熊吉「おう、金公。お伊勢さんから戻っていたんだってな。」

金造「いやあ、実はな・・・」

熊吉「なんだよ、上州と松島を行ったり来たりかい。」

金造「結局、松島から船で戻ったからよかったが、一人じゃ戻れなかったね。」

熊吉「しょうがねえな。こちとら親方の代理で京に行ってきたてのによ。」

金造「一緒に行きゃよかったな。」

熊吉「やだよ。おめえと一緒じゃ谷治喜多になっちまわ。」

金造「これから長屋の連中と花見に行くんだが、熊おめえもどうだい。」

熊吉「嬉しいねえ。でも酒と肴はあるのかい。」

金造「それなら心配いらねえ。いとこの伊勢が遊びに来てるんで準備してくれた。」

熊吉「金公の親戚かい。大丈夫・・・って、えらいべっぴんだね。でもどっかで見たような。そうだ、金公の瓦版に出てた娘。」

金造「ありゃ、上州の赤城だ。こっちは松島の伊勢のほうだ。」

熊吉「そうかい、でも似てるよ。でも、お前は似てないね。もしかしてもらいっ子じゃねえのか。」

金造「家の家系は女は美人なんだよ。」

熊吉「どんな家系だい。ま、いいや。食い物は味だからね。」

先生「や、金造さん。新参者の私まで呼んでもらって済まないね。」

金造「何の何の。餞別代ぐらいのお返しはしないとね。」

準備万端の金造、長屋連中を引き連れまして桜並木へと足を運びます。

大家「いやあ、金さんの身内とは驚いたね。確かに、五人兄弟だったが、次男以外は行方知れずで行き倒れにでもなったんだろうって噂だったがな。」

隠居「まったく、上京しようとして上州で、伊勢志摩が松島、あげくには江戸が蝦夷かい。なんてえ間抜けな連中だろうね。」

金造「江戸から出たことがない臆病者よりゃいいやな。」

熊吉「無事戻ってきたんだ。いいじゃないか。船を間違えずに来れただけでもましってもんだ。」

伊勢「北回りの船に乗るところを、北へ向かう船に乗ってしまって大変だったんですよ。」

金造「だまってりゃわからねえものを。どうして女てのは口が軽いのかね。」

伊勢「頭の軽い誰かさんよりはましでしょ。」

金造「なんだよ。」

先生「まあまあ、でも花見は本物に限るね。この香りがいいんだね。パソコンも香りがでると面白かろうがな。」

金造「花見は飲んで食って愚痴をいって騒げるからいいんじゃないか。」

隠居「そうそう、上を仰いで花を愛で、横に目を向け華を眺める。いやあ、粋だね。」

大家「いいねえ。今年は伊勢ちゃんがいるからいいね。金造だけの誘いなら断ったけどね。」

隠居「その通り。今度は赤城ちゃんも連れてきとくれ。」

金造「どいつもこいつもなんてえ連中だい。その点、熊吉は違うよな。」

熊吉「そうとも、おいらは女はいらねえや。」

金造「お網さんが恐いんだよな。」

熊吉「そうそう・・・って余計なこと言うんじゃねえや。」

大家「ところで、伊勢さんや。これからどうするね。若い・・・たあ言えねえが独り身の男女が同じ部屋に泊まるってのはよろしくない。」

伊勢「平気ですよ。それに数日したら松島に戻りますから。」

金造「いくらおいらでも、いとこにゃ手出ししねえやな。三蔵法師のお供はつらいよ。」

熊吉「なんだい、そりゃ。」

金造「強情者にちょっかい出せば損こくうってな。」

先生「ところで、金造さん旅行記を出すって聞いたが。」

金造「そうなんで。だから皆で買ってくんねえ。」

隠居「やだよ。こうやって話しを聞く分にゃただだ。」

大家「そうだな。長屋の宣伝でも載せてくれりゃ考えてもいいがな。」

伊勢「さすが金造さん。類は友を呼ぶですね。」

金造「こいつらは友達じゃねえや。その点、熊は違うよ。」

熊吉「すまねえ。まだ、漢字は読めねえんだ。」

金造「先生は買ってくれるよね。」

先生「せめて異国の見分録というのであれば読んでみたいが、関東放浪記じゃなあ。」

金造「手厳しいねえ。しかたない、瓦版でがまんしようかな。」

隠居「そう、人には分相応というものがあるからな。金さんにゃそれがお似合いだな。」

金造「いいんだよ。皆で寄って集っていじめるんだ。」

伊勢「うらやましいわ。私なんておとっつあんと二人っきりですから。」

大家「どうだい、伊勢さんさえよければずっと長屋にいてもいいんだよ。家賃はいらない。これだけのべっぴんがいるとなりゃ長屋の宣伝になるってもんだ。」

伊勢「いえ、陸の上は性に合いません。」

それから一月、二月と過ぎましたが、伊勢さん相変わらず金造のところにいます。できの悪い子ほどかわいいと申しますが、どうやら金造を放っておけなくなった様子。

大家「伊勢さんや。今のところで二人暮らしは狭いだろう。どうだい広い部屋に移っちゃ。」

伊勢「いえ、もうじき帰りますので。」

それからさらに数ヶ月たちましたが、やはり伊勢は金造のところにおります。

大家「金造、おめえ。伊勢さんをどうする気なんだよ。」

金造「なんだよ。勝手にいついちまったんだ。帰そうにもおいら方向音痴だろ。まともに松島までいけるかどうか。」

大家「とかなんとか言って、本当は所帯持つ気じゃねえのか。親も同然の大家に隠し事とは水臭い。」

金造「そういわれてもなあ。」

大家「祝言上げるなら仲人になるからさ。」

金造「そんな気はねえんだよ。」

大家「やい、若い娘を連れ込んでおいて、なんて野朗だ。そんな水臭いやつは店子の風上にもおけねえや。」

金造「そんなに臭けりゃ、風下においてくんな。」

大家「口のへらねえ野朗だ。いったいどうしてこんな人間に育っちまったかね。」

金造「へい、同居人のおかげで、口が増えました。」