酸化セリウム系研磨材  塙 健三

1.ガラスの研磨につかわれる酸化セリウム系研磨材

 ガラスの仕上げ研磨にはベンガラと呼ばれるヘマタイト微粒子(αFe2O3)が一般的に使われていたが、1963年ごろより酸化セリウムの微粒子が使われ始めた。当時は板ガラスが研磨で表面仕上げされており、それに大量に使われたが、板ガラスの製造方法としてフロート法が開発され、研磨が必要とされなくなり、使用量が減った。その後光学ガラス用の用途が拡大し、研磨材の使用量は逆に増えた。レンズの製造方法が研削・研磨を主体とするものから、プレスでほぼ最終形状・最終表面に近いものを作る方法に主流が変わり、光学ガラス用の研磨での研磨材の使用量は最近減少している。ところが液晶を使った表示装置のカバーガラスの表面仕上げや、フォトマスクなどの仕上げに酸化セリウム系の研磨材を使うのでその用途が拡大して、研磨材の使用量は急激に増大している。さらにコンピューターの記憶装置として使うハードディスクの磁性層をつけるメディアにガラスが使われるようになり、その表面を仕上げるためにも酸化セリウム系研磨材が使われ、その使用量がさらに拡大している。ハードディスクなどの場合、表面の平滑性や粒子残りに対する要求は記録容量が大きくなるにしたがって厳しくなり、半導体製造用のシリコンウエハーと同等の表面性を要求されるようになっている。ここまでくると従来の研磨材では対応できなくなり、後で紹介する半導体の工程に使う研磨材と同様に、新しい微粒研磨材が必要である。

 ガラス用の研磨材として一般に使われているのは純粋な酸化セリウムでなく、バストネサイトという希土類元素を多く含んだ鉱石を焼成して粉砕したものが主流となっている。バストネサイトの代表的な組成を表1に示す。組成はロットごとに若干異なる。炭酸塩を主体としており、焼成すると酸化物になる。その分が灼熱減量である。酸化セリウムが主体であるがLa,Nd,Prを多く含んでおり、これらの合計はCeとほぼ等量である。またFを6%含んでいるので、フッ化物が10%程度入っていることになる。。このFは焼成しても抜けないので、Fは製品にも含まれている。またアルカリ土類を全部で5%程度含んでいる。

 以上のように現在ガラス用に使われている研磨材は正確にいうと酸化セリウムを主体とする希土類化合物であり、いろいろな元素を含んでいる。ただしX線回折をすると酸化セリウムとほぼ同じピークしか現れず、Nd,La,Prは完全に固溶しており、他の化合物を作っているのではない。さらにアルカリ土類やFも別の化合物を作っているわけではなく、単一相を形成している。

 ガラスの研磨においてCeとFとが重要な働きをしているわけであるが、Ce濃度を上げたり、F濃度を上げたりしても研磨速度が速くなるわけではない。バストネサイトの組成は研磨材として都合がよいものになっていると思われる。

2.酸化セリウムの研磨における化学反応

 研磨をしている時に酸化セリウムがガラスと化学反応しており、いわゆる化学・機械研磨となっていることは従来から知られている1)、2) 。超精密研磨においては化学的効果が支配的な作用を営むことは安永3 ) により指摘されている。また酸化セリウムだけがガラスと反応する粒子なのではない。安永はFe3O4とMnO2との微粒子が石英の研磨に使える可能性を示唆した4)。岸井らはMnO2をはじめとするマンガン酸化物を半導体のCMP工程に使う研究の中でMnO2を焼成してMn2O3にするとCeO2と同等の研磨速度を示すことを明らかにした5)。

 つぎにどのようなものがSiO2と反応するのかが重要であるが、安永はSiO2と化合物を作る酸化物という指標で検討している。より一般的にみるとSi−Oの結合から電子を奪う力がある元素かどうかが問題である。最近はコンピューターの発達により分子軌道法を使った結合状態の解析が進んでおり6)、7) 、定量的な予測も可能になるとおもわれるが、定性的には以下の説明になる。

