金造「おう、熊。遊びに来たよ。」
お網「これはこれは、金造さん。お久しぶりです。」
金造「あ網さんもすっかりおかみさんだねえ。」
お網「いやですよ。まだ若いんですからね。」
熊吉「おう、金公。まあ、上がっとくれ。」
金造「今までは隣だったけど、こう離れちゃ、ちょくちょく来れねえやな。」
熊吉「親方があの長屋は環境が悪いってんで、しかたなかったんだ。」
金造「その親方はどうしたんでえ。」
熊吉「子供が出来るまでは二人だけで暮らせばいいって。」
金造「随分物分かりがいいじゃねえか。」
お網「そりゃ、大事な後取りですもの。」
金造「後取りって柄かい。あっと驚くような面しやがって。」
お網「金造さんの顔よりずっといいですよ。それに男は顔じゃないですから。」
金造「あ、あそこなら俺も負けてないよ。ガキの頃はよく張り合ったな。」
熊吉「なんだい。妙なことじゃないだろうな。」
金造「裏の空地で、小便飛ばし。」
熊吉「やったやった。確かに金公のはすごかった。」
金造「始めちょろちょろ、中ぱっぱ。赤子泣いても振り向くなって言ってな。」
お網「男の方ってそんな遊びをしてるんですか。」
熊吉「そりゃ、遊び道具もない貧乏人だ。」
金造「ちゃんばらもよくしたな。」
お網「え、そんなことまでできるんですか?」
熊吉「棒っ切れ拾って来て。金公はずるいから、真っ黒な棒持ってくるんだ。黒檀だってぬかして。」
お網「随分、高いのもを。」
熊吉「それが、火掻き棒を黒く塗ってやがったんだ。」
金造「何いってやがる。てめえも、紫に塗って紫檀だって言ってたじゃねえか。」
お網「あらまあ。それじゃ他の子はかなわなかったでしょう。」
熊吉「だいたい大家んとこのせがれがいけないんだ。金のあるのをいいことに備長炭なんぞもってくるから。」
金造「そうだったな。」
お網「思い出話ですか。幼馴染みはいいですわね。」
熊吉「お嬢さんは箱入りだから遊び相手も大人ばかりでしたね。」
金造「熊、自分の女房にお嬢さんはないだろ。」
お網「熊吉さん。こないだも、ご隠居さんに言われたじゃないですか。」
熊吉「お嬢さんこそ熊吉さんだなんて。」
お網「だって・・・お前さん。」
熊吉「何だい、お前。」
金造「けっ、馬鹿馬鹿しい。こんな熱いとこいられねや。」
熊吉「おっ、待ってくれよ。熱いで思い出したが最近うちのワンちゃんが熱があるみてえなんだ。」
金造「何だい、犬でも飼ってるのかい。」
熊吉「ワンちゃんてえのは椀頭様のことだよ。」
金造「へっ、どうせ二人にあてられて熱だしてんだよ。」
熊吉「そんな意地悪言わないでさあ。お茶菓子に羊羹つけるからさ。」
金造「え、そうかい。じゃあ、ちょっと見てみるかな。」
熊吉「どうでえ。」
金造「うん、うまい。」
熊吉「羊羹のことじゃないよ。ワンちゃんだよ。」
金造「黒いよ。」
熊吉「だから羊羹じゃないって。」
金造「違うよ。おめえ、いつパソコン掃除した。」
お網「失礼ね。毎日拭いてます。」
金造「中だよ。中のほこりをいつ叩いたかって聞いてんだよ。」
熊吉「中って?」
金造「しょうがねえなあ。パソコンってのはな。たまに中のほこりを取り除く必要があんだよ。ほら、熱で焦げて真っ黒になってるだろ。」
熊吉「本当だ。金公の腹ん中みてえだ。」
金造「てめえは一言多いんだよ。このまま放っといたら火事になっちまうんだぞ。」
熊吉「おいら字が読めねえから説明書みなかった。」
金造「説明書になんか書いてねえよ。それに字ならお網さんが読めるだろう。常識ってやつよ。」
