句集『ひとはしり』

書誌

 梅柳庵其隣(梅松庵)編 卓志序 芹舎発句
 京都 馬場利助(摺) 明治5年刊
 10丁 22.4×15.6cm
 鳴弦文庫蔵

兵庫の其隣ぬししはらく風流の
舩待なりしを浪花の追風に
吹おこされとみにまくり手して帆を
まき/\のかさなりぬれはしかさす
笘のとちものとなし一走りと号
みなと/\の得意に送りその品さためを 
         「ひとはしり」 

     上部の印は、七十二峰庵の蔵書印。
     静岡の松島十湖の蔵書であったようだ。       
はや草の小道となりぬ啼蛙     芹舎     
  風の柳のふりこほす雨      其隣
塞かすに置しこたつの間にあうて  素屋
  旅のはなしのまた尽ぬ也     卓志
物くれて使をいなす宵の月      潮水
  とうと野分も来す仕舞らし     舎
       きかまほしとなりおのれちから路
       となる神戸に碇をおろし居れは
       [舟益]にたちてこのことはりをのふる
            西京
             壬申水無月   卓志
すた/\と角力の弟子の追付て  水 
  縄のあまりを口て喰いきる    舎
ひとしきり鼠もあれる花のうち    隣
 寝にくきほとにあたゝかな宵    屋
川留にへらした春のをしまれて    志
 赤兀山を正面に見る         水
けふ太義して置くは又翌から     舎
 新潟唄は供の得手もの       燐
      ことし酒歩行はさめて拍子なき   隣          
       顔を見るより恨みたら/\    屋
      挑灯の紋は目なれぬ借処     志
       とつてもつかぬ庭鳥か啼     水
      居残るは分別すきた衆はかり   舎
       ひらきおくれし葉隠の蓮      隣
      朝雨ははれても月の見ゆる空   屋
       右も左も螽飛ふ道          志
はた/\の飛て蜻蛉も立にけり   舎
  日の岡峠かよふ商い       燐
ちよつとし事ては齢もよれぬ物    屋
  とかくなしみは心置なし      志
茶の下に柴折くへるはなの朝    水
  霞なからも寒き瀬の音       筆  
        襖まてはつすはすみの年忘      屋
          何さゝやくと悋気せらるゝ      志
        きりたての衣裳揃にし物参       水
          ほめそこなひな水の打過      舎
        掃除したやうに喧嘩の跡もなし    隣
          飛乗舟は待ともう来ぬ        屋
        いなつまも月のてる夜はあからさま  志
          盆草臥かやめは八朔        水
初汐にいつの経木か漂うて      屋
 道のちかさに通る穢多村       志
疹瘡湯に入たにほひの終ぬけす   隣
 独になれは水仕女(みずしめ)も来ぬ  屋
閨はまた行灯も置て夜のさま      志
 とうやらつもる雪の塩梅        隣
はたか木に泊まり鴉の落つかす    屋
 橋の細さにわたる人待       志  
        茅葺に久しき町や燕子花       素屋
         何処も刈干す麦のさむしろ      卓志
        ひる寝起き土瓶のぬる茶味かりて  其隣
         誰か遣ふたかひけぬ鋸         屋
        いふさねはならぬはかりに蚊の残り  志
         吹落さうな風の三日月         隣

夕立に芥の山の低うなり       隣
 垣の木槿の土用から咲       志
すんかりとゆかたのまゝの薄化粧  屋
 すはるともせす長いさゝやき     隣
呼に来た舟の使に荷をわたし    志
 又燃さうにあふつ桃燈        屋
澄月をうこかす雲の折々に      隣
 迯た河鹿もやはり庭の音      志
        畚の子のゆらるゝたひににこ と     隣
         重につかえる草餅のの嵩        屋
        朝の月軒端の花の露持て         志
         出這入しけき蜂の巣つくり        隣
        箒とるうちもはつさぬ腰衣         屋
         鍋に一はい座禅豆焚           隣
        四ッ谷まて往てかへるには日のはした 志
         ためては国へまはす給金        屋
山里は軒端の溝も清水かな     卓志
 蝉の声澄風の間に/\       其隣
検木荷の息杖幹に建かけて      志
 重い口てもかるい事いふ       隣
のほる月影は手早う行わたり     志
 磯際飛は鰡かすゝき歟        隣