 SiO2はSiとOとが共有結合でつながっているが、CeはこのSiと電子状態がある程度似ていて、置換してSiO2に入り、入った後にCe−O結合はSi−O結合ほど共有結合性がないのでSi−O結合のネットワークを維持することができなくなり、その部分は少しの力で破壊される。

 研磨において化学的作用を働かせる場合、従来は固体粒子ではなく溶媒の方に研磨対象と反応性を持たせるものがおおい。シリコンウエハーの研磨ではシリコンがアルカリと反応することを利用して、研磨スラリーをアルカリにしている。また半導体の層間絶縁膜の研磨においてもSiO2がアルカリで反応することをつかって溶媒はアルカリ性になっているものがおおい。さらにハードディスクなどではNi−Pメッキで得られた面をさらに研磨で超仕上するが、そのときの研磨スラリーは酸性にして酸化剤を添加してあるのが普通である。ガラスの研磨に使われてきた酸化セリウム研磨材は酸化セリウムの粒子自体がガラスと化学反応することが大きく異なる。

 固体粒子自体が研磨対象と反応することを利用することによる利点は以下の2点が考えられる。

●溶媒は中性の水でよい。したがって溶媒に反応性を持たせると研磨対象以外のよけいなものも腐食してしまうことがあるが、そのようなことがない。

●研磨材というと化学的に安定で、研磨される対象よりも固いのが従来の常識である。たとえばダイヤモンド、SiC,Al2 O3 ,SiO2 などがその例である。ところが、化学作用で対象物を変質させてしまうので研磨される対象よりも柔らかくても十分研磨速度が出る。研磨される対象よりも柔らかいので粒度分布をそれ程厳しく管理しなくてもギズが発生しにくい。

 このような固体粒子自体が研磨対象と反応性をもつことを利用した研磨スラリーはSiO2 対象だけでなくWなどのメタルの研磨においても可能である。ただしその粒子はWに対して反応性を持つと同時に適当な固さを持ち、研磨材として必要な内部構造を持つ必要がある。たとえばMnO2の微粒子は粒子自体が酸化作用をもち、しかも適当に固いので、Wにたいして非常によい研磨材となる5)。

3.半導体製造におけるCMP用研磨材

 半導体の製造工程で層間絶縁膜の平坦化を研磨で行うことが最近普及し始めた。その工程の概略を図1に示す。この場合、SiO2 が研磨対象であるので、ガラスの精密研磨で使われている研磨材を使えば非常に大きい研磨速度が得られることが期待される。しかしバストネサイトの焼成粉の研磨材を使うことは以下の2点から不可能である。

●天然の鉱石をそのまま使っているので不可避的にいろいろな元素が入ってくる。半導体の工程を管理する上で不純物の種類と量が管理できないのは致命的欠陥と思われる。

●ガラス用では粒径が1μm程度が最も微粒の品種であり、それより細かいものがない。要求される表面性から考えて1μmは明らかに大きすぎる。現行品をさらに細かくするためには湿式微粉砕する必要がある。表1に示したように現行品はFを4〜7%含んでおり、湿式微粉砕するとFイオンが大量に出てきてしまい、反応性が非常に高いスラリーとなり、微粒子が付着しやすくなって研磨材としてはつかえなくなる。

 以上よりガラス用の研磨材を改良するだけでは半導体用には使えない。全く違った発想で新しい研磨材を作る必要がある。バストネサイトの組成のなかで研磨の反応に関係しているのはCeとFである。可能性としてはCeO2 の微粒子スラリー、安定なF化合物としてCaF2 などの微粒子スラリーが考えられる。あるいはCeF3 粒子やそれらの混合物でも良さそうである。試作してためしたところそれぞれ面白い特性を示した8)が研磨速度を得るためにはCeO2 の微粒子スラリーがもっとも扱いやすいことが分かった。そこで高純度酸化セリウムの超微粒子スラリーが半導体の製造工程でつかわれる層間絶縁膜の平坦化研磨に最も向いていると考え、その製造方法を検討した。また半導体の製造工程でSiO2を研磨するのは層間絶縁膜だけでなく、トレンチ構造素子分離(Sallow Trench Isolotion)でも研磨する。STIの工程を図2に示す。この場合SiNの膜で研磨を止めるので、SiO2とSiNとで研磨速度の比が大きいことが重要となる。層間絶縁膜では酸化セリウムではなくSiO2を主体とする研磨スラリーが主流であるが、STIではSiO2とSiNとでの研磨速度の比が大きいことを利用して酸化セリウムを主体とする研磨材が主流となりつつある。

