メタルの超仕上げ用研磨材  塙 健三

1. はじめに

 研磨材というと対象を削り取る砥粒であるから硬くて安定な化合物を使うのが常識と考えられてきた。実際にダイヤモンドを筆頭にSiC、Al2O3, SiO2、ZrO2などの化合物が研磨材の代表である。ところが対象の物質よりも柔らかく、しかも簡単な薬液で溶けてなくなる研磨材がある。なぜそのようなことが可能になったのかを紹介するのがこの報告の目的である。

2. 化学・機械研磨(Chemical Mechanical Polishing)とは

 研磨というと包丁の研磨で思い浮かべるように職人の世界という印象を受けるが、ハイテクの代表として考えられている半導体のデバイスをつくる工程で最近研磨が積極的に導入されてきた。その研磨は一般の研磨と区別してChemical Mechanical Polishing(CMP)といわれている。化学作用と機械的な削り取り作用とを両方使うことにより超平滑面を得るというものである。削り取るだけだと砥粒の大きさに応じた傷がついてしまうが、化学的なエッチングを加えることにより、その凹凸を減らすという考え方のようである。そのように化学的なエッチング作用と機械的な削り取り作用の両方を使うことにより超平滑面を得るというのは別に半導体の工程で使われるのが最初ではなく、シリコンウエハーの研磨、ハードディスクのメディアの研磨など超平滑面を要求される分野では広くつかわれてきていた。またステンレスの容器の表面を超平滑にするために行われている電解複合研磨のように電解で電流をながしながら砥粒による研磨をおこなうという方法もCMPの一種である。

しかし半導体のデバイスをつくる工程で使われ始めてからCMPという言葉が有名になり、現在ではCMPとうと半導体のデバイスをつくる工程で使う研磨のことを指す場合が多い。

2−1 一般的にいわれているCMP

 化学反応は溶媒がもつエッチング作用 であり、SiやSiO2の研磨では アルカリ液を使うことにより、エッチング作用を持たせている。WやCuの研磨では酸性液 と酸化剤でエッチング作用を持たせている。

 機械的作用は安定で硬い砥粒でけずりとるという考え方である。ダイヤモンド、SiC、Al2O3、SiO2、ZrO2などが代表的な砥粒である。

2−2 粒子自体が対象と反応するCMP

 化学的作用は粒子と対象の反応であり、SiやSiO2の研磨では 酸化セリウムやMn2O3、Mn3O4が有効である。WやCuの研磨では MnO2が十分な反応性を持っていることを確認している。

 ガラスの仕上げ研磨では酸化セリウム微粒子が古くから使われており、酸化セリウム粒子は対象のガラスより柔らかいにもかかわらず、早い研磨速度を得ることが可能で、砥粒の粒径の割に超平滑面がえられている。

 酸化セリウム研磨材の研磨の機構については泉谷の研究(1)が基本的な方向ずけをし、最近ではLee Cookが総括を報告している(2)。酸化セリウム粒子自体がガラスを研磨するときにガラスと反応していることはいろいろが角度から検証されているが、反応の機構については考え方が統一されていない。ガラスのSi−O結合を作っているところにCeがSiに置換して入り、Ce-O結合はイオン結合性がSi−O結合より高いのでSi-O結合のネットワークを維持することができなくなり、Si-O結合が破壊すると我々は考えている。

 粒子自体が化学作用を持つと有利な点は以下のとおり。

●研磨する対象よりも粒子が柔らかいので多少粒度分布があってもキズ発生の原因にならない。

●溶液にエッチング作用があると対象に不均一があったときに局所的にエッチングされる場合が多い。粒子がぶつかったところのみが反応するので凸部分のみ研磨する研磨材にできる可能性がある。

2−3 メタル用研磨材

 WやCuなどのメタル用の研磨には溶液を酸性にして酸化剤を添加し、研磨材としてはAl2O3やSiO2などの砥粒を使うのが一般的である。またハードディスクのメディアではNi-Pメッキの研磨をおこなって超平滑面を出す必要があるが、基本的には溶液を酸性にしてエッチング作用を増すために酸化剤を添加し、Al2O3、ZrO2などの砥粒をつかうのが一般的なようである。