        秋好のあるしをみなか陰気かり   屋
         をかしいほとに嚔か出て       志
        太々に裃つけてかしこまり      屋
         業平菱の欄間めつらし        屋
        花盛画にもおとらぬなかめにて   隣
         おそき日なからをしまるゝ暮     志
おろしたる駄荷のほとりへ御駕まて  志
 そらはしつかに月の有明        隣
紅葉にも花の都をふらついて      志
 さすもしふとき行秋の蚋        隣
米 のからた払うて一やすみ      ヽ
 あるかないかの火て煙草吸      卓
あつい日は精進料理もすつはりと   隣
 蓮のひらけて池の曠やか       志
        祭とて無性に太鼓たゝきたて     志
         髪をほといて頭痛紛らす       隣
        留守になる用をとめるは悋気めき   志
         小春も終にくもり出しけり       隣
        枯なからちらり/\と綿の笑み    志
         子に目はなしのならぬ井戸端    隣
        豆腐屋の声か鶏より時計らし     志
         報謝やつても未た経をよむ      隣
味噌買に酢買に角力つかはれて   隣
 吝いやうてもやはり有る袖      志
狛犬を天満宮へたてまつり       隣
 知己らしう茶店辞宜する        志
咲みちて花の垂枝のゆさ/\と    隣
 色音をつくる鳥のうらゝか       志
        若けれと脇目もふれす後家を立    隣
         越路うまれの顔は雪なり       志
        いつ春か来るやらしれぬ山奥に    隣
         鍋を鳴してよける狼          志
        おのつから乾いて箕の軽うなり    隣
         南風も吹に北風もそよそよ      卓
        月の入のちもあかるき銀河      隣
         西瓜の甘ささすか市岡        志
油断して居れぬ夏書の納め前     志
 いつの間にやら尽す煎豆       志
猫さへも飼さぬ家の白鼠         隣
 麻布簾のなひく涼しさ          水
親竹におとらす伸る今年竹       秀
 今は木幡も只の里なり         志
月かけて日ころ望みのうさ晴し     水
 床几のうへゝまねく角力取 隣
        朝風呂に爪とる日なり初さくら    其隣
         まつ献立もそろふ若鮎       潮水
        春の水空にあやかる青みにて   可秀
         ひけは車の土かこほるゝ      卓志
        この道へ来るは大かた月見衆     水
         窓のほとりに馬追か啼         隣
     
ときれては又はら/\と時雨けり  志
 華は咲ても石蕗の淋しき      秀
拭掃か別荘守の仕事にて       隣
 わたくし酒にたはいなく酔      水
たはこ入落した先も淀屋橋      秀
 人に押れて歩行夕月         志
秋口は茶のやうな風か吹く      水
 早稲つう/\と伸る一まき      隣
        雁にさへ文の便りはあるものを   志
         おもひ出されぬ誰やらか歌     秀
        花さかり寺もそは/\浮世めき   隣
         塵に挿るゝすみれ蒲公英      水
        あるしまて相伴ふりの雛の膳     秀
         灯したはなはくらい蝋燭       志
        かへもなき一分の金の通りかね   水
         汐かれ声て沖の舩呼        隣
京四条通御旅町
御摺物師
馬場利助   
        事觸のいふたか今て□らしき     志
         夫トの留守は男気になる       秀
        若々と三浦絞のゆかた着て      隣
         空地十分あけし雑蔵          水
        おのつから雲のつれにも花日和    秀
         囀り競ふいろ/\の鳥        志