熊吉「何だい、一番非常識なやつが良く言うよ。」
金造「瓦版屋てえのは常識を越えるから売れるんでい。第一、それが火事を防いでやった恩人に向かっていうことかい。」
お網「まあまあ、二人とも熱くなっちゃって。仲が良いんだか悪いんだか。」
金造「二度と来てやるもんか。」
熊吉「結構。お網、塩まいときな。・・・待った待った、塩がもったいねえや。」
金造「熊の野郎、結婚してから変わったね。しかし、面白くないね。なんで、熊みてえな教養のないやつが結婚して、俺が独りなんだろね。しかし、驚いたのはパソコンだね。あんな黒くなるまで放っとくなんてな。これじゃ今に町内のどこかで火事が起きるね。」
家に帰って来た金造、何を思ったのか大きな板に字を書き始めました。
金造「これで良しと。後はカモがネギ背負ってくるのを待つだけと。」
大家「金さん。表の看板は何だい。」
金造「見りゃ解るだろ。パソコンの掃除引き受けますってんだ。」
大家「掃除なんて皆やってるよ。」
金造「大家さん。パソコンの中を掃除してるかい。」
大家「何だい。中なんてするわけないだろ。」
金造「だから素人はやだってんだ。後で火事になっても知らねえよ。」
大家「おいおい、やなこというね。火事なんか起きたら大損だよ。・・・成る程、そういう事かい。それじゃ一つたのむよ。」
金造「大家として長屋が火事になったら大変だろ。皆に宣伝してくんねえ。」
大家「そりゃ助かるよ。」
金造「これで、儲かるね。一台、16文ってのがみそだよ。そば一杯の値段ならってんで客がどんどん来るね。そしたら隣町に出向いてもっと儲けるぞ。」
それからしばらく経ちましたがいっこうに客が参りません。
金造「おかしいね。大家のやつ油売ってんじゃねえだろうな。ちょっと見てこようかな。」
大家「いやあ、助かったよ。火事にでもなったら大変なとこだ。」
隠居「まったく。」
金造「やい、大家。何してやがる。まだ客が一人も来ねえぞ。」
大家「やあ、金造かい。」
金造「なんだ。それが町内を火事から救ってやろうって人に向かう態度かい。」
大家「だれが、救うって。おまえなんざ、夜店で金魚でもすくってな。」
金造「憎たらしいね。そんなこといって後で後悔しても知らねえぞ。」
大家と隠居が来たほうへ行くってえと行列が出来ております。
よく見ると皆、手に手にパソコンを抱えております。
金造「何だい、この行列は。」
若衆「何だ、おめえ知らねえのか。今度出来た。パソコンショップだ。開店祝いにパソコンの無料掃除をしてくれるんだ。」
金造「なんだ、商売敵かい。ただでされちゃかなわないよ。やいやい、何だって人の商売の邪魔しやがんでえ。」
店主「なんですか。あ、無料掃除ね。ちゃんとお役人の許可をとってますよ。家は年一回だけのサービスですから。」
金造「年一回だけって、それじゃ埃が溜まる間がねえじゃねえか。」
店主「ほらほら、お客さんの邪魔ですからどいて下さい。」
熊吉「金公じゃねえか。おめえも掃除してもらいに来たのかい。」
金造「なんだい。熊、さっきおめえんとこは俺が掃除してやったばっかしじゃねえか。」
熊吉「やっぱり、プロにお願いしようかと思って。」
店主「お掃除頼むならプロにお任せ。出す金あるなら商品買って。」
金造「しゃくだね。何か儲ける手段はないかね。」
先生「おや、金造さん。どうしました。」
金造「あっ、先生。どうしてここに。」
先生「ここの店主がな。家の夜学の生徒でな。」
金造「え、そりゃないよ先生。せっかくの儲け話がぱあだ。」
