金造「よ、御免よ。先生、旅に出るんだって。」

先生「明日、ハリーの故郷のメリケンに行くことになりました。」

金造「みずくせえじゃねえか。早く言ってくれりゃ長屋の皆で、盛大に送別会をしたのによ。」

先生「仕事で行くんですよ。一月ほどのことです。」

金造「うらやましいなあ。おいらもついてきたいね。金はねえけど。」

先生「同行の者が、病気で倒れたから代わりにただで連れていってもいいが。」

金造「お、ついてるね。横丁ネットのホームページに記事がかけるってもんだ。」

先生「パスポートはありますか。」

金造「2年前に横丁で海外旅行する計画があって取った。」

先生「おや、それはよかった。」

金造「それが、海の向こうっていっても、佐渡が島と来たもんだ。」

先生「それはお気の毒でしたな。ところで、支度はすぐできますか?」

金造「支度ったって、こちとら着のみ気のままだ。すぐにでも行けらあ。それに外国は裸だし。」

先生「アフリカじゃないから、服は着てますよ。」

金造「でも、インターネットじゃ皆裸だったよ。」

先生「それは普通じゃありません。とにかく、翌朝九時に立ちますから。」

一夜明けた朝。

先生「金造さん。出る時間だよ。」

金造「どれにしようかな。迷うなあ。」

先生「何してるんだい。」

金造「あ、先生。今ね何着て行こうか考えてるんだ。」

先生「普段着でいいですよ。」

金造「そうですかい。こないだ見た映画じゃ、山高帽に燕尾服ででかい靴履いてたが。」

先生「いつの話だい。」

金造「20年前。東京見物がてら熊が茶が飲みてえっていうもんで、店に入った。」

先生「お茶するのに映画館ですか?」

金造「茶とプリンが出るって聞いたから。」

先生「それはチャップリンと言って役者の名前だ。」

金造「そうですかい。ポップコーンとコーラしかないんで変だとは思ったんだ。」

先生「現金はあまりいりませんよ。カードを持っていって下さい。」

金造「こちとら江戸っ子でえ。宵越しの金は持ってねえや。で、カードってこれですか。」

先生「それはトランプだ。クレジットカードですよ。」

金造「そんなもんねえよ。」

先生「しかたありません。向こうでは私が立て替えましょう。」

さて、ふたり仲良く空港へとやってきました。

金造「船じゃないんですか?」

先生「江戸時代じゃないんだ。飛行機で行くんですよ。」

金造「へえ、そいつは、はえんですか?」

先生「そうだね。10時間ほどで着きますから。」

「ピーピーピー。」

係員「何か金属物を身につけてませんか?はずしてもう一度入り直して。」

金造「あるけど、外すのは大変だよ。」

係員「いいから外して。」

金造「一人じゃ無理だよ。だって入れ歯だから。」

係員「それくらいじゃ鳴りませんよ。他にありませんか?」

金造「と言ってもなあ。」

係員「ところで、手に持ってる鎖は何ですか?」

金造「これ?メリケンは物騒な国だってから、用心に。」

係員「だめですよ。置いて下さい。ほかにありませんか。」

金造「ポケットに護身用ナイフ。背中に金属バット・・・」

係員「全て出して。」

「ピーピーピー。」

係員「まだ何か仕込んでませんか。ボディチェックさせてもらいます。・・・胸の硬いのは何です。」

金造「鎖帷子(くさりかたびら)。」

係員「困りますね。脱いで。・・・腕に付けてるのは?」

金造「鉄甲。この帽子に見えるのが兜でできてる。」

係員「戦に行く侍じゃないんだから全部脱いで。」

金造「何言ってやがる。職場は男の戦場だ。外に出りゃ七輪も敵てくらいだ。」

係員「七人の敵でしょ。困った御方だ。」

先生「余分なものは自宅へ送りましょう。道中は長いんです。身軽な方がいいです。」

金造「そうかい、助かったよ。ここに来るまで重くて肩凝っちまったから。」

ようやくチェックインを済ませまして飛行機に乗ります。しばらくすると、ゴーという音とともに飛び立ちます。

金造「先生、随分うるさい音だね。」

先生「仕方有りません。なにせ、空を飛んでいくんですから。」

金造「へ?飛ぶの。こんなに人間を載せて?」

先生「おや、金造さんは飛行機は初めてかい。ジェットエンジンといって暖かいガスを後ろに勢い良くだして進むんだ。すると翼に浮力が生じて浮く訳です。」

金造「てえと、この音はこいつのおならかい。それで、へこきってんだ。」

先生「へこきではなく飛行機です。」