 この用途に対しては酸化セリウムのように粒子自体が反応するような研磨材は知られていない。そこで溶液のエッチング作用がなくても粒子自体が対象と反応する研磨材を開発することにした。

 酸化作用というのは電子を奪うことであるから電子を受け取る力の強い物質がひつようである。電子を受け取る性能で実用になっている物質に電池の正極材がある。電池の正極材としては乾電池の2酸化マンガン、アルカリ蓄電池のオキシ水酸化ニッケル、鉛畜電池のPbO2などがあるが2酸化マンガンは最も歴史が古く大量につかわれている正極活物質である。

 現在乾電池に使われて2酸化マンガンはほとんどが電解2酸化マンガンである。MnO2には数多くの結晶形態があり、そのなかで電解2酸化マンガンはヌースタイト型といわれ、電池の放電に有利な構造となっている(3)。すなわちMnO2は過酸化物であるので一定の酸化作用は期待できるがその中で電解2酸化マンガンはもっとも活性が高いと考えられるのである。

 これを超微粒子にできるとメタル研磨用の砥粒として最適ではないかとかんがえ、それを実用化することを検討した。

3. 研磨材に要求される構造

 ただ微粒子にしただけでは研磨材として機能しない。研磨材として理想的と考えられる構造の概念図を図1に示す。

図に示すように20nmの超微粒子が0.2〜0.5μm程度に凝集した粒子が分散したスラリーが理想と考えている。20nmに対応した面粗度がえられ、0.2〜0.5μmの径に対応した研磨速度が得られる。また2次粒子の凝集の強さはパッドと研磨対象とに押さえつけられるとつぶれる程度の強さに調節する必要がある。一般の研磨材では砥粒の粒径が大きいほど削り取る領域が大きいので研磨速度がはやい。粒子自身が反応する研磨材では粒径と研磨速度の関係が必ずしも明確でない。つぶれることによりより多くの粒子が研磨対象と接触し、反応が促進されると考えている。したがって2次粒子径と研磨速度は一定の対応がある。

4. 電解2酸化マンガンの構造

 MnO2の薄膜の透過電子顕微鏡の写真を図2に示す。長軸で0.1μm程度の針状結晶の集合体である。この針状の両端の酸素が外れやすく、したがって電解で作ったMnO2が他のMnO2よりも活性である理由はここにある(3)。

 このように組成がMnO2であるだけで研磨材として使えるのではなく、電解したことにより微結晶の集合体となっていることが重要である。研磨材に要求される構造が電解で作ることにより自然にできているのである。

 またMnO2は一般に酸化作用があるがそのなかで電解2酸化マンガンは構造上活性な酸素を多く含むので研磨に向いているのである。

超仕上げ用の研磨材として使うためには適当な粒径まで粉砕しなければならない。粉砕中に粒子内にシェアーがかかると、この針状晶がこわれてしまう。そうすると針状の両端の活性な酸素は働かなくなる。針状が壊れないように微粒子に粉砕するのが製造上の一つのポイントとなる。

5. ナノビクスの製造方法

 電解2酸化マンガンの製造工程を図3に示す。硫酸マンガンの硫酸溶液に陰極として黒鉛、陽極としてチタンの電極を用い、95℃以上で電解を行い、陽極側に陽極酸化でMnO2を析出させる。10mm程度に成長したブロックを電極からはがし、順次粉砕して、平均粒径30μm程度のMnO2粉末を得る。ここまでは乾電池用のMnO2の作り方と基本的には同じである。ここから先の研磨材の製造工程を図4に示す。何段階かにわけて微粉砕をすすめ、最終的に0.2〜0.5μm程度の微粒子が分散したスラリーを得る。これに分散処理を施してフィルターをとうしてスラリーの状態で出荷する。

