入ったころには既に夕暮れ時だった。さらに5km位歩いた所で、二人は休憩を取った。 水筒から水を飲みながら昇平は言った。
 「カズ、無理してもしょうがないから、今日はここで野宿しよう。ちょうどあの大きな杉の木の下に寝る場所がとれそうだ」
「いいよ、お兄ちゃん」カズは少々心細かったが、そんな気持ちをあえて口にはださなかった。
昇平とカズは、野遊びに慣れ親しんでいるので、下草を綺麗にして寝床を作り、持っているグランドシートを敷き寝ころんだ。二人は昨夜の疲れが出てしまったのか、横になると直ぐに寝息をたて始めた。
 そんな二人の寝る斜め後ろのクヌギの木の上に、赤く光る目があった。それは静かに二人の姿を見つめていた。


・サル

 暗闇の中にライトを当てると、散らばっていた赤く光る点が徐々に集まって来た。統制の取れた動きで次第に明美のいる監視塔へ近づいて来る。赤い光、奴等が襲って来るのは、昔はせいぜい一年に一回くらいだった。しかし大幅な電気供給の停止以降、その回数は増え続け毎週1回土曜の夜は必ず現れるようになった。
「これじゃまるで土曜の夜のパーティーねぇ」明美は呟いた。
明美は監視塔の下を起点に広がるフェンス。その上に張り巡らされた鉄線ケーブルに電流を流すスイッチをONにした。常に電流を流せればいいが、電気が不足している今、常時監視していて、彼奴ら現れた時だけに電流を流すしかないのだった。
いきなりフェンスから火花が散った。叫び声が瞬く間に広がって行った。次々と火花が散り、奴らは感電した。それでも何度もフェンスを登ろうとアッタクをかける。
「全く、とんでもないサルどもね」明美はまた呟いた。
狂乱の叫び声に混じって何発かの銃声が響き渡った。何匹かのサルがフェンスを越えたのだろう。サル・・・遺伝子工学の発展の果てに生み出された異形のサル建ちだ。

 20世紀の終わりから始った電力不足。この電力不足は人類に肉体労働を呼び戻した。そして今世紀初頭から、その労働を肩代わりさせる為の開発プロジェクトが日本政府により実行された。このプロジェクトは、今旬を向かえた遺伝子及びバイオ工学によるものだった。そして開発されたのは、人型のサルだった。まるで小型の人間のように直立歩行をするサル。手先も器用であり、夜間労働が可能なように夜目がかなり効く。また粗食でもかなりの労働が可能なような相当にタフな設計となっている。ただ脳だけはチンパンジー程度で攻撃的な行動を取る脳の部分は取り除かれていた。
しかし、生物は進化し常に子孫を残そうとする。また生物の世界に絶対になんてことはないのだ。結局開発途中で、その生物の持つ特異性を払拭されなことから、このプロジェクトは中止となった。そして現存する人型サル達は全てが抹殺される運命だった。だが運良く電力の不安定な状況で甘くなったセキュリティーの隙間から10匹が逃亡したのだ。彼れらには物の生産能力とか狩猟能力はない。だが小さいながら並外れた体力があり、身近な食料品店とかレストランから食料を調達して次第にその数を増やしていった。だがまだ人を襲う等の凶暴性はなかった。また自然にある食料の調達能力も身に付けていようだ。そして何よりも凄い能力は奴等の生殖能力だ。彼らはねずみ算式に増殖していくのだ。
そして、今ここN市の郊外の山にかなり大きなテリトリーを作っている。また噂では、そのテリトリーは日本各地に広がっているようだ。
政府もこうなる前に色々対策を施したが、絶滅させるには相手はタフであり、人の生活地にも近く、毒物とか細菌とかの大きな絶滅作戦をとれないのだった。
そして、今ついに攻撃性を持つ人型サル、皆は「サル」と言う。がこのN市の食料貯蔵基地を襲撃するようになったのだ。その数と回数は次第に増え続けいる。また電力不足の故、セキュリティーは益々甘くなっているのだった。

