ガラスの超仕上げ用研磨材  塙 健三

1.はじめに

 高性能なコンピューターが低価格で手に入るようになり、またインターネットなどの通信手段が実用段階に入ったことにより、商売のやり方、生活スタイルまで大きく変えるような変化がすごい速度で起きている。この裏方に半導体、ハードディスク、表示器具のなどの急速な進歩がある。その一つ一つの部品の製造に研磨が重要なところで関わっている。超微細加工は当然超平滑面が必要であり、そのための手段は昔ながらの研磨しかないのである。研磨のためには研磨する機械が必要であり、研磨布をはってそこに研磨スラリーをながしながら加工するのであるからすべてが同じように重要である。とくに同じ機械と消耗品をつかっても結果が全くことなるという職人の技能が占める役割が大きいのもこの研磨の世界である。しかし加工精度の限界をきめるのはやはり研磨材であると考えられる。この報告では石英・ガラスの研磨に絞って、最先端の研磨で必要とされる要求を取り入れるとどのような研磨材が出来上がるかを紹介する。

2.従来の研磨材

 ガラスの仕上げ研磨にはベンガラと呼ばれるヘマタイト微粒子(αFe2O3)が一般的に使われていたが、1963年ごろより酸化セリウムの微粒子が使われ始めた。当時は板ガラスが研磨で表面仕上げされており、それに大量に使われたが、板ガラスの製造方法としてフロート法が開発され、研磨が必要とされなくなり、使用量が減った。その後光学ガラス用の用途が拡大し、研磨材の使用量は逆に増えた。レンズの製造方法が研削・研磨を主体とするものから、プレスでほぼ最終形状・最終表面に近いものを作る方法に主流が変わり、光学ガラス用の研磨での研磨材の使用量は最近減少している。ところが液晶を使った表示装置のカバーガラスの表面仕上げや、フォトマスクなどの仕上げに酸化セリウム系の研磨材を使うのでその用途が拡大して、研磨材の使用量は急激に増大している。さらにコンピューターの記憶装置として使うハードディスクの磁性層をつけるメディアにガラスが使われるようになり、その表面を仕上げるためにも酸化セリウム系研磨材が使われ、その使用量がさらに拡大している。

 ガラス用の研磨材として一般に使われているのは純粋な酸化セリウムでなく、バストネサイトという希土類元素を多く含んだ鉱石を焼成して粉砕したものが主流となっている。 バストネサイトの代表的な組成を表1に示す。組成はロットごとに若干異なる。炭酸塩を主体としており、焼成すると酸化物になる。その分が灼熱減量である。酸化セリウムが主体であるがLa,Nd,Prを多く含んでおり、これらの合計はCeとほぼ等量である。またFを6%含んでいるので、フッ化物が10%程度入っていることになる。。このFは焼成しても抜けないので、Fは製品にも含まれている。またアルカリ土類を全部で5%程度含んでいる。

 以上のように現在ガラス用に使われている研磨材は正確にいうと酸化セリウムを主体とする希土類化合物であり、いろいろな元素を含んでいる。ただしX線回折をすると酸化セリウムとほぼ同じピークしか現れず、Nd,La,Prは完全に固溶しており、他の化合物を作っているのではない。さらにアルカリ土類やFも別の化合物を作っているわけではなく、単一相を形成している。

 ガラスの研磨においてCeとFとが重要な働きをしているわけであるが、Ce濃度を上げたり、F濃度を上げたりしても研磨速度が速くなるわけではない。バストネサイトの組成は研磨材として都合がよいものになっていると思われる。

3.従来の研磨材では対応できない分野の拡大

 半導体の製造工程で層間絶縁膜を研磨して平坦にするという工程が導入され、そこでもSiO2の精密研磨が行われるようになった。現状では高純度のヒュームドシリカを分散させたスラリーが主流であるが、普及させるためにはコストダウンが必要であり、そのためにはより高い研磨速度、より高い面精度、さらに配線線幅が小さくなるにしたがって、粒子残りが問題になる割合は増している。研磨速度は酸化セリウムの研磨材ならばシリカ系のスラリーの数倍はでるが、従来のガラス用酸化セリウムスラリーでは純度、面精度の面で要求を満たすことが不可能であり、新しい微粒研磨材が必要である。

 フォトマスクなどの場合、表面の平滑性や粒子残りに対する要求はデバイスの設計ルールが小さくなるにしたがい厳しくなり、半導体製造用のシリコンウエハーと同等の表面性を要求されるようになっている。ガラスのハードディスクにおいても記録密度が上昇するのにともない、表面の平滑性や粒子残りに対する要求は、シリコンウエハーの表面性を上回るような要求になってきており、従来の研磨材では対応できなくなり、新しい微粒研磨材が必要である。