6. Wの研磨特性

 ナノビクスMを使って表1の条件で研磨したときの濃度依存性を図5に示す(4)。

従来研磨材よりも研磨速度が速い。従来研磨材では研磨速度を上げるために溶液のエッチング性を強くすると、コンタクトホールの中央部にあるシームにエッチング液が入り込みシームが優先的にエッチングされて穴が空いてしまう。7%のスラリーで過剰研磨してもナノビクスMで研磨したばあいにはシームのエッチングがまったく生じない。これを図6に示す(4)。

 さらにMnO2は薄い過酸化水素と塩酸の溶液に容易にとけるので、簡単な洗浄で粒子のこりをゼロにできる。結果は洗浄性の項で示す。

7. 放電時間と研磨特性

 MnO2を黒鉛とよく混合し、図7のような簡易電池を作って放電時間を測定した(5)。測定結果を図8に示す。この電池の構成で−0.4Vは実際の乾電池では0.9Vの電位に相当する。したがって−0.4Vまで電位が低下する時間をMnO2の電子を受け取る能力の目安とすることができる。

 Wの研磨速度と放電時間との関係を図9に示す(5)。電池の放電特性を研磨速度とはよい相関があることがわかる。これは粒子の酸化作用の強さが研磨速度を決めていることを示していると思われる。言葉を変えれば、電池反応も研磨反応もMnO2からみれば電子を受け取るということで同じということである。

8. 最大の特徴(洗浄性とリサイクル)

8−1洗浄性

 MnO2は酸性にしてもまったく溶けないが、還元剤があるとMn+2に還元され、これはpHが6以下になると水に溶ける。よって過酸化水素水に塩酸、硝酸、硫酸などの酸が入った溶液があると極めて早くMn+2イオンになって溶けてしまう。

 研磨材が溶けてなくなるというのがこの研磨材の最大の特徴である。精密研磨になればなるほどせっかくきれいに仕上げた表面に研磨材が残ってしまう問題が極めて厄介な問題となっているからである。この研磨材ではその問題は根本的に解決できる。従来は研磨材というと硬くて安定なことが必要な特性であった。ところがこのスラリーでは柔らかくて溶けてなくなるのである。

また単純に酸に溶けるような粒子は使えるpHがかぎられ廃棄物となったときの取り扱いが厄介である。ナノビクスではどんなに強い酸をつかっても酸だけではまったく溶けない。過酸化水素水などの還元剤があるとすばやく解けるのである。還元剤としては過酸化水素水がもっとも反応が早く、しかも余計な副生塩ができないので都合がよい。

 溶けてなくなるので洗浄性が非常によい。Wを研磨したときのウエハーの洗浄結果を図10にしめす(6)。約3%のHClとH2O2溶液で洗浄した後にスクラブ洗浄をかけ、最後に薄いHFで洗浄している。研磨前と同じレベルまで不純物レベルが落ちているのがわかる。それに対してAl2O3砥粒をつかった研磨材を使って研磨したあとではAlが洗浄しても残っている。これを防ぐのは極めて困難である。

8−2 リサイクル

 廃スラリーの回収工程を図11にしめす。廃研磨材の中には研磨材のほかにもWのけずりかす。パッドの切れかす。われたウエハーのかすなどいろいろなものが渾然と入っている。いろいろな工程からの廃スラリーが統合されていればSiO2,Al2O3、CeO2などの他の研磨材もはいってくる可能性がある。ところが過酸化水素水と硫酸の溶液に容易に解けるのはMnO2だけである。廃研磨材をフィルタープレスなどで濾過してケーキとし、これを回収して、過酸化水素水と硫酸の溶液で処理すると、研磨材だけが溶けてMn+2イオンになる。不溶解物を濾過して取り除くと、純粋なMnSO4溶液を得ることができる。硫酸マンガンの液を再び電解すればMnO2が得られる。さしあたっては電池用のMnO2の製造工程にもどすことも可能である。 このようにナノビクスでは原理的に廃スラリーが発生しない。溶液まで戻してしまうので何回リサイクルしても、リサイクルして作った研磨材が性能的に劣ることはまったくない。

