昔、僕が高校生の頃「ビートルズもビリー・ジョエルもスーツにスニーカーを履いた」というラジオ広告があった。何の宣伝だったのかは忘れてしまったが、その頃僕はビートルズとビリー・ジョエルを熱心に聴いていたので、その「スーツにスニーカー」というイメージは深く心に刻まれたのだった。それから数年後、僕は村上春樹を熱心に読むようになったのだが、村上春樹氏は新人賞の授賞式に「スーツにスニーカー」で出たという。
ミュージシャンも小説家も、スーツを着る必要がない自由業の芸術家である。彼らはあるメッセージを表現するためにそういう格好をしたわけである。どのようなメッセージかというと「スーツにスニーカーを履いたっていいじゃないか」である。ここで大事なのは「スニーカーにスーツを着たっていいじゃないか、と言っているのではない」という点だ。スーツというものは「革靴を履かないとイケナイ」という決まりとセットで存在しているのに対して、スニーカーはもともと別に何を着てもいいようなものなのである。
僕はメーカーに就職して20年近くになるが、正真正銘のサラリーマンでありながらスーツなんていうものを着て会社にいったことは一度もなく、年中だいたいスニーカーの類いを履いて仕事をしている。「スーツにスニーカー」ならカッコイイかもしれないが、単に「どうでもいい系カジュアル・ウェア」にスニーカーを履いているだけだ。ともかく、そんな気楽な格好で仕事をしていられるのは幸いである。僕はよく「サラリーマンらしくない」と言われるのだが、そういう人間が勤めを続けていられるのは、スニーカーを履いていられる職場だからかもしれない。
夏になると短パンを履いて素足にサンダルで会社に行きたいのだが、さすがにそうもいかないので長ズボンにスニーカーを履く。夏は裸足でスニーカーを履きたくなるが、それはやってはイケナイことである。裸足で履いていると、汗で靴がドロドロに汚れるうえにとんでもなく臭くなる。だから、夏でも靴下を履かないわけにはいかない。靴下なんか履くのは暑苦しくて嫌だけどしょうがない。
ところが、最近になってスニーカー・ソックスというものが出現した。前からあったような気もするが、僕が試してみたのは2年前のことである。最初に履いてみた時はすごくヘンだった。ズボンの裾が上がっているような、靴下が脱げかかっているような、中途半端な感じがするのだ。でも涼しいし、普通の靴下とは違う解放感がある。くるぶしが出ているかどうかで、こんなに違うものかと感心する。へんな感じも慣れれば快感だ。そういうわけで、夏はスニーカー・ソックスに限ります。