 高い平滑性を要求されると当然研磨材粒子は微粒子を使う必要がある。微粒子になるほど付着した粒子はとれにくい。研磨した後の洗浄は非常に難しいものとなる。

また平滑な表面を得ればよいのならば粒径のそろったコロイダルシリカのような研磨材をつかえばでないことはないが、ほとんどの場合に面精度の要求はきびしくなっても加工費はほとんど同じである。したがって研磨効率は従来の研磨材と同等で、面精度は従来の限界を大きく超えることが求められている。

4.新しい研磨材の考え方

 酸化セリウム系の研磨材で研磨をしている時に酸化セリウムがガラスと化学反応しており、いわゆる化学・機械研磨となっていることは従来から知られている1)、2) 。超精密研磨においては化学的効果が支配的な作用を営むことは安永3 ) により指摘されている。また酸化セリウムだけがガラスと反応する粒子なのではない。安永はFe3O4とMnO2との微粒子が石英の研磨に使える可能性を示唆した4)。

 つぎにどのようなものがSiO2と反応するのかが重要であるが、安永はSiO2と化合物を作る酸化物という指標で検討している。より一般的にみるとSi−Oの結合から電子を奪う力がある元素かどうかが問題である。最近はコンピューターの発達により分子軌道法を使った結合状態の解析が進んでおり5)、6) 、定量的な予測も可能になるとおもわれるが、定性的には以下の説明になる。

 SiO2はSiとOとが共有結合でつながっているが、CeはこのSiと電子状態がある程度似ていて、置換してSiO2に入り、入った後にCe−O結合はSi−O結合ほど共有結合性がないのでSi−O結合のネットワークを維持することができなくなり、その部分は少しの力で破壊される。

 研磨において化学的作用を働かせる場合、従来は固体粒子ではなく溶媒の方に研磨対象と反応性を持たせるものがおおい。シリコンウエハーの研磨ではシリコンがアルカリと反応することを利用して、研磨スラリーをアルカリにしている。また半導体の層間絶縁膜の研磨においてもSiO2がアルカリで反応することをつかって溶媒はアルカリ性になっているものがおおい。ガラスの研磨に使われてきた酸化セリウム研磨材は酸化セリウムの粒子自体がガラスと化学反応することが大きく異なる。

 
 固体粒子自体が研磨対象と反応することを利用することによる利点は以下の2点が考えられる。

●溶媒は中性の水でよい。したがって溶媒に反応性を持たせると研磨対象以外のよけいなものも腐食してしまうことがあるが、そのようなことがない。

●研磨材というと化学的に安定で、研磨される対象よりも固いのが従来の常識である。たとえばダイヤモンド、SiC,Al2 O3 ,SiO2 などがその例である。ところが、化学作用で対象物を変質させてしまうので研磨される対象よりも柔らかくても十分研磨速度が出る。研磨される対象よりも柔らかいので粒度分布をそれ程厳しく管理しなくてもギズが発生しにくい。

 酸化セリウムの超微粒子が従来の研磨材の延長としてはうかんでくる。しかし微粒になるに従い洗浄が困難になる。付着を完全に防ぐのは研磨の機構から見て極めて困難と思われる。反応するから研磨できるのであり、研磨できることとと付着することはおなじ反応であるからである。付着を防ぐための手段をとるとせっかくの研磨速度が低下するのを防ぐのは本質的に困難であると思われる。

5.超平滑と洗浄性の両立

 安永はSiO2と化合物を作るという観点からいろいろな酸化物を検討し、Fe3O4とMnO2とを見出した。我々はマンガン酸化物を中心に検討した結果、Mn2O3とMn3O4の微粒子ががCeO2と同等の研磨速度をもつことを見出した(7)。

 マンガン酸化物の最大の利点は酸性の過酸化水素水できわめて容易に溶解してしまうということである。したがって粒子残りがあっても酸性の過酸化水素水の薄い溶液で洗浄すれば溶けてなくなってしまうので完璧に洗浄できる。この点についてはメタル用の研磨材でMnO2の微粒子を紹介したときと全く同じ利点である。

 研磨材としてはまず反応性を決める物質の選定が重要であるが、それだけでは超平滑面を得る研磨材にはならない。化学・機械研磨の精密研磨材としてどのようものがすぐれているかが問題である。その場合、上記に述べた固体粒子自体が反応する研磨材の特徴が最も生きる形に仕上げるのが得策である。要求されている面精度を考慮して図1のような内部構造を持つ粒子が分散したスラリーが理想的な研磨材であると考えられる。