 セリウムを高純度にするためにはバストネサイトなどの鉱石を硝酸や塩酸で溶解した後に幾つかの湿式工程を取る必要がある。とくにLa,Nd,Prを分離する必要があり、希土類元素同士を分離するのには溶媒抽出が必要である。この時点でかなり高価なものになることは避けられない。研磨性能だけを考えればLa,Nd,Prなどの希土類元素ははいっていても変化ないを思われるので、価格を重視する場合は要求する純度に対して本当に必要なレベルを再検討する必要がある。

 硝酸セリウムで高純度化ができたとして、酸化セリウムを製造する方法として可能性があるものを表2に示す。それぞれ一長一短がある。バストネサイトが炭酸塩であることから炭酸セリウムから出発する方法は最も無難である。炭酸セリウムを焼成する場合、炭酸根が飛んで酸化物になるのは750℃近くであり、炭酸根が飛んだ後に気泡ができる。したがって750℃よりも少し上の温度で余り長時間焼成しなければ気泡だらけの酸化セリウムとなる。これは柔らかいので多少の粗粒が入ってもキズが発生しにくい研磨材をつくることができる。

 蓚酸セリウムの場合は300℃程度で蓚酸根が飛び、酸化セリウムとなる。その時は100A程度の非常に小さい微粒子の酸化セリウムとなる。これよりも温度を上げると超微粒子であるので焼結を始める。適当な温度を選べば丁度よい固さを得られる可能性がある。 水酸化セリウムは非晶質であるが乾燥粉をX線回折すると酸化セリウムのブロードなピークが得られる。これを昇温すると急激に焼結し始め800℃程度で2時間も焼成すると非常に固い粒子になる。ガラス用の研磨材の品種のなかにも水酸化セリウムから焼成したものもあったがキズが発生しやすいということで余り使われなくなり、現在では生産中止になっている。

 以上は焼成して酸化セリウムを得るわけであるが、焼成の時にある程度焼結するのは防ぎようがない。水熱合成法は水酸化セリウムのスラリーをまず作り、これをオートクレーブに入れて100℃以上の温度にすることにより、焼成せずに酸化セリウムが得られるので粒径のそろった単分散の粒子が得られる。これがスラリー中にうまく分散させられれば理想的な研磨スラリーが得られる可能性がある。 

 塩・触媒法は水酸化物を大気圧下で熟成することにより水熱合成と同じような単分散の結晶性の高い微粒子を得る方法である9)、10) 。どのような水酸化物でも適用できるわけではないが、現在までのところ酸化鉄、酸化亜鉛、酸化セリウムで20〜80nm程度の単分散で結晶性が高い超微粒子が得られている。