9. おわりに

 今回はメタル用の研磨材を紹介したが、MnO2を焼成するとMn2O3やMn3O4、MnOになるこの中でMn2O3やMn3O4はSiO2に対してCeO2並みの反応性を示す。したがってMn2O3の微粒子を使うとガラス用の超仕上げ用の研磨材を作ることができる(6)ー(9)。最大の特徴はメタル用とまったく一緒で酸性の過酸化水素水ですばやく溶解するので洗浄性が非常によいことと、研磨材が廃棄物とならずに完全に再利用ができることである。SiO2やガラスは極めて超平滑な面を要求される用途が急激に成長している。半導体製造工程の層間絶縁膜の研磨、フォトマスクの研磨、ガラスハードディスクのメディアの研磨、LCDのカバーガラスの研磨、精密非球面レンズの研磨などである。この報告では話が混乱しないようにメタル用に絞って紹介したが、ガラスの超仕上げ用にMn2O3超微粒子の研磨スラリーに関する関心は高く、引き合いも多い。実ラインで使われるのは近いと思われる。

10. 謝辞

本研究は株式会社 富士通研究所との共同研究であり、有本由弘主管研究員、岸井貞浩氏、中村 亘氏に深く感謝いたします。開発の半分は株式会社 富士通研究所で行われた。

11. 参考文献

(1)泉谷徹郎著 「光学ガラス」 共立出版 1984年 p114−p181

(2)Lee M.Cook “ Chemical Processes In Glass Polishingモ J. Non-Crystalline Solids、 120(1990).p152−p171

(3)半澤規子、妙中咲子、塙健三、百武正浩: 電池技術、第9巻、1997年、p3−11

(4)S. Kishii, R.Suzuki, A.Ohishi, and Y. Arimoto, " Completely Planarized W Plags using MnO2 CMP" International Electron Devices Meeting Technical Digest (IEEE, Washington DC), pp.465-468, (1995 December)

(5)K. Hanawa, K. Suzuoka、K. Kato、T. Sakaue: “ Slurries for CMP Process Composed of Ultafinve Particles of MnO2 and Mn2O3モ, Proceeding of 3rd International CMP-MIC, p142

(6)S.Kishii, K. Nakamura, A. Hatada and Y. Arimoto, "Wide Feature Dielectric Planarization using MnO2 Slurry", Symposium on VLSI Technology Digest of Technical Papers(IEEE, Honolulu), pp.74-75,(1996,June)

(7)K.Nakamura, S.Kishii, and Y. Arimoto, "Reconditioning-Free Polishing for Inter-Layer-Dielectric Planarization", Extended Abstracts of international Conference on Solid-Stage Devices and Materials(Japan Soc. Appl. Phys., Yokohama), pp142-144(1996, August)

(8)K.Nakamura, S.Kishii, and Y. Arimoto, "Reconditioning-Free Polishing for Inter-Layer-Dielectric Planarization", Jpn. J. Appl. Phys., 36, part 1 3B, pp.1525-1528, (1997, March)

(9)S. Kishii, K. Nakamura, and Y. Arimoto, "Dielectric Planarization using Mn2O3 Slurry" , Symposium on VLSI Technology Digest of Technical Papers(IEEE, Kyoto),(1997,June)、p27

図の説明

図1 理想的と考えられる研磨材の構造

図2 電解2酸化マンガンの内部構造を示すTEM写真

図3 電解2酸化マンガンの製造工程

図4 ナノビクスの製造工程

図5 ナノビクスの研磨特性

図6 シームがないことを示すSEM写真

図7 簡易電池の構成図

図8 ナノビクスMの放電特性

図9 Wの研磨速度と放電時間の関係

図10 Wを研磨したときのウエハーの洗浄結果

図11 スラリーの回収工程