 
 一次粒子径が20〜40nm程度でないと要求されている面精度をだすのは難しいと思われる。また固体粒子がSiO2 と反応するためにはSiとOとの結合距離と同等の距離までMnをちかづける必要がある。 SiO2 の表面には吸着水と表面OH基があるとおもわれるのでそれを押し退けて粒子を押しつける必要がる。パッドとウエハーのあいだは隙間がゼロではないのでパッドの弾力が生きるためには、1次粒子が一定の大きさに凝集している必要がある。適切な大きさとして0.5μm程度が考えられる。余り小さいとおさえ付けるちからが得られないし、大きすぎるとキズ発生の原因になったり、面が荒れたりする。

 つぎに凝集の強さには微妙な問題が絡んでくる。平均が0.5μmとした場合大きい粒子は1μmを越えるものも当然はいる。そのような粒子が固ければキズの原因になる。力が加わった場合に壊れてくれる必要がある。さらに重要なこととして、各粒子の反応性を制御できる必要がある。ガラスの研磨においても研磨速度やキズ発生は石英を研磨しているか反応性の高い光学ガラスを研磨しているかで大きく異なる。層間絶縁膜の成膜方法、組成においてもいろいろなものがあることを考えると対象によって適切な反応性があると考えられるので、反応性を対象によって制御できることがどうしても要求されてくると思われる。溶媒に反応性を持たせている場合はその制御は比較的容易であるが、粒子自体の反応性を制御することは容易でない。どのような制御因子をつかうかを決める必要がある。

6.酸化マンガン超微粒子研磨材(ナノビクス)の研磨特性

 前報(8)で酸化マンガン超微粒子スラリーのうちでもメタル用の研磨材(ナノビクス M)を紹介した。この報告ではMn2O3の超微粒子を水に分散させたナノビクス ST と ナノビクス KBの研磨特性を紹介する。ナノビクスSTはMn2O3の超微粒子を水に分散させただけで他の添加剤が全く無い物。ナノビクスKBは分散をあげるためにpHをアンモニアであげ、分散剤を添加して分散をあげたものである。

 ここで紹介するのは半導体の製造工程で層間絶縁膜を研磨することを念頭においてシリコンウエハーの表面につけた熱酸化膜を研磨したときの研磨特性を主に紹介する。

 図2に研磨速度の圧力依存性を示す。圧力が上がるにしたがって研磨速度もほぼ比例してあがっている。従来研磨材とは半導体の製造工程で層間絶縁膜の研磨で広く使われているヒュームドシリカをアルカリ溶液に分散させたスラリーである。2倍以上の研磨速度が選られることが分かる。

 図3に研磨速度の回転数依存性を示す。回転数が高くなるすなわちパッドとウエハーの相対速度が速くなるにしたがって、研磨速度はほぼ比例して速くなる。従来研磨材では30rpm以上では飽和しているが、ナノビクスKBでは80rpmまで研磨速度が上昇している。60rpmでみればナノビクスKBの研磨速度は従来研磨材の3倍以上である。

 図4に研磨速度の濃度依存性を示す。従来研磨材では固形分濃度がふえるにしたがって研磨速度があがるが、ナノビクスKBでは1〜10%でほぼおなじ研磨速度を示している。従来研磨材では研磨速度と固形分濃度がほぼ比例しているので濃度管理がきわめて重要となり、循環使用などをしようとする場合の障害となるが、ナノビクスでは研磨速度に関する限り固形分濃度の管理はそれほど厳しくする必要がなく、循環使用も可能となる。

 半導体の層間絶縁膜の研磨では一枚研磨するたびにパッドをドレスする必要がある。ドレスとはダイヤモンド砥石などでパッド表面を削り落としてパッドの新鮮な面をだすことである。よってパッドの寿命は著しく短くなるし、そのために機械はかなりの工夫が必要となっている。ところがナノビクスでは最初のドレスだけであとは全くドレスをしなくても一定の研磨速度が得られる。その結果を図5に示す。ここでは10回までを示したが、100枚までドレスなしで研磨できることを確認している。さらに小さいパッドをつかった加速テストで2000枚相当までドレスなしで研磨できることを確認している。毎回ドレスしなければならないというのが半導体の層間膜の研磨でのコストを押し上げている原因の主なものなのでこれを解決できる可能性が示されたわけである。