 今日はかなり銃声が聞こえる。明美は、急に不安になってきた。手前のデスクから、支給されて以来使ったことない銃を取り出した。きちんと油紙に包んで保存しておいたので、手入れなしで使えそうだ。その時、後ろのドアが大きな音をたてて開いた。
明美は、反射的に銃をそちらに向けた。
「おい!撃つな!俺だ裕司だよ。将来の婚約者を撃つのか?」そこには、この食料庫の管理業務に付いている同僚のそして恋人の裕司がいた。二人とも一応国家公務員だ。
「ごめん、何か怖くて。今日はおかしくない?」明美は聞いた。
裕司は一度、口を堅く結び、おもむろに話始めた。
「うん、やばいんだ。相当数のサルが侵入している。俺達は兵隊じゃやないし、いくらサルとは言え人間の子供を撃つようなもんだから、気分は最悪だよ。」
明美に恐怖が襲ってきた。
「ねぇ、逃げようよ」
「そうは行かないよ・・・」
その時、下で叫び声が聞こえた。ついに人間が襲われ始めたようだ。
「よし、逃げよう」裕司は決断した。
「この塔の下に電気バイクがあったろう」
明美は頷いた。裕司は、明美から銃を預かるとすぐに弾を込めた。銃を背中に挟み、二人は階下に降りていった。
フェンスの内側にはもうかなりの数のサルが入っているようだ。あちこちで銃声と叫び声とあのサルどもの甲高い雄叫びが聞こえる。
階段途中で上で窓ガラスが割れる音がした。塔によじ登ってサルどもが侵入してきたようだ。サルの声が背中から迫ったきた。裕司は焦った。そして階段から足を滑らせたてしまった。
「大丈夫?」
「ああ、なんとか」腰を打ったようだった。
その時、明美の背中に衝撃が走った。上から来たサルの一匹が飛びついてきたのだった。
明美は勢いよく階段をかけ降りて背中を壁に叩きつけた。
「ギャーッ」と言う叫び声と共にサルは離れた。そのサルを中腰で裕司が撃った。弾はサルの頭の右目に当たり、サルの頭の右半分がぶっ飛んだ。顔は血にそまっている。それでも再度攻撃をかけてきた。
そこをすかさず裕司が蹴りあげた。そして倒れたサルにさらに銃を撃ち込んだ。
裕司は怯えている明美の手を握り、電気バイクのあるガレージに向かった。

 バイクはきちんと整備されていた。電池のレベルも100%充電済みだった。これで100Kmは走れる。裕司は備え付けのヘルメットをかぶり、明美にももう1つのヘルメットをかぶせた。あご紐をきちんと締めてスタータのボタンを押した。モーターは静かに回った。この電気バイクは見た目は通常のオフロードバイクである。ただエンジンがモータだ。そのためトルクがフラットなので、どんな低速でも高速でもタイヤのグリップは安定している。それと学生時代にスタジアムモトクロス*1の選手だった裕司はバイクに乗ると気持ちが引き締まる。裕司はこれで逃げだせると思った。
「明美。行くぞ」
裕司はガレージのシャッター開閉のボタンを押した。開いたシャッターから差し込む塔の灯りの中に静かにバイクは走り出した。


*1の説明
スタジアムモトクロス(スーパークロスと一般には言われている)
 ドーム球場などに直接土を運び込みモトクロスコースを作り、そこでモトクロス競技を行う。屋外で行われるモトクロスより、コースは人工的で難しくなっており、観客に見せ場を多く提供している。1981年、旧後楽園球場で日本で初めてスーパークロスが行われ、その過激さに日本のバイクファンの度肝を抜いた。作者もここで初めて生のスパークロスを見た。感動した。次の日曜日はもうWジャンプ(山を二ついっぺんに飛ぶ)やテーブルトップジャンプ(台形の形をしてジャンプ台)の練習をしていた。




マッスルIke:
15年間もトライアスロンを続けている男である。
最近、長年の試合と練習による酸欠が原因なのか?脳細胞の50%以上が死滅してしまった。
きっとあと10年もすれば痴呆老人だ!
その前に日本の川の敵と子供達の敵を両方とも壊滅させたいと密かに思っている。

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