金造「どっちでもいいやな。しかし、おならで空を飛ぶたあ世の中変わったもんだ。」

しばらくするとスチュワーデスが来ます。

スチュワーデス「ティ・オア・カフィ。」

先生「ノーサンキュウ。」

金造「何だかわかんねえこと言ってるね。とりあえず先生と同じこと言えばいいや。」

スチュワーデス「ティ・オア・カフィ。」

金造「脳天気。」

スチュワーデス「ホワッツ?」

やがて機内食が配られます。

スチュワーデス「チキン・オア・ビーフ?」

金造「なんだって?茶巾寿司?」

先生「料理は鳥肉がいいか牛肉がいいかって聞いています。」

金造「先生と同じでいいや。」

先生「セイム・イッツ。」

スチュワーデス「OK。」

金造「それ知ってる。西部と言やあ、OK牧場の決闘だ。」

先生「セイムは同じ物ってことで、OKとは了解ということだ。」

金造「とにかく西部とOK牧場で通そう。」

また、しばらくするとスチュワーデスが来ます。

スチュワーデス「ティ・オア・カフィ。」

先生「カフィ。」

金造「西部。」

スチュワーデス「OK。」

金造「よっ、通じたね。しかし、なんだいこの黒い水は。石油かい?しかも味がない。」

先生「コーヒーですよ。砂糖とクリームは自分で入れるんです。水代わりですからとても薄いんです。」

金造「何だ。肌色なのがコーヒーとばっか思ってた。水の方がましだね。」

先生「生水は飲まないでください。危険ですから。」

金造「え、そうなの。じゃ、外人は何を飲んでるの。」

先生「ミネラルウォータといって、特別な水を買うんです。」

金造「昔、日本でも水売りがいたってきいたことがある。それで水売り州ってのがあるのか。」

先生「それはミズリー州だ。」

金造「ところでどこへ向かうんです。」

先生「オハイオ州です。」

金造「なんですか。そこは年中朝なんすか?」

先生「どうしてです。」

金造「お早う州でしょ。」

先生「オハイオです。シンシナティという町へ行きます。」

金造「あれはうまいですね。シナモンティー。」

先生「金造さん、わざとまちがえてませんか。」

金造「江戸っ子はそんなまどろっこしいことはしねえや。で、そこには何があるんです。」

先生「レッズのホームグランドがあるな。」

金造「俺ファン。けど弱いんだよね。浦和レッズね。」

先生「シンシナティレッズってゆう野球チームです。」

金造「野球チームがサッカーするの。」

先生「野球です。ダイリーグですよ。どことの試合が見たいですか。」

金造「ジャイアンツ。」

先生「なるほど、サンフランシスコ・ジャイアンツですか。」

金造「いえ、読売・ジャイアンツ。」

先生「ないですよ。」

金造「なら、どうでもいいや。他には何かないんですかい。」

先生「動物園とか美術館のようなのもがある。」

金造「パチンコ屋はあるかい?」

先生「ないだろうね。」

金造「え、そりゃ退屈な街だね。競馬か競艇は?」

先生「ない。あいにく、競馬は隣のケンタッキー州だ。」

金造「それじゃ、そっちに行きましょう。」

先生「行ってもいいですよ。一人で。」

金造「え?あっし一人で。無茶なこと言うね。北極行っちまうかもしれないよ。」

先生「それならテレビにでれますよ。」

金造「ところで厠(かわや)に行きたいんだがどこでえ。」

先生「後ろに人が並んでるでしょ。そこがトイレです。」

金造「お、御免よ。ちょっくら通してくんねえ。男用とか分かれてないのかい?なら、若え女性の後がいいね。」

乗客「エクスキューズミー。」

金造「え?くせえ屑(くず)め?確かに一月ばっか風呂にへえってねえからくせえかもしれねえが、屑とはなんでえ。」

先生「大声を出さないで下さい。え、くせえ屑?それは英語で、ちょっと失礼という挨拶ですよ。」

金造「ちょっくら御免よって言ってたのか。そいつはすまねえ。カミソーリ、ヒゲソーリ、アムゾーリ。」

先生「無茶苦茶いっちゃいけません。アイムソーリでしょ。」

金造「アイムソーリ、ユーアダイトウリョウ?」

金造「まったく、厠に行くのも一苦労だね。しかし、ただ座ってるのもつまんねえな。ところで今どの辺かね。」

先生「モニタの画面をつければわかります。チャンネルを動かすと地図と飛行機の絵がでるでしょ。」

金造「ちっちゃいね。このへこき野郎のいるところを飛んでる訳ね。まだ海の真ん中じゃねえか。」

先生「そうですね。ハワイの北あたりですね。やっと半分ぐらいです。」