7.酸化マンガン超微粒子研磨材(ナノビクス)の洗浄性

 Mn2O3もMnO2と同じように酸性の過酸化水素水の溶液で還元されてMn2+となり、これは酸性では水に溶けるので、溶けてなくなる研磨材である。したがって洗浄が極めて容易である。ナノビクスで研磨後のウエハーの表面を薄い弗化水素酸で溶かし、それをICP−Massで分析した結果を図6に示す。比較試料は研磨前のウエハーである。したがって研磨前と同等なレベルまで洗浄できていることがわかる。

つぎに一般のガラスをナノビクスで研磨した後、酸性の過酸化水素水につけてからスクラブ洗浄した表面と酸化セリウム超微粒子研磨材で研磨した後、洗剤中で超音波洗浄をかけた後にスクラブ洗浄したときの表面のAFM分析した写真を図7に示す。ナノビクスで研磨した場合には砥粒残りが完璧になくなっていることが分かる。超平滑面を要求される研磨で砥粒残りを完全に無くす洗浄は非常に難しくコストアップの要因になっている。この結果は酸性の過酸化水素水で洗浄することにより砥粒残りを完璧になくすことができることを示している。

8.ナノビクスのリサイクル

 ナノビクスを使った場合の流れを図8に示す。硫酸マンガンの溶液を陽極酸化することによりMnO2を得る。10mm近いブロックで得られるので、それを粉砕して30μm程度の粒子を得、それを焼成することにより、Mn2O3とする。これをさらに微粉砕して平均粒径で0.3μm程度の超微粒子スラリーをえる。これを使って研磨した場合、廃スラリーにはMn2O3のほかにSiO2の研磨かすやパッドのかすなどが混入してくる。場合によっては配管から入る汚れも混入してくるこをは避け難い。しかしほとんどの混入物は酸性の過酸化水素水にとけない。そこで廃スラリーを硫酸で酸性にして過酸化水素水をいれるとMn2O3はMn2+になって溶け、硫酸マンガンの溶液になる。ここで不溶解残さを濾過して取り除くと、硫酸マンガンの溶液を得ることができる。硫酸マンガンはMnO2の原料であるからここに戻せる。したがってナノビクスでは研磨材は廃棄物にならない。

9.おわりに

 洗浄性とリサイクルについてはメタル用のMnO2とSiO2用のMn2O3は全く同じように扱える。研磨特性においても従来の研磨材にはない特性を十分持っているが、ナノビクスの特徴は何といってもこの洗浄性とリサイクルである。

 ガラスの研磨においては酸化セリウムが30年以上のあいだ使われてきて、面精度と研磨速度を酸化セリウム並みに両立する研磨材はほかになかった。ナノビクスはすべての面でそれを上回るものとして期待できる研磨材と思われる。

10.謝辞

 この研究開発は株式会社 富士通研究所と共同で行ったもので、有本由弘主管研究員、岸井貞浩氏、中村 亘氏に深く感謝いたします。研磨特性のデーター、洗浄性のデーターは株式会社 富士通研究所で行われたものである。

11.参考文献

1)「光学ガラス」泉谷徹郎著、1984年、共立出版

2)LEE M. COOK:「CHEMICAL PROSSESES IN GLASS POLISHING」 , J. Non-Crystalline Solids,120(1990).152-171.

3)安永暢男:「超精密加工における化学現象とその利用」精密工学会誌、No.4(1993), p 539-542

4)安永暢男、小原明、樽見昇:電子技術総合研究所報告 第776号(1977年)p127−134

5)山本悟:「拡張ヒュッケル法のアルミニュウム合金への適用」軽金属、vol.43 No.12(1994),p733−740

6)山本悟、若林俊幸、小林久芳:「合金中の安定性の尺度としての凝集エネルギーとエ  ネルギーの揺らぎ」日本金属学会誌 vol.58, No.8 (1994) p855-864

7)岸井貞浩、中村亘、有本由弘:第44回半導体専門講習会予稿集「酸化マンガン研磨剤を用いたCMP技術」p187−211(1997年)

8)塙健三、鈴岡健司、加藤和彦、坂上貴彦 ;「メタル用ナノビクス」 バウンダリー No. (1998)p

図表の説明

表1: バストネサイト鉱石の組成

図1:固体粒子自体が反応する研磨材の特徴がもっとも生きる内部構造の模式図

図2:ナノビクスの研磨速度の圧力依存性

図3:ナノビクスの研磨速度の回転数依存性

図4:ナノビクスの研磨速度の固形分濃度依存性

図5:ドレスなしで研磨したときの研磨速度の変化

図6:ナノビクスで研磨したウエハーの洗浄後の汚染レベル

図7:ナノビクスで研磨した表面と酸化セリウム微粒子で研磨した表面のAFMの分析結果

図8:ナノビクスの循環を示すフロー