 酸化セリウムをいろいろな形でつくり、微粉砕すれば酸化セリウムスラリーが得られるわけであるが、化学・機械研磨の精密研磨材としてどのようものがすぐれているかが問題である。その場合、上記に述べた固体粒子自体が反応する研磨材の特徴が最も生きる形に仕上げるのが得策である。要求されている面精度を考慮して図3のような内部構造を持つ粒子が分散したスラリーが理想的な研磨材であると考えられる。シリコンウエハーの最終仕上げには20〜80nmの粒子が分散したコロイダルシリカが使われていることを考えると一次粒子径が20〜80nm程度でないと要求されている面精度をだすのは難しいと思われる。また固体粒子がSiO2 と反応するためにはSiとOとの結合距離と同等の距離までCeをちかづける必要がある。 SiO2 の表面には吸着水と表面OH基があるとおもわれるのでそれを押し退けて粒子を押しつける必要がる。パッドとウエハーのあいだは隙間がゼロではないのでパッドの弾力が生きるためには、1次粒子が一定の大きさに凝集している必要がある。適切な大きさとして0.5μm程度が考えられる。余り小さいとおさえ付けるちからが得られないし、大きすぎるとキズ発生の原因になったり、面が荒れたりする。つぎに凝集の強さには微妙な問題が絡んでくる。平均が0.5μmとした場合大きい粒子は1μmを越えるものも当然はいる。そのような粒子が固ければキズの原因になる。力が加わった場合に壊れてくれる必要がある。さらに重要なこととして、各粒子の反応性を制御できる必要がある。ガラスの研磨においても研磨速度やキズ発生は石英を研磨しているか反応性の高い光学ガラスを研磨しているかで大きく異なる。層間絶縁膜の成膜方法、組成においてもいろいろなものがあることを考えると対象によって適切な反応性があると考えられるので、反応性を対象によって制御できることがどうしても要求されてくると思われる。溶媒に反応性を持たせている場合はその制御は比較的用意であるが、粒子自体の反応性を制御することは容易でない。どのような制御因子をつかうかを決める必要がある。

 図4に塩・触媒法で20nmの一次粒子をつくり、それを焼成により2次凝集させ、湿式微粉砕して2次粒子径をそろえた酸化セリウムスラリーのTEM写真を示す。微粒であるにもかかわらず、従来のガラス用研磨材とほぼ同等の研磨速度を示し、コロイダルシリカと同等の表面性が得られることを確認できた。研磨対象の反応性によりキズ発生の度合いがことなるので反応性を制御する必要があり、そのためにSiを部分的にCeを置換させるすなわちCeO2 にSiO2 を固溶させて反応性を制御させることができる。

 これは酸化セリウムスラリーの作り方の一例である。まず一定の粒子径にそろえることは必要であるが、研磨スラリーを作る時に重要なことは、ただ粒子径をそろえるだけでは付着やキズ発生を抑えることができず、酸化セリウムの反応性を研磨対象にあわせて制御できることであると考えられる。その制御が容易で正確にでき、制御できる幅が広い方法が最終的に普及すると思われる。

 コストの問題を除けば半導体の工程で有効な研磨材はハードディスクなどの超平滑表面を要求するガラス研磨の用途でも有効であると思われる。したがって超微粒子酸化セリウム研磨材の登場により、研磨という加工法が最先端のいわゆるハイテクの分野でより有効な加工法となりますますひろく使われるようになると思われる。

 参考文献

1)「光学ガラス」泉谷徹郎著、1984年、共立出版
2)LEE M. COOK:「CHEMICAL PROSSESES IN GLASS POLISHING」 ,J.Non-Crystalline Solids,120(1990).152-171.
3)安永暢男:「超精密加工における化学現象とその利用」精密工学会誌、No.4(1993), p 539-542 .
4)安永暢男、小原明、樽見昇:電子技術総合研究所報告 第776号(1977年)p127−134
5)岸井貞浩、中村亘、有本由弘:第44回半導体専門講習会予稿集「酸化マンガン研磨剤を用いたCMP技術」p187−211(1997年)
6)山本悟:「拡張ヒュッケル法のアルミニュウム合金への適用」軽金属、vol.43 No.12(1994),p733−740
7)山本悟、若林俊幸、小林久芳:「合金中の安定性の尺度としての凝集エネルギーとエネルギーの揺らぎ」日本金属学会誌 vol.58,No.8(1994)p855-864
8)特開平7−290369
9)塙健三、浅野良一:「塩・触媒法による球形ヘマタイト超微粒子の合成」粉体粉末冶金協会講演概要集、1991年、11月、p27
10)特開平5−208829