先生「金造さん、シンシナティ空港に着きましたよ。」

金造「もう着いたかい。しかし、うるさい飛行機だったね。」

先生「あなたのいびきのほうが大きかったですよ。」

金造「嬉しいね。江戸っ子は負けるのが嫌いだからね。」

先生「自慢になりませんよ。先ずはモーテルに行きましょう。」

金造「え、先生と二人?やだなあ。どこかでナンパしましょうよ。」

先生「妙な想像はしないで下さい。宿屋ですよ。」

宿屋「チェッキン?」

金造「え、貯金する金なんざ無いよ。」

先生「貯金ではありません。部屋の鍵をもらうんです。」

金造「チェックインのことかい。やだな、この人なまってるよ。」

先生「なまっている訳じゃありません。とにかく金造さんは現金もカードもないですから私が代わりに済ませます。」

金造「ありがたいね。通訳に案内付きで旅行できるなんてありがてえね。」

先生「私は仕事がありますから、昼間は一人で過ごして下さい。」

金造「そりゃ、無茶だ。馬の耳に念仏だよ。」

先生「なんですか?」

金造「なに言われてもわからねえって事ですよ。」

先生「使い方が違いますよ。しかし、門前の小僧習わぬ教を読むとも言います。その内慣れますよ。最初はテレビでも見て英語に慣れてください。」

二人とも部屋に入ってひとしきり休みをとってロビーに戻ってまいります。

金造「メリケンのテレビは面白いね。」

先生「おや、英語がわかりますか。」

金造「いやあ、チャップリンは楽しい。」

先生「隣にモールがあるそうだから出かけてみましょう。」

金造「そんなぼろいところ行くんですか。」

先生「別にぼろくはないが。」

金造「だって漏るんでしょ、雨が。」

先生「モールってのはショッピングセンタだ。デパートと小売り店が一つの建物に入ってるんだ。」

金造「そうなんですか。へー面白い国だね。ショッピングセンタがモルならモラネエは地下街だね。」

先生「何を言ってるんですか。それから買物は後でして下さい。今から買って荷物を増やしても大変ですから。」

金造「どっちみち、金がねえんだ。買いたくっても買えねえや。」

先生「迷子にならないように近くにいて下さい。」

金造「子供じゃんえんだ。平気だよ。」

「カランコロン。」

金造「周りの連中がこっちを指差してるよ。」

「カランコロン。」

金造「俺って有名人だったのかね。」

先生「浴衣に下駄履きじゃ誰でも見ますよ。」

金造「夕時の格好といやあこれ以外にあんめえ。日も高いし、うちわとか手拭いも持ってくりゃよかったね。」

先生「妙な事をしないで下さいね。普通でさえ日本人は変に見られるんですから。」

金造「腹が減ったんだが食事はまだかい。」

先生「忘れてました。時差ぼけですかね。日本じゃまだ夜が明けてませんからね。」

金造「これだからインテリは困るね。郷に入っては郷に従え。老いては子に従えってね。こちとら腹時計だから正確だよ。お天道さんの角度で飯の時間わかるからね。」

先生「それじゃ、冬に北極に行ったら困りますね。」

金造「大丈夫。おいら一日五食だから夜中でも月の角度で腹がすく。」

先生「雨の日はどうしてるんです。」

金造「そん時は重力の変化で。」

先生「満月の日は犯罪が増えると言いますから、金造さんならありえるかも。」

金造「せっかくメリケンに来たんだから、地元のものを食いたいね。」

先生「シンシナティと言えばチリが有名だが。」

金造「地理より歴史が得意なんだが。」

先生「その地理ではないです。食べ物の名前です。チリビーンという豆の料理ですよ。」

金造「豆なら枝豆がいいね。ビールも付けて。」

先生「ありせんよ。」

金造「なら、そのチリってのでいいや。」

先生「どれにしますか。」

金造「適当に見繕ってくんな。」

先生「それじゃ、パスタとコニーとスープにしましょう。」

金造「何だい、チリってミートソースのことかい。」

先生「見た目は似ていますが違いますよ。」

金造「妙な味だね。あ、このスープは辛くてうまいね。ところで何だいスパゲテーに豆が入ってるよ。それに茹で過ぎだね。文句言ってやんなきゃ。」

先生「およしなさい。この国でアルデンテのパスタは無理です。」

金造「アルデンテは、ないでんて?」

先生「ホットドッグみたいのがコニーです。」

金造「これにも豆が入ってるよ。それにしても味の無い豆だね。」

先生「それがチリビーンだ。」

金造「チリ豆は良くないね。やっぱり、豆は日本に限る。」

先生「何だかんだと言って、全部食べましたね。」