金造「退屈だね。こう退屈だと眠くなるね。どこか横になれるところはないかな。」

先生「椅子で寝るんです。枕と毛布があるでしょ。」

金造「枕?どれです。その白いやつなら足元だ。」

先生「足置きじゃないんだ。頭にしてください。ところで毛布は?」

金造「鞄の中。たいしていいもんじゃねえが、へこきに乗った土産にしようかと。」

先生「持ってっちゃいけません。枕と毛布は置いてくんです。」

金造「けちだね。10時間もこんな窮屈なとこにいるんだ。土産の一つも欲しいやな。」

先生「ところで、チップ用にいくらかあげましょう。」

金造「チップなら持ってきた。」

先生「日本のじゃだめですよ。」

金造「へ、だめなの?困ったな。せっかく作ってもらったのになあ。」

先生「作っちゃたの?偽造は犯罪ですよ。」

金造「知らなかった。食っちまえば平気ですかね。」

先生「体に良くないですよ。」

金造「そうなの。おいら毎日食ってたよ。ポテトチップ。」

先生「チップというのは、御礼に払うお金です。」

金造「御足ならそう言ってくれよ。1円かい10円かい?」

先生「普通1ドルぐらいですから百数十円てとこです。タクシーや食事の場合は料金の2割弱が相場です。」

金造「代金の他にお礼がいるの?不便な国だね。」

先生「その分、物価が安いと思えばしかたないでしょ。」

金造「そのチップっての払わないといけないんですか?」

先生「いけなかないが、マナーだな。」

やがて飛行機が空港に着きまして、乗客がおり始めます。

金造「スチュワーデスさん。迷惑かけちまったな。これはチップだ、取っときな。」

スチュワーデス「ノー、サンキュー。」

先生「金造さん。スチュワーデスにはチップは渡さなくてよろしい。日銭で暮らしてるような人達に渡すんだ。」

金造「じゃあ、あっしにこそチップをくだせえ。」

金造「外国の空港は広いね。動く歩道がほしいね。おや、人だかりのなかで何か動いてるね。ははあ、あれに乗るんだね。よいしょと。随分と傾いてるね。腰掛けても滑るね。お、皆こっちを指差して何か言ってるよ。きっとうらやまいがってるんだね。」

先生「金造さん。荷物と一緒にぐるぐる回って何してるんです。危ないから降りてらっしゃい。」

金造「何って、動く歩道に乗ってんだい。」

先生「降りてきなさい。」

金造「あれ、また先生だよ。先生、足が速いね。元は忍者かい。」

先生「あなたが同じところを回ってるんです。」

金造「本当だ。さてはメリーゴーランドだったか。」

先生「荷物を取ったら・・・と言っても荷物がありませんか。次に入国審査があります。英語で答えられますか?」

金造「そのくらいはインターネットで勉強してらあ。」

先生「じゃ、私が先に済ませますから。」

金造「あっちの方が空いてるよ。」

先生「いけません、そっちはメリケンの人達が通るとこです。我々はこっちを通るんです。とりあえず、申請書は記入しておきましたからサインだけ入れてください。」

金造「皆何話してるんだろうね。あんた日本人かい、いい男だねなんていわれたらどうしようかね。仕事が終わったら飲みに行ったりしてね。酔いが回ってくるよ。するってえと一人暮らしは物騒でなんてぐちがでるね。今夜一緒に泊ってくれると安心なんだけどなんてな。よわっちゃったね。」

乗客「なんか一人妙なのがいるよ。一人でぶつぶつ言って照れてるよ。」

金造「帰るってえと独り住まいの部屋だ。ひんやりしてるね。酔いがさめると余計に寒いね。一緒にベッドに入ってあっためてなんて誘われるね。据膳食わぬは男の恥じだよ。そんじゃあってんで横に入るね。」

乗客「おい、あの東洋人いきなり床に横になったよ。面白いから向こうのゲートにいる皆も呼んどいで。」

金造「まだ寒いって言うよ。そりゃ入ったばかりだもんね。そのうち女の方が寄ってくるよ。二人の手が触れ合うね。メリケンの娘だ、肌は白いよ。そのうち素肌であっためてなんて言い出すよ。」

係員「御客さん、こんなところで脱いじゃ困ります。立って立って。」

金造「誰だい、せっかくいいところで邪魔するのは。」

係員「とにかく入国審査をしてください。」

金造「おや、日本語が話せるじゃねえか。ありがたいね。なんでも聞いてくんな。」

係員「私は審査官じゃありません。通訳しますからさっさと進んで下さい。」

先生「やっと来ましたか。随分長かったですね。。」

金造「いやあ、メリケン娘(こ)はしつこくて。」