先生「まあそう言うな。コンピュータの掃除なんて手間ばっかりで儲からん。それよりコンセントまわりの掃除のほうが大切じゃ。」
金造「どうしてです。」
先生「コンピュータが燃えてもそれだけで済むが、コンセントで火を吹くと家中丸焼けになるでな。」
金造「でも滅多にないでしょ。」
先生「そうでもないぞ。布団の上げ下ろしで結構埃が溜まる。さらにネズミが線をかじったりと被害が出ておる。」
金造「いいこと聞かせてもらった。」
さっそく家に戻った金造は頬っ被りをして叩きやら帚を背負って参りました。
金造「え〜。掃除屋でございます。コンセントまわりのお手入れを放っておきますと大火事の元。月に一度は大掃除。掃除するなら専門家。」
大家「おや、金造さん。今度は何だい。・・・へえそうかい。先生が言うなら間違いねえ。で、いくらだい。」
金造「掃除と言えば、出す気があんなら100文100文ってな。」
大家「高えなあ。」
金造「火事になるよりゃいいだろ。毎月契約するなら半額でいいよ。」
大家「家は年一回でいいよ。」
金造「しけてんね。あ、それから企業秘密だから近寄っちゃだめだよ。」
元々情報通の金造のこと。コンセント周りの埃をはたき、湿っているところは乾拭きをしてネズミのかじった線を補習いたしました。
大家「へえ、器用なもんだね。」
金造「瓦版で鍛えた指だ。このくれえは屁でもねえ。」
一時ほど掃除をして約束通り100文もらいます。
金造「毎度あり。年一回でも副業としちゃありがたいね。本当に毎月だったら身が持たねえからね。」
隠居「お、金さんや。先生から話は聞いた。家もやっとくれ。」
金造「へい。ありがてえね。どっかの薄情な大家とは大違いだ。やっぱり、先生と呼ばれる人は違うね。」
それから一ヶ月金造の掃除屋は引っ張りだこで、本業そっちのけでしたが、その後1年経ってもさっぱりおよびがかかりません。
金造「おかしいね。もうそろそろお呼びがあってもいいころなんだが。」
不信に思った金造は大家のところへ参ります。
金造「え〜。掃除屋でござい。そろそろ掃除の時期かと。」
大家「家は間に合ってるよ。」
にべもなく断られた金造は町内中まわります。
「間に合ってらあ。」
「まだ大丈夫だよ。」
どこへ行っても断られます。
金造「熊。おめえんとこが最後の頼みだ。掃除させてくれ。」
熊吉「家も間に合ってんだ。」
金造「さては商売敵が現れやがったな。どこのどいつでえ。」
熊吉「そうじゃねえよ。あそこに箱がついてるだろ。」
金造「なるほど。箱があるな。」
熊吉「あの箱のおかげで埃がたまらねえんだ。それと、ほれ、この太いつつ。これに線を全て通したからネズミの害もねえ。」
金造「なんだと。誰がこんなもん持ってきたんだ。」
熊吉「昨年、おめえが掃除した後、行商が50文で売りに来た。掃除に100文もかけるくらいならってんで町内ほとんど買ったな。」
金造「ちきしょう。人の後つけて上前跳ねやがったな。こちとら体使って稼いでるってのに。」
先生「何を怒鳴っておるのかな。」
金造「これこれこういう訳だ。これが怒らずにいられるかい。」
先生「100文なんてあこぎな商売をするからですよ。それにその行商は私の弟子だ。金造さんのすぐ後に良い商売はないかっていってきたんで教えた。」
金造「なんで余計なことを。」
先生「わしはおまえさんがそんな高い値段を付けると思ってなかったからな。元手は数文だろ。正直に生きるのが一番だよ。」
金造「いえ、この世は掃除し者が馬鹿を見ます。」