熊吉「金公、遊びに来たぜ。」

金造「なにもこんな日に・・・。」

熊吉「お網が、この大雪では大工の仕事も休みだし、金造さんも買出しにもこと欠いているでしょうから、何か食べ物を持って遊びに行ってらっしゃいって言うんでな。」

金造「お土産があんの?なんだそう言ってくれりゃ水の一杯も出そうってもんだ。」

熊吉「けっ、しけてんね。せめて茶の一杯とでも言えねえのかい。」

金造「そんな金がありゃ、家でごろごろしてねえや。」

熊吉「茶の葉も持ってきたから、湯を沸かしてくれりゃいいや。」

金造「あいにく、燃すものがない。」

熊吉「おめえあったかそうに火鉢抱えてるじゃねえか。」

金造「でも、湯は沸かねえ。」

熊吉「そんなことねえだろ。あれ、何だいこりゃ。四角いものが入ってるよ。」

金造「パソコン入れてる。こうすると熱がこもってあったけえんだ。」

熊吉「無茶なやつだね。」

金造「だから茶が出せねえ。」

熊吉「何、くだらねえ事言ってやがる。いいや、この腹巻きに火種を入れてあったまりながら来たからこいつをくれてやらあ。」

金造「ありがたいね。灰なら山ほどあるから。」

熊吉「火もないやつがどうして灰はあるんだい。」

金造「こいつで一儲けしようってんだ。この灰ってやつぁ、だいたい余るだろ。」

熊吉「そうだな。家でも処分に困って庭に埋めてる。」

金造「そこで、こいつを再利用して売ろうって寸法よ。」

熊吉「だがよ、灰なんて使い道がねえだろ。」

金造「そうでもねえんだな。隣に俵があるだろ。」

熊吉「あれ、どうしたんだよ。まさかどっかでくすねて来たのかい。」

金造「人聞きの悪い事を言うんじゃないよ。ちょっと担いでみな。」

熊吉「あれ、随分、軽いね。」

金造「中は灰だ。」

熊吉「わかった、これを本物と取り替えようって魂胆だな。」

金造「んな悪い事はしねえや。こいつに竹を合わせて門松を作ろうってんだ。藁と灰はタダだからね。普通の門松を仕入れて、倍値で売る。」

熊吉「なるほど、そりゃ豪華でいいや。」

金造「縁起物だからね。物の米俵なんか置きゃ持ってかれちまう。それにそいつなら軽くって、用が済めば捨てても惜しくない。」

熊吉「それなら、大黒様の俵にもできる。」

金造「だめ、灰ってのはじきに湿気を吸って固まる。すると中に隙間ができるからね。松の内ぐらいでちょうどいいんだ。」

熊吉「もう師走も半ばだ。これから売りに歩いてもたいして儲からないだろう。」

金造「足で稼ぐなんてのは古いよ。インターネットで宣伝したからね。メールが来てるだろ。」

熊吉「これだね。10通きてるね。」

金造「おや。字が読めるようになったかい。」

熊吉「かなだけだがな。」

金造「それでも十分だ。やっぱり所帯を持つと違うね。ところでちょっと手伝ってくんねえかな。ただとは言わないから。」

熊吉「何だい。おめえの頼みってのはろくでも無いからね。」

金造「簡単なことだ。大八車でもって門松を届けて欲しいんだ。」

熊吉「大工と借金取りってのは暮れは忙しいんだ。」

金造「惜しいなあ。幼なじみだから共同経営者として儲けの半分をやろうと思ったのに。お網さんに着物の一枚も買ってやれるってもんじゃねえか。」

熊吉「そうかい?やる、やる。」

金造「そう?じゃあ気が変わらない内に、これに名前を書いてくんな。かなでいいよ。」

熊吉「書いたよ。」

金造「これでおまえも年が明けるまでは共同経営者だ。これで、熊が商品を持ち逃げしても安心して取り立てられるってもんだ。」

熊吉「やなこと言うなよ。おいらは金公と違ってそんなことしないよ。」

金造「それじゃ、道順を書いておくから毎日寄って配ってくんな。年末が勝負だ。新年になったら解散するからね。」

それから大晦日まで門松を100個ほど売って数両の儲けがありました。

その甲斐あって金造は熊吉夫婦と年越しの宴を催しておりました。

そこへ突然数十人の男達が押しかけてきました。

男衆「いた、いた。うそつき野朗め、金返しやがれ。」

金造「何だ。熊の知り合いかい。」

熊吉「知らねえよ。」

男衆「おめえだろ、このまがい物の俵売りに来たのは。」

熊吉「届けたのはそうだけど、つくったのはこいつだ。」

金造「何がまがい物だい。りっぱな門松じゃねえか。」