金造「もったいないからね。」

先生「残ったら持ち帰りができるんですよ。」

金造「なんだい、メリケンの連中はけちなんだね。」

先生「食料危機が来ようってご時勢です。いいことですよ。」

金造「そのわりにゃ、食器を全部ごみ箱に捨ててるよ。」

先生「もったいないことです。日本も割り箸を捨てますけど。ヨーロッパでは昔はスプーンを自前で用意して出かけたといいます。」

金造「異人のすることはわからねえね。ところで楊枝はないかねえ。」

先生「場所によってはありますが、こういったとこではありませんね。」

金造「いいや、飛行機でくすねてきたんで、これを使うから。」

先生「音をたてないように。」

金造「面倒だね。なら使わないよ。にいちゃんビールくんな。」

店員「ビル?」

金造「そう、ビール・・・って何で金を持ってくるんだい?現金がなきゃ呑めないの?」

先生「ビルってのは紙幣のことです。ビアと言わないと通じません。もっともこういうとこには酒はありません。」

金造「酒がないの?このクラッカーはどうみてもおつまみだよ。」

先生「チリにはなぜか付き物なんです。酒はレストランか酒場でしか飲めません。」

金造「酒が安いってんで楽しみに来たのに、しょうがねえなあ。花見ったって桜がないね。表で月を見ながら宴会でもするかね。」

先生「表で酒を呑むのは、はしたないことです。部屋で呑んでください。」

金造「不便な国だね。ところで何だい、このタクシー代ってのは?」

先生「TAXは税金のことです。」

金造「タクシー会社が税金集めてるの?」

先生「綴りは似てるが、タクシーとは関係ありません。これから地図を買いに本屋に寄りますから。」

金造「え?本屋ですか。嬉しいね。ここが本屋かい。雑誌はここだね。水着の表紙が一杯だね。・・・ってこれ全部フィットネス関係だよ。」

店員「Can i help you?」

金造「いいとこに来た。Hブック、OK?」

店員「What?」

先生「どうしました。アダルトマガジンは店のカウンタの奥に隠してあるんです。」

金造「へ?見れないの?」

先生「その手の本は子供達の目に触れないようになってるんです。」

金造「妙な国だね。墨消しがないのに本は隠すんだから。なのに水着や下着姿の本はやたら出てるし。」

先生「外人にとっては日本のほうが妙だと言いますよ、きっと。」

先生「そろそろ宿へ帰りますか。」

金造「まだ、日が高いよ。」

先生「もう、夜の八時ですよ。」

金造「からかっちゃいけませんよ。」

先生「今はサマータイムです。」

金造「何です、その殿様タイムってのは。若い女の帯を引っ張ってくるくるくる・・・。」

先生「夏時間ですよ。普通より1時間早いんです。それにここは時間帯の西外れですから東京に比べて2、3時間は違って感じます。」

金造「今日は疲れたから、休むかね。酔いが回ってきたね。熱くなったよ。」

先生「金造さん、見慣れないハンカチですね。」

金造「これですか、部屋の風呂場にあったんですがね。気が効いてるじゃねえか。ちっこいハンカチまでおいてあった。」

先生「それは石鹸をくるんで体を洗うタオルだ。そんなもんで顔を拭いちゃいけない。」

金造「なんだよ。ひでえな。異人てえのは図体がでかい割に小さい手拭いを使うんだね。」

先生「日本人が手拭い一本を何にでも使うのは驚きだと思うね。例えばこの国じゃ店の掃除も使い捨ての紙でするんだ。」

金造「ずいぶん異人はもったいないことをするね。」

先生「雑巾がないからね。」

金造「ところで日本は今何時頃かね?」

先生「翌日の朝9時ですね。」

金造「半日も進んでんのかい。確か、早く動くと時間が遅れるって聞いたよ。飛行機に乗ってたから時間が遅れたんだね。もう一回乗れば一日儲けるね。」

先生「そんなことはありませんよ。戻れば元に戻ります。」

金造「え?そうなの。つまんねえな。今頃熊は何してるだろうかね。大工の割にそそっかしいからね。こないだも釘を咥えてるまま飯食っちまってな。ナス漬けに釘が入ってたって騒いでたしな。」

先生「金造さんはどうなんですか。」

金造「おいらはそんなドジはしないね。ナスの代わりに釘だけ持ってったことはあるけど。」

先生「それも相当ですね。」

金造「ナスがなかったんだ。でも貧血予防にならあ。小銭があるときはそいつも漬けとく。」

先生「汚いですからおよしなさい。それにたいして貧血にききませんよ。」

金造「いやあ、金欠予防にはなります。」