男衆「どこがだ。米俵が付いてるってから買ったんだ。年越しに白い米が食えるってんで開けてみたら灰じゃねえか。」

金造「誰が米俵だって言った。五穀豊穣俵(ごこくほうじょうだわら)って書いてあったろう。」

男衆「この灰のどこが五穀豊穣なんだよ。」

金造「色々な穀物の藁(わら)や籾(もみ)の混じったありがたい灰だ。それに後で畑に撒けば肥料にならあ。」

男衆「そこまで言うか。ならこれを見ろ。今朝見たら俵がへこんでるじゃねえか。これじゃ使い物にならねえや。品物は返すから金を戻しとくれ。」

金造「そいつあ、できねえな。だいたいどこに置いたんだ。」

男衆「門松と言やあ表に決まってるだろう。」

金造「注意書き読まなかったか?水気を避けて下さいってあったろ。こないだの雪溶け水を吸っちまったんだよ。」

男衆「そんな門松があるかい。本品は不良品に付き代金を返すことを申し渡すって役所も言ってるんだ。」

すったもんだしたあげく明け方には結局すべて返金をすることとなりました。

金造「参ったね。赤字だよ。でも熊が共同経営者でよかったよ。半額だしな。」

熊吉「どうしてだよ。」

金造「契約書に名前書いたろ。儲けが半分なら損も半分だ。」

熊吉「お綱どうしよう。」

お網「ちょいと見せて下さいな。確かにそのようですわね。でも残念ね。年が明けたので契約は切れてますわね。」

金造「しまった。とほほ・・・。年明けそうそう負債地獄かい。」

熊吉「利息をつけてくれりゃいくらか貸してやってもいいが。」

金造「てやんでぃ。こちとらも江戸っ子だ。ダチに金を借りるほど落ちぶれちゃいねえや。瓦版がもっと売れりゃなあ。」

熊吉「記事が面白れぇって評判よかったのにどうしたい。」

金造「だめ。最近は見た目が派手な絵がないと売れない。どこかに安く挿し絵を描いてくれる絵師はいないかねぇ。」

熊吉「絵は良くわかんねえが、今行ってる客が絵を描いてるって言ってたなあ。かつしかあーほくさいとか。」

金造「え、あの有名な浮世絵師の北斎かい。」

こいつはすごいってんでさっそくふたりそろって絵師の所へやってまいりました。

金造「あなた様があの有名な北斎先生で。あっしは瓦版屋の金造。できりゃ一つあっしの瓦版に絵を描いてもらいてえんだが。」

絵師「いや、北斎(ほくさい)じゃなくて、阿北斎(あほくさい)だ。」

金造「え、あほくさい先生?熊、なんだか話しが違やしねえか。」

熊吉「おいらは、かつしかあーほくさいってちゃんと言ったぞ。」

金造「紛らわしい言い方すんじゃねえや。ところで先生も絵師なんでしょ。一つ絵を見せてもらえませんか。」

絵師「構わんが、凡人にはちと理解できんぞ。」

金造「こちとらも瓦版屋の端くれ。さんざ絵は見てきてるんだ。善し悪しぐらいは分かるってもんだ。」

絵師「押し入れの中にあるから適当に見ておくれ。」

そう言われて金造は押し入れから一枚の絵を取り出します。そして顔をしかめると絵をぐるぐる回し始めました。

金造「あのお、こいつあどっちが上ですかい。」

絵師「銘が入っている方が下だ。そんなことじゃ何が描いてあるかもわかるまい。」

金造「んな事ぁあるかい。目があって口がある。なにかの顔だね。前と後、右と左が全部見えるね。わかった、鯵(あじ)の開きだ。」

熊吉「平目(ひらめ)じゃねえのか。」

絵師「それは人の顔だ。だから凡人にゃわからないって言ったんだ。あと百年はしないと理解されないだろうなあ。」

金造「もっとまともなのは、ねえのかい。富士山とかさあ。」

絵師「それならこっちだ。」

金造「まともなのがあるじゃねえか。しかし何で上下あべこべに立てかけてあるんだ。」

絵師「だから逆富士だ。」

金造「しょうがねえな。こいつでいいや。ちょっくら借りるよ。」

さっそく長屋へ帰った金造、絵をスキャナという機械で読み込ませまして瓦版のページにひっくり返して貼り付けます。しかも、時間によって色が変わるって凝りよう。数日の内に噂が広まって瓦版の売り上げもうなぎのぼり。

金造「先生の御陰で、儲かりました。」

絵師「そうかい。じゃあ使用料を払ってもらおうか。」

金造「売り上げの一割で1両。」

絵師「馬鹿をお言いでない。あの絵だったら十両が相場。」

金造「それじゃあ、こっちの取分が無くならあ。ちと高過ぎやしねえか。」

絵師「いやいや、物が富士だけに高値(高嶺)は当然。」